138 反撃開始 ②
俺は前日の夜、密かに一を捕まえたあばら家・・・。
ではなく山小屋に訪れていた。
「流石にこれはないよな。」
そう言って視線を向けた先の建物は雨風にさらされ今にも崩れそうである。
恐らく、瘴気に当てられたのも原因であろう。
あれは物を劣化される性質を持っているからだ。
俺は家に入りもう一度中を確認する。
「やっぱり何も無いよな。目立つのは中央の祭壇だけか。それ以外は大したものは無さそうだな。」
そして俺は再利用できそうな大量の壺だけは回収し、その他は全て焼き払う事にした。
「煙が出ると山火事に思われるからな。ここは一気に灰にするか。」
まずは手に魔力を込めると炎を作りそこに更に魔力を込めていく。
すると炎は更に高温になり白い色へと変化していった。
それを山小屋にゆっくり飛ばし、衝突する瞬間にその周りをシールドで包んだ。
その直後、炎は山小屋に当たり白い閃光を放ちながら白い灰に変える。
「もしかすると煙よりも目だったかもしれないな。明日の朝刊で『UFO山に着陸か』なんて見出しの新聞が出たらどうするか・・・。」
俺は一瞬だけ明日の新聞が気になったが、俺に未来を見る力はない。
先の事は気にするのを止めると作業に戻った。
そして開けた土地が出来上がり高熱になった大地を冷やしてそこの地面を固めて基礎を作った。
「よし、これなら大丈夫だな。後はここにあっちで回収しておいた家を置こう。後でノエルに言っておけば大丈夫だろう。」
俺は彼方の世界で回収しておいたが出番のないままアイテムボックスの肥やしになっているログハウスを取り出した。
このログハウスは作りもしっかりしているうえ、あちらの木材を使っているからか魔力や瘴気に若干の耐性がある。
こちらの木材で作るよりは長持ちするだろう。
その後、回収しておいた壺を壁際に並べ、一室に祭壇を再現する。
俺はその後は家の外と中で目立つ傷や破損個所を修復し再び旅館に帰って眠りに付いた。
そして次の日、一たちがログハウスを見た時は当然驚いて立ち尽くしてしまった。
二人の頭の中には今にも崩れそうな山小屋しか記憶にないのだから当然だろう。
しかし、一が一番驚いたのはどうやらログハウスではなかった様だ。
「蒼士君。あの家に使われているのは何処の木なんだ!?あの木材ならバラして売るだけで術者なら喉から手が出る程に欲しがる者がいると思うよ。」
そう言って家の壁に触れて確認しながら呟いた。
どうやらあちらでは普通の木材でもこちらでは木の1つでも価値がある代物に変わるようだ。
ここでもこちらとあちらでの意識の違いを知った俺は後で百花に伝えておく事を決める。
「そんな事より早く入るぞ。この間にも阿久戸は安全な場所で笑ってるかもしれないからな。」
すると一は再び怒りが再燃したようで目元を鋭くすると中に入っていく。
そして中を確認していた一は祭壇の置かれた場所を見つけ出した。
「ここに祭壇を置いてくれたのか。これなら少し調整するだけですぐに儀式が始められそうだ。」
そう言った一は祭壇の向きや周りの物の配置を微調整すると聖と共に部屋に籠り儀式を始めた。
通常は身を清めたりなどの手順があるらしいのだが俺の浄化を二人に掛ける事で簡易的に済ませる事が出来た。
また、触媒とする魔石にも俺が同じように浄化を掛けると残留思念が消え去り、純粋な触媒として一でも問題なく扱える物へと変化させることが出来ている。
暫くすると俺は部屋から瘴気が漏れ出るのを感じた。
しかし、それはすぐに落ち着き静まると部屋から二人が出て来る。
「終わったのか?」
「いや、鬼はまだここにいる。今回は使った物が俺にとっては最上級の物だったから鬼の強さも今までで最高だ。しかも制御も完璧にできる。これなら思い通りの厄を阿久戸に与えることが出来るぞ。」
そして一は携帯を取り出してある番号に電話を掛けた。
その時の顔はとても清々しい笑みを浮かべているが背後に本物の鬼が居るので普通に言って洒落になっていない。
コール音が鳴っている間も「フフフフ」と笑っているのでそれを止めないと相手が出てもすぐに切られそうだ。
その頃、阿久戸がいる別荘では。
「くそーーー!なんでこんなに上手くいかないんだ。それにどうしてあの飛行機事故で生き残ってる!」
阿久戸は叫びながら周囲の物に当たり散らし、目を血走らせながら頭を掻きむしった。
実際には、蒼士たちが百花に付いていなければ全ての計画が上手く行っていただろう。
千鶴は病死し、百花は飛行機で事故死。
聖は病院で急変に見せかけて毒殺し、一はタイミングを見計らって暗殺。
そうすれば全ての事が上手くいき、白崎家のしきたりにより阿久戸にも少なくない遺産が流れ込んだはずであった。
しかし、蓋を開ければ千鶴は回復し百花は事故を利用して知名度を高める事に成功している。
聖を処分する様に伝えた者とはいまだに連絡が付かない。
まさに踏んだり蹴ったりである。
それも人の為であれば周りから手を差し伸べる者が現れるだろうが人を陥れる為の企みとあっては誰も差し伸べる者は居ない。
軍事会社ですら既にそろそろ限界だと感じ始めている頃だろう。
なにせ送った者達が尽く連絡を絶っているのだから。
しかも連絡を絶った者たちの安否も不明。
その方法も何もかもが分からないとなれば、いくら金の為だと言っても諦めるしかない。
しかも狙っているのは各国の富豪にコネクションがある白崎家である。
バレた場合の損害は計り知れない。
本当は喧嘩するよりも仲良くしたい相手なのだ。
そして、荒れていた阿久戸の元に一本の直通電話が入る。
現在の状況からこの番号を知る者はとても少ない。
しかし阿久戸は携帯の画面に表示された名前を確認してニヤリと暗い笑みを浮かべる。
阿久戸の中では悲しみに泣く木道一の姿が思い浮かび、どの様な事を言って来るか心を躍らせていた。
「どうしたのだ木道。この回線にはあまり掛けるなと言っただろう。」
「いえ、実は大事なお話がありまして。」
しかし、ここで阿久戸はどうした事かと首を傾げる。
それは一の声がやけに落ち着いているからだ。
阿久戸はその異変に気付いたがとにかく話を聞く事にした。
「そうか、それで奥さんは元気かね。」
「ええ、私の横で今も美しい姿で共にいますよ。ほらお前も挨拶したらどうだ。」
そう言って一は聖に電話を替わり携帯からは女性の声が聞こえて来た。
「初めまして。夫がお世話になっていたようで。顔を見せられないのが残念ですが後でご挨拶に行きますね。」
すると阿久戸の思考は焦りと共に急速に回転し始めた。
(まさかあの医者が裏切ったのか。いや、アイツの弱みは完全に掴んでいる。それはない。なら替え玉か。しかし、それなら俺の企みに気付かれた事になる。それにこいつらの落ち着き様はなんだ。俺は何かを見落としていないか。)
すると再び携帯からは一の声が聞こえて来た。
「それで今までのお礼がしたくて阿久戸さんにプレゼントを贈ろうと思うのですよ。」
阿久戸は冷や汗をかきながらその声に返事を返す。
「いや、今は外国にいてね。しばらく帰らないのだよ。すまないがまた今度にでも・・・」
すると阿久戸の言葉を遮る様に一の言葉が阿久戸の耳に飛び込んで来た。
それは今までの穏やかな声とは違い、まるで耳にダールでも流されたのではないかと言う程の嫌悪感を孕んでいる。
それを感じ取った阿久戸は通話を終了しようとするがその判断はあまりにも遅すぎた。
「問題ありませんよ。ほら、いま電話でパスが繋がってますから。すぐに届きますよ。『呪われろ!』」
その言葉と共に阿久戸の背に悪寒が走る。
そして悪寒に従い後ろを振り向けばそこには見るからに恐ろしい鬼が拳を振り上げていた。
「ぎゃあああああーーーーー!」
阿久戸は電話を強く握り締め、ギリギリの所で鬼の拳を躱す。
そして、恐怖に染まる彼に対して携帯の向こうから清々しい声で忠告が告げられた。
「阿久戸さん。早く日本に帰って来ないとその鬼に殺されますよ。待ってますね。」
「その時には私も挨拶しますね。私達をハメてタダで済むと思わないでくださいね~。」
そして電話は切れ阿久戸は鬼から逃げる様に部屋を出た。
すると、部屋の外で警備していたガードマンが走り去る阿久戸の背中に慌てたような声を掛ける。
「阿久戸様。どうされたのですか?」
しかし、恐怖に囚われた阿久戸はガードマンにとって意味が分からない言葉を叫んだ。
「お、鬼が来る。鬼が鬼が鬼がーーー。」
阿久戸は千鶴の事で一の力が本物である事を知っている。
そして、呪われた者がどうなるのかも千鶴を見ていて知っているのだ。
しかし、それを知らないガードマンは阿久戸が錯乱した様にしか見えない。
しかも鬼が見えているのは阿久戸ただ一人。
そのため落ち着かせようと取り押さえた男の後ろから再び鬼が迫った。
「ぎゃーーー!離せ!離せーーー!鬼が来てるんだ!は、早く帰らないと呪い殺されるーーー!」
そう言って信じられない程の力でガードマンを弾き飛ばすと、騒ぎに集まって来た執事に日本への帰国の手配を命じた。
そして空港に行くと阿久戸は恐ろしい現実を目の当たりにする。
現在目の前には空港で待機させているパイロットが頭を下げていた。
「申し訳ありません。現在いつもの機体は整備中となっております。今準備出来るのは偶然、白崎百花様が送ってくださった飛行機だけです。」
すると阿久戸は自分が百花にした事を思い出し顔を青く染めた。
しかし、今も後ろからは鬼が追い立てる様に迫って来ている。
鬼は障害物を無視する様にゆっくりと歩いて進み恐ろしい顔で雄叫びを上げた。
すると阿久戸は恐怖を顔に張り付けパイロットに掴みかかった。
「そ、それで構わん。だからすぐに出発しろ。」
「か、畏まりました。ではこちらにどうぞ。」
パイロットは阿久戸の姿に不信を感じながらも命令に従い飛行機に案内した。
阿久戸は乗り込むと同時に席に座り窓から外を見ながら焦ったように叫ぶ。
「早く飛べと言ったのが聞こえなかったのか!」
「しかし、管制からの許可が・・・。」
「そんな事が関係あるか!責任は俺が取る。早く飛び立つんだ!」
パイロットは渋面を作ると仕方なく飛行機のエンジンを始動させる。
その頃には鬼は飛行機のすぐ傍まで迫っており、その手を阿久戸へと伸ばしていた。
すると飛行機は進み始め次第に加速して行く。
その途端に鬼は歩くのを止めて走りはじめるとその手を翼に伸ばした。
「ヒイーーー。何をしている。早く飛び上れ!」
そう言ってコックピットの扉を叩く阿久戸を後ろから執事が必死に下がらせ、席に着かせる。
そして外を見た阿久戸は鬼が消えている事に気が付いた。
「は、はは。逃げきれたのか・・・。」
しかし、ホッとしたのも束の間。
阿久戸が覗き込んだ窓の外から鬼が機内を覗き込んだ。
それにより阿久戸の顔に再び恐怖が浮かび反対の壁まで這うように後ずさった。
「あああーーーー!」
そして恐怖により意識を失った阿久戸はそのまま日本まで運ばれ到着後、逃げる様に機体から降りて行った。
そして再び行われる鬼との追いかけっこ。
阿久戸はその鬼の動きに誘導されるように逃げていき一軒の旅館へと辿り着いた。
阿久戸は錯乱した頭で鬼から逃げ続け一つの部屋へと入っていく。
そこに待ち構えていたのはこの旅館に宿泊する百花達であった。
しかし、入って直ぐに扉は自動で施錠され阿久戸以外は全員がガスマスクの様な物を装着している。
そして百花の手には先日蒼士から渡された気付薬Jが握られていた。
百花は扉が閉まると同時にその瓶を開け放ち部屋にその匂いを解き放つ。
すると阿久戸は無防備にその匂いを浴びて地獄の苦しみと叫び声を上げた。
その姿にそれを初めて見る者たちはその余りの悲惨さにドン引きし百合子に視線を集める。
「百合子さん。あなたがとても優秀なのは知っていますが、これは本当に必要だったの?」
すると百合子は自信を感じさせる動きで大きく頷いた。
「必要。それだけあちらでの戦いは過酷だった。ノエルはとても役に立ったといつも言ってくれた。」
すると資料を読み終えている百花と飛鳥はその時のノエルの言葉を想像し、その後ろで阿久戸の様に苦しむ大量の人間を思い描いた。
(きっとあちらでも非殺傷用の拷問道具として役に立ったのね。)
(彼女ほどの拷問の技術がある者が絶賛するとは流石は百合子様。侮れません。)
そしてに十分に阿久戸を苦しめた一行は魔法で部屋を綺麗にして拘束した。
その後、拘束した阿久戸を地下の部屋に監禁・・・。
宿泊させると、他のメンバーは上に戻って行った。
そして次の日、白崎の一族を集めた会議が開かれることとなる。