136 情報収集 ②
「それで、白崎の御嬢さんはいつまでその恰好をしてるんだい?」
文目に言われた千鶴は思い出したように付け耳、付け鼻、付け髭を急いで外した。
そして、再び恥ずかしい姿を見せてしまった事に気付くと顔を真っ赤にして俯いてしまう。
文目は再び溜息を吐くと百合子に視線を移した。
「それにしても、お前さんが出した道具には何か秘密があるのかい。何匹かは確実に警戒心が薄らいでたよ。」
すると百合子は首を横に振って否定を示した。
「これには何の効力もないただの宴会道具。新人芸人は体を張ってこそ周りから注目される。」
そして、百合子の言葉に呆れた顔をした文目とは反対に耳まで真っ赤にして俯いていた千鶴がその襟首を掴み前後に揺すりだした。
「ちょっとアンタどういう事よ。つい流れで付けちゃったけどあれってただの宴会道具なの。あんたが出すから何か特別な物かと思って付けたのにー。それに新人芸人ってなによ。あんたそんな小さいなりして私を玩具にして楽しんでるでしょ。」
すると百合子は前後にカクカクされていた首を静止させる。
そして自らの意思においてコクリと頷いた。
「千鶴はいじると面白い。私達のメンバーには今までいなかったタイプ。きっと天照様も日本を笑いで包むために千鶴を選んだ。ゆくゆくはお笑い芸人日本一の座に・・・。」
そこまで言って千鶴の揺さぶりが再び再会し百合子はセリフを途中で止められてしまう。
そんな百合子に千鶴は「そんな訳あるかーーー!」と叫び疲れて手を放した。
その仲のよさそうな姿に周りの者は密かに笑顔を浮かべる。
千鶴の姿は数日前の絶望していた姿からは想像もできない程、生き生きとしている。
すると冬花と百合子は不意に文目に話を振られた。
「そう言えば、冬花とそっちの百合子は試さなくていいのかい。2匹持って行かれたんだからもう2匹減っても問題はないよ。」
そして、文目は再び管狐を放ち部屋を飛び回らせた。
冬花はそれを見つめ目が合った一匹に声を掛ける。
「そこのあなた。こっちに来なさい。」
するとその管狐は一切の抵抗なく冬花の前に降り立つとお腹を上に向けて降参のポーズを取った。
それはまさにまな板の上のウナギ。
その姿を目にすれば哀れみすら湧いて来そうである。
「あれ~。こんな事望んでないのに・・・。」
すると文目は今日だけで何度ついたかもしれない溜息をこぼす。
本当に幸せが逃げていきそうだと感じながら彼女は説明をした。
「冬花が強すぎるんだよ。管狐は下級の妖なんだからそんなに気合を入れて命令したらこうなるのは当たり前だよ。まあ、その子はもうアンタにあげるけど今後はもっと優しくしてやるんだね。」
そして、最後は百合子の番である。
百合子は姿勢を正し正面を見つめると纏っている気配を変えた。
そして静かに一言「集合」と呟いた。
すると、管狐たちはその指示に自ら従い百合子の周囲に集まって静かに次の支持を待つ。
その姿は冬花の時の様に恐れからではなく、まるで主の命令を静かに待つ忠実な番犬のようだ。
その様子に文目は驚きにより声を漏らす。
「驚いたね。まさかここまで適性がある子がいるなんてね。」
「私は昔からこういうのに好かれやすいから。最近は精霊とも仲良し。」
そう言って百合子はその中から一匹だけ選ぶとそれ以外の管狐を解散させた。
「それじゃ、この子だけ貰って行きます。」
そして文目は頷くと、それぞれに小さな金属の筒を渡した。
それはまるでペンの様な形をしておりポケットなどに引っ掛けられるようになっている。
どうやら簡易式の持ち運びができる物のようだ。
「それをやるから後は好きにしな。それにしても、なかなか目覚めないねえ。そろそろ邪魔に思えて来たよ。蒼士、アンタが主なんだからどうにかしな。」
俺は仕方ないかと苦笑を浮かべると立ち上がって管狐に手をかざす。
そして、精神を安定させる魔法をかけるとその体を揺さぶった。
今回は周りが壊れるのを避けるために無傷で倒している。
そのたため精神のダメージが消えれば大丈夫だろうと思ったがその予想は当たりだったようだ。
そして少し揺すると管狐は意識を取り戻し俺と目が合うと、とぐろを巻いて深く頭を下げた。
どうやら完全に負けを認め、主と認識したようだ。
俺は胸ポケットに刺していた筒を手に持つと管狐に向ける。
「後でお前を俺の実家に連れて行くがそれまではここに入っててくれ。」
すると管狐は頷くとその巨体を俺が手に持つ細い筒に入れ消えていった。
「これで落ち着いて話が出来るね。それで、今日はどんな用で来たんだい?」
そしてここに来てやっと本題に入った一行は文目に調査資料の一部を渡した。
「そいつについて聞きたい。どうもこいつが千鶴に病魔を付けて死ぬ直前まで追い込んだ術者らしい。」
そう言われた文目は資料を受け取るとその内容に目を通し始めた。
(何々、名前が木道 一。ああ此奴なら知ってるね。でもこいつは・・・。)
そして資料を読んだ文目はそれを蒼士に返すとそこに書かれていない情報を話し始めた。
「そいつの事は知ってるよ。資料だと木道だけど本当は鬼の道と書いて鬼道ってのが本当の名前さ。分かるように鬼を使役する術者だけど人を救うのに鬼を使う変わった奴だよ。でも確か2年ほど前に嫁さんの聖がひき逃げにあって入院してるね。噂だとかなり悪いらしいけど治療費もかなりかかってるって話だよ。」
そこまで聞いて俺の中で足りなかったピースが揃い、鬼道 一が何故千鶴を呪ったのかが分かった。
恐らく足りない治療費を阿久戸が出しているのだろう。
そこで俺は携帯を取り出すと百花に電話を掛けた。
「もう何かわかったの?」
「ああ。悪いが呪屋の事をもう少し調べてくれ。奥さんが入院しているらしい。その病院の場所と念のために阿久戸が関わっていないかを頼む。」
「分かったわ。阿久戸についての資料は揃ってるから金の流れですぐに答えが出ると思うわ。確か千鶴が入院してた病院以外には1つか2つ位しかなかったはずだから。」
そして俺は電話を切ると立ち上がった。
「行くのかい?」
「ああ。最悪の場合。阿久戸は俺が最も嫌う手を使った可能性がある。それともう一つ聞くが鬼道の居場所を知っているか?」
そう言った俺の背中からは明確な怒りの波動が滲み出ている。
その証拠に先程迄のんびり飛び回っていた管狐たちが一斉に筒へと戻り一匹も残っていない。
そして、文目自身も背中に冷や汗をかきながら口を開いた。
「正確な場所はしらないけど鬼道ならこの山のどこかにいるはずだよ。術を使うなら霊場でもある阿蘇山はうってつけだからね。」
俺は周りを見回す様に首を動かしある方向で動きが止まる。
そして「ちょっと行って来る。」と言って消えていった。
その途端に張り詰めて鉛の様に重かった空気が元に戻り文目は額から汗を噴き出した。
現在、俺はこの阿蘇山で唯一邪気が溢れ出している小屋の前に立っていた。
「ここが一番怪しいから来てみたが、中でいったい何が起きてるんだ。」
しかし、そう呟きながらも足は止まる事無く小屋の扉を蹴破って中へと入っていった。
その小屋は平屋の木造建てでお世辞にも出来がいいとは言えず、横木や支えなどで無理やり建っている様な状態である。
広さも一辺が7メートル程と大きくもなく、内部は一部屋しかなかった。
しかし、扉を蹴破った直後、そこからは大量の瘴気が噴き出し、俺の精神を犯そうと襲い掛かって来た。
俺はすぐに瘴気に向かい魔法を使用して小屋全体を浄化する。
そして、瘴気の晴れた部屋を見回せば左右の壁には棚が作られそこには埋め尽くすように壺が置かれていた。
壺には札の様な物が貼られているがそれらは尽く破け口を開けている。
その状況からどうやらあの壺に鬼を入れておき、必要に応じて使役していたようだ。
しかし、今はその封印も解かれてしまっている。
それに先ほどの魔法で大半の鬼は浄化されてしまったようだ。
そして次に部屋の中央に倒れる一人の男に目を向けた。
その男はうつ伏せに倒れ何やらうめき声を上げている。
どうやら、数匹の鬼がこの男の中でいまだに暴れまわっているようだ。
俺は再び歩き出して男に近寄るとその男に手を伸ばした。
しかし、途端に男は起き上がると人間の物とは思えない怪力で俺の手を払いのけようと腕を振った。
しかし、逆にその腕を掴むと木道を観察する様に睨みつける。
「なんだ。颯の時と一緒で邪気に当てられてるのか?・・・違うな。これは魔石の過剰摂取による暴走に近いか。鬼の意思に此奴の意識が乗っ取られてるのか。まあいい。俺は男にはあまり優しくする気はない。死なない程度に痛めつけて開放するか。」
俺は掴んでいる腕を捻りねじ切れそうなほど回した。
「ぎゃあーーー。」
そして木道は叫び声を上げながら本能的に同じ方向へ体を投げ出し腕の破壊を最小限にとどめた。
それでも捻られた時のダメージで肘が外れその周りの腱も使い物にならない程に傷付いている。
木道はこちらを完全に警戒し一瞬も視線を外さない様に睨みつけてくる。
しかし、俺は木道が認識できる速度を超え、まるでコマ落としの様にその前まで踏み込むとその膝を躊躇なく踏み抜いて破壊するとその腹に手刀を打ち込み体内で浄化を発動させた。
次に空いた手でその頭を掴み今にもザクロの様に割れそうな音を立てるともう一度浄化を発動し木道の中に残る鬼を完全に消し去った。
しかし、そこで意識を取り戻した木道はその余りの痛みに声にならない悲鳴を上げて意識を失った。
俺は木道の体から両手を話すと死なない様に完全に回復させる。
そしてその頭を靴先でコツコツ蹴って無理やり意識を覚醒させると防毒マスクを着けて百合子特性気付薬Jを躊躇する事無く開け放った。
すると木道は薄れていた意識を完全に覚醒させその場で地獄の苦しみを味わう。
しかし、俺はその手を休める事無く木道の足元を土魔法で深さ3メートル程まで下げるとその中に手に持つ薬を全て流し込んだ。
「ギャーーーーーーーー!」
そして、その間も木道がショック死しない様に魔法を掛け続け、木道は死んだ方がましと思える苦しみをその後数十分にわたり味わい続けた。
その後、制裁を終えた俺は穴を埋めて木道を回収し文目の家の前に戻る。
するとそれに気付いた文目が再び家の入口を開けて顔を出した。
「遅かった・・・てなんだいそいつのその有様は。そんあ状態で家には絶体に上げないからね。」
すると声を聞きつけて冬花が顔を出すとすぐに『ピュア』の魔法で木道を身綺麗にした事で家への立ち入りを許可された。
俺は家に入ると百合子の前に行き空になった気付け薬Jの空き瓶を渡した。
「全部使ったの?」
「ああ、こいつには最高にいい薬になっただろう。まだあるなら持っておきたいから譲ってくれないか。」
「いいよ。今回は使い所が多そう。」
そう言って百合子は先ほどと同じ大きさの瓶を5本取り出し俺に渡した。
しかし、その効力を知るのは俺以外には百合子のみである。
そのため今行われている事の危険性に気付ける者は誰もいなかった。
木道は俺の魔法で強制的に精神と肉体を回復させられた後に文目の前に正座で座らされている。
「それじゃあ、アンタがこんな事した理由を聞こうじゃないか。とは言ってもこっちは殆ど知ってるけどね。」
すると木道は力なく話し始めた。
妻がひき逃げにあい植物状態になってしまった事。
その命を繋ぎとめるために膨大な治療費が必要な事。
そんな時に木道の前に阿久戸が現れ一つの仕事と引き換えに治療費を肩代わりしてくれた事など。
まさに俺たちが知る事ばかりではあった。
そして話は続き今度は娘の話へと移る。
「それに今は聖の為にお金に余裕がないから娘の学費も滞っている。しかも誰が流したのか俺の仕事が子供たちの間で話題に上がって苛めを受けた様だ。そのため娘は学校にも行けず今は聖の傍を離れようとしない。」
すると俺は目を細め木道に問いかけた。
「その子は今、何年生なんだ?」
その声に木道は体を大きく跳ねさせ怯えた顔を向けて来る。
どうやら先ほどの事を思い出して体が勝手に反応したようだ。
木道は震えながらも「まだ小学2年生だ」と答えた。
すると俺の横に千鶴が近寄りその声を潜めて提案をする。
「その子はこちらでどうにか出来る様にお姉ちゃんに話しておくから。それに最近は少子化だから白崎学園に幼等部と初等部を作る計画があるの。校舎は余ってるらしいから計画が走り出せばすぐに入学は出来るはずよ。最悪、モデルケース1号にすればいいんだから。」
そう言って千鶴は笑顔でウインクをした。
それに対して俺も笑顔を返すと木道に視線を戻した。
「それで、聖さんをひき逃げした犯人は捕まったのか?」
「いや、一切の痕跡が見つからないらしい。警察もまるでプロの掃除屋が掃除した後みたいだと言っていた。ひかれて妻が放置された道には破片どころか小石すらなかったらしい。」
そしてこの時、木道の目には強い怒りの炎が燃えておりまだ見ぬ犯人へと向けられている。
しかし、そんな彼に俺は言葉の刃を突き立てた。
「それで、お前は大事に思う家族がいる千鶴を呪ったのか。」
するとその瞬間、木道の怒りは弱まり苦り切った顔で千鶴に視線を向けた。
実際今回は未遂に終わったとはいえ2年近くも病気で苦しめた事実は変わらない。
しかもあと少し遅ければ未遂ではなく千鶴は本当に死んでいたのだ。
その苦しみと事実は変わらず、しかも千鶴はそのせいで今も死の運命と戦っている最中である。
頭を下げればいいと言う話ではない。
まさに死んで詫びろと言われても仕方のない状況である。
しかし、それを誰も言わないのは今のところは誰も死んでおらず、病気の妻と幼い娘がいるからだ。
そうでなければ俺は会った瞬間にこの男を殺して処分している。
そんな緊迫した空気の中、被害者である千鶴が木道に声を掛けた。
「木道一さん。あなたへの怒りは一言では言い表せない程あります。しかし、今はあなたを責める余裕はありません。なのでこの話は後日させてもらいます。その時、あなたをどの様にするか伝えますがそれまでは我が家の管理下に置かせてもらいます。いいですね?」
千鶴の言葉に木道は肩を落として頷いて答えた。
すると木道のポケットにある携帯が鳴り、顔色を変えて焦る様に電話へと出る。
どうやら再び状況は動き始めたようだ。