132 別府旅行 ①
朝になると全員が出発の為に車が待つ専用出入口へと集まり始めた。
皆久しぶりの国内旅行と言う事で心は晴れやかで見るからにウキウキしている。
特に千鶴のはしゃぎ方が一番激しいかもしれない。
表情は花が咲いたような笑顔を浮かべ百花に会えば飛び付き、百合子に会えば頬擦りをしている。
その姿に皆が微笑ましい物を感じて笑顔で朝の挨拶を交わす。
そして蒼士が出て来た時、千鶴はその前に駆け寄ると腰に手を当て胸を張った。
「どうよ蒼士。これこそが私の真の姿。驚いて声も出ないでしょう。」
しかし、俺は上から下までその姿を確認すると「フン」と鼻で笑い口角を上げる。
「残念だが俺にその手の誘惑は通用せん。他を当たれ。」
そう言って俺は千鶴の横を通り過ぎた。
すると彼女は目に言えて肩を落とすと悔しそうに拳を握る。
しかし、俺は去り際に足を止めると千鶴に声を掛けた。
「まあ、一般論で言えば町を歩けば10人中9人は足を止めるんじゃないか。たまたま振り向かない一人が俺だっただけだ。」
そして再び歩いてその場を去って行った。
すると今の言葉に悔しさで握っていた拳は笑顔のガッツポーズに変わる。
そしてひとしきり喜びを表現した千鶴は蒼士が歩いて行った方向へと走って行った
その様子を他のメンバーが影から見ているとも知らずに。
そして空港についた一行はアクシデントに見舞われていた。
「申し訳ありません。いつもの機体が偶然整備中でして。代わりに同型の機体を用意しました。内装もほとんど変わりません。」
そう言って頭を下げる係員に飛鳥は溜息を吐いた。
そしてそれならどうして連絡した時に言わなかったのかと苦言を言いたいが結果が変わるわけでもなく、マニアル通りの返答しか帰って来ないだろうと思い百花に視線を移す。
「仕方ありませんね。楽しみにしてる子もいるので時間を掛けたくありません。今日の所はその機体で行きましょう。整備は万全なのですよね。」
そして問われた係員は頭を深く下げて「はい」と答えた。
しかし目の前の男は百花の視線から顔が隠れると同時にニヤリと笑う。
そして頭を上げる時には表情を戻し笑顔で案内をして行った。
機体に乗り込むと係員が言ったように若干クラスは落ちるが十分納得できる内装をしていた。
そして席に座ると機体は加速を始め空へと飛んで行った。
予定では目的地の空港までは約2時間ほどで到着する。
全員それまで思い思いの席に座り会話に花を咲かせていた。
しかし、1時間ほど経過したころ機内に異常が発生する。
「なんだか今日は良く揺れるわね。」
そう言って外を見ればそこには日本海が広がっている。
そして天気は快晴、出発前に飛鳥が調べた気象情報でも問題はなかった。
そこで飛鳥は確認をするために席を立ち機長の元へと向かった。
「すみません機長。確認したい事があるので扉を開けてください。」
飛鳥は声を掛けながら扉を叩くが返事は返って来ない。
飛鳥は仕方なくドアノブを回し扉が開いているかを確認する。
しかし、予想通り扉には鍵が掛かっており開ける事は出来なかった。
すると突然、機内のスピーカーが作動してそこから笑い声が聞こえて来る。
「ふふふ、久びりだな百花。」
「あ、あなたは阿久戸。」
百花はスピーカーから聞こえる声に反応し立ち上がると名前を叫んび憎らしそうに歯を食いしばる。
そして、次の言葉を叫ぼうとした時、スピーカーから再び阿久戸の声が流れた。
「先に言っておくがこれはこちらからの一方的な通信だ。しかし今にもお前の悲鳴が聞こえるようで笑いが止まらんよ。それでだ、どうやったかは知らんが千鶴は助かったようだな。それで計画を変更して二人には同時に死んでもらう事にした。当初の計画では千鶴を殺した後に貴様を事故に見せかけて殺すつもりだったのだがな。しかし、ありがたい事にこちらで準備しておいた飛行機にお前から乗ってくれた上に千鶴まで乗せてくれるとは思わなかった。もうじきその機体は墜落するが最後の空の旅を楽しんでくれ。」
そう言ってスピーカーからの音は止み機内に静寂が訪れる。
すると百花は拳で座席を殴り付けると怒りに燃えた目を蒼士たちに向けた。
「蒼士。どうにかならないの?」
そして怒りをぶつける様に問い掛ける百花に、俺はいつもの落ち着いた声で返事を返した。
「そうだな。いくつかプランがあるがまず全員中央に集まってくれ。」
俺はまず全員を中央に集めると冬花に言って自分と飛鳥以外をシールドで覆った。
そして次に、飛鳥に確認の為に幾つかの事を問いかける。
「飛鳥はこの飛行機の操縦は出来るか?」
「はい、できます。しかし、コックピットへの扉に鍵が掛かっていて入ることが出来ません。」
「よし、ならまずはそこに入る所からだな。」
そして簡単な方針を決めたので百花に視線を戻す。
「悪いが百花さんたちはここにいてくれ。あの口ぶりだ。もしかしたら爆弾があるかもしれない。でも、もし爆発してもその中なら安心だ。もしもの時は分かってるな冬花。」
「うん、その時は先に行ってるね。」
冬花はそう言って笑顔で頷いて答えた。
そして蒼士は飛鳥を連れて問題の扉へと向かう。
「これが扉です。空ける事は出来ますが時間がどれくらいあるか分かりません。それと中がどうなっているのかも。先程ノックした時は反応はありませんでした。」
すると俺は一歩前に出て扉のノブを掴む。
そしてカギはかかっていないかのように無造作に回し『バキッ』と音を立ててノブを引き千切った。
「あ、力の加減を間違えたか。まあいい。それなら扉を切ればいいからな。」
そう言って手刀を構えるとドアを支えている金具を魔纏いの刃で切り裂き扉を無理やりこじ開けた。
その様子を飛鳥は驚愕しながら見ているが扉が開くと感情を殺して中を確認する。
するとそこには人がいた様子はなく、操縦席には遠隔操作用の機械が取り付けられていた。
どうやら今日の飛行機がよく揺れていると感じたのはこれが原因だったようだ。
そして飛鳥は計器類などを確認し肩を落とした。
「ダメです。もう燃料が殆どありません。しかも遠隔装置が直接制御コンピューターに接続されていて操縦桿がありません。このままではマニュアル操縦も出来ませんしもうじき燃料切れで海に墜落します。それに今は12月です。海は冷たく訓練を受けていない百花様と千鶴様では助かる見込みはありません。」
説明を続ける飛鳥は次第に表情を曇らせ悔しそうに拳を握る。
しかし俺は落ち着いた表情で頷くと飛鳥を連れて百花の元へと戻った。
そして戻った俺は現状をありのままに全員に伝え百花に選択肢を与える。
「それでは突然に起きたこのドキドキイベント。選択肢はいくつかあるがどれにするかは百花に任せよう。」
すると百花は俺のふざけた言いように再び苛立って声を掛ける。
「ふざけてるの?今のままなら墜落一択でしょ。それとも飛んで逃げるとでも?」
すると俺は「それも一つだな」と普通に答えて指を一本立てた。
「ちなみに機内に爆弾があったとしても死ぬことは無いから気楽に聞いてくれ。対応は大きく分けて3つ。飛行機を捨てて飛んで行くか、このまま飛行機を飛ばして向かうか、転移で九州まで一気に向かうかだ。」
「ち、ちょっと待って。この飛行機はもう燃料が無いのよ。どうやって飛ばすの?」
「そりゃ俺の魔法で風を操作して飛ばす。要はエンジンに推進力があればいいんだろ。それにいざとなったらそこの二人が飛行機を抱えれば大丈夫だ。これ位の小型の飛行機なら大丈夫だよな。」
そう言って俺は明美と颯に確認をとる。
すると二人はやる気に満ち溢れた顔で拳を作った。
「やれます。大丈夫です。」
「俺も問題ないぜ。二人でなら楽勝だ。」
俺はそれに頷いて答えると百花の呆れた顔に再び視線を戻す。
「と言う事だ。」
しかし、そうやって話していると次の問題が発生した。
『ボーン』
すると突然、小さな爆発音と同時に飛行機の翼についている2基のエンジンが火を噴いた。
飛鳥はそれを確認するとすぐに俺へと伝える。
「やられました。どうやらエンジンに爆弾が仕掛けられていた様です。運よく燃料が殆ど無いため大爆発は免れましたがこのままでは危険です。」
そして状況を伝えながらエンジンを監視しているとその前方にエンジンと同じサイズの水が発生しエンジンに流れ込んでいった。
すると次第に吹いていた炎は消え、それと同時にエンジンは完全に停止した。
そして次第に速度が落ちていくのを感じるが失速して落ちる気配は無い。
既に先ほど俺が言ったように魔法を使い現在はそれによって飛行しているからだ。
突然の事に百花と千鶴は一瞬パニックになりかけたが無事に飛んでいるのを知ると落ち着いて会話を再開した。
「分かったわ。それならこのまま空港に向かいましょ。」
「いいのか?このまま一旦死んだ事にした方が安全だぞ。」
すると百花は笑うと力強く拳を握り締めた。
「そんな逃げる様な事が必要なら言ってちょうだい。それにこのまま空港に到着すれば私達は奇跡の生還者よ。グループのいい宣伝になるわ。」
百花は先ほどまでとは違い落ち着いた顔を周りに見せる。
そして千鶴も肝が据わって来たのか百花の隣で笑顔を取り戻していた。
「そうか。なら一応最後までシールドは張ったままで空港に行こう。時間的にはそろそろ到着する頃か?」
そして俺が時計を確認すると飛鳥が声を上げた。
「百花様、空港が見えてきました。」
「分かったわ。空港に連絡して現状を伝えてちょうだい。あくまで内密に処理を出来るようにね。それとテレビ局にこの事をリークして。蒼士、準備が全て出来次第着陸をお願いするわ。出来る?」
すると俺は明美と颯に目を向ける。
「だ、そうだ。お前らの出番だぞ。飛行機を持ち上げて無事に胴体着陸したよに演出しろ。どうやら依頼主はエンターテイメントを御所望のようだ。」
そして明美と颯の二人は互いに顔を向け合い笑顔で頷きあった。
二人はドラゴニュートの姿で背に翼を生やすと機内の天井に手を当てて機体を持ち上げる。
すると先ほどまで俺の魔法で飛んでいたため若干の揺れがあったがそれが消え安定して飛び始める。
「大丈夫そうだね颯君。出来なかったらどうしようかと思ったよ。」
「確かにな。でもこう言う事やってるとホント、人間やめたの実感するよ。」
そして空港がかなり近づいて来た時、飛鳥の携帯が鳴り響いた。
飛鳥は電話に出るとしばらくやり取りをして電話を切る。
「全ての準備が整ったようです。空港は滑走路を前面開けてくれています。報道関係も集められるだけ集めたそうです。おそらく今日のニュースは全国規模で我々が総舐めです。」
その言葉に百花は経営者としての顔でニヤリと笑う。
本当に彼女は転んでもただでは起き上がらない性格らしい。
これをみると、夫である賢斗の苦労が知れると言う物だ。
そして颯たちは距離を考え空港の上空を一度旋回して滑走路に下りていく。
その際には当然、機体がバランスを崩すなどのパフォーマンスも忘れない。
そしてエンジンが停止し爆発によりコックピットが死んでいる為車輪も出せない飛行機は、胴体着陸により滑走路に大量の火花を上げながら無事に着陸を果たした。
しかし、ここでどうやら最後の仕掛けが作動したようである。
停止と同時に機体は大爆発を起こし炎と煙が包み込んだ。
しかし、この事を予想していた俺たちはシールドの中で無事に移動を開始する。
「まさかここまでするとわね。呆れを通り越して感心するわ。」
千鶴は燃え盛る炎を見ながらそんな感想を口にする
そして皆と一緒に炎の中を歩きもうじき出口と言う所で足を止めた。
「それじゃ、奇跡の生還と行こうか。」
そして最後の炎の壁を突き破る様に外に飛び出しそのまま近くまで来ていたレスキューの車に保護されると俺たちはその場を後にした。
その後は百花が先頭に立ち、報道陣の相手をする事で彼らは無事に旅館へと辿り着く。
不意の事態だったがここで旅館を貸し切りにしていた事が大きく役立つことになった。
もし、これが普通の宿泊施設なら報道陣の対応に苦労していただろう。
そしてこの事は全国どころか全世界のニュースにとりあげられる事となる。
しかし、そんな事を気にするのは百花だけで他のメンバーは取材には応じず旅館内で寛いでいた。
「あ~金持ちが経営する旅館だからどんな所か心配だったけど普通の旅館なんだな。」
部屋に入った颯は和室の部屋を確認しホッと胸を撫で下ろす。
するとそれを聞いていた横の明美がクスリと笑って颯に説明をした。
「最近では外国の人も和室に止まりたいって人が多いからね。それにここは和風建築だけどベットの部屋も準備してあるんだって。でもいつもはベットでしてるから畳の上も新鮮でいいかも?」
そして頬を赤らめた明美はそっと颯の後ろに回り込んで抱き付いた。
どうやら久しぶりの旅行に開放的になっているようだ。
しかしその時、二人に蒼士からの念話が届いた。
全員すぐに一階のレストランに来てくれ問題が発生した。
「問題?あの蒼士が問題っていうくらいだから余程の事かもしれないな。」
「そうだね。源君は理不尽を理不尽で捻じ伏せる人?だからね。これは急いだほうがいいかもだね。」
互いに頷きあった二人は急いで一階へと向かって行く。
そしてそこでとんでもない光景を目にするのであった。