123 帰宅
俺達は元の世界に帰ってくると周囲を見回し見覚えがある事に気が付いた。
「ここは・・・俺達が邪神と戦ったあの島か。」
そして見慣れた風景に俺はあの時の事を思い出して苦笑を浮かべる。
あれから人間にとってはそれなりに時間が過ぎたが、まだ昨日の事の様に思い出せる。
すると昔に思いをはせているとアリスが別れの言葉をかけてきた。
「それじゃあ蒼士。私達は行くわ。あんた達も頑張ってね。」
「ああ、お前もな。ところで勉強は大丈夫なのか?」
するとアリスは得意な顔に変わり胸を叩いた。
「大丈夫よパパとママがしっかり勉強を見てくれたから。きっと今はあの頃よりも高得点が取れるわ。それは百合子も一緒だけど、あちらで一番大変だったのが勉強なくらいよ。」
そう言ってアリスは百合子に視線を向ける。
すると百合子も胸を叩いて自信に満ちた顔で答えた。
「任せてください。勉強も大丈夫です。最悪私はあの神社を継ぐので問題ありません。と、いうよりも私が継がないとお爺ちゃんが大変です。」
そして百合子は身も蓋もない事を言って胸を張る。
どうも百合子は胸を強調する癖があるようだ。
そして挨拶が終わると全員それぞれの家に向かい転移した。
百合子はこういう時の移動手段が無いため俺達と一緒だ。
そして今は百合子の家の前で並び辺りを観察している。
約2年ぶりの自宅は前回ほどの違いはなかった。
前回は19年ぶりの帰宅で木々は大きく成長し、いたる所にその時間の経過を感じる事が出来た。
それに比べれば2年の年月なら樹木の雰囲気が少し変わっただけだ
そして蒼士が、正確には百合子が境内に現れるとそれを知らせる様に雲もなく雷鳴が鳴り響いた。
その突然の光と音に周りの人々は驚いて社へと避難し空を見上げている。
その様子に蒼士も百合子も苦笑を浮かべ社へと目を向けた。
すると今の現象を引き起こした神が優しいお爺さんの姿で現れ百合子へと歩み寄る。
「良く帰って来たな百合子。待っておったぞ。」
そしてそれと同時に境内にある百合子の家からも数名の人間が飛び出し百合子へと駆け寄った。
「百合子ーー。良かったわあなたが無事帰って来てくれて。」
そう言って百合子の母、撫子は愛しの娘を抱きしめる。
そしてそれに続く様に父親の春樹も笑顔を浮かべていた。
「百合子、もうお務めは終わったのかい。」
「うん。終わったよ。最後に一つ残ってるけど・・・。」
そう言って百合子は蒼士たちに視線を向ける。
すると蒼士はその視線を受け「気にするな」と苦笑した。
「大丈夫。私の仕事は終わったから。それと学校はどうなってるの?」
「そうだな。お前には幾つか道があるがテストを受けて元の学年に戻るか来年から伊織と同じクラスで再スタートするか。」
すると百合子は悩む事無く春樹へと答えた。
「それならまずはテストを受けてみる。勉強はあっちでしてたから多分大丈夫。」
「そうか。それならすぐに手続きしておこう。学校ではお前はドイツの病院で入院していた事になっている。その辺も踏まえて考慮してくれるはずだ。大丈夫か?」
「うん、別にいいよ。国は違うけど先生は彼方の外国人の人だったから。」
すると百合子の袖を不意に一人の少年が掴んで軽く引っ張った。
百合子はそちらに顔を向けると優しい笑顔を浮かべた。
「ただいま伊織。いい子にしてた?」
すると伊織は袖を掴んだまま大きく頷き百合子の顔を見つめた。
百合子はそんな伊織の頭を数度撫でると撫子から離れその手を取って握り締める。
「そう。ちゃんといい子にしてたんだね。なら後で一緒にお話しようね。お姉ちゃんもいっぱいお話があるんだよ。」
百合子の言葉に伊織は笑顔を浮かべて頷いた。
どうやら伊織・・・子供にとって家族がいなくなると言うのは想像以上に負担があったようだ。
蒼士たちはそれを読み取り自分たちから軽い挨拶を送る。
「それじゃあな。また気が向いたら連絡をくれ。連絡先は渡した紙に書いてあるからな。」
「うん、ありがとう。落ち着いたら連絡するね。」
そして蒼士は転移し消えていった。
その様子を伊織のみが驚いた顔で眺めている。
ちなみに俺たちが向かったのは実家の方である。
まずは現状を確認するために家に入り奥へと入って行く。
するとそこには平日だと言うのに仕事に出ているはずの父親が待ち構え、母親すら待機していた。
その顔には何やら強い決意が感じられ、俺は冬花とカグツチを連れたまま部屋に入る。
そして自然体である俺達3人の前に緊張で表情を硬くした両親が腰を下ろした。
二人はカグツチに顔を向けると深く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私が蒼士の父の大地です」
「私が母の月子です。天照様から話は聞いております。あなたが神の一人だと言う事も。そして蒼士と冬花ちゃんが何処で何をしていたかも知っています。」
すると俺たちは二人言葉に驚き互いに顔を向け合う。
てっきり天照が両親の記憶を操作し納得させているものだと考えていたからだ。
しかし、その予想は外れどうやらこの二人は知っていながらも何も言わなかった様だ。
その事を疑問に思い俺は二人へと問いかけた。
「それじゃあ。俺達の事を知ってて何も言わなかったのか?」
俺の声には両親を攻める様な目的や雰囲気も一切ない。
それを証明する様に怒気も含ませず声も穏やかにしてある。
すると父さんは真直ぐに俺を見て堂々と胸を張って答えた。
「そうだ。天照様が家に来た時。手品では成しえないような超常の力を見せられた。それにあがなう手段は俺たちには無い。それに俺達は親として少なからずお前を理解しているつもりだ。お前は冬花ちゃんが絡まなければ本当にいい子だった。しかし、冬花ちゃんが絡んだ時、お前の性格は一変する。もし俺達が止めてもお前は絶対に聞かなかっただろう。俺達にはその確信があった。」
そう断言した父さんに俺は「参ったよ」と溜息をついた。
すると話を引き継ぐように次に母さんが会話を続ける。
「ちなみに冬花ちゃんのご両親も知っているわ。そしてあちらのご両親の意見も私達とほぼ一緒よ。二人とも冬花ちゃんの事に蒼士を巻き込むのを心配してたけど天照様が見せてくれた未来のあなた達の映像を見て納得してくれたのよ。それにしても蒼士。あんたが冬花ちゃん以外に興味を持ってくれて本当に良かったわ。一途なのはいいけど程々にしないとダメよ。」
そして母さんの顔は俺の顔を見てニヤケ始め、カグツチへと視線を向ける。
しかし、横に座る大地は大人の対応で話を元に戻した。
「まあそういう事だ。すぐとは言わんがあちらにも挨拶に行ってこい。俺達はお前が何人と暮らそうと、結婚しようと何も言わん。それは彼方も同じだが男ならする事はしっかりしてこい。」
そう言って立ち上がると父さんは俺の肩に手を乗せ微笑みを浮かべた。
「よく無事帰って来た。」
「ああ。まだいろいろと心配かけるけどもう一つの大きな仕事が残っている。それを片付ければ当面の問題は解決する。それじゃ向こうにも行って来るよ。どうせ天照が今日帰る事を知らせてるんだろ。」
「まあな。」
そして俺は冬花とカグツチを連れて冬花の家へと転移した。
その様子に二人は蒼士の成長を垣間見た気持ちになり微笑みを浮かべる。
「でも大地さんあの事は言わなくて良かったの?」
「ん?会社の事か。別にいいんじゃないか。まさか俺の会社をあの人が助けてくれたなんてな。」
「それにほら。あの子の事も。」
「ああ、今一緒に暮らしてる座敷童の子か。次来た時でいいだろ。俺達も蒼士が出て行って寂しいからな。それに前から娘も欲しいと思ってたんだ。今は学校に行ってるが会う時もあるだろ。」
そして二人は一息ついて落ち着いてお茶を飲み始めた。
すると玄関が開き一人の少女が現れる。
「ただいまです。今日のオヤツは何ですか?」
すると月子は実の子に向ける様な優しい笑顔を浮かべて冷蔵庫からオヤツを取り出す。
「今日は良い小豆が手に入ったからそれと栗を使ったどら焼きを作ってみたのよ。」
「おば様ありがとう。私おば様の作った餡子大好き!」
「そう、ありがとう。3人で一緒に食べましょ。」
「おお、私のもあるのか。しかし、月子の作る物はいつも美味しいな。」
そう言って3人は仲良くどら焼きに齧り付くのだった。
そんな事とは知らず蒼士は家から冬花の家の玄関に転移した。
「ただいまお父さん、お母さん。」
すると奥からもの凄い勢いで冬花の両親が飛び出してきた。
「冬花。あ~良かったわ無事で。蒼士君もありがとね。」
冬花の母親は冬花を涙目で抱きしめながら俺へもお礼言った。
そして冬花の父親も目元の涙を拭いながら歩み寄って来ると肩を力強く掴んでくる。
「さすが俺達が見込んだ男だ。お前以外に冬花を任せる気はなかったが今回の事でその判断に確信が持てた。俺達は何があってもお前以外に冬花はやらんから安心してくれ。それと孫はゆっくりでいいからな。まずは安定した家庭を築けよ。」
そして二人もカグツチの事を見ると姿勢を正して頭を下げた。
「カグツチ様ですね。私は父の明人です。」
「私は母の夕子です。今後とも娘と仲良くしてあげてください。」
カグツチはそんな二人を見て微笑むと深く頷きを返した。
「私こそ冬花には色々な事を教えてもらっている。同じ男を愛する者同士。冬花と共に蒼士の傍で生きて行こうと思う。」
その言葉に二人は顔を上げ笑顔を返した。
そして無事に挨拶を終えると3人はまた俺の家に転移して戻る。
先程は部屋からそのまま来たため靴を忘れて来たのだ。
そして家に帰ると俺達は居間から聞こえる、聞き覚えの無い声と人の物ではない気配を感じ取る。
しかし、この俺達にとっては脅威ではないので警戒する事無く中に入った。
するとそこにはこの家には似つかわしくない浴衣の様な格好をした10歳くらいの少女が腰かけ3人仲良くどら焼きを食べていた。
その様子に苦笑し少女について問いかける。
「ところでそいつは誰なんだ?俺の妹じゃないよな。親戚にもそんな顔は居なかったし。そもそも人間じゃないだろ。」
すると両親は顔を見合わせ、見ただけで気付かれた事に笑みを浮かべた。
そして俺に彼女が来た時の事を教えてくれる。
「すなわち、この子は天照が置いてった訳か。まあ助けてもらってるなら別にいいぞ。あ、ほらどら焼きのカスがついてる。」
そう言って俺は少女の口元をタオルで軽くぬぐう。
「あ、ありがとうございます。あの、私はここに居ても良いのですか?」
座敷童は何故か俺を見つめそう尋ねてくる。
それに対して俺はニコリと笑い座敷童に話しかける。
「良いも悪いもお前がいないと家の会社潰れるだろ。それに母さんの料理は美味いだろ。」
俺の言葉を聞いて座敷童は何度も力強く頷いて答える。
まるで何処かの人形のようだと感じた事は口に出さず俺は話を続ける。
「それなら家に居たいだけ居ればいい。二人も喜んでるしな。もし困った事があれば家に来い。武力で片付く事ならある程度は聞いてやれる。」
まあ、武力でダメなら天照とかの神頼みだけど、その辺に関しては心配していない。
何故なら日本国籍を持つ座敷童なんて聞いた事が無いのであちらが既に手を回しているはずだからだ。
そして俺は立ち上がると座敷童の頭を数回ポンポン叩いて転移しようとした。
しかし、名前を聞いていない事を思い出した振り返って名前を尋ねる。
「そう言えばお前の名前は?」
「私は蓮華です。今後もよろしくお願いします。」
「ああ、でも硬いぞ蓮華。この家に住むなら俺達は家族同然だ。もっと気楽に行け。」
「わ、分かりました。それじゃあ。お、お兄ちゃん・・・。」
するとそのはにかんだ様な赤い顔に俺の両親はノックアウトして倒れる。
そして俺は微妙に伝えたかった事とは違う結果になった事を自覚しながらもまあいいか、と気にする事無く笑顔で手を振り玄関へと消えていった。
そして冬花もカグツチも蒼士の平常運転ぶりに苦笑しつつも、自分たちにもいつかはあんな可愛い子供が欲しいとその後に付いて行った。
そしてそれを見送った座敷童は・・・。
(お、お兄ちゃん!家族!やったーーー。この家に居ればもう一人じゃない。ここの人たちは私を捕まえようとしないし閉じ込めようともしない。暖かいご飯と美味しいオヤツも食べられる。私ここの子になれて幸せ!)
そして誰にも聞こえる事のない喜びの叫びを蓮華は笑顔で叫び続けた。
その様子を狸寝入りで見守る蒼士の両親がいるのも忘れて。