118 暴走魔物
最前線に突如、複数の巨大な咆哮が響き渡った。
「「「「「ガアーーー!!!」」」」」
そして前線で戦う戦士たちはその耳をつんざく様な咆哮に視線を向けるとその光景に顔を歪める。
そこには他を圧倒する体格のオーガが立ち、戦士たちを睨みつけている。
そしてその目は赤く光を放ち暴走している事を如実に表していた。
それを見たアルベルトは即座に大声で叫んだ。
「警戒しろ!暴走魔物が出たぞ。あいつらを絶対に後方に通すな!!」
するとそのオーガたちは一斉に走り出しアルベルト達に襲い掛かった。
オーガたちは通常、その大きさからスピードはそれほどではない。
しかし、目の前にいるオーガは魔石の過剰摂取による暴走でスピードもパワーも通常のオーガに比べると段違いである。
恐らくこれが後方へ行くと確実に犠牲者が出るだろう。
そしてオーガは進路上の他の魔物たちを弾き飛ばし、踏み砕いて向かって来る。
その姿に恐怖を感じないと言えば嘘になるがここで引く訳にはいかなかった。
「竜人の腕輪を装備している者はあいつらを最優先しろ。他は後方に流してもいい。」
そしてアルベルト達は暴走オーガへと向かって行った。
「くらえーーー!」
アルベルトは叫びながらオーガに切り掛かる。
そしてその足に剣を振り下ろし切り裂く事に成功した。
しかし、切断までいたらなかった傷は瞬く間に塞がりオーガは何も無かったかのようにアルベルトへと襲い掛かった。
「クソ、硬すぎる。しかも切断できなければあの回復速度で瞬く間に回復されてしまう。」
そして周りでオーガの相手をしている者たちも同じ様に顔を歪め苦戦を強いられていた。
(このままでは戦線が崩壊する。急いでこいつらを倒さなければ。)
しかし、心が焦ろうと事態の好転にはつながらない。
最悪、時間を掛けてでもこのオーガは倒さなければこちらに勝ち目はないのだ。
だが、そんなアルベルトの前に更なる強敵が現れた。
それはオーガではあるがその大きさは他の者に比べれば小さい。
しかし、その体から放たれるプレッシャーは目の前のオーガたちを遥かに凌駕していた。
しかもその体は闇の様に黒くその異質さに拍車をかけていた。
実はこのオーガは魔族たちが作り出した暴走オーガではあるが先程の物とは大きく違う。
このオーガは周りにいた暴走オーガを皆殺しにし、さらにその魔石をも取り込んだ。
しかも周りにいた魔族をも食い殺しその力を得ているのだ。
オーガは魔族を取り込むと同時にさらなる進化を果たし、巨大な体は力を凝縮したように縮んでいった。
そして体は魔族たちの心を反映する様に黒く染まって行ったのだ。
そして黒いオーガは一番近くにいたアルベルトへと一歩を踏み出した。
その速度も周りのオーガに比べると信じられないほど早く強化しているアルベルトですらギリギリ対応できる程度であった。
「ぐうううーー。なんて力だ。しかも素手で殴ってるくせにこちらの剣が先にイカレそうだ。」
そして黒いオーガはアルベルトに向け次々に拳を振り下ろす。
その攻撃は獣のようであり、本能のみで振るわれる拳に規則性は感じられない。
そのためアルベルトはその無軌道な攻撃に苦戦を強いられた。
「ガアアアーーーー!」
そして、黒いオーガは次第に魔力が体に馴染んでいるのか、更なるスピードとパワーでアルベルトを攻撃する。
その結果、アルベルトにもとうとう限界が訪れた。
アルベルトは激しい攻撃を捌ききれなくなり、その攻撃に剣を飛ばされてしまう。
その瞬間、オーガは愉悦に口元を歪めるとその拳でアルベルトの体を殴り付けた。
するとアルベルトは両腕を交差させると後ろに飛び衝撃を逃がしながら攻撃を防いだ。
「ぐあああーーー!」
しかし、それでもオーガの攻撃はアルベルトに大きなダメージを与えた。
防いだ手の片方は千切れ飛び、もう片方の腕も粉砕骨折している。
更に衝撃は体に達し、アルベルトは吹き飛ばされながら意識を失った。
すると黒いオーガは嬉しそうにアルベルトを見るとその口から涎を垂らした。
どうやらオーガはアルベルトを喰い、その力を取り込もうとしているようだ。
それを見た周りの者は咄嗟に叫び声を上げる。
「アルベルト、起きろ。」
「クソ、オーガが邪魔で助けに行けない。」
「誰か行ける奴はいないのか?」
「ダメだ。今誰かが抜けると後方に抜かれる。」
オーガは皆の見ている前でゆっくりとアルベルトの前まで歩み寄った。
そして意識のないアルベルトの髪を掴み持ち上げるとその口を大きく開く。
しかし、黒いオーガがアルベルトに牙を突き立てようとした時、そのすぐ横から間の抜けた声が戦場に響いた。
「ちょっとお前。そいつが死ぬと俺が蒼士から叱られるだろうが。」
そしてその者が振り下ろした攻撃はいともたやすくオーガの腕を切り取りアルベルトを救い出した。
その姿にシモンとアベルは驚愕の顔を向けた。
「お、お前はさっきの。」
「坊主、お前が何でここに?」
アルベルトのピンチを救ったのは開戦前に少しだけ話をした颯である。
颯はポーションを取り出すとアルベルトに無理やり飲ませ空に顔を向ける。
「明美、あっちは頼んだぞ。」
「ええ、すぐに終わらせるからあの黒いのはお願いね~。」
そして、空には当然の様に羽を広げて飛ぶ明美の姿があった。
明美はそのまま暴走オーガたちの上空に移動すると糸を放ち縛り上げる。
そのため如何に再生能力とパワーに優れたオーガでも身動きが取れなくなり呆気なくその場に倒れ弱点である首を戦っていた戦士たちに晒した。
「いまだよ!首を集中攻撃して切り取っておしまい。」
そして騎士や冒険者はオーガの首を集中攻撃し全てのオーガの首を切り取る事に成功する。
その頃には黒いオーガは切られた腕を元通りに再生し、颯と向かい合っていた。
その目には先ほど切られた腕の恨みからか激しい怒りを感じる。
しかし、颯はその目を気にする事無く「フン」と鼻で笑った。
すると黒いオーガは怒りの形相で襲い掛かる。
「ちょろい奴。さっき腕を切られたのを忘れたのか。」
そしてオーガは先ほどのアルベルトにしたように素手で颯を殴り付けた。
しかし、その結果は先ほどとはかけ離れたものへと変わる。
オーガの渾身の一撃を鬼切丸の刃はいとも容易く切り裂き更に大量の魔力を吸い取った。
その事に気付いたオーガはいったん距離を取ろうと後ろへと大きく飛ぶ。
しかし、颯はオーガを逃がす事なく今度は反対の腕を切り飛ばした。
「ガ!」
「甘いんだよ。一度間合いに入った相手を逃がすはずねえだろ。」
そう言って続く攻撃で両足を切り取り、完全に動きを封じると最後に首を飛ばした。
そして更に胸に刃を突き刺すとそこから魔石を取り出す。
颯はそれを回収すると周りを見回た。
すると、先ほどのオーガとの戦闘で周りは魔物で溢れ、それは後方へと流れていっている。
それを見て颯は明美に視線を向け互いに頷きあうとドラゴニュートへ変身した。
それにより体は鱗に覆われ頭に角が生える。
そして颯は体が大きくなり2メートルを超える巨体へと変化した。
明美には大きさの変化はあまり見られないが死んだオーガに糸を繋げるとそのままブレスの態勢に入る。
そして颯も同じようにブレスの態勢に入るとそのまま人の居ない別々の方向へと閃光を吐き出した。
「くらえーーー。」
「死んで下さーーーい」
その叫びと共に光り輝くブレスは周りの魔物を飲み込み消滅させていく。
そして打つ度に明美が繋いだ糸の先のオーガは次第にやせ細りミイラの様に干からびていく。
颯は数発撃つと先程倒したオーガの魔石を口に放り込み魔力を吸い取ると残った不純物を吐き出し、またブレスを吐いた。
これにより押されていた戦線は再び息を吹き返す事に成功する。
しかし、全員の消耗が激しすぎたため指揮官はここでいったん撤退する事を決めた。
そして、今回の殿は颯と明美である。
二人は全軍が引いて行くのを確認すると上空に飛び上り扇状にブレスを吐いて地面ごと抉り取る。
これにより魔物の足をいったん止め魔導士たちの援護もあり無事撤退に成功した。
そして人の姿に戻り町に戻った颯と明美は周りの者から歓声を浴びた。
「お前らあんなに強かったんだな。」
「ありがとうよ。おかげで生きて帰って来れた。」
「今度一杯奢ってやるぜ。」
そして、お礼と称賛を浴びた二人は恥ずかしそうに頬を掻き人々の間を歩いて行った。
しかし、そのように激しい戦いが行われている裏で、聖王国の潜入工作員達は再び動きを見せていた。
彼らは一部の者を陽動に使い最小限の犠牲で王城へと向かっていた。
そして城の近くの潜伏拠点に集合するとリーダーの男はターゲットを告げる。
「ターゲットは今この国にいる異端の神々。手段を択ばず可能な限り始末しろとの事だ。それともし可能ならばこの国の王族も殺せと通達があった。全員命を惜しまず任務を遂行せよ。」
すると周りの者たちは無言で頷き了承を示す。
「良し、それでは行くぞ。カティスエナ様の為に。」
「「「「「カティスエナ様の為に。」」」」」
そう言って全員ナイフを抱く様にして声をそろえる。
ちなみにこのナイフだがカティスエナの神気が込められた特別製であった。
その為、通常の武器では殺すのが難しい神ですら普通の人間の様に殺すことが出来る。
以前ベルを襲った聖王国のSランク冒険者が持っていた物と同じものであった。
しかし、今回の物はそれよりも遥かに強力ではあるが。
だが彼らは知らなかった。
今の王城に聖王国の民が近づけば命がない事に。
彼らは門の前に行くとあからさまな異常に気が付いた。
それは門の前の詰め所には誰も居らず、しかもこの様な非常時だと言うのに城の門は開け放たれていた。
これでは入ってくれと言っているようなものである。
工作員達は互いに視線を交わすと警戒レベルを最大に上げて城へと入って行った。
しかし、門を潜り中庭に入っても人の気配は一切ない。
それ所か気配さえ感じる事が出来なかった。
そして更に進んで行くと工作員達は足に何かが絡まり歩みを止める。
しかし、一斉に足を止めた事に不信を感じ即座に足元に視線を落とした。
「な!何だこれは!」
そして彼らの目に映ったのは自分達の足を掴む人の物と思われる白い骨の手であった。
「クソ、どうなってるんだ。ここは城の中だぞ。スケルトンが湧くなんてありえん。」
すると一本目の手は無音で彼らの足を掴んだが、今度は土を跳ね上げながら大量の骨の手が地面から突き出し、彼らのを更に拘束する。
そしてそれは次第に足首から膝へ大腿部から腰へとよじ登り髑髏の顔を地面から突き出した。
「は、離せ!こいつ!!」
工作員は突然の事態に混乱しながらも手に持つナイフをスケルトンに振り下ろした。
通常なら神の加護の宿る武器で攻撃すればスケルトンなど簡単に倒せるはずである。
しかし次の瞬間、その予想は信じられない方向で裏切られた。
『キン、キン。』
スケルトンは加護の掛かったナイフを弾き金属を叩いたような甲高い音を上げる。
「なんだ!なんで神の加護が掛かった武器でアンデットが無傷なんだ!」
そして、攻撃を繰り返した結果、先に限界が来たのはナイフの方であった。
スケルトンを攻撃したナイフは根元からあっさりと折れてしまい刀身は地面に落ちると砂の様に崩れて消えていった。
するとそれを見たスケルトンがカラカラと笑い始める。
そして更なる驚愕が彼らを襲った、
「久しぶりね。あなた達の事はよく覚えているわ。なんたって私を殺した人たちだもの」
そして肉の無いスケルトンが話した事よりもその聞き覚えのある声に工作員達は驚愕する。
「あの時、私を笑いながら拷問して殺したでしょ。それに今日はたくさん集まったのよ。みんな私とあなた達の共通のお友達。覚えていてくれてるかしら。」
その言葉と同時に次々とスケルトンたちは工作員の上半身までよじ登り喋り始めた。
「よう覚えてるか。お前ら俺と妹を誘拐してあの国の寒村に連れて行ったよな。お前らのせいで妹は兵士に死ぬまで犯されて俺の前で冷たくなっていったんだぞ。」
「俺の事は覚えているか?お前らが襲った馬車の御者をしてたんだ。もう少しで子供が生まれる時だったのに・・・。俺は我が子を抱けなかったんだぞ。」
そしてスケルトンたちは一人一人呪詛の言葉を工作員達に放つ。
しかし、それも長くは続かなかった。
途中であるスケルトンが喋ろうとした時、横にいた別のスケルトンが震え出したのだ。
「お、お前らが何で生きてて・・・、なぜ俺達が死んでるんだーーーー!」
そう叫んだスケルトンの一人が工作員の腕を掴んだ。
すると本人にも想像を絶する腕力が生まれ簡単にその腕を毟り取ってしまった。
「ぎゃあああーーーーー!」
「あら大変。腕が取れてしまったわ。うふふふ。」
そう言って最初に喋ったスケルトンはクスクスと笑い出す。
しかし、それを見た他の者達は我先にと動き始めた。
「狡いぞお前。俺にもやらせろ。」
「俺は目を抉られたんだこいつにも同じ苦しみを与えてやる。」
「私は耳を鋸で削がれたわ。」
「俺は焼けた鉄を腹に流し込まれた。」
「私は全身の生皮を剥されたわ。」
そう言って自分が受けた苦しみと同じような痛みを工作員達に与えていく。
工作員たちは自分達が今まで他人に与えてきた多くの苦しみをその身に受けほとんど骨と化した頃、血の一滴すら残す事なくこの世から消えていった。
それを知る人は誰も居らず、しばらくするとそこは鳥や蝶の飛び交う長閑な中庭へと戻る。
しかし、見ていなくてもそれを知る者たちは存在した。
「ハーデス様、愚かにもこの城に侵入しようとした聖王国の者達がいたようです。」
そう言ってハーデスに耳打ちしているのは最近では殆どその傍を離れないヘルディナである。
彼女はハーデスの耳に甘い息を吐きながら顔を赤くし嬉しそうに囁いた。
「確かに愚かだな。大人しくしていれば命位は助かったかもしれんのに。」
そしてハーデスはヘルディナに反応する事無く溜息をついた。
「もし、まだ来るようなら容赦は要らん。全て始末しろ。」
「畏まりました。」
そして城の外でも戦闘は続き、戦争も中盤へと突入していく。