113 ディエルの決意
その日、ディエルが父である国王の話を聞いたのは本当に偶然であった。
「なに、バストル聖王国がそんな事に・・・。分かったすぐに砦から全ての兵士を撤退させよう。」
「しかし陛下。それだと敵の正確な情報が手に入りません。」
「何を言っている。無駄な犠牲を出す必要はない。10万もの敵が攻めて来れば残っていても犬死だ。」
そう言って進言した者を国王は怒鳴りつける。
「分かりました。すぐに指示を出します。」
しかし、今の話を聞きディエルはすぐにコレットの元へと走った。
そしてコレットを見つけその肩を力強く掴むと真剣な目で声を掛けた。
「コレット、俺を信じて行動の自由をくれないか!」
するとコレットは口を半開きにして「は?」と首を傾げた。
しかし、ディエルのあまりに真剣な顔に意識を切り替え真面目に考え始める。
「理由は何?言っとくけど今の情勢で逃げると下手すると死刑よ。」
「ああ、分かっている。それでもいかなければいけない場所がある。頼む行かせてくれ!」
するとコレットはしばらく悩んだ末に首を縦に振った。
しかし、コレットとしては1つだけ条件を付ける。
今のディエルはとても真剣だが、そこに危なさも感じたからだ。
その姿はまるで今から死地へと赴く戦士の様であった。
「分かったわ。でも絶対に帰って来るのよ。」
「・・・ああ。」
そしてコレットは自らに与えられている権限を使いディエルに移動の自由を与えた。
するとディエルは笑顔を浮かべ優しくコレットを抱きしめると「感謝する」とお礼を言って走って行った。
しかしコレットはこの時、先程から感じている不安が更に大きなるのを感じた。
それはディエルが逃げるのではないかと言う類の物ではなく、もう会えないかもしれないと言う女の勘の様な物である。
そのため我慢できなくなったコレットは今している仕事を投げ出して密かにディエルの後を追って行った。
しかし今のディエルにはお金も人脈もない。
その為その鍛え上げられた体とスキルをフルに使い走って砦へと向かって行く。
そしてコレットは奴隷紋から発せられている追跡用の波動を追って馬でディエルを追い掛けた。
途中王都へ向かう隊列を躱し、ディエルは無事に砦へと辿り着いた。
しかし、砦の門は固く閉ざされ中へと入る事は出来ない。
その為しかたなく王族専用の脱出路を使い砦へと入って行った。
その頃にはコレットも追いつき、同じように中へと入って行く。
「何なのかしら?こんな所に何があるの?」
そして中に入りコレットは密かにディエルを観察した。
ディエルは砦に残されていた食料と水を手に砦の外が見える場所に陣取ると動く事無くある方向を睨み続けている。
そして数日後、ディエルはアイテムボックスから紙と筆記用具を取り出し何かを書き込み、それを急いで何処かに運んで行った。
そして、近くの部屋に入るとそこから鳥を取り出して紙を持たせるとそれを空に放った。
するとディエルは何故か満足したような表情になりその場に座り込んでしまった。
「もう何やってんのよ。」
それを見てコレットはとうとう我慢が出来なくなりディエルの元へと向かって行った。
(フフ、私がいると知ったら驚くかしらね。)
そして何も知らないコレットはディエルの傍に行き声を掛けた。
「やりたい事は終わったの?」
するとディエルは焦りと悲しみが入り混じったような顔でコレットへと振り向いた。
そして勢いよく立ち上がるとその肩を乱暴に掴み怒鳴り声を上げる。
「なんでお前がここにいるんだ!ここは今、魔族と魔物に包囲されてるんだぞ!」
するとコレットは持ち前の勝気な性格から言い返そうと口を開きかける。
しかし、ディエルの言葉の中にある予想外な単語に首を傾げた。
「魔物?魔族?戦うのは聖王国でしょ。なんでそんなのが居るの?」
「俺も見た時は驚いた。しかし、これは変えようのない真実だ!」
そして、ディエルの言葉を裏付ける様に砦の上空をワイバーンや先の龍王戦に参加しなかったドラゴン達が飛び去って行く。
それを見てコレットは途端に涙目になり冷や汗が滝のように流れる。
「ディエル・・・なんでこんな所に来たか聞いていい?」
「償いの為だ。俺の情報があれば兵たちの犠牲が少なくなる。だから俺は死ぬつもりでここに来た。」
そう言ってディエルは拳を握り歯を食いしばった。
そしてコレットはディエルが自分との約束を破るつもりであった事を知るが理由を聞いて苦笑を浮かべた。
「もうバカねえ。それで約束を破るなんて。でも良かったわ。あなたはちゃんと他人の事を考えられるようになったのね。」
そして二人が視線を交わした次の瞬間、砦の入り口を閉ざす扉が敵の攻撃を受けてはじけ飛んだ。
「きゃーーー。」
「クッ」
そしてその余波を受けコレットは押されるようにディエルの胸に飛び込み、ディエルはコレットを庇うように抱きしめて背中を扉に向ける。
その瞬間、コレットは鼓動の高鳴りを感じるがそれは次に目に飛び込む光景により掻き消された。
「ディエル、ま、魔物が・・・。」
そしてコレットの目に飛び込んで来た砦の入り口には人型の魔物が雪崩込むさまが映し出されていた。
その種類はゴブリンにオークを主体に数匹のオーガが混ざっている。
しかし、ここでコレットを恐怖させたのはそれらが人の女に子供を孕ませて繁殖する魔物であったからだろう。
そして、今この砦にいる女はコレットただ一人。
その為彼女は捕まった場合の自分の運命をハッキリと想像し顔を青く染める。
そしてディエルも最悪の場合、自分の手でコレットを殺さなければならない事を考え腰にある剣を握って顔を歪めた。
「ディエル・・・。もしもの時はお願いね。私・・・。」
「ああ。その場合は任せろ。どっちみちすぐに俺も後を追う事になる。」
そして二人は見つめ合って頷くと砦の建物へと気付かれない様に逃げて行った。
しかし、この砦はそんなに複雑には作られてはいない。
ディエルは持ち前のパワーを生かし部屋にある家具を片っ端から廊下に投げ出してバリケードを構築した。
元々死ぬつもりで来ていたためこの手の備えは一切していない。
コレットがいなければこんなに生き足掻く事はしなかっただろう。
しかし、ディエルはどうしてもコレットを助けたいと感じていた。
たとえ自分の命を犠牲にしても。
そして、少し前の自分では考えられない事だとバリケードを作りながらディエルは苦笑を浮かべる。
「コレット。バリケードは出来たがオークがいるからそんなに時間は稼げん。運が悪ければドラゴンのブレスで一貫の終わりだ。覚悟だけはしておいてくれ。」
そう言ってコレットにも武器を渡す。
コレットはそれを受け取り声も無く頷いて答えた。
しかし、その手は恐怖に震え、いつもの強気な姿は見る影もない。
するとディエルはコレットの背中に手を回し力強く抱きしめた。
「力のない俺を許してくれ。今の俺には僅かな時間を稼ぎ一緒に死んでやるくらいしか出来ん。」
そしてコレットもディエルの腰に手を回して抱きしめ首を横に振った。
「私こそごめんね、勝手について来ちゃって。最後に辛いお願いもさせちゃったし・・・その・・もし生きて帰れたらね。ずっと一緒に居てくれる?」
「ああ、俺もお前との時間は楽しかった。もし生きて帰れたら一緒になろうか。」
そしてコレットは上を向いて初めてのキスを交わし頬を赤く染める。
しかし、そんな二人の時間は長くは続かなかった。
突然バリケードが悲鳴を上げ始めからだ。
「ディエル・・・。」
コレットはディエルの後ろに移動し自身も剣を構えていつでも攻撃が出来る態勢に入る。
そしてとうとうバリケードの一部が崩れそこから複数のゴブリンが侵入してきた。
しかし、ディエルはゴブリンたちの身形を見て疑問が頭に浮かぶ。
(此奴らは何だ。なぜ人間の様な服を着て皮鎧を身に着けている?しかも全員が統一された武装だと。)
しかし、考えている時間はディエル達には無かった。
ゴブリンたちは身形は良いが通常のゴブリンと同じく連携などは考えていない様にバラバラに攻撃を仕掛けて来た。
だが、それが逆に身に着けている物とのギャップを強調する結果になっている。
そして数匹のゴブリンを倒すとバリケードが大きく崩れ、そこからオークの群れが侵入してきた。
しかし、ゴブリンと違いオークの横幅は広い。
その為通路を通れるオークはここでは1匹だけであった。
なので今の所1対1の形で有利に戦闘を進めることが出来ている。
しかし、それも時間の問題であった。
外には数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔物がひしめいているのだから。
「コレット。腕輪の力を使って倒した魔物を横の部屋に投げ込んで足元を確保してくれ。このままでは足元が塞がって身動きが取れなくなる。」
「わ、分かったわ。任せて。それよりオークは強いけど大丈夫。」
するとディエルはコレットを元気づける様に口元を吊り上げてニヒルに笑う。
「こうなる前は王国でも5本の指に入るくらいには強かったんだ。オークなど余裕だ。」
そしてディエルはその宣言通りオークを確実に仕留めていく。
しかし、この辺になるとちょっとしたミスで体に傷がつき始める。
するとディエルはある事に気が付き腕にある腕輪に視線を落とした。
そこにあるのは治癒の腕輪である。
しかし、これは傷をおえばそれを強制的に治す自動タイプであった。
そのため傷は治るが魔力が枯渇すれば意識を保つことが難しくなる。
そして何匹ものゴブリンやオークを倒し幾つもの部屋がその死体でいっぱいになったころ、ディエルの恐れていた事が現実のものとなり始めた。
すなわちディエルの魔力が枯渇し始めたのだ。
するとディエルは治癒の腕輪を腕ごと切り捨てた。
そして非常用に渡されていたポーションを飲み腕を回復させる。
「ディエル何やってるの!?」
しかし後ろで見ていたコレットはディエルの行動に驚愕し傍まで駆け寄ってくる。
そして足元に落ちている腕と腕輪を見てディエルの奇行の理由を理解した。
「ディエル、もしかして魔力がもうないの?」
「ああ、この腕輪の仕様は聞いてるだろ。これ以上使うと意識が保てなくなる。そうなってしまうと最悪の事態が起きるからな。」
「そうね。それにこの腕輪は付けた人にしか外せないからこうするしかなかったのね。」
その後、治癒の腕輪を外したディエルの体には無数の傷が刻まれていく。
そして、とうとうその時が訪れてしまう。
ディエルは出血と魔力切れで今にも気絶しそうな状態であった。
そして、意識が一瞬ブレた時を狙っていたかの様に目の前のオークの下と左右からゴブリンが槍を突き出してきた。
ディエルは完全に隙を突かれた形になり、二つまでは避けたが最後の一本を足にくらってしまう。
しかも、その時に出来た隙を更にオークにつかれ振り下ろされた剣で片腕を失った。
こうなれば後は蹂躙されるだけである。
ゴブリンたちはオークの足元から無理やり前列に飛び出すとそのままディエルを無視してコレットに襲い掛かった。
コレットは力を強化されていようと所詮は戦いの心得の無い普通の少女である。
押し寄せるゴブリンに剣を振れてもすぐに限界が来てしまうだろう。
「私だってゴブリンくらい。」
そして、先頭のゴブリンに剣を振るいその体を切り裂いた。
しかし、その次のゴブリンは腕を、その次は足をと一撃で決めることが出来ない。
ゴブリンたちは傷付きながらもその歩みを止めずとうとうその攻撃がコレットを捕らえた。
「クッ。足が」
そしてゴブリンの持つ槍がコレットの足に深々と突き刺さり顔を歪める。
しかし、そんな事が起きようとゴブリンの波は待ってはくれない。
その後も剣や槍がコレットを襲い傷を癒すために彼女の少ない魔力を消費して行く。
そしてその魔力もとうとう使い切るとゴブリンは一気にコレットに襲い掛かった。
ゴブリンたちはコレットに覆いかぶさり腕と足の腱を切断する。
「キャーーー。」
そして剣で服を裂きその肢体を晒させるとゴブリンたちはコレットに手を伸ばした。
それにコレットは嫌悪と恐怖を感じ愛しい者の名前を叫んだ。
「お願い。ディエル早く来て。私を殺して。」
そして涙にぬれる瞳を見開いて前を見た瞬間、ゴブリンたちを一筋の剣線が薙ぎ払った。
コレットはその剣を振った者がディエルである事を確認すると糸の切れた人形の様にガクリと意識を失う。
するとディエルはコレットを無理やり傍の部屋に放り込むと扉を閉めてその前で剣を構えた。
「この化け物共がーーー。アイツにはもう指一本触れさせん。」
ディエルは満身創痍ではあるがその瞳に炎の意思を宿し魔物たちを睨みつける。
そしてコレットとの約束を守れなかった事への後悔と死の気配を背中に感じ始めた時それは訪れた。
『ゴゴゴゴーーーー』
それは砦全体を揺るがす巨大な地震。
ディエルはその揺れに足を取られ扉に背中を付けて何とか態勢を保った。
すると突然近くの窓を破り何者かが現れディエルの前に足を着けた。
ディエルはその人物に視線を向け目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
「ミネルバ。なぜお前がここにいるんだ!?」
しかし、ミネルバは何も言わず浮足立つ魔物の群れに向かい手に持つ剣を振り魔物の殲滅を開始する。
その姿はまさに鬼神の如く。
オークはその身に受けた剣線に沿って両断され血を撒き散らす。
しかし、その身が倒れると共に後ろにいた複数のゴブリンが槍をミネルバに突き出した。
するとミネルバの手が霞んだかと思うと槍は全て逸らされゴブリンの額に剣で突かれた様な傷が出来る。
そしてゴブリンはそのまま足元に倒れ物言わぬ躯と化した。
その後もミネルバは死んだ魔物をアイテムボックスに入れながら足場を確保し、押し寄せる波を上回る速度で殲滅して行く。
するとディエルは外からも同じように魔物たちの悲鳴が聞こえる事に気が付いた。
そしてそちら見れば数人の者が剣や槍、大きな片刃の大剣の様な物を手に驚異的な速度で魔物を殲滅している姿が目に飛び込んで来た。
その一振りは複数の魔物を同時に両断し、正確無比な魔法は大量の魔物を一度に始末して行く。
しかし、その余波も凄まじく、既に砦内の多くの建物が倒壊し、瓦礫の山と化している。
そして、ディエルはある疑問に気付き敵の進入路となっている門へと目を向けた。
だがそこから侵入してくる魔物は無く、その外にあるはずの地面が見当たらない。
この時ディエルが近くでそれを確認することが出来れば砦を囲むように深い谷が出来ている事に気付いただろう。
しかし、今のディエルにそれを知るすべはなく、ただ首を傾げるだけであった。
そしてディエルは思い出したようにハッと後ろの扉を開けてコレットの元に駆け寄った。
しかし、彼女の傷は深く、今も続く出血のせいでその顔は青く呼吸も浅くなり心臓の鼓動も弱くなっている。
ディエルはすぐに立ち上がりミネルバの元へと走った。
「ミネルバ、コレットが負傷しているんだ。ポーションを持っていないか?」
するとミネルバはモンスターを殺しながら片手にポーションを取り出しそのまま後ろに放り投げた。
ディエルはそれを大事に受け取ると「感謝する」と言って走って行った。
その様子に魔物を睨みつけて鬼の形相をしていたミネルバの顔に僅かな笑みが生まれる。
部屋に戻るとディエルはポーションをコレットに飲ませ傷を回復させるた。
そしてコレットの体をその胸に抱きしめ泣きそうな顔で笑顔を浮かべる。
「良かった。本当に良かった。」
そう言ってディエルは大粒の涙をその目に浮かべた。
しばらくすると周りが静かになりディエルはコレットを残った片手で抱えて部屋を出た。
そして血に染まった通路を抜けて外に出るとそこにはミネルバを含めた数名がディエル達を待ち構えていた。
その中からまだ少年と言える年齢の者がディエルへと近づいて来る。
「俺は蒼士。気は進まなかったがお前を助けに来た。」
そう言って蒼士はディエルに殺気の籠った視線を向けた。
ディエルは冬花を苦しめた大きな元凶の一つ。
蒼士の中には今もディエルに対する憎しみが確かに残っていた。
しかし、蒼士はそれを捻じ伏せ、今はこうしてディエル救出に手を貸している。
そして不機嫌そうに背中を向け「帰るぞ」と短く告げ、全員を連れて転移して行った。




