109 颯と明美 竜人となる①
雷神があちらへ帰った直後。
カルラは笑顔を浮かべ、颯と明美を捕まえると軽く肩に担ぎ裏口へと向かって行った。
「わっと、何だこの怪力。ビクともしねーぞ。」
「ちょ、待ってください。私達をどうするんですか?」
するとカルラの突然の行動に二人は困惑の声を漏らす。
しかし、どう動いてもカルラの拘束を振り解く事は出来ず二人は諦めて静かに運ばれていった。
するとカルラは裏口を開けるとニヤリと笑い二人へと視線を向ける。
「当然、頼まれた事をするだけよ。お前たちをドラゴニュートまで進化させる。そうすれば空も飛べるし今よりもずっと強くなる。そこから竜化が出来るかどうかはあなた達の才能しだいね。」
そして裏庭に出ると二人を地面に下ろし、カルラは二人の顔をジッと見ながら目を細めた。
それはまるで近眼の人間が眼鏡をはずして無理に見ようとする様な顔である。
しかし、見た目は美人なカルラがそれをやるとその鋭い目と相まって物凄い形相で睨まれている様にしか見えない。
そしてカルラは不意に普通の顔に戻ると溜息を吐いた。
「あなた達、なんだか変なモノみたいね。魂は人なのに体が魔物で上手く均衡が取れてる。私の知る所だとあなた達みたいな存在は魂まで魔物になってバーサーカーみたいに死ぬまで暴れるか、魔物そのものになるんだけどね。」
するとカルラの言葉に颯と明美は互いに顔を見合わせ苦笑を浮かべる。
実際に颯は蒼士たちに手伝ってもらわなければカルラが言うような存在になっていただろう。
明美に関しては一度完全に妖怪となり天照に救ってもらっている。
そのため、二人は今に至る経緯を話して聞かせる事にした。
「・・・と言う事なんです。俺達ある意味ではさっきの天照っていう神様に嵌められたみたいで。」
そう言って颯は言葉を切ってあの時の事を思い出した。
今なら蒼士たちがかなり親身になって助けてくれた事がよくわかる。
彼らのおかげで今の自分があり、こうして明美と一緒の時間を過ごす事が可能になったのだから。
もしあの時、蒼士たちが自分を手助けしてくれなかったら、今のこの時は無かったかもしれない。
そしてカルラは颯から話を聞いて少し悩むそぶりを見せると考えがまとまったのか一度頷いて明美へと顔を向けた。
「明美と言ったか。お前は加護持ちと言う事なら心配なさそうだね。それにあなたがもともと蜘蛛である事を考慮すれば魔石だけより体からも魔力を取り込んだ方が効率が良さそう。」
そう言ってカルラは庭の真ん中に首を切られた10メートル程のドラゴンを取り出した。
そのため裏庭を殆ど埋め尽くす形となり二人はその大きさと姿に驚いてあんぐりと口を開ける。
「こ、これがドラゴン。俺達にとっては本の中の生き物だけどこうやって見るとやっぱりデカいな。」
「ええ、でも本物なのよね。それにもう死んでるのに凄い力を感じるわ。吸いきれるかしら。」
そして、ドラゴンを取り出したカルラはまず明美に向かって指示を出した。
「明美はさっき少し見たけど、繭で包んだものからでも魔力を吸えるでしょ。私の見立てだとこれを吸いきれば目的は達成できるはずよ。でも気を付けるのよ。さっきの魔石はドラゴンの魔石としては最底辺なんだから。」
すると明美は頷くとドラゴンに糸を掛けながら繭で包み始める。
その行動に淀みは無く本能がそうさせるのか次第にドラゴンは繭に包まれていく。
また、先ほどの魔石の吸収で力が上昇したようで、巨大なドラゴンを完全ではないがいとも容易く持ち上げている。
何も知らない者が庭を覗けばその姿に腰を抜かす事だろう。
そしてカルラは次に颯へと向きを変える。
「問題はお前だな。」
すると颯は悩み顔を向けられ頭に?を浮かべる。
「何が問題なんですか?」
「お前は自分の力だけで今から進化しないといけない。しかし、急ぎすぎれば暴走の恐れがある。それを解消する手段は簡単なんだがかなりの負担があるからお前が耐えられるかどうか。」
すると颯はゴクリと唾を飲み込み明美へと視線を向けた。
その先では既に繭を張り終えた彼女は魔力吸収に取り掛かっている。
そしてこのままでは前の様に彼女との間に大きな差が生まれ置いて行かれる危機感を感じた。
そのため颯はそれだけは何があっても許容できないと拳を強く握りカルラへと意見を述べる。
「大丈夫です。ここに来る前にも地獄の様な特訓を受けてきました。絶対に耐えきって見せます。」
するとカルラは満面な笑顔で頷き颯の肩に手を乗せた。
「よく言った。私はその言葉を待っていたのだ。まあ、ちょっと手足を切断したり自我が崩壊しかける程度だ。」
そう言って「ハハハ」と笑うカルラに颯は笑顔を張り付けたまま何気なしに問いかける。
「そ、それで、カルラさん。その場合の成功率はどれほどですか?」
そう問いかけた颯の額には笑顔には似つかわしくない程の大量の汗が浮いている。
しかし、カルラは笑顔を崩す事なく何でもない様に言い放った。
「ああ、竜からドラゴンに進化する時はまあ、50パーセントといった所か。」
「あ、あの、それって竜はですよね。例えば魔物からはどうなのですか?」
この時の颯は危機感からか、いつもよりも感覚が鋭くなり、カルラの例えに自分が含まれていない事に気が付いた。
恐らくはいつもの颯ならば確実に気付く事は無かっただろう。
なので気付かれたカルラは顔には出さずに心の中だけで小さな舌打ちをして惚けた感じに真実を告げた。
「ん?ああそちらは10パーセントくらいか。まあ、気合の問題だから頑張れば出来る話だ。」
そう言って激しく肩を連続で叩かれている颯は杭のように次第に地面に埋もれていく。
(安請け合いするんじゃなかったーーー。)
颯はそう心の中で叫び声を上げるがその思念を拾ってくれる存在は誰もいなかった。
そして早速カルラによる颯の進化計画が始まる。
「それじゃ、まずは魔石から魔力を吸収して行くのだ。」
そう言ってカルラは颯に幾つかの魔石を渡す。
そして颯は先ほどのようにそれを口に含むと魔力だけを吸い取り石のようになった魔石を吐き出した。
それを見てカルラは目を鋭くすると吐き出された魔石を睨むように見つめる。
「お前の魔力吸収は変わっている。と言うか理にかなっているように見えるな。」
そう言ってカルラは颯の様子を見て声を掛けた。
「理にかなっている?俺は単純に魔力を吸った後の残骸を捨ててるだけですよ。」
「いや、実を言うとその残骸が最も問題なのだ。通常そんな風に魔力だけを吸い出す事が出来る魔物はこの世界にはいない。それに暴走の原因はその残骸に宿る死んだ魔物の思念などが体に蓄積されて起こるのだ。お前のやり方ならもしかすると暴走の心配はないかもしれないな。ともかく暴走の兆しがあれば私が力ずくで止めてやるからどんどん魔力を吸収して行け。」
そして二人はカルラの指示通り魔力を取り込み続けた。
すると次の日の朝には明美はドラゴンから全ての魔力を吸い取り、その亡骸はミイラのように干からびた姿をさらしている。
その結果明美は見事に竜人への進化を果たし来た時とは比べ物にならない程の力を手に入れた。
さらにこの世界の生物を吸収したためか、ステータスプレートも表示できるようになりスキルも手に入れることが出来ていた。
そして、それは目の前でいまだに魔石から魔力を吸収し続けている颯も同じである。
彼も既にステータスプレートを手に入れる事には成功しスキルも得ている。
しかし、いまだに竜人への進化はしておらずカルラも頭を抱えていた。
「おかしい。もう進化してもおかしくないはずだが。」
すると、朝になった事で家の住人達も目を覚ましたようで裏口を開けて蒼士が顔を出した。
「おおやっているな。調子はどうだ?」
するとカルラたち3人は浮かない顔を蒼士へと向け溜息を吐いた。
そして真っ先に颯が蒼士へと声を掛ける。
「お前は気楽でいいな。実はカルラさんの予想ではもうとっくに進化しててもおかしくないらしいんだ。でも何かが足りないのか進化できないんだよ。」
すると、蒼士は何かを思い出したように颯の腰を指さした。
「そう言えば鬼人になった時も鬼切丸で100の鬼の血を浴びたじゃないか。もしかして最後の切っ掛けはドラゴンを狩る事じゃないのか?」
すると周りの者たちは目を見開いて蒼士へと顔を向ける。
「そうか、その可能性はあるな。」
そして颯はその意見に賛成し拳を打ち付け、カルラも納得して頷きを返した。
「よし、それじゃ飯を食ったら暇な奴らを集めてまた竜狩りにでも行くか。どっちみち黒の龍王を始末しないといけなかったからな。」
すると、蒼士の言葉に周りの者達はそれぞれ頷き朝食の匂いを立て始めた家へと入って行った。
そして現在、俺たちはカルラの背に乗り黒の龍王が住処にしている山脈へと向かっていた。
今回参加したのは俺に冬花。
ただ俺達は颯と明美が心配なので念のための同行である。
そのため今回は牛鬼の時のように必要以上の干渉はしないつもりであった。
そしてアリス、ノエル、ロックも今回の狩りに参加している。
これは決戦までに少しでも有意義な訓練をする事が目的である。
それに、強化した力を向ける相手として、この世界で最上位に位置するドラゴンは実戦の相手としては申し分のない相手であった。
ちなみにカグツチが参加していないのは天照に訓練の成果を伝え前日カルラに与えた桃を催促するためである。
その事をカルラに伝えた時の喜びようは激しいとしか言い表す事が出来ないようなはしゃぎ様であった。
なにせドラゴンの姿で尻尾を何度も地面に打ち付けるものなので局地的な地震を発生させて周囲の住人に多大な迷惑を掛けてしまったほどだ。
まあ日ごろからドラゴンが飛来し、神が降臨している事からそれだけでも十分な迷惑行為ではあるのだが。
そして百合子は雷神に酒が喜ばれた事が余程嬉しかったのか、今はそっち関係のスキルと格闘中である。
それとパメラとクレアは戻って来たアリシアと共に買い物に出かけている。
これは彼女が契約した3人の都合上決戦参加が確定したためであった。
実際には彼女が戦う必要はないが、それまではこの町で生活しなければならず、住む場所も俺の家で共同生活をする事に決まったためだ。
そして、目の前に目的の山脈が見えて来た時、カルラはドラゴンが使う古い言葉で叫び声を上げた。
『黒の龍王ーーー。今度こそアンタの首をいただくよーー。』
するとその声に答える様に遠くから同じような叫び声が上がる。
『何じゃい我。また来たんか。そのセリフそっくりお前に返してやるけえのー。』
そして、その言葉と共に前方から巨大な魔力が湧き起こり、ブレスとなってカルラへと襲い掛かった。
カルラはそれを見て即座にブレスの態勢に入ると張り合うようにブレスを吐き出し相手の攻撃を相殺する。
「ちょ、何やってんですかカルラさん。避けてくださいよ。あのタイミングなら余裕でしょ。」
颯はそう言って焦りながらカルラの背にしがみ付いた。
しかし、カルラは目を鋭くし不機嫌そうに「ああ~ん」と何処かのチンピラの様な言葉を颯にぶつける。
「何言ってるの。そんな事したら、あいつに笑われるだけじゃなく私が逃げたみたいじゃない。嫌よそんな情けない事。」
その怒気を含んだカルラの言葉に颯は一瞬で縮み上がり諦めたように溜息を吐いた。
ちなみに颯だけががこんなに焦るのには訳がある。
いまカルラの背に乗る者たちの中で、もし今の高さから落ちた場合、無事でないのは颯だけだからだ。
他の者たちは魔法やスキルで空を飛んだり出来るため焦る必要が無い。
俺や冬花に至ってはここから飛び降りても素の身体能力だけで無傷で着地が出来る。
しかしここは現在、高度1000メートル以上の空のド真ん中だ。
こんな高さから落ちれば即死は無くとも捻挫、最悪の場合は骨折もあり得た。
そして俺はフと疑問に感じた事をカルラに問いかける。
「お前らもしかして仲悪いのか?」
するとその問いにカルラは反射の域で言葉を返して来た。
「あたり前でしょ。私は人間と強調するドラゴンの代表。あちらは逆に人間を虐げて遊んでるドラゴンの代表なんだから。しかも奴はドラゴンの最古参で、大きさも今は30メートルを超えてるわ。だから他のドラゴンもつけ上がっちゃって私達との衝突も多いの。もう、思い出しただけでも腹が立つ。」
そう言ってカルラは頭を下にして急降下を始めた。
そして地面直前で減速するといささか乱暴ではあるが背中を地面にクルリと向けて俺たちを落とし、本人も地面に降り立つ。
「それじゃ、好きなだけ暴れてちょうだい。一緒に積年の恨みを晴らしましょう。」
そしてカルラは拳を振り上げて「おーーー」と気合を入れた。
この流れを冷静に見れば颯と明美は完全な巻き添えだろう。
しかし、全員分かっているがカルラは人の姿になり今の所は戦いに参加する気配は無い。
どうやら黒の龍王の討伐は颯たちに丸投げするようだ。
そして、一行が呑気に会話をしている内に山脈からは大量のドラゴンが飛び立ち空を旋回し始める。
そして山脈までの地上側にも遠くから土埃を上げながら大量の竜やドラゴンが攻め寄せていた。
それを見て最初に動いたのはアリス、ノエル、ロックの3人である。
「「「召喚『スレイプニール』」」」
すると3人は同時に召喚を行いそれぞれの横にサークルが出現する。
そしてそこからは8本の足を持つ軍馬のように大きな馬が姿を現した。
馬達はそれぞれの召喚者の元に行くと頭を擦り付け甘えるような仕草を見せる。
そして3人はそれぞれ馬を撫でてやるとその背に飛び乗った。
「これはオーディンが加護と共に与えてくれた騎獣なの。この子達は地面ではなく空間を蹴って進むから空も走れるのよ。それじゃお先に~。」
そう言ってアリス達は馬を操り走り始める。
そして少し離れるとそのまま空へと駆けあがって行った。
そして続いて動いたのは明美である。
彼女は背中に翼を広げると何度か羽ばたかせて体を浮かせる。
それを見てカルラは納得したように頷き明美へと声を掛けた。
「お前はまず飛ぶことに慣れてから上の敵を相手した方がいい。颯をサポートしつつスキルに慣れるのよ。なあに、実戦の中で飛んでいればすぐになれる。それに地上の敵も多いから頑張るのよ。」
そして、一番出遅れた今日の竜狩りの主役。
颯も鬼切丸を抜いて地上を近づいて来る敵に視線を向けた。
「お前はともかく切って切って切りまくれ。下地は既にできているはずだから後はお前しだいよ。」
そう言ってカルラは颯の背中を強く押した。
するとまるでトラックにでもはねられた様に前へと飛び出し、颯はその勢いのままに敵の群れへと突撃していく。
その姿を見送りながら俺はいつものようにテーブルと椅子と取り出した。
すると冬花も当然の様にお茶とお菓子を取り出しカルラも気にする事無く椅子に座る。
「蒼士たちは準備がいいのね。」
「ああ、最初は心配だったがこうやって見れば問題は無さそうだな。」
「そうだね、牛鬼の時は普通の人間がドラゴンに挑むくらいの無茶振りだったけど今回は安全そうで安心したよ。」
「まあ、あえて言えば黒の龍王だけが最後の難関だな。」
そして3人は特等席で戦闘を観戦しながら最後の龍王の出現を待ち続けた。




