105 少女との出会い
加護を授かったノエル達はそれを体に馴染ませるために蒼士たちと共に近くの森へと出かけている。
そのため、家を空ける事が多くなった彼らはなんと神であるハーデスを留守番を任せ訓練に明け暮れていた。
そんなある日、アリス達の家に娘のアリシアを連れたミストが訪れ扉を叩いた。
「ノエルさーん。ミストです。居られますか?」
すると扉が開き、何処から見ても不審人物にしか見えないハーデスがミストを出迎えた。。
しかし、いきなり不審人物の様なハーデスにミストは一瞬身構えるが、彼の神気に気付くと焦る様にその場で跪く。
「いずこの神かは知りませんが、我が身の無礼をお許しください。」
そう言ったミストの額には既に汗が浮かび始めている。
一瞬だとしても今のミスト行動は神に対して不敬であった。
これはもし短気な神ならば殺される可能背すらある。
「構わん。ノエルから話は聞いている。もうじき訓練から帰って来るはずだからそれまで中で待っているといい。」
そう言ってハーデスは気にする事無くミストとアリシアを中へと招き入れた。
そして、家に入るとミストは扉を閉めてすぐに自己紹介を始める。
「始めまして。私はエルフのミスト。こちらは娘のアリシアといいます。今日は娘を皆さんに紹介するために来ました。まさかベルファスト様以外の神が居られるとは知らず無礼な態度を取ってしまいました。お許しください。」
そして、改めて謝罪を口にするミストにハーデスは苦笑を浮かべて頷いた。
「分かった、謝罪は受け取ろう。私はハーデス。この世界の神ではないのでそんなに硬くならなくてもよい。我も今はここで少しの間だが世話になっている身だからな。」
すると足元にいた小さなエルフの少女アリシアはハーデスを見て素直な笑顔を浮かべてその足元に駆け寄った。
彼女は幼い故にハーデスの気配に気付かず、ミストの様な恐怖を感じる事無くハーデスに近寄ることが出来る。
それを見てミストは顔色を悪くするがアリシアは子供らしく笑顔のままハーデスへと両手を突き出した。
「抱っこしてください!」
「???」
しかし、アリシアの予想外の言葉にハーデスは言葉の意味を理解できず首を傾げる。
するとアリシアはもう一度「抱っこー」と声を上げた。
「ああ、そうか始めて言われたので一瞬混乱していたようだ。まさか私が子供に抱っこをせがまれるとは思いもよらなかった。」
そう言ってハーデスはアリシアの腋に手を入れ軽々と持ち上げる。
しかし、それは抱っこと言うにはあまりにも酷く、ただ持ち上げただけという格好であった。
そのため、アリシアは不満を訴えハーデスへと色々と指示を飛ばし抱っこの仕方を教えていった。
「おじ様。これは抱っこではなく抱えていると言うのです。この手は背中にしてこっちの手は膝の後ろを回り込むように・・・。はい、そうです。これが抱っこですよ。」
そう言っている間にもハーデスは困ったように笑い、父であるミストは冷や汗をかきながら心の中で頭を抱える。
そしてハーデスの後ろではヘルが笑顔でその光景を見守りながら同じように手を動かして抱っこの練習をしていた。
そして、ハーデスはアリシアを抱っこしたまま椅子に座りお茶を飲むとミストにも席を勧めた。
「まあ、立っているのも疲れるだろう。茶も菓子もあるので座るといい。」
そしてミストは疲れた顔で席に着くとヘルが準備したカップにお茶を入れて飲み始めた。
するとアリシアは机にあるお菓子を取ろうと頑張って手を伸ばし始める。
しかし、あと少しの所でどうしても手が届かない。
すると諦めたかのように溜息をつくと、今度は自分の上にあるハーデスの顔をジ~~と見つめて無言の催促を始めた。
その目をハーデスは最初、あえて笑顔で無視をした。
するとアリシアの自己主張は次第に激しさを増していき、最初は袖を軽く引っ張る程度だったのに今ではハーデスの胸板をバシバシ叩いている。
しかし、ハーデスの肉体からすればこの程度の攻撃など子猫にじゃれ付かれるよりも痛くない。
そしてアリシアが疲れて息を乱し始めた所でハーデスはお菓子を一つだけ手に取りそれを彼女に渡した。
「お前はまだまだ弱いな。しっかり食べて大きくなれ。」
しかし、そう言っておきながらもハーデスが渡したのはノエルが作った一口サイズのクッキーが一つ。
それを見てアリシアは完全に揶揄われている事に気付き頬を膨らませた。
「おじ様の意地悪。子供を揶揄って楽しむなんていけない大人です。」
そう言ってクッキーを口に放り込んだアリシアは腕を組んでそっぽを向いてしまう。
しかし、その目はチラチラとハーデスの顔を窺ってはその視線をお菓子と行ったり来たりを繰り返す。
するとハーデスは軽く鼻で笑うとクッキーが乗る皿に手を伸ばしてアリシアへと寄せた。
その途端、アリシアの機嫌は良くなり嬉しそうに笑顔でクッキーに手を伸ばす。
そして、一つ二つと食べて口がいっぱいになると、手に持つクッキーをハーデスへと伸ばした。
「ほじはまもどうほ」(おじ様もどうぞ)
するとハーデスは一瞬周りに視線を向けそのクッキーをパクリと食べた。
「うむ、なかなか美味いな。」
「(ゴクリ)そうでしょ。こんなに美味しいお菓子は初めて食べました。それで、もしよければ私に異界のお話を聞かせてもらえませんか?私の国には勇者の方達が残した物語が幾つかあるのですがそのうちの一つ。アテナ様と言う女神の聖戦士と、ハーデス様と言う神が戦う物語が途中までしかないのです。もしご存知なら教えてください。」
そう言ってアリシアはハーデスへとキラキラした期待の籠った目を向けた。
実際にあちらの神々は自分が題材となった物語を熟知している。
しかし、あの話は最後は自分が負けて終了する話であった。
しかも自分はバリバリの悪役である。
そして悩んだ結果ただの物語として割り切り、シナリオ通りに話をする事にした。
しかし、そこは真の冥王ハーデスである。
戦士たちとの戦いが見て来たかのように語られ、アリシアだけでなくミストも話を聞くのに没頭した。
そして、アリシアは話を聞きながらクッキーを齧り時々ハーデスにもクッキーを食べさした。
「そして、聖戦士たちは・・・」
と話の途中で家の扉が開きノエルたちが家に帰って来た。
「お待たせミスト。その子がアリシアちゃんね。」
そう言ってノエルはハーデスに抱っこされたままのアリシアへと視線を向ける。
するとアリシアはハーデスから離れて立つとお淑やかに一礼した。
「始めまして。私がミストの娘のアリシアです。皆さんのおかげで父が毎日家に帰って来るようになり母も大変喜んでいます。いつか森に来ていただける時があれば最大限のおもてなしをするそうです。その際は我が家へおこし下さい。」
すると、それを見ていたハーデスとヘルディナはこの少女は誰だという目をアリシアへと向ける。
そこには先ほどまでの幼い少女の姿は無く、大人の顔をした者が立っていた。
しかし、どうやらシリアスなアリシアはここが限界だったようだ。
言い終わった瞬間、顔がフニャリとだらけ、子供の顔に戻る。
「母からの言伝は終わりました。おじ様、話の続きをお願いします。聖戦士たちはその後どうしたのですか?」
その変わり身の早さにハーデスは呆れて苦笑を浮かべる。
しかし窓から見える外の景色を見て今日はここまでである事をアリシアへと伝えた。
「私はもうしばらくこの家に居る。話はまた明日だ。」
そう言ってアリシアの頭をポンポン叩く。
「え~~~~~。」
するとアリシアは不満の声をあげるがすぐにグッと我慢してミストに顔を向けた。
それだけでミストはアリシアが何を言いたいのかを理解し渋々頷いた。
(仕方ない。神であるハーデス様がまた明日と言った以上拒否も出来ん。)
「やった~~~。それでは明日またお願いします。」
そう言ってアリシアは飛び跳ねながら喜びを表現する。
その様子にアリスはハーデスに近寄り小声で声を掛ける。
「なんか凄い懐かれてない。何したのよアンタ。」
「いや、抱っこをせがまれて勇者たちが中途半端に伝えていた日本の漫画の話を少し話しただけだ。それ以外はしてない。な、何だその目は!本当だぞ。」
そして、アリスはハーデスにジト目を向けるがすぐに笑って笑顔になると「分かってるわよ」と言って離れて行く。
そしてこの日は蒼士たちやミスト、アリシアを含めたメンバーで顔合わせを目的とした食事会となり親睦を深めた。
そしてアリシアは次の日からも毎日ハーデスの元を訪れ話をせがんだ。
するとハーデスは聖戦士たちとの話が終わるとそれ以外の神話の話やそれを題材にした物語などを話して聞かせた。
そしてアリシア自身もそれに熱中し時間は瞬く間に過ぎて行った。
そんなある日。
アリシアたちは宿に帰り、アリス達が眠りについた深夜。
ハーデスの前でヘルディナは膝を付いて心の底から慕っている男へと声を掛けた。
「ハーデス様。お気づきですか?」
「ああ、アリシアの運命についてだろう。」
「はい。このままでは彼女はもうじき死ぬでしょう。どうされますか?」
「今の私にはアリシアを救う権限は無い。助ける事は出来ん。」
そう言ったハーデスの顔は月明かりに照らされ歪んでいた。
それだけでヘルディナにはハーデスの本心を知るのには十分である。
「承知しました。」
そしてヘルディナは何も言わずにハーデスの前から消えていった。
その数分後、ハーデスは立ち上がり転移でその場から何処かへと消える。
そしてヘルディナは今、眠るアリシアの前で呼びかけ、夢の中へと入って行った。
「アリシア・・・。アリシア聞こえますか。」
「あなたはハーデス様の・・・。奥様?」
アリシアはヘルディナに気付くと首を傾げてある意味で言ってはいけない事を口にした。
そして、アリシアの勘違いした言葉を聞いたヘルディナは顔を真っ赤にして独り言を言いながら妄想を始めてしまった。
それは恋人同士の様な甘い妄想から始まり、次第にR-18に抵触する。
すなわち子供には聞かせられない物へと変わっていく。
「そ、それでハーデス様が私の中に・・・。」
そこまで言った所でアリシアはヘルディナの元になんとか辿り着きその体を揺さぶって正気に戻した。
「正気に戻ってください。それ以上はR-15を越えちゃいます。」
「は・・・、私は何を。」
そして正気に戻ったヘルディナは再び真剣な顔をアリシアへと向ける。
アリシアもそんなヘルディナの顔に合わせて真面目な顔になるが先ほどまでの醜態を思い出し表情が崩れるのを精神力をフル稼働して耐えた。
しかし、次のヘルディナの言葉で状況は一変する。
「アリシア、あなたは数日中に死ぬ運命にあります。それはあなたの父であるミストも同じです。」
するとアリシアは悔しそうに涙を浮かべて歯を食いしばった。
(どうして、やっと家族がみんなで過ごせるようになったのに。そんな。しかもお父さんまで。)
そしてアリシアはヘルディナの言葉を疑う事無く受け入れ、そして結果、死を受け入れて諦めた。
この世界では神が伝えた運命を人間が覆す事は不可能とされている。
それは、これまでの歴史が証明しており、全員が例外なく死亡していた。
それを見てヘルディナは表情を変える事無くアリシアの頭に手を乗せる。
そして、自分の中にある愛しい男の力を本人が気付かない程度に送り込んだ。
それによりアリシアの緑の髪の一房が黒く染まり本当に小さな加護を受けた事を示した。
そして、ヘルディナは最後に希望がある事を伝える。
「あの方を信じなさい。」
するとヘルディナはそのままアリシアの夢から抜け出し記憶に封印を掛けた。
そして封印された記憶はアリシアの生への強い渇望によって解放されるようにしておく。
ヘルディナはする事が終わると転移で消えていった。
そしてそこにはいまだに死の運命に囚われたアリシアが穏やかに寝息をたえている。
数日が経ち、アリシアとミストは再びエルフの国に帰るため飛竜の前で別れの挨拶をしていた。
「皆様お世話になりました。」
そう言ってアリシアは頭を下げて礼をする。
するとノエルは申し訳なさそうな顔で声を掛けた。
「あまりおもてなしも出来なくてごめんなさいね。次は町でも案内するからそれまで元気でね。」
「はい。その時はお願いします。」
その直後、横にいたアリスがハーデスの手を引っ張りアリシアの前へと連れて行く。
するとハーデスは何かの文様が彫り込まれたネックレスを取り出しアリシアへと差し出した。
「そう言う事ならこれをお前にやろう。」
そして、そのネックレスには3つの白い十字架が取り付けられておりその中央には赤い宝石が怪しい光を放っていた。
それを見てアリシアは首を傾げながらハーデスへと問いかける。
「これは?」
「お守りだ。絶対に首から外すな。」
それだけ言うとハーデスは背中を向けて去って行った。
「ちょ、待ちなさいよ。もっと言う事があるでしょ。」
そしてアリスはそんなハーデスに納得がいかないのかその後ろを追って行った。
しかし、アリシアはネックレスを首にかけてニコリと笑いハーデスへと無言で頭を下げる。
そして、ミストとアリシアは一匹の飛竜に跨ると空の彼方へと消えていった。