勇者vs魔王 最終決戦(序盤)
勇者は巨大な扉を開けて中に入った.大きな部屋で,ステンドグラスが壁に張り巡らされている,まるで教会のような場所だった.しかしなぜか薄暗く感じられた.一番奥に立派な椅子があり,そこに一人の男が座っていた.黒いマントをまとい,黒い髪に褐色の肌,そして赤く光る両目を持つ男.彼こそが,この世界に未曽有の災厄をもたらした魔王である.彼が座っているのは玉座であり,二人の男がいるのは魔王の部屋であった.扉の開く音に気付いた魔王は,扉のほうを見やると,そこに勇者の姿を認めた.勇者は銀色の光沢をもつ鎧を着ていたが,その鎧は多くの傷と血をまとっていた.ここに来るまでに,勇者があまたの敵と戦いを繰り広げた,何よりの証であった.
「よくここまでたどり着いたな,勇者よ.」
魔王のその言葉は部屋中に響いた.
「貴様が魔王か.よくもこの世界を,人々を滅茶苦茶にしてくれたな! たくさんの人々を殺して! お前を絶対に許さない!!」
勇者の怒号は,魔王の言葉以上に部屋中に響いた.魔王は言った.
「貴様に許しを乞うた覚えはない.むしろ逆に貴様に問いたい.今まで死んだすべての人間が,もっと長く生きていたいと思っていた・・・お前は本気でそう信じているのか?」
「何を言っている?」
勇者には魔王の問いの意図が理解できなかった.魔王は玉座から立ち上がると,言葉をつづけた.
「人は生きている間は数多くの苦しみにさいなまれる.人間関係,社会のしがらみ,そして病や老化といった肉体のしがらみ,人は長く生きれば生きるほど,多くの苦しみにさらされる.そこまでして生きることに何の意味がある? むしろ死ぬことによって,人は生きる苦しみから解放されるのではないか? 私はこれまで,生きる苦しみから人々を解放してやった,ただそれだけのことなのだよ.」
「そんなの間違っている!」
魔王の話のさなか,勇者が声を荒げた.
「なんだ? 人の話は最後まで聞くものだぞ.親や学校から教わらなかったか?」
魔王は不快そうに言った.魔王が言い終わる瞬間に勇者は自分の言葉をつづけた.
「貴様の話など聞くに堪えない! 今まで死んだ人たちの中には,もっと生きていたいと願っていた人だっていたはずだ!」
「確かにもっと生きたかった者はいただろう.しかし,このさき生きていたとしても,苦しみにさらされない可能性はないとはいえんだろう?」
魔王が言い終わった.数秒の沈黙のあと,勇者が口を開いた.
「・・・確かに,生きることはそりゃあ苦しいさ.つらいことさ.俺はこれまであんたの手下たちと何度も戦ってきた.一緒に戦ってきた仲間たちもたくさん死んだ.俺自身,死ぬかと思ったことも何度もあった.でもなあ,死にそうになるたびに思うんだよ.もっと生きていたいって.理屈じゃない.本能だ.生存本能ってやつさ.人は生きている以上,自然に生きたいと思うものなんだ!
お前はそれを踏みにじる行いをしたんだ! 人々が苦しみながらも生きたいという願いを,希望を,踏みにじったんだ! 許せない・・・.絶対に許せない!!」
勇者が言い終わり,しばらくの沈黙ののち,魔王が静かに言った.
「言いたいことはそれだけか?・・・ならばもう一つ教えてやろう.それは,お前がいくらきれいごとを並べ立てても,力がなければ意味を成さぬ,ということだ. この世界は強者の論理によって支配される.強者が正義と悪を決めるのだ.そこに善も悪も関係ない.」
「だとしても,お前の支配はこの俺が否定する! お前はこの世界を支配してはいけなかったんだ! 今ここで引導を渡してやる!!」
そういうと,勇者は銀色の剣を頭上に振りかぶり,雄たけびを上げながら魔王に向かって突進していった.
「そうか,ならば私に刃を向けたことを後悔するがいい!」
魔王は禍々しい見た目をもつ長く太い魔剣を軽々と抜き放ち,勇者が走ってくるのを待った.勇者は魔王の近くまで来ると,銀色の剣を振り下ろした.魔王は魔剣で勇者の剣を受け止めた.二本の剣がぶつかり合う音が,甲高く部屋中に鳴り響き,二人の戦いの始まりを告げた.
勇者は先ほどと異なり,今度は横から剣を振った.勇者の剣は魔剣に止められ,また甲高い音がした.しばらくはこの繰り返しだった.勇者はその肩書きにふさわしく,勇猛果敢に魔王に斬りかかる.
「何だその太刀筋は?私には舞でも舞っているようにしか見えぬがな.」
一方の魔王はそう言いながら,長く太い魔剣を盾にして,勇者の斬撃をことごとく受け流す.勇者は今度は自分の剣を魔王の胸に向け,突き出した.しかしこれも魔剣に薙ぎ払われ,勇者の体が剣とともに横に傾いた.魔王は足を振り上げ,勇者の体を横から蹴り飛ばした.勇者の体は猛スピードで吹っ飛び,壁に衝突した.
「どうした?先ほどあそこまで啖呵を切っておきながら,結局はその程度か?このような雑種に敗北を喫した我が僕どもは,よほどの無能だったらしいな.」