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1章 逃げ水と君の夏 14

このコーヒーを飲み終えたら解散だな。

そう告げようと、まだ湯気が出ているコーヒーから視線を小日向に移す。

小日向は相変わらずスマートフォンをいじっている。


小日向のスマートフォンは小ぶりなサイズで、淡いピンク色のカバーをつけている。

ふと、そのカバーに見覚えのあるステッカーが貼っていることに気づいた。


黒を基調にしたステッカーには、デフォルメされた羊が傘を差し、空からイナズマの形をした雨が降る街を歩いているイラストが黄色の蛍光塗料で描かれている。


小日向の指で見えない部分にある英単語を俺は知っている。


俺は、少し意外に思いながら小日向に声をかける。


「小日向ってElectric Squallが好きなの?」


俺がそう言葉を発した刹那、小日向は弾かれたように顔を上げ、スマートフォンに落としていた目線を俺に向けなおす。その瞳は大きく見開かれており、いつもの冷たげな印象が無くなっている。


「藤沢くん、エレスコのこと知ってるの!?」


身を乗り出しながら、興奮したような声音で質問してくる小日向。

この反応も意外で、俺は小日向が近づいてきた分の距離をとるように軽くのけぞる。


「あ、あぁ、知ってるよ。そのステッカー、俺も持ってる」


俺がステッカーを指差しながら言うと、小日向は感動したように、目を輝かせてこちらを見つめてきた。

その表情は、今日見た彼女の百面相の中で、一番学校での印象からかけ離れていた。

まるで、クリスマスの朝、プレゼントが枕元に置いてあるのを見つけた少女のようなキラキラ具合だった。


「私、エレスコ知ってる人に初めて会った。すごい好きなの!」


なおも興奮したように小日向は続ける。


エレスコことElectric Squallは、我らが大分県出身のインディーズバンドで、この前2枚目のミニアルバムが出たばかりのフォーピースバンドだ。

小日向のスマホに貼られているステッカーは、そのミニアルバムの特典であり、俺のはCDケースに入れたままにしてある。

まだ知名度は高くはなく、おそらく、普通に日常生活を送っていて耳にすることは無いと思う。


「いいよな、エレスコ。でも、小日向こそよく知ってるな、そこまで有名じゃないと思うけど」


それこそ、趣味が音楽鑑賞とかで、Youtubeの関連動画を片っ端まで見るくらいしないと引っかからないと思うけどな。


小日向は勝気な笑みを浮かべながら得意げに言う。


「実はエレスコのメンバーにお姉ちゃんの先輩がいるの。お姉ちゃんが持ってたCDを聴いてハマったの!」


凄いでしょ、と胸を張る小日向。その所作は普段からのギャップで可愛く見えるが少しウザイ。

俺は今日、何度こいつに意外性を感じればいいんだ?


「それは確かに凄いな」


「でしょ? それで藤澤くんはどこで知ったの?」


「俺はサブスクの音楽配信サービスで知ったよ。おすすめで出てきた感じ」


今どきだー、リッチだねー、と小日向は関心したような声を漏らす。

サブスクは父親のアカウントシェアだからリッチという訳では無いんだがな。


「あれ? サブスクで聞けるのにCD買ってるの?」


「当たり前だろ。応援してるバンドならCD買わないと。歌詞カードも特典も貰えないし、何より売上枚数が少ないと次の曲が出なくなるかもしれないし」


いいな、と思ったバンドが解散するのなんて日常茶飯事だ。

音楽で生きていきたいと思う人間は数多くいれど、音楽で生きていける人間はほんのひと握り。

だから、消費者は琴線に触れたものへの投資は惜しむべきではない。

ほかのことでも同様だが、好きな物や人にお金を使う事は、所有欲であり、応援であり、自分へのリターンの期待でもある。


以上、父の言である。

俺も共感する所が多いが、小説も漫画もCDも、なんでも気になった物は購入し、家の書斎に収まりきらず子どもの部屋にまで置く父はやりすぎだと思う。


あれは作品に触れてないと気が済まない、中毒みたいなものだ。


「音楽好きなんだね。私も好きなの!」


脈絡も無いことに思考を飛ばしていると、目の前から小日向の声が聞こえた。なおも高いテンションで続ける。


「他に好きなバンドとかある? エレスコ好き同士、情報共有しようよ」


自分のテリトリーに踏み入られた事に少し躊躇いがあったが、その質問に対する答えは持ち合わせていたので、気づいたら口を開いていた。


「好きなバンドか、今だとドラマストアとかハンブレッダーズをよく聞いてるな」


俺の言葉を聞いて、小日向は楽し気にスマホを操作しだした。


「ハンブレッダーズは聞いたことあるけど、もう一つは知らないや。Youtubeにある曲だとどれが藤沢君の推しなの?」


小日向はスマホケースのスタンドを広げ、二人で見れるように机の上に置く。

続けて小さなショルダーバックからイヤホンを取り出し、スマホのジャックに刺す。

そして、イヤホンの片方を俺に渡しながら、スマホ画面を手のひらで指す


スマホを操作しておすすめの曲を再生しろってことね、なるほど。

てか、有線イヤホンなんだ、最近の女子高生ってワイヤレスが主流なんじゃねぇの?

まぁ、かくいう俺はどっちも持ってるわけだけど。


ケーブルの長さの都合でお互いが前のめりになるような格好になり、小日向と顔が近づく。

気恥ずかしさを感じるが、小日向は気にしていないようで、俺は誤魔化すようにスマホを操作する。


「まぁ、初めてならこの曲がおすすめかな」


動画を再生すると、聞きなれたアップテンポの曲が流れてくる。

やっぱりいいバンドだ、曲もいい、歌詞もいい、声もいい、最高だ。


小日向の反応が気になり、ちらりと視線を向けると目を閉じて真剣に曲を聴いていた。


俺は少し嬉しいような、誇らしいような気持ちになり、真似するように目を瞑り曲に集中した。

ドラマストアが解散してしまって心の底から悲しいです。

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