1章 逃げ水と君の夏 13
ドリンクバーのエスプレッソマシンでアメリカンコーヒーのボタンを押す。
俺はコーヒーはもっぱらアメリカン派だ。まぁ、豆の種類とかの違いは全然分からないんだけどな。
アメリカンコーヒーとは、通常のコーヒーより薄いものや焙煎の浅い豆を使用したものを指すらしい。昔、アメリカができたばかりのころ、紅茶が飲みたい人たちが似せて飲んだのが始まり、とどこかで聞いたが、正しい情報なのかは知らない。
苦みが少ないため飲みやすく、カップを光にかざした時の透明感が綺麗で好きだ。
ちなみにエスプレッソとはコーヒー豆に圧力をかけて抽出した飲み物で、かなり苦い。
そう考えると、エスプレッソマシンからアメリカンコーヒーが出てくるっていうのも不思議に感じるな。
砂糖やミルクを入れる気分ではなかったため、そのままカップを持って席に戻ると、小日向はスマートフォンをいじっていた。
俺が席に着こうとすると、小日向は目線を上げ、「おかえり」と言ってほほ笑んだ。
その表情にまたドキリとし、ごまかすように「あぁ」とだけ言って座ると、小日向はまたスマートフォンに視線を落としていた。
机にあった食器類は、俺が席に立っていた間に片づけられたようで、飲み物のコップだけが残されていた。
ふと時計を見ると、昼食時を外れており、周りの席もところどころ空席が目立つようになっていた。
昼食をとるにしては結構長い時間を過ごしてしまった。
ナンパと献血についての話が長引いたもんな。
献血がそんなにひっ迫した状況だってのも知らなかったし、その状況の改善のためにナンパを受ける奴がいるなんて考えもしなかった。
というか、休日にボランティアをしてるだけでも凄いよな。
……やりたいことなんだろうな。小日向にとって大事なことなんだ。
小日向に対するもやもやは感じなくなっている。だが、自分自身に対する焦燥のようなものを感じる。
机の上に置いたコーヒーから湯気が立っている。その揺らぎを見ながら思考していると、ふと湯気の向こうに、まるで蜃気楼のように昔の自分が立っているイメージが浮かぶ。
中学生時代の俺は、今の俺とは違う純真な瞳でこっちを見て、心底不思議そうな表情で首を傾げる。
まるで、何を悩んでいるのか分からないというような仕草。
そんなイメージを深く目を瞑って消す。
今の俺にはやりたいことが無い。だから、やらなきゃいけないこと、やったほうが良いことをこなす日々を送っている。
自分自身、今の生活に納得している。
だけど、心に穴が開いているように感じるのも事実だ。
ゆっくり目を開くと、コーヒーカップから揺蕩う湯気は薄くなっていた。
なんとなく疲れたような息を吐いてしまう。
思考を切り替えよう。
やった方がいいことといえば、午後の夏期講習の開始時刻が過ぎている。
今日は、自習というか、個別に学習して、わからない点があったらチューターバイトの大学生に質問するという時間になっているので、いつ行ってもいいのだが、そろそろ行った方がいいだろう。




