第6話 メガネの恨み
怒号の主を求めてひたすら森を進む二人。
クレアは怯えながらも熱心に魔法の勉強をしていた。
「あの、神様少しいいですか?」
「どうしたんだ。そんな改まって、分からないところでもあったか?」
「はい。そうなんです」
クレアは魔道書をこちらに開いて見せた。
相変わらずところ狭しと難しい文字がぎっしりと並んでいる。
「ここからですね〜…」
文字をなぞるように指を動かして場所を示す。
「…ここまでです」
「いや、それ全部じゃん!」
文字をなぞった指はページの上の行から一番下の行まで何度も折り返してようやく終わっていた。
おそらく理解出来てるであろう場所まで、自信がないのか聞いてくる徹底っぷり。
怠惰の極致である。
「途中まで教えてやったんだからもう少し自分の力で頑張れよ。言っとくが、このレベルの魔法が理解出来ないようじゃ、次の章は一文字も理解出来ないぞ」
魔道書はそれぞれの魔道書ごとにいくつかの章に分かれていて、一章進むたびにおおよそ倍の難易度になっていると言われている。
つまり、前の章にやったことが次の章の基礎となっている。
なので、写しの書に使われている魔法は基本的に始めの章に書かれている魔法が多い。
「そんなこと言われても無理なものは無理です〜」
その場にしゃがみ込み、溶けるように突っ伏した。
その間も手は握られたままなので俺はその場から動けなくなり、とうとうスライムのように溶けてしまったクレアを元の形に戻そうとかき集めてはペタペタと固めていった。
「俺以上の魔法使いになるんだろー。俺がお前くらいの時には半分くらい理解し終えてたぞ」
「神様は暇人だったんですよ〜。きっと。そうじゃないとこんな難しいの解きたくなる訳ありません」
ギクッ‼︎
なんて酷いことを言うんだこの弟子は。
確かにそれは違うとは言い切れないが。
「お前のような口の悪い弟子はこうしてやる!」
整えていたクレアの体を丸くまとめてポイっと投げた。
「酷いです神様!…フンッ‼︎」
少し先まで転がっていったクレアが全身に力を入れるとポンと手と足が生えてきて元の形に戻った。
「チッ!そのまま声の主まで転がして行こうと思ったのに」
「神様のサイテー!ばか!あほ!友達無し‼︎ベー」
「なっ!」
最後のはまだ友達が一人もいないという事実確認が取れていないので無効だ!
次に溶けた時は大福にしてやる!
『たすけ…くる……だれ…ぼくを』
「なんだ‼︎頭の中に直接!」
突然頭の中に響き渡った途切れ途切れの声。
「神様!なんですか今の」
助けを求めるような悲痛の声が二人の頭に。
きっと先ほどの怒号と何かしら関係あるに違いない。
「もしかしたら誰かが魔物に襲われているのかも。急がなくては」
道を急ごうとしたその時
ヴォォォアアアアアアァァァァァーー‼︎‼︎‼︎
キュヴォアアアァァァーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
グヴォア‼︎グヴァァァーー‼︎
「耳が‼︎音で頭が割れる‼︎大丈夫かクレア」
さっきより距離が近いのか。
俺たちがいつの間にかそんな近くまで…
いや、どう考えても早すぎる。
そんなに歩いた覚えは無い。
つまり、あっちが俺らに近づいている⁉︎
「はっ‼︎クレア真上だ‼︎」
大きな影が二人を覆い、あっという空からの光を遮断した。
ギョウェェヴォアァァァーー‼︎‼︎
黒い巨体に唯一白く光る眼。
体と同じくらいの大きさがある美しい翼を持ち、口からわずかに漏れる蒼い炎。
どんな伝説にも必ず出てくる最強の存在。
魔物の頂点 ドラゴン《飛竜》
まるで怯えるのを待つかのように白く光る眼はじっと二人を見つめた。
「はわ…はわわわわ」
巨体を支えている翼がバサバサと音を立てて二人の真上を飛んでいる。
だが、突然としてその羽ばたきは止んだ。
いや、より大きく羽ばたくための準備に入っていたのだ。
後ろに引いた翼は周りの空気を巻き込んで大きく前に出された。
「危ないっ‼︎クレア!」
ーーヴウォン‼︎
全て吹き飛ばす一撃は辺りの木々を跡形もなく薙ぎ払い、森の真ん中を草一つ無い更地に変えた。
「神様…?神様!大丈夫ですか神様‼︎」
「…無事かクレア」
「はい!神様のおかげで傷一つ有りません‼︎」
「そうか。なら良かった」
あの時、クレアを庇うように飛び込んだ俺はそのまま飛竜の一撃をもろに喰らい動けなくなっていた。
身体にダメージがあるわけでは無いが。
魔法を使うタイミングなど無かったので、自分の力だけであの風圧を耐えるのには物凄い力を要した。
着ていた服は上がボロボロになり、ほとんど上半身裸と言っても差し支えなかった。
俺は全身の力が抜けその場にペタリと座り込んだ。
元々たいして無い筋肉を無理やり酷使したのでピクピクと痙攣している。
「神様は少し休んでいてください!」
振り返ろうとする俺を必死に止めるクレア。
「俺がやらなきゃ…誰がクレアを守るんだ。心配するなクレア。これくらいならすぐに治せる」
魔法を唱えるためにメガネを取り出そうとポケットに手を入れた時
「うわぁぁぁぁぁ‼︎なんだこの魔物!」
森と更地の境目で尻餅をついている人影が。
飛竜もあれだけ大きな声に気付かない筈もなく、地面に降り立ちその巨体をゆっくりと人影の方に向けた。
「なんでこんな森の中に飛竜が⁉︎あいつらは滅多に人の前に姿を表さない筈だろ‼︎」
あたふたとその場で座り込みながら喚き散らす男性。
「チッ!俺ら以外にも森に迷ったやつがいたのか」
急いでポケットからメガネを取り出してすぐさま掛けた。
「おい!今すぐそこから離れろ‼︎」
「あぁ⁉︎逃げろって、どこに逃げればいいんだよ‼︎」
飛竜が男に狙いをつけ、ゆっくりと近づいていく。
奴が動くだけで地面を歪ませ、微かに動く翼が大気を揺らす。
後ろからの敵を威嚇するようにブンブンと振り回される尻尾。
ヴォッ!ヴォォォッ‼︎
その場に立ち止まりゆっくりと大きな口を開いた。
口の中でゆっくりと蒼い炎が集まっている。
「やめろっ‼︎俺にはまだやることがあるんだ!誰かっ…誰か‼︎神様どうか助けてください!」
「青の魔道書 第二章‼︎『彼は利き手である右手に盾を持ち、左手に剣を握った。剣は全ての技を受け流し、盾は全ての命を守り抜いた』」
ヴォウッ…フゥゥゥゥ‼︎‼︎
口から放たれた蒼い炎は、空間を歪ませながら男をめがけて進んでいった。
「神よ…」
「鉄壁よ!我が身を守れ!…クッ」
俺は男の前に走り込み、すんでのところで受け止めた。
衝撃は木々を揺らし、砂埃が視界を覆う。
「お望みの神様が来てやったぞ」
「はぁ⁇」
ピキッ
「助けてくれてありがとう」
「おうよ!」
…パリン‼︎
先ほどの衝撃によりメガネが割れてしまった。
身体強化の魔法だったのでメガネは耐えられなかったようだ。
「最悪だ…」
「おい、あんた大丈夫か?」
「あ、あぁ」
後ろを振り向き男に向かって親指を立てた。
「いや、そうじゃなくて…」
「神様!二発目が来ます‼︎」
必死に伝えるクレアの叫び。
「え?はぁぁ⁉︎」
前を向きなおすと、目の前の巨体はすでに大きな口を開いて準備をしていた。
「早く離れてください!」
「ハハハ。つまりあれだろ?…あれが来る前に止めちまえばいいんだろ?」
「何言ってんだあんた!本気で言ってんのか‼︎さっきから身体震えっぱなしじゃ無いか」
いや、それは筋肉が無理に耐えられず痙攣しているだけであって。
まぁいい。
「いっちょやりますか!」
俺はまっすぐ走り出し、飛竜の口めがけて腕を振りかぶった。
「どっこいしょぉぉっっ‼︎」
グォォォォ‼︎⁉︎‼︎⁉︎
飛竜の脳天めがけて振りかざされた拳は開いていた口を塞ぎ、不発した炎による煙が口から漏れ出していた。
「やりぃぃ‼︎なんとかなったぜ!」
飛竜の頭の上でガッツポーズをする俺。
「嘘だろっ‼︎」
「さすが神様‼︎魔法が無くても最強です!」
「飛竜如き、神である俺には大したことないぜ!よっと」
飛竜から飛び降り、男の元まで走り寄った。
「ほら、立てるかよ」
「な、なんとか」
男を引っ張りあげて、クレアを呼んだ。
「今から飛竜倒してくるから、二人ともそこでじっとしてて。クレアは出来れば俺の援護を」
「分かりました」
「俺は何をすればいい!」
「う〜ん。何もしなくていいよ」
男はその場にただただ立ちすくみ、クレアの後ろに隠れた。
「んじゃ。行きますか!メガネの恨みを晴らしに」
再び飛竜に殴りかかり、振りかぶりの遅い飛竜の動きを難なく避けた。
口を開かせることなく、ひたすら攻めあるのみ。
俺の体にはダメージは一切ないが、殴っている俺の拳は普通の人間の拳そのものなので飛竜の方にも大したダメージにはなっていないだろう。
一見無意味な攻防戦に見えるが、俺の本当の狙いはクレアの魔法だ。
クレアは詠唱が遅いので、それまでの時間稼ぎをする必要がある。
だからこそ、俺はこちらに興味を引かせ続けなくてはいけない。
「白の魔道書 第一章!」
『たすけて…くるし……だれか…ぼくを』
「また頭が‼︎」
再び直接頭に響く声が。
「神様…もしかして、この飛竜は誰かに操られているんじゃないですか?」
「は?」
突然何を言い出すんだ。
もうすでにだいぶボコボコにしちまってるぞ。
「きっとそうです。助けましょう神様‼︎」
「本気で言ってるのか?第一助けようにも俺はもうメガネがないから魔法が…」
「メガネならありますよ?」
突然口を開いた男。
クレアの後ろからひょっこりと顔を出している。
「実はこう見えても商人なんですよ」
よく見ればそれらしき大きなリュックを背負っているではないか。
クレアのものより少しばかり大きい。
「今から助けるの〜?本当に?」
「助けましょう神様‼︎神様なら出来るはずです‼︎」
いや、お前も頑張るんだよ。