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第5話 足のあるお化け

「神様ぁ〜お腹がペコペコですぅ〜。もう歩きたくありません〜」


「ここで止まっても何も食べるもんなんて無いぞー。ひたすら歩けー」


グリンドラから抜け出して丸一日。

月が消えかかりつつあった。


だだっ広い高原に野宿するわけにもいかず、こうしてヘトヘトになるまで歩き続けているのだ。

正直限界だ。

金ならある、水と食料を恵んでくださ〜い。


整備された道ですら無いところを突き進んでいるので、もちろん人に会えるわけもなく。

金より大事なものが、命の灯火が月のように消えつつあった。


「なんで食料買っとかなかったんですか〜」

疲れと眠気が襲いかかり、手に持っていた魔導書を落としてしまった。

が、当の本人はそのことにすら気づけていない。

まぶたがとろけるように垂れて来て、それを残った力全部を振り絞ってやっと持ち上げている状態。


はたから見れば二匹のゾンビである。


「おいぃ。魔導書は落とすなよ。無くしたら予備は無いんだぞ。第一、クレアが迷子になるからこんなことに」


バサバサバサ‼︎‼︎


「なんだ⁉︎敵か!食料か‼︎」


前の方から一斉に鳥たちが飛び去っていった。

大群で飛んでいったので、まるで夜に流れる黒い雲のようだった。


きっと何かに怯えて逃げ去ったのだろう。

上体を頑張って伸ばすと前方に森が見えて来た。


「森だ!やっと休める」


「でも、なんだか不気味な森ですよ」


「それはきっと夜だからに違いない」


「えぇー。やめときましょうよ〜」

落とした魔導書を拾い上げて小さくちじこまった。


「何とまってんだ。あと少しなのに」


「クレア怖いです〜。そもそもどこに向かって歩いてるのかも分からないのに危険です〜」

丸まったままモジモジ動いて一歩も動こうとはしない。

声がこもって聞き取りにくい。


「いや、そもそも目的地ないし」


「それは初耳です」


「よくそれでついてこようとしたな」


「そんな褒めないでくださいよ〜」


褒めてねぇよ。

いつまで丸まってるつもりなんだ、大福かお前は。


「こういう時こそ転移魔法ですよ神様。今使わないでいつ使うんですか」


少なくとも目の前の森に転移するためにあるわけでは無いな。

疲れてるせいなんだろうが、いつもと態度が違くないか娘よ。


「メガネ出すのめんどくさいんだが」


「さぁ!早く‼︎」

丸まっているのでもはや何処に向かって言ってるのか分からない。


「えぇ〜」

いやいやポケットからメガネを取り出し、転移魔法を唱えた。



「着いたぞ。ほら、起きろ」

メガネをしまい、森を見渡した。

隣には大きめの大福がいる。


「暗いですぅ〜。怖いですぅ〜」


「何甘えてんだよ。ほら、手を貸してやるから」


「おはようございます」

そう言って、俺の差し出した手を握った。


「あの…クレアさん?起き上がったのなら手を離してもらえませんかね」


「神様がまた迷子になるといけないので」


「…まぁいっか。ちゃんと握っとけよ」


クレアは返事の代わりに、俺の手をより一層強く握った。

俺の半分くらいの大きさしかないその手は、とても暖かくてなんだか気分が落ち着いたような気がした。



「とりあえず水場を確保したいな」


薄暗い森を照らすように徐々に太陽の明かりが木々の間を差し込み始めた。

なるべく明るいところを歩いていく。


「神様の魔法でなんとかならないんですか?」

すごい面倒くさそうに俺の顔を下から見つめている。


「出来なくもないがめちゃくちゃ時間かかるぞ?」


「それは…嫌です。なんとかしてちゃちゃっと出来ないんですか!」


俺は便利道具じゃねぇーんだよ。


「前にも言ったが、俺は攻撃魔法が一切使えない」


「それは知ってます。それが何か関係あるんですか?」


「威力が強いのはカテゴリー的に攻撃魔法に分類されるんだよ。だから、風を操るとか火を操るとか自然を操るのはほとんど出来ない」


「神様って案外何も出来ないんじゃ…」

今度は温かい目でこちらを見つめている。


「そんな目でこっちを見るな!俺だってな…あれだ、場所さえ理解できてれば何処でも転移出来るし、空だって飛べる。それに、バフやデバフなんかも使えるんだ!十分すぎるくらい高度な魔法なんだぞ」


「あんま魔法使いっぽくないような…」


「魔導書を持ってるほとんどの人が最終章まで理解できて無いっていうのに」


クレアにはまだ分からないようだな。

魔導書全てを理解する意味が。


「なら、今その魔法をクレアが使えるようになって見せます」


「本気か?そんな簡単に覚えられるようなもんじゃ無いぞ?それにこんな疲れてる状態で」


「どうせいつか覚えるんだから、それが今になっただけです‼︎」

魔導書を両手で持ち上げて、表情がやる気で満ち溢れている。


さっき魔導書を落としてたやつの考えとは思えねーな。


「んじゃ、水場が見つかるのとどっちが早いか競争な」


「分かりました‼︎その勝負受けましょう!それじゃあ早速この文字教えてください‼︎」


いきなり他力本願かよ。

少しは努力しろよー。


「文字には必ず読み方があるんだ。それを理解しようとすれば自ずと理解できるようになる」


「でも、神様には分かるんですよねこの文字」


「まぁな。ほぼ全てのパターンを勉強したし」


「なら、最初のとこだけでも教えてください!水が飲みたいんです‼︎」


何故そこまで堂々と弱音が吐けるんだ。

水場を探したほうが早いんじゃ無いだろうか。

疲れないんじゃないだろうか。


だが、魔法を教えてと言われて教えないわけには…


「しょうがない最初だけだぞ」


「さすが神様!優しさに溢れてますね」

ウインクしながら親指を突き立てた。


「調子にのるなっ」


「イタッ!」


軽く頭を叩いてやった。



それから、ひたすらまっすぐ森を進みながら魔法を教えた。

思ったほかクレアは集中していて、途中何度か俺が魔法でチビチビ水を飲んでいるのにも気付かず、一生懸命熱心に理解しようとしていた。


「文字を読めるようになったら次はイメージだ。文章を読んでそのシーンをイメージするんだ」


太陽がしっかり姿を現し、森はほとんど見渡せるくらいに明るくなっていた。

木をよく見ると美味しそうな木の実がなっていたので、綺麗で大きめなのだけとって空腹を紛らわした。

クレアに呼びかけても集中していて返事がないので、木の実を無理やり口に押し込むと表情を一切変えずにもぐもぐと食べていくのだ。

それが面白くてどんどん詰め込んでいったら、可愛らしい小動物みたいにほっぺがまん丸に膨れ上がった。


あぁ、実に平和だ。


世界がこれくらい可愛いもので溢れていたら、さぞ平和な世界になったであろう。

何もかも可愛くする魔法は無いのだろうか。


あぁ…平和だな。


そんなことを考えていると、ようやく森が開けた場所が見えてきた。

ありがたいことに川まであった。


「どうやら見つける方が早かったみたいだな」


「そんな〜。あと少しで出来そうだったのに‼︎」


「疲れが取れればきっと出来るようになるさ」


「うぅ…そうですね。確かにクレアも疲れて倒れそうです。特にお腹が悲鳴をあげて…ない。思ってたほどお腹がペコペコになってません。疲れすぎておかしくなっちゃたんでしょうか?」


「ブッ!フフフ」


食べてたことにすら気付いてなかったのか。

とんでもない集中力だな。

感心感心。


「どうかしましたか神様?」


「いや…なんでもない。フフッ…きっと疲れすぎたんだろうよ。ゆっくり休め」


「そうなのかなぁ」




「『青の魔導書、第二章『その城の守りは全ての災いを隔てるかのように高い壁で覆われていて、獣一匹立ち入る隙間などなかった』障壁よ。守れ」


川の近くにいい感じの木陰があったので、そこに魔法で障壁を張った。

障壁内に害をもたらす者全てを遮ぎる透明の結界だ。

俺だけなら別に何が起きようと大したことではないのだが、隣にはまだ未熟なクレアがウトウトと眠そうにしているので一応張っておいた。


それにしても実に気持ちがいい。

温かい日差しが葉っぱの間をすり抜けて絶妙な明かりを作り出している。

目をつぶれば川の清らかな音が疲れた身体と心を癒してくれる。

なんと穏やかな。


「クレア。一応魔法を発動しておいたからそれより外には…って、もう寝てるのかよ」


それもそうだろう。

丸々一日休まずに歩き続けたんだから。

こんな小ちゃな身体でよくついてこれたもんだ。

クレアは本当に頑張り屋さんだな。


「きっとお前はみんなが驚くような凄い魔法使いになるよ」


ゆっくりでもいいさ。

俺はクレアを見捨てないから、焦らずじっくり隣で学びながら一人前の魔法使いに…なれ…ば…



ヴォアアアァァァーー‼︎‼︎

グルゥ!グゥォォォォァァァァ‼︎‼︎



「化け物⁉︎」


怒号のように叫び散らされた音は、大気を震わせ周りの木々も揺らすほどの威力。

辺りが騒がしくなり始め、川の音が聞こえなくなった。


「一体なんですか神様!クレアのお腹の音ですか⁉︎」

眠そうに顔をこすりながらその場をピョンピョン飛び跳ねる。


「いや、それはいくらなんでもあり得ないだろう」


森に入る前にも鳥が一斉に飛び去っていったのを考えると、おそらく同じやつの仕業だろう。

声の大きさから、何かとてつもなく大きな魔物がいるとみて間違いない。

どんなに頑張っても人が出せるような威力じゃなかった。


とりあえずここは安全みたいだが、ずっと安全である保証は無い。

声の方に向かって見るしかない。


クレアには申し訳ないが、面白くなってきた。

俺の睡眠を妨げた罪、軽くは無いぞ。


「どうしますか神様」

不安そうにこちらを見つめ、魔道書をがっしりと抱きかかえている。


「この声の正体を見に行く。安心しろ!どんなことがあっても絶対俺が守ってやる‼︎」


「ハイッ‼︎神様がいるところなら何処でも安全です!」

一切疑いの無い純粋な笑顔が眩しい。

俺についてくる向日葵みたいだ。


「んじゃ、行きますか。このうるさい正体をぶっとばしに」


「おー!」


二人は拳を振り上げ、川沿いを伝って声の方へと向かって歩きだした。


歩いていると時折聞こえてくる例の怒号。

大気の震えが大きくなっていき、自分たちが徐々にその正体に近ずいているのが分かる。

太陽も真下を過ぎ、一番明るい時間になっているにもかかわらず辺りは次第に薄気味悪く暗くなっていった。

次第に周りの音が聞こえなくなり始め、自分たちの鼓動すら聞こえるようになり始めた。


「神様ぁ…なんかお化けとか出てきそうですよ〜。まだ間に合います、引き返しませんか〜?」

コートにしがみつき、足を早めても一向に離れない。


「これだけのことが起きてるんだ。きっと凄い大物に違いない!あと、もう少し離れて歩いてくれよ。歩きにくくてしょうがない」


「神様は最低です!クレアがこんなに怯えているのに、なんて冷たい反応!」


「魔法使いがこんなことにビビってどうするよ。そんなんじゃ一人前の魔法使いにはなれないぞ!ひたすら耐えるんだ」


なんとか励まそうとガッツポーズをしてみせたが、当のクレアさんは驚くほど微妙な反応。

顔に信じてませんと書いてあるみたいだ。


なんてひどい弟子でしょう。

師匠がこんなにも弟子を思って冒険させようしているのに。


「第一、お化けだったらどうするんですか。神様のパンチなんて当たりませんよ!」

まるで駄々をこねるように立ち止まって腕をブンブン振り回す。


「そしたら浄化の魔法だ。地縛霊ごときなら地面ごと浄化して花を植えてやるぜ」

実際には種なんて持っていないが言葉のアヤだ。

それくらいなら対処できるということを伝えたかったのだ。


「そんな魔法まであるんですか!」

少しだけ顔に明るさが戻った。


「もちろん!俺に不可能は無い‼︎」

ここぞとばかりに胸をドンと張って見せた。

長年勉強してきた成果、いま誇らないでいつ誇れるというのか。


「なんの花ですか…?」


「へ?いまなんと?」


「なんの花を植えるんですか?」


そこ⁉︎気にするところソコ⁉︎

なんて頭のおかしい子なんだ。

花ならもう君の頭の中に咲いているじゃ無いか。

そう思ったが、もちろん言えるわけもなく。


怯えながらも何かにすがろうとしている目を見て、それなりに頑張って答えた。


「綺麗な…青い花かな」


よく頑張った俺!

心の中で自分を励ましているもう一人の自分がいた。


「それならきっとお化けも帰ってくれますね。ふぅ…安心しました」


「ふぅ…」

こちらも安心して小さく息をはいた。


「それではいきましょう!」


ガサガサ…ガサガサ‼︎


「なんですか‼︎もう出てきちゃったんですか!」


草むらが揺れ始め、音が近づいてくる。

いつの間にかクレアが頭の上によじ登っていて頭が凄く重い。


ガサガサ!ガサッ‼︎


必死に重くなった頭のバランスをとっていると、何やら草むらから人影が。


「やぁ…」


「ギャー‼︎足のあるお化けですぅー‼︎神様浄化を‼︎」


普通に人の形をした人間。

顔色も悪く無いし普通の生きてる人間で間違いないだろう。


そんなことなんか気にもせずロデオのように頭を乗りこなすクレア。

高速で前後に頭が揺らされるのは人生でもあまり経験出来ることでは無い。


「う…うぷぅ。気持ち…わるい」


「神様ぁぁぁ‼︎早く!早く‼︎浄化の魔法をぉぉぉぉ‼︎クレア食べられちゃいますぅぅ‼︎」


「失礼だな〜。人なんて食わないよ。美味しそうじゃ無いし」

思ったほか冷静に返事をする男。

何か森に用でもあったのだろうか。

手には木で出来た立派な杖と、研究書だろうか何やら分厚い紙の束を持っていた。


「うわぁぁぁ‼︎クレアはきっと美味しいから食べられちゃいますぅぅ‼︎」


「クレア!クレア落ち着け‼︎一回…一回な!落ち着こ…ウェェ」


耐えきれず無理やり掴んで頭からおろした。

まだ頭がぐわんぐわん揺れている。


「で、こんなとこに何をしに」

何度か深呼吸をしてやっと落ち着いた。

クレアは今もビビって俺と手を繋いでいる。

それはもうガッシリと。


「この森をちょっと研究にね」


「そうなんですか!さっきの声とかについてですか?」


「まぁ、そんなとこですね。あまり関係無い人に言えるようなことではなんですけど」


こんなとこまで来るなんて、よっぽどの研究者なんだろうな〜。

俺なんてもう帰り道すら分からないのに。


…帰る時どうしよう。


「そちらは何をしにこんな森の奥まで」


「いや〜。実は旅をしてるんですよ。特に目的地は無いんですけどね。そしたら偶然大きな音がしたもんですから気になっちゃって」


「それでこんなとこまで。よく引き返しませんでしたね」


「こう見えて腕には自信があるんです」


「なるほど。おっと、僕は急いでるのでこの辺で」


「えっ?あ、そうですか。それではご苦労様でした」


彼はい急そ急そと俺たちが来た道を帰っていった。


「あ!これ以上先に行くならくれぐれもお気をつけて‼︎忠告はしましたよ!」

だいぶ離れてから振り返って大きな声でそう言った。


「忠告って…この森には罠でも仕掛けてあんのか」


意味深な言葉を残していった彼の姿が見えなくなると、先ほどまでのように川に沿って歩き出した。


「随分と律儀なお化けでしたね神様」


「いや、だからお化けじゃないって」



相変わらずガッシリと手を握られながら、二人は音の方へと向かっていった。

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