第1話 葉っぱのスープ
この世界は平たかった。
全ては一つの大陸により繋がっていて、右と左それから上と下の端はそれぞれ繋がっている。
大陸の中心から二人が真逆に歩き続ければ、いずれ彼らは出会うだろう。
だが決してこの世界は丸くは無い。
例えるなら箱の中とでも言えばいいだろうか。
底も分からなければ天井もない。
太陽は突如として空に現れ、まるで上から吊るされた振り子のように弧を描く。
そして、太陽が真下に降りると追いかけるように月が姿を現わす。
月が真下に降りると太陽は姿を消し、月が消えるとまた姿を現わす。
あまりに正確に動く二つの星を、人は覚え概念として型にはめた。
時を示す時間として。
そうなるように動いていたのかもしれないし、そうではなくただ動き始めたから動いていただけなのかもしれない。
とても長い間彼らは、姿を現しては消えてを繰り返している。
少しの狂いもなくひたすら正確に。
延々と…ただ延々と
「…きて。起きて下さい!起きて下さい神様‼︎」
「ウゥ…」
「朝ですよ神様‼︎」
耳元で幼い声がガンガン響き、肩を揺すられてるせいで頭がぐわんぐわんと激しく揺れる。
「うるさいな〜。止まれ!」
騒音の出どころである小さく可愛らしい頭にポンと手を置いた。
「…。」
「やっと鳴り止んだか」
騒音が鳴り止み、再び目を閉じる。
澄んだ風がサワサワと草木をなびかせ、青臭い匂いが鼻の中を突き抜ける。
そして、地面からは土の香ばしい香りが。
…床が硬い
「私は時刻指定型魔法箱じゃありませんよ‼︎神様!起きて下さい神様ぁぁ‼︎」
再び耳がガンガンして、頭がぐわんぐわんと揺れ始めた。
先ほどより心なしか揺れが大きい。
「朝ですよ神様ぁぁぁ‼︎」
「分かった!分かったからクレア。起きた!今起きたからもう揺らすのをやめてくれ」
どこぞのマジックアイテムより効き目がすごい。
なんてったって、どんな人間だろうと必ず起こしてくれるんだからな。
実にお買い得!
どうですかぁ、みなさんも一家に一台‼︎
これさえあれば遅刻はまずありえない!
こんなにうるさくって頭がぐわんぐわんして…
「ハァ…」
なんて最悪な朝だ。
「神様。今日の朝食は私が腕によりをかけて…ってまた寝てるー‼︎」
「起きてる。起きてるから…グゥ」
「スープが冷めちゃいますよ!神様!か、神様のバカァァァ‼︎」
「ゔぁくふっ⁉︎」
結局すぐ起こされた。
「イタイ…」
俺はお腹を押さえながら大きめの石に腰を下ろした。
焚き火を挟んだ向こうにはプリプリと怒りながら木の器にスープをよそうクレアの姿が。
「神様がすぐに起きないからいけないんですよっ。クレアがせっかく腕によりをかけた」
「結果がこれか…」
どこで摘んできたか分からない葉っぱが入ったスープと、これまたどこで拾ってきたか分からない草のソテー。
「ズズズッ」
一応食べられるようだが、実に味気ない。
「どれもこれも全部神様が悪いんですよ!神様が起きないから上に飛び乗ったのだって、今食べるものがよく分からない草しかないのだって‼︎」
「なっ!」
よく分からない草ってはっきり言うなよ。
食べられるんだよな⁉︎これ!
「たーしかーに!俺がすぐ起きなかったかもしれないが、だからと言って」
「それだけじゃないでしょう!見て下さいこの景色‼︎一面どこを見ても緑‼︎神様が前の町で『次の町はそんなに遠くないから買うものはなるべく抑えていこう』ってケチるから!あれから一週間、何処ですかここは‼︎魔物一匹いないじゃないですか」
「そ、それは」
めちゃくちゃ怒ってるー。
どうしよう、すごい怒ってるよ。
「それはだな…。その時はすぐつけると思ってたんだよ!けど、葉っぱはないだろ葉っぱは‼︎」
「葉っぱは栄養があります‼︎」
俺の言葉にすぐさま切り返してきた。
「なっ!本気で言ってるのか」
「ク、クレアは常に本気です。村にいたときも村一番の正直者とゆ…有名でしたから」
顔がひきつりながらも途切れ途切れでなんとか言い終えた。
「そ、そうか。なら…なら信じよう」
もちろん俺は分かっている。
そこらへんの草にある栄養などたかが知れていることを。
分かった上で言っているのだ。
「…神様。スープのおかわりはいかがですか」
「えっ?あ、あぁ貰うよ」
急いで味の無いスープを飲み干し、クレアに木の器を渡した。
早く肉が食いたい。
「さぁーて、行くとするか」
「はい神様!」
火を消し、座っていた石に敷いていたタオルをパンパンとはたいた。
「次の町目指して行くぞー」
力強く歩き出した。
「神様そっちじゃありません。逆です」
「分かってたさもちろん。後ろ向きでな!行こうかなと」
「ふふふ。そんなことしたら疲れちゃいますよ神様」
笑った顔がとても可愛らしく。
10歳くらいとは思えないくらい賢くて、家事が出来る。
そのくせ可愛らしいふんわりとした髪型に魔法少女のような服を好んで着る。
背中には大したものが特に入ってないリュック、片手には白い魔導書。
お気に入りは頭にかぶった白くてまん丸い帽子らしい。
「なんですか神様?クレアのことをジロジロ見て。お洋服に草でも付いてますか?」
立ち止まって、不思議そうに俺を見上げる。
青く澄んだ目がキラキラしていた。
「いや、クレアも頼もしくなったなーって。俺に初めて会った時は神様ぁ神様ぁって俺に寄ってきてたのに」
「今も昔もクレアにとって神様は神様のまんまですよ」
「まぁ、何度も言ってるけど俺は神様じゃないんだけどな」
「そんなことはありませんよ。私を助けてくれた神様は十分神様です」
「俺にはライズ・オルクリアって名前が…別に呼び方なんてなんでもいいか」
ワイシャツの襟が風でなびき、フードのついた黒いコートがハタハタと音を立てた。
あたり一面の草木がサワサワと音を奏で、清々しい風が頬を撫でる。
「今日中に町に着くぞ!遅れるなよクレア」
「もちろんですとも」
3話目から無双しますので。