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第16章 高宮明日奈

ネコを嫌いな人は、来世ではネズミとして戻ってくる。


フェイス・レズニック

十月二十六日 午後三時五十五分


「間違いない。あれは西(にし)中学の制服だった」


 遠巻きに野次馬を眺めながら、理真(りま)は言った。


城島(じょうしま)警部から聞いた、紺色の制服ね」

「そう」

「この辺りは西中学の校区だから、野次馬に生徒がいてもおかしくないんじゃない? 今はちょうど下校時刻だし」

「でも、私と目があったら、その子、逃げ出したんだよ」

「偶然、じゃないの?」

「あの慌てよう、そうとは思えない」

「理真が、あんまり怖い目をしていたとか」

「おい」


 理真はその生徒を追うことを諦めたが、現場に行こうとはせず、こうして野次馬とアパートを遠巻きに眺めている。


「でもさ、どうして理真を見て逃げるの? その子が事件に関わっているなら、警察官を見て逃げるというのは分かるけど」

「私が、この事件に関与していると知っていたとしたら?」

「それって、どういうこと? 理真がこの事件の捜査に関わっていると知ってるのは、警察関係者を除けば、(みなみ)中学の先生たちくらいしか……」

「生徒でも、ひとりいるでしょ」

「生徒……あ! 昨日学校で会った。でも、あの子は南中学でしょ」

「二人が繋がっているとしたら? あの子、大林美緒(おおばやしみお)だっけ、美緒ちゃんが、さっき野次馬にいた西中学の生徒と友達だったとしたら」

「美緒ちゃんから、作家の安堂理真が素人探偵として、南中学の事件に関与してるって、聞いたということね。でも、それだけなら、何も逃げることは」

「そう、逆に言えば、逃げるだけの理由があるってことだよ」

「逃げる、理由……」

由宇(ゆう)、現場のことは警察に任せて、あとで成果を聞くことにして、私たちは、さっきの女の子を捜そう」


 理真は歩き出した。野次馬の背後を抜け、アパートを通り過ぎ、車を駐めたコインパーキングへ向かっている。


「捜すったって、どうするの?」

「西中学に行く。あの子の顔は憶えたから、身元を教えてもらうの」

「今、そういうのって厳しいよ。いきなり押しかけて教えてくれる?」

「それもそうか……」


 結局、私と理真は、(やす)刑事に付き添いをお願いすることにした。少年課所属であり、女性刑事の安刑事が一緒であれば話が通りやすいと思ったためだ。

 安刑事に連絡を取ると、すぐに本部を出て西中学に向かってくれることになった。私と理真は西中学校の駐車場で安刑事と落ち合った。


輝子(てるこ)さん、突然、ごめん」


 覆面パトから降りた女刑事に理真は、まず詫びた。「いいよ」と微笑んだ安刑事と、私たちは挨拶を交わす。今日の安刑事はグレーのパンツスーツ姿だった。普段は昨日会ったときのようなラフな格好をしているのだが、学校へ行くということで着替えてきてくれたのだろう。


「うちの課長から学校にも話を通してもらってる。行こう」


 安刑事と一緒に、私たちは来客用玄関をくぐった。

 放課後とはいえ、部活動などがあるため、生徒の姿も校内にはまだ多数ある。玄関から応接室に通される途中、数名の生徒とすれ違い、その誰からも「何だ?」という視線を向けられた。大人の女性が三人も学校を訪れ、しかも全員が(いちいち別にすると描写が面倒なので、という言い訳で私も含めてしまうが)美人ぞろい。中学生の目には、どう映っているのか。まず、刑事と探偵という正体は見抜かれていないだろう。やはり安刑事に来てもらって正解だった。

 応接室で少し待つと、年配の女性教諭が写真付き名簿を抱えて入ってきた。理真は名簿をめくり、掲載されている女子生徒の写真を入念に見定めていく。


「……この子」


 理真はある写真の上に指を置いた。二年生の項目だった。理真は私にも確認を求めるように顔を向けてきたが、私は当該生徒を目撃していないため、ここは理真の判断に委ねるしかない。


「二年二組の……高宮明日奈(たかみやあすな)さん」


 安刑事が、写真の女子生徒の名前を読み上げた。


「高宮が、何かしたのでしょうか?」


 女性教諭は不安そうな顔で訊いてくる。


「いえ、そういうことでは全然ないのです」と理真は笑顔を見せて、「こちらの生徒さんが、事件に関する重要なものを目撃していた可能性があるため、お話を聞かせてもらって、捜査に御協力いただきたいだけなのです」


 かなり抽象的で、どうしてこの生徒が何かを目撃したと知っているのかなど、大いに疑問の残る言い方だったが、トラブルに巻き込まれた、もしくは起こしたという方向の話ではないと聞いて安心したのか、女性教諭は不安そうな表情を幾分か緩めた。安刑事は教諭に確認を取ってから、高宮明日奈の自宅住所と固定電話番号を手帳にメモする。


「この、高宮さんという生徒さん、どんな女の子ですか?」


 その間に理真が質問した。


「いい子ですよ、おとなしくて。わたくし、高宮のクラスで理科を担当しているのですが、授業態度は真面目で、テストの点数もよいです。他の教科でも軒並み平均以上の点数を取っていると聞いています。でも、少し社交性に欠けるところはありますかね。行事などへの参加も消極的で、部活にも入っていません。クラスに親しい友達は何人かいますが。何につけても、自分から積極的に行動するというタイプではありませんね」


 そういう女子は、学生時代にクラスにひとりはいた。かく言う私だ。南中学の大林美緒といい、親近感を憶える。成績優秀、というところだけが私と違っているけれど。


「こちらの高宮さん、最近、何か変わった様子など見られませんでしたか?」

「そういえば、ここ二日休んでいますね」

「二日? 今日と昨日ですか?」

「いえ、今日は登校していました。休んだのは昨日と一昨日です」

「体調不良などが原因でしょうか?」

「ええ、電話を受けた事務係からは、そう聞いています。確かに、今日も顔色が優れないというか、元気のないようには見えました」

「体調不良が尾を引いているのでしょうか。それとも、何か別の理由が思い浮かびますか?」


 その質問に女性教諭は即答しなかった。心当たりがあるということなのだろうか。理真は辛抱強く、教諭のほうから口を開いてくれるのを待つ。


「……家庭のことで悩んでいるのかもしれません」


 教諭は、高宮明日奈の家庭の事情について教えてくれた。両親の間に離婚の話があり、しかもかなり具体的に進んでいること。もしそうなれば、高宮明日奈は母親に引き取られるということ。離婚後に母親は引っ越しを考えており、そうなれば明日奈も学校を転校することになる。そのことで学校に早くから相談を持ちかけられ、夫婦間の問題を知ったという。


「そうなんですか……」


 理真は黙った。安刑事も、とうにメモを終えて話に聞き入っていた。


「彼女……」と名簿を片付けながら教諭は、「猫が好きみたいですよ」

「猫、ですか?」

「はい。いつでしたか、学校に野良猫が迷い込んできたときに、高宮さんがご飯をあげているのを見ました。給食を残しておいたのでしょうね。猫がご飯を食べるのを眺めている彼女、普段は見たことがないような明るい、嬉しそうな笑顔でした。それと、もうひとつ。去年、東京で、夫婦げんかの末に夫が妻の飼っていた猫を殺してしまった事件がありまして。ご存じでしょうか?」


 理真は、申し訳ないですが、と首を横に振った。素人探偵とて、日本全国で起きた全ての事件を追い切れているわけではない。私もその事件のことは知らなかった。と、安刑事が、


「確か、夫が嫌がらせで、農薬を混ぜた餌を猫に与えた事件ですよね」


 と詳細を口にした。さすが本職の刑事は違う。教諭は、そうです、と言ってから、


「そのニュースが教室で話題になったことがあって、犯人の夫に対して、動物愛護管理法と器物損壊罪しか適用されなくて、おまけに初犯のため執行猶予まで付いたということに対して、高宮さんは随分と憤慨しておりました。猫とはいえ、可愛がっていた奥さんにしてみれば家族同然の存在だったはず、器物損壊罪だなんて、どう考えてもおかしい。これは殺人罪に相当されなければ納得がいかない。って」


 殺人罪。その言葉が、私の頭の中で異様に重く響いていた。



「理真、昨日の話に出た、大林美緒という生徒のことを調べたけど、やっぱり補導歴はなかった」


 安刑事が言った。校舎を出て駐車場に戻った私たちは、輪になって話をしていた。


「ありがとう」と礼を言って理真は、「輝子さん、私と由宇は、これから今訊いた高宮明日奈さんの家に行ってみようと思うんだけど」

「それなら、オレも一緒に行こう。少年課の刑事がいたほうが、何かあったときに呼び出す手間が省けるだろ」


 何か、って何だ。あまりいい想像が出来ないため、私は考えるのをやめた。

 車二台で行くと手間なので、理真の車はコインパーキングに置いて、安刑事の乗ってきた覆面パトに三人が乗って高宮明日奈の家に向かうことになった。

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