29-おんなじ。
知らない、柔らかさ。しっとりしてて、ふにふにしてて、あったかくて。……離れたはずなのに、まだ、残ってる。……おねぇちゃんに、ちゅー、されたんだ。ほんとに、おんなじ『好き』だったんだ。どんな言葉でも、たぶん、こんなには伝えてくれなかった。
「……ちゅー、しちゃったね」
「そうね、……、嫌じゃ、なかった?」
「うん、……すっごい、嬉しかったよ?」
「なら、よかった……」
ドキドキしてたんだ、おねぇちゃんも。ほっとしたように深い息をついて、その息遣いがわたしにもかかる。まだ、顔、近い。ちゅーしようと思えば、できちゃうくらいに。少し赤くなった顔で、少しうつむいて。
「ねぇ、ひかりちゃん、……私ともっと、こういうことしたい?」
「……うん、したいよ、ドキドキするのに、……もっと、ドキドキしたくなっちゃう」
「じゃあ、さ、……私と、『恋人同士』になりたいって、思う?」
「思うよ、……わかる、でしょ?おねぇちゃん」
だって、そんなの、今更。でも、そんなに確かめないと言えないくらい、恥ずかしいのも分かる。『恋人』どうしって、どんなのかよく分かってないけど。
「ね、ひかりちゃん、……『おんなじ』なら、私のこと、『おねぇちゃん』って言わないでほしいな」
「……あ、そっか、……一緒が、いいもんね」
「そういうこと、……、ひかりちゃんのお姉ちゃんっていうのもいいけどね、私は」
おんなじ立場だから、どっちが上とかじゃないってことは、わかる。分かるけど、……あまりにも似合ってて、言いすぎてたから。
「じゃあ、……『由佳里ちゃん』、とか?」
「うん、……でも、ちょっとドキドキしちゃうな、自分で言ったのに」
「わたしも、まだ、全然慣れないや」
でも、これから、そういう言い方に、慣れてかないと、なんだよね。この距離感にも、関係にも。いつか、できるかな。出会って、もう半年は過ぎて、由佳里ちゃんはその間ずっと、わたしの『おねぇちゃん』だったのに。
「今日も、一緒に寝よっか、……ストーブと電気消してくるから、お布団引いてくれる?」
「うんっ」
ストーブを消して、加湿器を点けてくのを横目に見ながら、お布団を直す。役割が反対のときもあるけど、わたしの家に泊まってくれるときには、いつもこう。タオルケットを直して、毛布と、敷布団も。それが終わったくらいのタイミングで、優しい声。
「電気、消していい?」
「うん、大丈夫だよっ」
パッと暗くなった部屋、お部屋の中はそんなに汚くしてないし、でも、お互いに、どこに何があるかは大体覚えてるから、わたしのほうにすぐ戻ってくる。
わたしが奥に詰めてから、おね、……由佳里ちゃんは、もぞもぞと横になって入る。横向きになって、お互い向かい合う距離。いつもだって変わらないけど、今は、さっきと同じように、目線が合う高さ。
「おやすみ、ひかりちゃん」
「おやすみ、……由佳里ちゃん」
それだけ、なのに、ちょっとくすぐったい。これくらい、いつもしてるのにね。『おねぇちゃん』のときは何でも無かったのに、『由佳里ちゃん』になると、何かちょっと違う。目線の高さだけじゃない、心の奥にあるものが。
その答えは、案外すぐそばにあったのかもしれない。由佳里ちゃんが、目を閉じて、その寝顔は、いつもとちょっと違う。少しだけ、顎を上げて、唇をすぼませて。……さっき、わたしがしたみたいに。
「……いいの?」
わたしの腕に触れる手が、軽く握られる。その言葉に、「いいよ」って言ってくれてるみたいに。……そうだよね、『恋人どうし』だし。高さを合わせて、軽く上に乗っかるように顔を傾けて。
「……ちゅ」
触れたぬくもりは、さっきと同じなのに、それよりもちょっと甘くて、せつない。とりこになっちゃいそう。離したくない、けど、これ以上してたら、心臓が、パンって爆発しちゃいそう。
「ん……、ドキドキしちゃって、寝れなくなっちゃいそうだね……っ」
「私も……、ひかりちゃん、思ったより長かったから」
「ごめん、……ちょっと、クセになっちゃいそうだった……」
「いいよ、……さっき私からキスしたときも、離したくなくって……っ」
ちょっと、ヨユーのない声。それをからかえるほど、わたしもマトモじゃいられないけど。さっき見たく目線が合う場所で向かい合うけど、また、……由佳里ちゃんの顔は、わたしの目線のちょっと下を見てる。
由佳里ちゃんも、かわいいとこあるんだ。……自分でも言ってたけど、まだ、オトナじゃないって言葉は、本心だったんだ。
「由佳里ちゃんも、だったんだ。……おんなじなんだね、こんなとこも」
「ふふ、そうね、……じゃあ、改めて、……おやすみ、ひかりちゃん」
「うん、……おやすみ、由佳里ちゃん」
ちゅーしたせいか、まだ、胸の奥が高鳴って、それも、ちょっとずつ落ち着いてくる。……ほっぺが緩むの、抑えられないや。
「……由佳里ちゃん」
「なぁに?」
「……ごめん、まだ呼び慣れてないから、練習してただけ」
「もう、ひかりちゃんは」
……大好き、なんて言おうとして、恥ずかしくなってやめる。とっさに考えた言い訳に、くすりと笑うのを見て、ちょっと安心する。
「早く寝ないと、大きくなれないよ?」
「わかってるよ、もう……」
恋人どうしになっても、わたし達のつながりに新しい名前がついても、……今までのがなくなったわけじゃないんだ。ふっと体の力が抜けて、そのまま、心も。




