22.届かない。
何でもない、なんて、わざと突っぱねたような声。何でもないわけ無いの、伝わってくるくらいに。
「先、シャワー浴びるから」
「まだダメよ、温まってないでしょ?」
入浴剤を入れて、白く濁ったお湯の中、ひかりちゃんの体は、胸のあたりからの感触でしかわからない。立ち上がろうとする体を、後ろからがばりと抱きとめる。お腹のあたりに手をかけると、少し硬い感触が手のひらに返してくる。……そういえば、ひかりちゃんのお父さんに頼んで、本格的な自転車を私に合うようにセッティングしてもらって乗っけてもらったことがあるけど、次の日、脚だけじゃなくて、腹筋まで筋肉痛になってびっくりしたっけ。そんなのに毎日のように乗ってるから、筋肉もつくよね。知らないとこで、ちゃんと成長してるんだよね。
「んんぅ……、わかったよ……」
不満げな口調で、それでも手は振りほどこうとしない。嫌われては、ない、はず。あるとしたら、普通の『友達』とか、『先輩と後輩』とか、『家族』とか、……それよりももっと近づきたいって気持ちだけど、それもまだ、気づかせてはいないはず。
抱きついたままだった手を、そっと離す。もう、逃げないよね。不安げな気持ちは、ゆっくり安心感に変わってく。それでも、一か所だけ、まだ塗りつぶされない。
「何かあった?困ってるなら、相談してくれたっていいのに」
「……別にいいよ」
「そんな事言わないでよ、ため込むと、辛くなっちゃうから」
「おねぇちゃんには、今は言いたくない。……なんか、逆に辛くなりそうだもん」
体はあったまってくれる。でも、心はあったまってくれない。今の言葉だって、私が安心したいからなのに、言ってくれないし、その理由も曖昧で、しかも、「私には言えない」なんて。言ってほしいのも、ただの私のわがままだもんね。待ってあげなきゃ、「まだ」言えないなら、……理想込みの期待を、隠せるほど大人にはなれない。
「わかった、……いくらでも待つから」
返事は、まだ出てこない。代わりに、ため息が一つ。そこから先は、何もない。その時間の一秒ごとに、言葉が浮かんでは消えていく。何て話せばいいんだろう。
「そろそろ、シャワー浴びよっか。あったまってきたし」
「え、……うん、わかった」
まだ、さっきの事からちょっとしか経ってないような。でも、空気まで固まりそうな雰囲気に、私が耐えられなかっただけ。
未練たらしく体にかけたままだった手を、やっと離す。シャワーが出たのを見て、私もゆっくり立ち上がる。
「……ずるいよ」
水音に混じって、かすかに聞こえた言葉は、聞かなかったことにする。聞こえたことにしてしまったら、その意味を訊いてしまったら、……何かが壊れて無くなりそうな気がするから。




