18-教えて。
衣擦れの音、慌てて着替えてるのが、見なくてもわかる。急かしたのは、ひかりちゃんの方でしょ?そのせいで、私も、少しそわそわしちゃってるのに。一番遅くしたメトロノームよりもゆっくり、でも確実に、揺れ動いてる心の中身。一番近くにいる人に感じてしまった、一番熱い感情。誰にも押し付けられないから、一人で抱え込むしかないけれど、私にとっても、重すぎる。
「ごめーん、お待たせ」
「もう、自分で急かしといて」
「やっぱりおねぇちゃんもお腹空いてたんだーっ、おいしいもんね」
「はいはい、そういうことにしておくわね」
じれったかったのは、背中越しに衣擦れの音がしなくなったときのこと、「どうしたの」って声はかけられたけど、本当に知りたかったのは、もっと先のこと。何、考えてたの?って。私の知ってるひかりちゃんは、時々どっかに突っ込んじゃうんじゃないかってくらい真っ直ぐで、悩み事なんて、そう深く一人で抱え込むようなタイプじゃない。もしかしたら、悩みもそこまで持ってないんじゃないかってくらい。思い詰めてるなんて、考えられないけど、もし、そうだったら。……私に言ってほしいのにな。いつも、私に甘えてくれるのに。いつの間にか溜まってたどろどろとした感情に、飲み込まれかけるのを抑えて。
「わたしも楽しみだから、我慢しなくてもいいのに」
「もう、楽しみだって言ってるでしょ?」
本当に、ひかりちゃんのお姉さんみたいに扱ってくれるから、私の知らない温もりを味わえるから、ひかりちゃんのお家が好き。もちろん、今の家だって、その前にいたとこだって、温かくて優しい人に恵まれているけれど。
「やっぱりそーなんだぁ、おねぇちゃんも、オトナってわけじゃないんだね」
「それって、どういうこと?」
「だって、同い年って思えないくらい大人っぽいんだもん、おねぇちゃんは」
そういえば、そうだった。生まれた年はおんなじで、たった三か月しか変わらない。そんなことを思わせないくらい、たくさん甘えてくれるのが、嬉しかったんだ。私の知らない、『お母さん』の影を、私に浮かばせてくれるから。
「そう?……私だって、そこまで大人ってわけがないわよ?」
今だって、一人よがりの気持ちを、隠すので精一杯。もっと、近づきたいの。今だって、大分近い距離にいるのに。安心してよ、ひかりちゃん。……私も、まだ大人にはなれないから。
「えー、そっかなぁ」
「そうだって、……まだ、十五なんだから」
階段を上るときとは反対に、降りるときは、妙にしんみりした空気に包まれる。なんか、寒いな。こういう気持ちで二人で居たいわけじゃ、ないのに。