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14-舞台袖。

 ステージの脇の空間、最後の出番を待つ。弦楽部の出番もあったけど、そのときはステージの下は見ないようにしてた。来てるのは大体わかってるし、こんなにたくさんの人で溢れてる中から探そうとしてたら、まともに歌えるとは思えなかったからっていうのもある。


『それでは、合唱部の発表です』


 ステージに上がった瞬間の歓声に、胸が高鳴る。舞台の一番上の段は、私たちを待ってくれていたみんながよく見えて、……もう、何で一番前になんているの、ひかりちゃんってば。そんなとこにいたら、嫌でも見つけちゃうし、意識しちゃうでしょ。前の出番のときに、見つけてなくてよかった。多分、その時からドキドキが収まらなくて、きっと今頃死んじゃってるから。

 ずっと、見てくれてたんだね、恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい。もし、誰かのために歌うとしたら、その「誰か」はもう決まってしまった。

 ゆっくりと息を吸って、吐く。大丈夫、いつもとおんなじだ。もっと大きいコンクールにだって出たし、それと変わらない。弦楽部のときだって、きっとひかりちゃんはいたんだから。

 ……脳裏に映る姿をかき消して、まっすぐ指揮者だけを見つめる。今は、歌に集中しないと。ひかりちゃんが、……みんなが見てるんだから、一番の力を出さなきゃ、失礼だもの。

 アルトって、一見主旋律もないから地味だし、目立たないけれど、みんなの底で支える大事な役割。私たちがいるから、ソプラノがもっと輝いてくれるの。文字通り、縁の下の力持ち。おっきな体で支えてあげるね、みんなのこと。

 指揮者の振るタクトで、ピアノの伴奏が続く。そこに、優しく歌を乗せれば、綺麗な旋律に変わる。はじまりさえ出てしまえば、そこから先は、もう体が覚えてる。

 今日は、いつもより響きがきれいで、本当に、声が一つになってるみたい。歌ってるだけで楽しくなってきちゃうような感じ。歌が止まっても、まだ終わらないでいてほしいと思ってしまう。


 指揮者の手が止まる。歌が終わった瞬間は、なんとなく寂しい。ちゃんと届いたのかな、私たちの声も、その想いも。その答えは、体育館じゅうから響く拍手でわかる。ステージから出た後も、体の奥底から沸き起こる高揚感は止まらない。

 このままドキドキしたままだったら、心臓が破裂しちゃいそう。この高鳴りを分かってくれそうな小さな姿に、声を掛ける。


「お疲れ様、莉亜ちゃん。大盛況で良かったね!」

「……お疲れ様ぁ、由佳里ちゃぁん……。なんかさぁ、なんかさあ……」

 

 この後何が言いたいのかも、わかってしまう。それだけ、同じ気持ちを抱えてる。わかってはいるけれど、背中から、黒宮先輩の視線を感じる。睨むように見つめ合う二人に挟まれて、少し居所が悪い。


「栗橋……」

「待って部長! 私から言わせてっ!」

「ダメだ、どうせもっと歌わせろーとか言い出すんだろ?」

「うぐぐ……」

 

 ああ、やっぱり。思わず笑みがこぼれて、それは周りのみんなもらしい。この部の中で、一番まっすぐな子だから、私たちの気持ちも、一番素直に伝えてくれるから。できないのはわかってるけど、せめてもの抵抗を任せる。いつまでも駄々っ子ではいられないけれど、燃え上がってしまった私の心は、冷めてはくれないの。


「ははんっ、バカめ。部長であるうちが栗橋の言わんとすることが見抜けないとでも思ったか? お見通しなんだよ……みんなも、らしいがな、……な?」


 頷く顔も、慌てたように視線を逸らす顔も、歌いたいのは、みんな同じみたい。それも、仕方ないな。だって、あんなにいい舞台だったんだから。


「だって、だって、部長もみんなも見たでしょ聴いたでしょ? あの拍手! 気持ち良くなかったの? みんなは歌いたくないの?」

「そりゃぁうちらだって歌いたいさ。だけどな栗橋、物事には引き際が肝心という言葉があるだろ? しつこいと心に残るものも残らなくなるんだよ。果かないからいい、綺麗なままで終わることで相手に物足りなさを感じさせる、そしたらまたうちらの歌が聴きたくなるもんさ。これは恋愛も同じだ。いい思い出になってほしいなら出し惜しみしとけ。続きは次回、だ」


 黒宮先輩の声は、やっぱり芯があって、頼もしい。同じアルトだけど、私とは対照的かも。いつの間にか、雑談だったものは、ちょっとした反省会みたいになってしまう。その中心は、やっぱりいつもの二人で、聞き分けのない子共を諭してるみたいになる。

 言葉を探している莉亜ちゃんを眺めてると、ポケットにしまっていたスマホが震える。こっそりと見ると、ひかりちゃんからのメッセージが来てる。

『弦楽部のときもすごかったけど、もっとすごくてびっくりしちゃったよっ!!

 校門のとこで先に待ってるよ!!』

 弾んだ声が、頭の奥に聞こえてきそうになる。黒宮先輩の、説得というには厳しくて、お説教というには優しい話は、まだ続いてる。

『ありがとう。もうちょっとだけ待っててね?』

 気づかれないようにこっそりと打ってたら、少しだけもたついてしまう。これだけの文字を打つのに、少しもたつく。

『うん、待ってるよっ!!』

 それなのに、あっという間に戻ってくる言葉、思わず、頬が緩む。さりげなくポケットに戻して、なんにもないフリをする。


「ところで栗橋、お前この後の打ち上げは来るんか? 一年はノリが悪くて人数少ないんだがな。如月も予定あるらしいし……」

「由佳里ちゃんも? あぁ、そっか」


 今まで聞き流せてた言葉、今ばかりは心配になる。目が合って、慌てて唇に人差し指をあてる。「確か好きな人がいるんだよね?」とか、莉亜ちゃんだったら言ってしまいそう。意味が通じたことは、光るような笑みを返されてわかった。


「なんだお前ら、二人でニヤニヤしおって……さては栗橋と如月、デキてんだな? いくら女子校だからって女同士で付き合いおって、どいつもこいつも……」

「えっ? ああああ、あぁそうなの、そうなの! そうなの、由佳里ちゃんと私はデキてんの! あははははー。でもね部長、女同士でも好きってあると思うよ?いい関係築きたいなって思うもん」

「ほぉ? 分かったような口調だな。で、聖なる夜にどちらへ?」

「えーっとねぇ……。女の子とも付き合えない部長にはなーいしょっ! じゃーね、お先にーぃ!」


 ぱたぱたとどこかに行ってしまう莉亜ちゃんを、ぽかんと見送るばかり。本当に、一つのとこにまっすぐすぎて、……ちょっと、羨ましいかも。今の話を見るに、あの子にだって、好きな人がいる。その人は幸せだろうな。あんなに気持ちを真っ直ぐに伝えてくれる、あったかいいい子に好かれて。


「おいコラ! 栗橋ー! 失敬なこと言うな! あと敬語……」

「はいはーい! 敬語ね、敬語! じゃ、急ぐからバイバーイ!」


 痛いとこを衝かれたような、呆れたような顔のまま置いてきぼりにされた黒宮先輩に、自然と視線が集まる。わざとらしく大きなため息をついてから、ぱんぱんと手を叩く。


「これから部室で集会するから、……まあ栗橋はどっか行ったけどどうせ話聞かないしいいだろ」


 くすくすと漏れる笑い声に、自然に和やかになる空気。自然に先輩についていくけれど、なんとなく後ろ髪を引かれる。

 ごめんね、もうちょっと時間かかるみたい。莉亜ちゃんみたいに澄んだ顔に、そっと胸の中で拝んだ。

参照:芝井流歌『約束の空飛ぶイルカ』25話(https://ncode.syosetu.com/n3792ef/25/)

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