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第22話

「えっと?」

 訳が分からず俺は首を傾げる。

「まぁ、これだけじゃ分からないか」

 軽く笑みを浮かべると、麗良は俺の方に向き直る。

「まず、今回どうして雅を皆が追い掛けてるか分かる?」

「そりゃ、故意じゃないけどルシルの――あの天使の胸を揉んじゃったからで、あと、一昨日の琴音との件があるからだろ?」

「うん、一応あってる」

 麗良は頷くが、含みのある言い方をする。

「一応って何だよ?」

「それだけじゃないから」

「それだけじゃない?」

「うん」

 麗良はそう言うと空を見上げる。空は晴れ晴れとしていて、午後の麗らかな陽の光が地上に降り注いでいる。

 暫く空を眺めていた麗良は視線を空に向けたまま口を開く。

「僕達はね、雅を心配してるんだ」

「…………心配ぃ?」

 俺は思わずしかめっ面をする。あいつ等が、俺の心配? いや、嘘だろそれ。

「信じてないね」

「そりゃそうだろ。あんな風に追いかけ回されりゃ心配のしの字も出てこないって」

 心配してるなら、怨嗟の炎を背後に立ち上らせて凶器を振り被って延々と追い掛けて来ない。そんな姿を見せられては信用度ゼロだ。まぁ、追い掛けられてるのは半分以上自業自得なんだが。

「まぁね。でも、皆心配してるんだ。本当に」

 苦笑混じりに、麗良はそんな事を言う。声の感じからして、嘘を言ってるようには思えない。

「何で心配してんだよ?」

「分からない?」

 分からないから訊いたんだけどな。しかし、麗良の口から答えは出てこない。これは自分で考えてみろと言う事か?

 さて、では考えてみるとしよう。取り敢えず、今までの生活を振り返る。毎日浴びるように酒を飲むけど、これに関しては特に問題はない。仙人の特徴でアルコール中毒にならないし、それどころか仙気生成の活性化に繋がると理解も得られている。

 となると、鍛錬に関してか? 仙術の鍛錬はそこまで危険な事じゃないし、考えられるのは……。

「……まぁ、大鷲野郎に毎度毎度遥か上空から落とされるのは危険だけどさ、一応死ぬような事はしてないぞ?」

「違う違う」

「じゃあ……熊さんとのプロレスだって背骨が折れそうになるけど、そこはきちんと加減してくれてるから怪我を負う心配はないんだけど」

「それも違うよ」

「えっと……狼達との鬼ごっこは別に弱肉強食が絡んでないし、あくまで本当に鬼ごっこで、山を駆けまわってるだけで」

「いやいや、違うから」

 どうやら違うらしい。心配されるような危険そうなことと言えば動物達との鍛錬くらいしか思い当たらないんだけど。

「それらは関係ないんだよ。それに関しては雅なら別に大丈夫って皆思ってるから」

「そ、そうか」

 まさかの太鼓判が押されてた。何だろう、この信頼具合は?

 でも、そこまで信頼してるなら何で心配してるんだ?

「じゃあ、何だよ?」

「ヒント。僕達と雅の違いは?」

「違い? 違いって言うと、俺はこの世界に来た時レベルもスキルも魔力を持ってなかった事だよな?」

「惜しい。もう少し足を踏み込んで」

「……まだ見習いだけど仙人になったって事か?」

「そう、それ」

 と、麗良はビシッと人差し指を俺に向ける。

 俺が仙人だから、心配してる? 余計に分からん。

「それがどうしたんだよ?」

「気付いてない?」

「だから、何が?」

 流石に焦らし過ぎだと、やや片眉を上げながら麗良に尋ねる。すると、麗良はまっすぐと俺の目を見据える。

「気が付いてないなら、言わない方がいいのかもしれない」

「は?」

「けど、出来るだけ早く言った方がいいかもしれない」

「だから何言ってんだよ?」

「皆は、敢えて言ってない」

「だから」

「雅」

 と、麗良は一度目を閉じて口も閉じる。俺もつられて言葉を呑み込む。数呼吸分間を置き、ゆっくりと目を開けて麗良は俺に問い掛ける。

「訊きたい?」

「そりゃ、そこまで焦らされてんだから訊きたいに決まってんだろ」

 そっか、と麗良は何処か物憂げな様子を醸し出しながら告げる。

「時の流れの事だよ」

「時の流れ?」

「うん、生きてる時間とも言うかな」

 生きてる時間……。

 あぁ、そうか。麗良が言わんとしている事が、うっすらと分かってきた。

「仙人ってさ、元の世界の創作物のように不老長寿なんでしょ?」

「あぁ」

「つまり、雅は僕達よりもうんと長い時を生きていく事になる」

 麗良は一言一言、噛み締めるように紡ぐ。

「この世界の人間の寿命は元の世界と同じくらいで、だいたい八十を迎える事に天寿を全うする。当然、転移してきた僕達も例外じゃない」

 麗良が口にしたのは、仙人と普通の人との違い。

 それは些細な事でもあり、大きな違いでもある。

 特に、寿命に関しては決して目を逸らせない問題だ。

 人よりも遥かに長い時を生きる事が出来る。それは、ある人にとっては残酷で、ある人にとっては妬ましく、ある人にとっては幸福なものだ。不老長寿に対して人はそれぞれ千差万別、十人十色な感想を抱いている。

 さて、ここで同級生の皆が不老長寿(せんにん)の俺に対して妬ましいと思っている訳じゃないのは察せられる。何せ、心配してると麗良が言ってるんだ。妬む相手に心配なんて不要だ。

 なら、彼等はどう思っているのか? その答えが麗良の口からもたらされる。

「雅は、どんどん年を取っていく僕達とは違って、今の姿のまま。自分だけ置いてけぼりになって、一人、また一人といなくなる事に不安を覚えて、孤独になる事を恐れて、僕達と距離を置こうとするかもしれない。袂を分かとうとするかもしれないし、下手をすれば……って。だから、僕達は心配してるんだよ。心配して、少しでも気を紛らわせればって思ってちょっと大袈裟やってるんだ」

「…………」

 麗良は、皆は。俺が長い時を生きていき、孤独を選ぶ事にならないか心配してたんだ。勿論、俺の他にも仙人がいるから本当の意味では孤独にならない。

 けど、同じ世界から来た皆とはずっと一緒にいられない。それは到底避けられない事だ。いずれ、自分の身に降り注ぐ現象。同郷の仲間が一人、また一人といなくなれば、元の世界の日常を共有する人がいなくなっていく。

 終いには、同じ世界で同じ時間を生きた仲間は一人もいなくなる。そうなると、誰とも過去を共有出来なくなる。

 そして、今まで共に過ごしてきた時間がとても愛おしくもなる。手を伸ばしても、決して届く事のない。手には何も残らず、胸には穴がぽっかりと開いたような虚しさと悲しみが残るだろう。

 それを恐れて、俺が自ら距離を置こうとするのを、皆は心配してる。

「……そっか」

 その事が、ちょっと嬉しい。

 いくら結束力が強くても。いくら仲がよくても。俺達はまだ一年も一緒に過ごしていない。勿論、琴音や麗良と言った数人は別だけど、大半は一年未満の付き合いだ。

 それでも、人よりも遥かに長く生きる事が出来る俺を妬むよりも、行く末を心配してくれる。

 そして、仙人達が言っていた事も漸く理解出来た。

 楽しめるうちに楽しまなきゃ、そのうち後悔するって事か。

 今のうちにたくさん思い出を作っておけって、語れるうちに語っておけってそう言う事か。

 俺は、同級生の皆にも。そして仙人達にも心配されてたんだ。

 それが、ちょと嬉しい。

「雅?」

「安心しろって。俺はそう思わないから」

 だから、俺は皆の不安を払拭させる為、笑みを浮かべながら麗良に語る。

「この世界で生きていく為に仙人になった。ならない選択肢も勿論あったけど、俺は仙人になる道を選んだ。それは、単にこの世界で生き抜く為だけじゃないぞ? レベルやスキル、魔力を持ったお前等と対等に馬鹿騒ぎをしたかったんだよ」

 俺は仙人になった事を後悔しない。

「ほら、レベルが上がればその分強くなって、スキルや魔法があれば色々と便利だろ? こんな異世界にいるんだから、当然それらを使いたくなるってのが人情だ。けど、俺がいたら使えないだろ? 下手すると魔法が掠っただけでも命の危険があるんだから。でも仙人になって、皆と肩を並べる力があれば、いちいちそんな事気にせずにじゃれあえるだろ?」

 絶対にしない。後悔なんてするもんか。

「あとな。お前等がどんどん年を取っても、高校に通ってた頃と同じように、変わらずに接していく。会えばくだらない話して、一緒に飯食って、馬鹿騒ぎして……。裏切り者を制裁してってさ」

 皆とは違う時間を生きていても、決して袂を分かとうとは思わない。

 俺達は同級生で、元の世界の住人で、友達だ。

 それは未来永劫、変わらない。

「逆に安心しろよ? お前等がいなくなっても、お前等の子供とか孫の面倒見れんだから。永遠の子守当番にもなれるぞ? まぁ、もしもお前等がきちんと結婚出来たらだけどな」

「結構な物言いだね」

 麗良は俺の言葉に苦虫を噛んだような顔をするも、直ぐに笑みを浮かべる。

「そっか。雅がそう考えてるんなら、心配は無用か。皆にもきちんと雅の考えを、気持ちを伝えとくよ」

「おぅ」

「なら、最後にこれだけは言っておくかな。どうもこれだけは本気で気付いていないみたいだったし」

 何処か晴れ晴れとした様子の麗良は立ち上がって数歩俺から離れる。

「鬼灯の気持ち、きちんと受け止めてね。彼女、雅の事好きだから」

 くるりと俺の方へと向き直り、そんな事を言う。

「けど、彼女は自分の気持ちを伝えられずにいる。その理由はさっき言ってた奴。変に負担を掛けさせたくないって想いが強いんだよ。あと、この間のあれは事故だね。酒を飲んで自分の気持ちが制御出来なかったんじゃないかな?」

 肩を竦めて、やれやれと首を振る麗良はまたもや南校舎の方へと目を向ける。俺もそちらに目を向ければ、琴音の姿がそこにあった。

「この鬼ごっこが終わったら、一度鬼灯と会って、きちんと気持ちを確認するように。雅がどういった答えを出すかは分からないけど、付き合うにしろ今までと同じ関係を維持するにしろ、僕達は笑顔で追いかけ回してあげるから」

「笑顔で追いかけ回すのかよ……」

 流石は裏切り者を許さない同級生。逆に何時も通りで安心もするか。

「さて、話す事は終わったし。そろそろこの鬼ごっこに戻ろうか?」

「……そうだな」

 俺も立ち上がって、麗良に背を向けると屋根から飛び降りて下に着地する。取り敢えず、怪我はせずに済んだのでこのまままず東校舎へと向かう。

「皆ー! 雅が東校舎に向かったよー!」

 西校舎の屋根の上から、雅が手でメガホンを作って叫ぶ。

「「「「「逃がさねぇぞゴルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼」」」」」

 それに呼応して、各地にいた同級生達が一気に飛び出して俺の後を追い掛けてくる。

「この木刀の錆にしてくれるわ!」

「その顔面にメリケンサックをめり込ませてあげますよ!」

「天使の胸の感触について四百字詰め原稿用紙で三枚以上書いて貰おうか!」

「と言うか、触った感触を元に似た感触の枕でも作ってくれやぁ!」

「てめぇだけ美味しい思いしてんじぇねぇぞ蓮杖っ!」

「「「「「羨ましいんじゃボケがっ‼‼‼」」」」」

 後半は己の欲望が駄々漏れとなっている。

 あぁ、うん。何だろう。

 怨嗟の声が響いてるけど、俺の事を心配してくれてると思うと何処となく微笑ましくなってくる。

 そして、つくづく実感する。

 やっぱり、皆と馬鹿騒ぎするのは楽しいな、と。

「「「「「待ちやがれやぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」」」」」

「誰が待つかよっ!」

 俺は後ろを振り返り、声を張り上げて加速する。


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