That's FOXS Show
海外ドラマのホームコメディって、独特ですよね
「そこで僕は言ったのさ。欲しいのはナキウサギだけだってね」
ドッと沸き立つ歓声。スナコさんにお兄さんまでお腹を抱えて笑っている。慌てて返しを考えている間に、すぐに話題は高速で新しいものへと移っていく。
――お正月は家でのんびりとテレビでも見ようと思っていたのに……。【僕】が見られる側になるなんて! しかもホームコメディテイストなんてハードルが高過ぎるよ!
僕の叫びは、心の中でこだましていくのだった。
――どうしてこうなった!
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大晦日はスナコさんと二人でコタツでゆく年くる年なんかを見ちゃったりしている間に年を越した。そのまま布団に行かずに僕は眠ってしまったらしい。そして夢を見ていた。
富士山の上を音速で飛んでいく巨大な鷹が、茄子型爆弾を投下していくのだ。操縦席のスナコさんが囁く様に「揺らすな」とか「慎重にな」とか言っている。僕は鷹の背中にくくりつけられ……そこで目が覚めた。
――なんてこった。縁起がいいんだか悪いんだか分からないよ! しかも初夢は1月2日に見ないと意味が無かったはずなのに、まだ元旦だよ!
そうやってツッコミながら目を開けた僕の顔の前にあったのは、ふっくらもふもふとしたどアップのスナギツネの顔だった。
混乱している僕の気持ちは放置のままアメリカンスタイルなリビングへと連れていかれる。ゆったりと座れるサイズのソファーの前には低めのテーブル、隣のキッチンには業務用みたいな巨大な冷蔵庫が見えている。さらには二階への階段もあるから随分と広いお宅みたいだ。
――しかしそんな事はどうでもいい。何でソファーに座ったら目の前に大量の観客がいるんだ! しかもみんな狐! アカギツネからチベットスナギツネ。銀色の毛並みのギンキツネまでいるけど、なんでみんなこっちを見てるの!?
「おはよう。昨夜はよく眠れたかな?」
海外映画の吹き替えみたいな優しげで張りのある声がして僕は顔を向ける。そこにいたのはお腹回りがふくよかーでしっかりとした男の人。観客席(!?)の近く、かなり舞台の前の方の椅子に腰掛けてパイプを吹かしてる。着ているセーターがミチミチだ。顔はさっきどアップで見たチベットスナギツネ。なんだけど普通に日本語喋ってる。深まる僕は状態異常混乱中。後ろから軽やかな足音を立ててスナコさんが二階から降りて来ると、その男性の顎の下をタプタプし始める。スナコさんのお兄さんもやってきて当たり前にそのスナギツネさんのお腹をもふもふする。
「父よ。相変わらず良い冬毛だな」
「父は今日も顔の[もふっぷり]がとってもスナギツネね」
二人のお父さんだった……。
さて、という感じで観客に一度目配せをしたお父さんは、スナコさんとお兄さんが談笑する中、おもむろに話題が僕へと移してくる。
「さてさて人間君、自己紹介がまだだったね。スナコとスナ彦の父の紺三郎だよ」
「えーと、あの、僕は……」
\ハッ~ハッハッ/
「今現在、スナコさんとお付き合い~、いや、つがいとしてあの」
\ワーッハハハ!/
何か言いかける度に観客の笑い声が凄い……。なにこれ、合いの手なの?
――僕は何か笑いを取れることを言ってるのだろうか。海外コメディーはきっとこういう感じで作られていたんだね。お客さんとの距離が近いよ。あ、そこ指ささない! 客席をチラチラしていたら気が付けば話題が僕からスナコさん兄妹へ変わっていた。僕らが出会ってからの話題だ。
「そうかそうか。油揚げギャングねぇ。ちょっと怖い思いをさせた方がいいかな」
お父さんの瞳が狩人の目になる。――これが二人の血に流れている熱きハンターの血なのか。観客まで怯えからか一気に静かになったその時、キッチンのドアがガチャリと音を立てて開き、いい匂いが流れてくる。
「さぁ、ウサギのパイが出来たわよー」
やっぱりスナギツネの顔した女性……恐らくお母様がやってくる。5人前位の大きなパイだ。出来立て熱々で美味しそう。
\ワーオ!/
観客席からも歓声が上がる。そして「食うだろうか。ね、食うだろうか:と、ひそひそした声が聞こえてくる。――こんなに美味しそうなもの食べないという選択肢は無いでしょうよ! 早速切り分けられたパイが僕の目の前にやってくる。
「やはり母のウサギパイは最高だね」
「久々に食べたが、心に染みる味だ」
お兄さんがサングラスを外して涙を拭ってる。そんなに美味しいのか。スナコさんは無言で丸飲みしようとして詰まらせている。さて僕も食べようと一切れを持ち上げると……
\ワァァァ/
思わず皿に戻す。
\アー……/
皿に手をやる。
\オォォォー!/
――待って待って! めちゃくちゃ食べにくいから! 観客は一体僕に何を求めているんだよ! どうしようもないので無視して頬張る。――おぉ! これはスナコさんの作ったもの以上にジューシィ。素敵ですお母様。
\ウワァー!!/
何故か立ち上がって拍手する観客。泣いている狐までいるぞ。本当何なのよ……!
「母さんのウサギパイがあれば、今度上陸するというケンタッキー州の歌が聞こえる店にも負けないね。閉会の辞です」
お父さんの一言に、異常にウケる観客。これは笑う所なのか!? 一体どの辺りが笑いのツボなんだー!? そしてお父さん閉会しちゃんですかー!?
そう思ってたら、照明が暗くなった。軽快なBGMが流れてくると、その間に何者かが超高速で食べ終わったお皿を片付けて、そして新たな料理を置いていく。――えっ何!? CMとかの間なの、これは!
驚いている間に、また照明がつくとお父さんの位置が変わっていたり、スナコさんがコーヒーを持っていたりしてる。なんでそんなにこだわるんだこの家族は!
「さて、お客人」
何事も無かったかの様に衆人環視で食事を続けながらスナコパパが切り出してきた。本当につがいになるのかと。狐と人はそれなりに違うと。スナコさんがそれについて語ろうとするのを遮って僕は話し出す。ここは僕の出番だよ。静かに見守る観客とスナコファミリー。
「確かに僕とスナコさんは違うかもしれない……。だけど、人種の違い位の差であって、僕は彼女に惹かれているんです」
\ザワワ ザワワ/
観客もスナコファミリーも僕の動きに言葉に集中している。視線が物理的に重さを感じるかのようだ。体が重く感じる。でも、でもさぁ、言うぞ。僕はあれを言うぞ。
「僕は……! スナコさんの事が! しゅきなんでしゅっ!」
――噛んだ。盛大に噛んだ。舌の痛みよりも胸が痛い。観客もリアクションも取ってくれずなんかこう居たたまれない空気で生暖かく見つめてる。――やめて! そのスナギツネアイ! スナギツネフェイス! 辛い辛すぎるぅ!
僕は気が付くと走り出していた。隣の部屋のドアを開け、玄関らしき扉を開け飛び出したそこは……。
――わぁ……! 360度の大パノラマ。山の間に見えている雪景色が大変綺麗ですね、うん。空気も美味しい~って酸素薄いわっ! 何この高地! やばいやばい! 視界が白くなってきた。慌てて追い掛けてきたスナコさんがゆっくりと倒れていく僕を後ろから抱き止めて何かを囁いたように感じたけど、僕には聞こえなかった。ただ優しげな気配だけが伝わってきたのだった。
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時計のアラームで目が覚めた僕は、見慣れた天井を見詰める。なんというかとてつもなく酷い夢を見た気がする。夢だとしても、あんなに気恥ずかしいのはごめんこうむりたい。横を見るとミイラみたいに手を胸の上でクロスしたスナコさんが寝ていた。なんだかそれを見て気が抜けた。あれが夢だったとしても今日はブラッシングの日にしよう。そう僕は心に誓った。
飲み物でも飲もうと開けた冷蔵庫に、見知らぬウサギのパイがあって「母より」と書いてあったけど、きっと僕は何も見ていない。見ていないんだからね!
【早めに食べるのよ、母より】
スナコ母がメールを打ち終わり送信したのをお父さんが確認すると、彼はこちらを振り返って一言呟いた。
「今度こそ閉会の辞です……」