スナギツネは眠らないⅡ
よい子のみんなは、へやをあかるくして、テレビからはなれて見てね!
「距離650m。北北東の風、風力1、1020ヘクトパスカル」
男は鬱蒼と繁った森の中で身を伏せ、スコープ越しにターゲットの顔を見つめる。辺りには無関係の村人。開けた所に奴が移動した時が、心臓を貫かれる時だ。
風が吹く。
ターゲットが風上を見つめ、手で庇を作り立ち止まる。乾いた音が辺りに響き、その手はゆっくりと自らの胸に開いた穴に触れ、崩れ落ちた。それだけだった。
スコープから目を離すと、男は汗もかいていない顔、剃り上げた頭を手で撫で上げ一言呟いた。
「ルールその4。依頼は必ず遂行」
*** スナギツネは眠らないⅡ ***
営舎にて、ビリヤード台でボールを打つ動作のまま、男は背後の気配に声をかける。
「何故来た」
――カコーン。小気味良い音を立てて球がビリヤードテーブルのポケットへと吸い込まれる。それを見詰めながら、背後の彼女は静かに呟く。
「仕事だからよ」
無言でキューを置くと、振り返りもせずに男は呟く。
「故郷に帰れ」
「任務は絶対よ」
それが[ルール]という言葉が、1つの音として二人の間に残った。
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森林の中を男と女が手足を使って歩く。匍匐前進ではない。そう、四足歩行だ。崖の下に岩の隙間を見つけ、男が手を上げ二人は止まる。野営の準備を手短に済ませ身体を休める。
「チベットを思い出すな……。こういった岩場の下で伏せながらナキウサギを狩ったもんだ」
お前はまだ小さかったから覚えていないだろうが、という言葉に女は静かに答える。
「その場所は……もう無いわ」
嘘だろう、そう反論した男に女はかぶりを振った。
「もう……無いのよ。戦場にしか帰る場所は」
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激しい銃撃戦の中で男が走る。女の狙撃を活かす為、男は自らをおとりに敵陣へと身を踊らせる。撃ち、殴り、斬り付け、多数の兵が地面に沈む。だが、敵はそれでもなおあまりにも多かった。
男は銃から弾薬を外しその場に捨て両手を上げて降伏の意を表す。そして、大量の兵士に取り囲まれ、男の姿は女のスコープから見えなくなった。
「兄さん……」
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「吐け! 貴様があの国に頼まれて来たのは分かっている! さぁ吐け!」
縛られ、男は執拗にいたぶられる。男は信じている。女が任務を遂行してくれる事を。
一発で一人倒せ、昔から男が女に叩き込んだ[ルール]だった。[ルール]は絶対だ。スコープ越しに拷問されている男の姿を見、女は唇を噛む。弾は男があの時わざと地面に捨てた一発のみ。その時、男が口の動きだけで伝える[一発で二人やれ]。男を……兄を殺せと云うのか。女は自らの手が震えるのを感じた。
「お前は……もう、俺を越えたな……」
対象は無事倒され、女は男を殺す事無く助け出した。万が一にも男が失敗した時は、対象と共に排除しろと任務には記されていたのにだ。女に肩を貸され、男は足を引き摺り進む。もう少し行けば合流地点だ。ヘリのローター音が聞こえてくる。
「兄さん」
目線で返事を促す男に、女は前を見つめたまま続ける。
「私は250満点中248点を獲得した。来期はさらに先に行くつもり」
そう言って、女は胸元から査定の結果が書かれた紙を見せる。――だから、希望は捨てないで。荒れ果ててしまった大地を、元の草地を取り戻す為の研究は始まっている。
「土壌の改善とナキウサギを取り戻す」
自らの野生と折り合いを付け、そして未来へと進む為に、二人はヘリコプターへと歩みを進めるのであった。
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二時間はあっただろうか長い映画だった。スナコさんの横にはプリンの容器が6個は並んでいる。スナコさんが新作が手に入ったと言うから一緒に見ていたんだけど、画面の端にこっそり僕も映っていた。――いつ撮ったんだろう。
スナコさんが新たなプリンの蓋を開けながらこちらをチラッと見て、テレビの画面に目を戻す。スタッフロールの後に、画面にメッセージが現れる。――見てくれてありがとう的な、あれかな。
*** 故郷のお父様お母様、スナコは元気にやっています。今度、一時帰国しますね ***
あまりにも壮大なホームビデオだった……。
名優からもメッセージが!
コャヌ・リーヴス
「いゃぁー! 彼は本当にいいやつでさ! よく僕と一緒に公園でカップケーキを食べたものさ。今度また、お手製のマドレーヌでも食べたいね!」
有名評論家 狐家川長治
「いや、本当に映画って本当に素晴らしいものですね。そして油揚げ、大変美味しかったですね~」
*** 題字・翻訳・編集:玉藻稲荷 ***
*** 配給:世紀末ふぉっくす ***