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油揚げ戦線異状なし

――チュイン!


 何かが車の窓を掠めていった。瞬間的にスナコさんが僕を引っ張ってくれなかったら危なかった。


――ん……危なかった……?


 スナコさんが慎重に車外に顔を出そうとした直後、またチュインと金属音。素早く窓から離れたスナコさんだけど、頭の上にある耳の端を掠めたらしく、血が滲んでいる。


「スナコさん! 耳が!」

「いいから伏せるんだ」


 ギャングの奴らめが、という呟きと共にお兄さんが運転しながら銃をスナコさんへと投げる。車内で危うく舞う銃を空中でキャッチしたスナコさんは、そのまま窓から身を乗り出し後方へ撃ちまくる。一発ごとに後部座席には熱い空薬莢がジュッと音を立てて転がっていく。


――えっちょっと! どうしてこうなった……。




   **********




 まだ太陽の気配もない早朝。僕の部屋の前に停まっていた黒い外国車。僕はベッドで眠っていたはずなのに、気付けば車上の人になっていた。何故かお泊りセットも用意されている。僕はまだパジャマだというのに、無情にも車は出発してしまった。


「豆腐屋はデザートも美味しい」


 僕の想いもパシャマも放置して、出発した車内で外の景色よりもプリントアウトした紙を見詰めるスナコさん。もういつもと違って明らかに顔がにやけている。その紙によると、車で半日がかりの場所に豆腐屋さんがあって、そこの工場横の食堂でのみ【半熟の油揚げ】が食べられる、という事で僕は拉致されたらしい。――休みだったからいいんだけど、先に言って欲しかった……。


「まるでフランスパンか何かの様にしっかりとした厚み。燦然(さんぜん)たる輝きのふっくらとした狐色。――それに心躍らない狐がいるだろうか。いや無いと断言する」


 身振り手振りを交えて、その美味しいだろう油揚げの事を力説するスナコさん。その勢いはちょっと強すぎて持っていたプリントが開いてた窓から飛んでいきそうになる。僕は慌てて手を伸ばしてそれをキャッチしようとして、金属音と共にその紙に穴が開くのを見た。




 座席の下からどんどん武器を出しては応戦するスナコさん。お兄さんも隙あらば片手でパイナップルみたいな物を投げている。こちらの武器も多いのだけど、相手もしつこい。身体を乗り出した所で銃が弾き飛ばされ、スナコさんがバランスを崩す。


――危ない! 必死に抱き止めるけど、敵の攻撃が止まらない。ヤバイ! そんな時だった。


「だんちゃーーーく、いまぁぁあ!」


 どこからともなく聞こえた掛け声と共に、巨大な火柱が上がる。風圧で車内でさらにシートに押し付けられる僕達。バイクが走り去る音が聞こえ、攻撃の音は止んでいた。




   **********




 ようやくサービスエリアに停車した。周りを確認し安全なことをスナコ兄が受け合う。そこにバイクが二台巧みに近寄って来る。一人がヘルメットを外し、その腰くらいまである長い銀髪を手櫛で直す。ライダースーツで体型がよく分かる。整った顔にナイスバデーと合わさって、まるでここだけCMの世界だ。スッと横目で僕を見て、そして……窓から突っ込んできた。


「会いたかったわ! ダ~リン!」


 僕を車内から地面に引きずり倒し、熱烈なハグ。それに伸びて来た助けの手。


「大丈夫かい? おいおいギンコ、駄目じゃないか。困っているじゃないか、彼」


 すごく絵になる二枚目の男性がいた。まるで背中に花を背負ってるみたいに見える位だ。なんだか薔薇のかほりまで漂ってくるような気配すら感じる……。


「あぁ、僕かい? 僕はキタ。〈きつねむら〉以来だね、【ヤジ】さん」


 語尾にハートが見える。というか〈きつねむら〉に来ていた狐さんだったのか。じゃあギンコさんはあの懐いていた狐か。変身前(?)しか見てないから、見覚えが無い訳だ。ところで僕は【ヤジさん】ではないし、ぶっちゃけ覚えてない。アカギツネは何匹かいたし……。


「二人とも助かった。礼を言う」


 お兄さんがそう言いつつ早速打合せを始めた。漏れ聞こえて来るところによると、この先の改装工事中のサービスエリアで、さっき襲って来ていた油揚げギャングの一味が待ち構えている。時間も無いから倒してしまおう、という事らしい。

 

 ふと、僕は車内に戻ろうとして悪寒を感じた。――そう、車内(巣穴?)で待ち構えるスナギツネの目だ。


振り向いたそこにあった視線に僕は釘付けにされた。

乾いている、とても乾いている。いつも以上に乾いている。そして声も無く口が【う・わ・き・も・の】と言っていた恐ろしきスナコさんだった。



 

「おみゃーらのせいで、俺達の縄張りが荒れてるんダギャー!」


 進んだ先で待ち構えていたギャング逹の開幕の台詞。それを聞いたスナコさんがそんなもの意識した事は無いぞとボソリと呟く。――流石縄張り意識低い。

ともかく甲高い声で相手のボスらしき狐(人間の頭に三角耳が生えてるし、尻尾はスナコさんよりも、もっふりだ)が喋っているのを要約すると、お兄さんの運んでる油揚げが上質な物な所為で自分達のが売れない、どうしてくれるのかという泣き言でした。


 こちらが一切反応しないもんだから、さらに感情的になり自分たちが販売しているス油揚げを見せ始める。――うっわ何あれ色がまず悪い。ほんのり香るいやーや匂い。あれは食べたくないわ……。

 百均以下だな、油揚げに冒涜だ、豆に謝罪しろだ等と、こちらの面々の評価もずたぼろだ。確かに色といい形といい、離れていても臭いまでヤバイ。お金貰っても食べたくはない。そしてスナコさんがとどめの一撃を放つ。


「カビの生えたパンか? 願い下げだな」


 スナコさんのその一言で怒り狂ったギャングは周りの部下たちと共に一斉に銃を抜き、戦いの火蓋が切って落とされる!

と思ったら、こちらの狐の皆さんが唐突に手元に現れた重火器を構えて、一切のためらいも無く撃ち放つ。十秒もかからずに戦いは終わった。


「ルールその1。時間厳守だ」




   **********




「動いたらお腹空いたわね~」


 午後になってようやく辿り着いた豆腐屋さん併設のレストラン。席に案内され、メニューを眺めながら店員さんを待つ。それにしても、本当にギャング達の出落ち感が半端無かった。


「お待たせしましたー。ご注文をどうぞー」


 やって来た店員さんに、お兄さんが(おごそ)かに半熟油揚げ定食を5人前注文する。キラキラと輝いた僕らの瞳を前に返ってくる言葉。


「あ、すいません~。【半熟油揚げ定食】午前中までなんですよ~」


 出落ち感満載だった油揚げギャング逹の攻撃は、時間差で威力を発揮した。しかも効果は絶大だ。一瞬でお兄さんとスナコさんは勿論の事、スナギツネで無いはずのギンコさんもキタさんも、皆スナギツネ顔になった。


――勿論……僕もだった。顔がこんなにも乾くだなんて、僕は初体験だった……。

 時間厳守のルールを守れなかったお兄さんが渇いた声でボソボソとお泊まりを提案し、皆スナギツネの瞳で承諾。翌日無事に僕らは半熟油揚げ定食を食べる事が出来ました。ちなみに僕は、泊まった温泉宿で服を脱ぐ時に今ままでずっとパジャマだった事に気付いたのでした。

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