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おいでよキツネの盛

 スナコさんの耳がピクリと動き室内に緊張が走る。


「2名」


 スナコさんの静かな声に、周りが速やかに所定の位置へと待機する。


――ペタペタ、ペタペタ……ピタリ。ガラッ。


「いらっしゃいませ! 〈きつねむら〉へようこそ!」


 どう見ても軍服な格好をしたメンバーが、一矢乱れずに声を合わせて挨拶する。――どうしてこうなった。どうして、こうなった……。




   **********




(くら)キングキツネ村を真似しようぜ~」


 という部長の超絶適当な言葉により、文化祭の我がサークルの出し物が決まってしまった。狐をどこから連れてくるのか、そもそも成り立つのか……。そう立ち上がって反論しようとした僕を制してスナコさんが軽やかに立ち上がる。


「私にいい考えがある。任せてくれたまえ」




「というので会議終わらせとゃったけど、スナコさん一体どうするの?」


 あれからスナコさんは自慢のガラケーであちこちに連絡をしている。たまにはルート変更をとか、いつも手伝いをしているだろうとか聞こえてくる。


 大学構内にあるカフェテリアで頼んであった珈琲がぬるくなって来た頃、溜め息とともに電話を切ったスナコさん。疲れた雰囲気ながらも、やりきった気配を出すと珈琲を一気に飲み干した。――あ、砂糖とミルク入れてないよ! あなた甘党でしょう!

 案の定、一瞬ビクリと軽く浮き上がると、今度は耳と尻尾が力無く垂れ下がっていった。




   **********




 翌日にはツッコミどころ満載の衣装(どう見ても軍服)が用意され、必要なのか全く分からない練習という名の【訓練】が行われる。普段やりもしないランニング5キロや筋肉トレーニング、発声練習……etc……。僅かな間に僕らはビクトリーした。


「いいか。動きに気を配れ。目線に手さばき。人には必ず兆候がある。感じとるんだ考える前に」


「イエス、マム!」


 スナコさんの号令一下、サークルの面々が敬礼しながら低い声で叫ぶ。――ここは一体、何サークルなんだろう……。僕らのサークルが使う場所は、簡単なコンロがあり軽食が作れる位の調理台がある。室内には幾つかのテーブルと椅子が整然とではなく、散らばるように配置され、足元には人工芝までが敷かれている。一応……入口のドアの外には


《ようこそ~ きつねむらへ~ ヽ( ̄▽ ̄)ノ》


 ……と、ポップな文体で看板が用意がされているけど、最早何かの罠にしか見えない。


「よいか。我々ふぉっくす舞台は押し寄せる相手を全力でもてなさねばならぬ」

「イエス、マム!」




 そんなこんなでチャイムが鳴り、文化祭の開始を告げるアナウンスと共に幕は開いた。


 その前に、そもそも〈きつねむら〉と名乗ってるのに、肝心の狐がスナコさん一人(一匹?)しかいないのはどうするんだろう……。と思っていたら、僕のスマホに知らない番号から連絡が。


「えっと、どなたでしょ……」

「俺だ」


 ――あぁ。この声はスナコ兄だ。いつの間に僕の番号を……。

 手伝いが欲しいから駐車場まで来て欲しいとの事で、スナコさんにそれを伝えて駐車場へ走る。


 見慣れた駐車場には、見慣れない怪しいカーキ色の車体の4トン位のトラックが止まっていた(普通の車の二倍位あるよ)。近付くとお兄さんが出てきて、無言でトラックの後ろの扉を開ける。


「うわぁ……」


 トラックの中には、天然の芝が敷かれてる上にあちこちに柔らかそうなクッションが完備。中からは外が見える様にガラスが張られ、程よく湿り気を帯びた爽やかな空気が中から漏れ出る。――何この快適仕様! 絶対僕の部屋より住環境強い。


 そして、そこでのんびりしていたのは大量の狐!


 扉が開いて、到着に気付いた狐達は、お兄さんがおもむろに取り出した旗の元に並んで当たり前のようにぞろぞろとついていく。――スナコさんといい、どこに物を隠してるんだろうこの兄妹は。


「俺だ」


 サークルの部屋の入口でお兄さんが名乗り、狐達が部屋に飲み込まれ、こうして〈きつねむら〉の用意は整った。




   **********




 学内でも比較的はずれにあるはずの我がサークルの部室。だというのに、ひっきりなしにお客がやって来る。――何か騙されているんじゃなかろうか。たぶらかされているんじゃなかろうか。


「あ、すいませ~ん。珈琲3つ」

「承知した」


 みんなスナコさんみたいな喋り方になっている。注文受けが終わると、ハンドサインや短縮された通し用語が暗号電文みたいに高速で伝わる。簡易型の調理台のはずなのに手際よく珈琲が用意され、どうみてもレーションなミリ飯がひと手間加えられて美味しそうに盛り付けされる。――やだ……僕がこの前食べたのより美味しそう。


 お客さんは食べたり飲んだりしながら、別料金で狐達にブラッシングしたり、おやつで餌付けも出来る。どうなるかと思ってたけど中々好評みたいだ。料理や飲物の遅れも一切完膚なきまでに無いし、有料で貸し出しているブラシも常に【待ち時間】が出る位に人気だ。いいぞいいぞと、ほくほくしていたら、入口付近で大声出した人が。


「おいおいおいおい〈きつねむら〉とか言ってるけど、エキノコックスで危ねぇんじゃね~のかよ! それにここ何だか獣臭いぜ!」


 スナコさん曰く、丁寧に健康診断受けた健康優良()しかいない。そもそも僕は匂い気にならないけどなぁ。――あ、嫌がってるのに一匹無理矢理抱き上げた。嫌がる狐が空中で暴れて投げ出される。マズイ! その先はテーブルだ。当たったら狐が怪我をしちゃう!


「ちょっとお客さ……」

「俺を見ろ」


 僕が身体を投げ出して空中でその狐を受け止めた直後、壁際で何故かゴリラの様なポーズ(〈きつねむら〉には何故かこれが必須らしい)をとっていたお兄さんがスッと前へ出る。そしていつも装着しているサングラスを静かに外す。それを見た瞬間、暴れていたお客が急に黙ると態度を変える。


「あ……すまねぇ……。いやごめんなさい。僕……いい子にします」


 何故かはにかんだ様な照れた顔をして、暴れていたお客は急に静かになった。むしろ何故か顔を赤らめている。――お兄さん一体何をしたの!?




 その以降は特に問題が起きる事も無く〈きつねむら〉は無事に終わりを迎えたのだった。




   **********




 後片付けを任せて、僕はお兄さんと一緒に狐達をトラックへ。あの時無事にキャッチした銀色の毛並みの狐が、僕にやけに擦り寄ってくる。中々シャープな雰囲気でカッコ可愛い狐だ。無事にトラックに狐達を連れて行き、きちんと扉を閉めるとお兄さんが運転席へ。


「あの……、お兄さんあの時何をしたんですか?」

「これだけだ」


 僕の疑問にお兄さんはサングラスを外す。そこに現れたのは凄まじく不釣合いな【つぶらな瞳】。余りのキュートさに僕のハートはときめいてしまう。そんな僕を置き去りにして、お兄さんは再びサングラスを装着すると、片手を振って発車していった……。やだ……態度がイケメン……。






「いや~、何か疲れたけどいいイベントになったね」


 サークルでの簡単な打ち上げも終わり、スナコさんと二人夜道を帰る。スナコさんは返事をしない。むしろ何だかイライラした気配だ。


「他のメスの匂いをそんなにすりつけて。浮気者が」


 ――んーと……。あの銀狐はメスだったのか……。しかもスナコさん……女の子と僕が喋っても何も言わないのに狐だと怒るのか。それって嫉妬?


 スナコさんが嫉妬してくれるなら……たまには他の狐に懐かれるのも悪くないかな。僕は顔がちょっとにやけてしまった。


 そして僕は一切こっちを見ないスナコさんの手を、そっと握ったのだった。

※M県にあるあそことは一切関係はございません。


★きつねむらメニュー( -_ゝ-)

珈琲:250円

紅茶:200円


軽食

サンドイッチ:300円

レーションA:300円

レーションB:300円

レーションC:500円


オプション

ブラッシング:500円

餌付け用お菓子:500円

チェキにて3ショット:1000円(抱き上げOK)


※携帯電話、スマートフォン等の撮影は固く禁じております。


混雑時は、コッフェルにて緊急湯沸かし(スナコ私物)


~~ たのしい きつねらいふを! ~~

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