スナギツネは眠らない
「南南西の風、風力5。1023ヘクトパスカル」
樹の枝の上で腹ばいになって体を隠しているスナコさんから報告が入る。気圧までは情報として必要ない気がするんだけど。――というか、何でそこまで分かるんだろう。これが野生の力か。あ、頭の上の耳がモフッと動いた。
「いたぞ。10時方向に2名だ」
本当に張り切ってるスナコさん。さすが狩人、さすがスナギツネ。そんなことを思っている内に、秒で相手が狙撃されていく……。
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「サバイルバルゲーム大会?」
「ああ。図書室のお知らせに掲示があった」
講義も終わり図書室へ。そこで勉強している僕と、黙々と本を読むスナコさん。無表情でページをめくってるのは、絵になるんだか、ならないんだか。数分しても全く変わってないんだよね姿勢。そして突然話し掛けて来たと思ったらイベントのお話。――それにしてもサバゲーか~。興味はあるけれど、未経験だから大会なんて自信ないよ。しかも主宰のサバゲー部は全国大会なんかにも出ている結構な猛者だと聞くし。
「大丈夫だ。私に任せろ」
無茶苦茶自信満々なスナコさん。椅子からはみ出ている短い尻尾まで膨らんでる。
という訳でエントリーして大会の当日。迷彩のシャツと、カーキ色っぽいズボンで会場に向かった僕の前に現れたのは、砂漠迷彩カラーの上下装備の準備体操に余念が無いスナコさんだった。
「いいか。一発につき一人倒す。これが基本だ」
――ハイレベル過ぎる基本ですよね!?
ツッコミながらも受付付近を見回すと、サバゲ部の皆さんが用意してくれた銃をあれこれ見ている僕や他の参加者と違い、本気仕様の狙撃銃の組み立てに余念がないスナコさん。やる気が違い過ぎる。
そんなこんなで、簡単な説明の後に幾つかのチームに分かれ、一斉に戦闘フィールドの森へど散っていく参加者。長く響くアラームの音で大会が開始となった。僕はスナコさんと一緒に身を隠して狙撃に良さそうな場所を探してうろつく。
「うむ。ここだな」
突然立ち止まって、大きな木を撫でたりペタペタした後に、何かに納得したスナコさんは真顔で僕を振り返る。
「さぁ肩を貸せ」
「え、あ、うん」
木登り自体は苦手らしい。やたら軽いスナコさんを木の上へと上がるのを手伝う。短めの尻尾が僕の顔をもてあそぶ。――すっごいチクチクする。かなりゴワゴワする。気持ちよくない……もふもふしてない……マジか。
そしてスナコさんを上げて一仕事終えた僕は木の下の茂みの中へ。少しすると何かが近付く気配。葉っぱの隙間から覗くと、敵対チームの証の青のスカーフを腕に巻いた迷彩服姿のガタイのいいスキンヘッドでサングラスの――っておぉい! あれスナコさんのお兄さ……
パンっと乾いた音を立ててプラスチック製の弾が撃ち出される。ほぼ同時に「フンッ」という気合のこもった息と共にお兄さんが素手で弾を掴む。何この達人の戦い怖いんですけど。これが、スナギツネの戦い……!
【ピピーッ はいっ! ゼッケン8番アウトです 休憩所へ戻って下さい】
アナウンスが入る。何故だ、俺は止めたぞ。俺のルールでは死んではいない……等という言葉とともに、スナコ兄はあっという間に係りの人に連行されていった。
「スナコさん、さっきのあれお兄さんじゃ……」
「問題ない」
「いやでも」
「問題ない」
戦いとは冷酷非情だった。
その後も、近付いて来た相手に一発撃って確実に倒すを繰り返していく。
「スナイパーは居場所を把握されてはいけない」
「お昼の映画ショウで見たね」
「うむ」
という訳で撃つたびに別の樹に移動する。そうやって何度目かの移動をしている時だった。木登りの途中でガサガサと葉を掻き分ける音と人の気配。茂みは少し離れていて、二人共とっさに隠れる場所も無い。――油断した! ヤバイ! 撃たれる!
その時だった。スナコさんが腕を振ると突然魔法の様に目の前に段ボールが現れた!
「早く中へ」
え、なんで段ボール!? どこから出したの! そんなツッコミを口にする間も無く僕とスナコさんは段ボールに飲み込まれる。トイレットペーパー用の段ボールみたいに巨大なやつだ。二人だと流石に密着率が高い。いやいや、でもこればれるってバレルって絶対! うわあぁぁ撃たれるー!
――ガサガサガサガサ
「ん……なんだ?」
ザクザクザクザクと近付く足音。
「なんだ、段ボールか」
――ザッザッザッ
音は離れていった。
「段ボールは最強だからな」
――マジか。
その後も似た様な流れで敵を倒し続け気が付けば敵対チームは全滅。僕らのチームが勝ちとなった。……正直スナコさん一人だけで勝ってない? これは。
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「まさか……、本当に優勝しちゃうなんて……」
「私に任せろと言ったではないか」
口元が少し笑っているよスナコさん。表彰式で個人でも何か賞を貰っていた。いやでも本当に凄い。これがスナギツネの本気なのかと、会場の森から帰ろうと歩き出した時だった。近くの茂みがガサリと動いてそこからウサギが飛び出して来た。
「先に帰宅してくれ。後日連絡する」
「え、ちょっと待ってよスナコさん!?」
突然スナコさんはそう言うと、凄まじい速さでウサギに突っ込んで行った。気が付いたウサギが全力で森の奥へ。スナコさんもあっという間に消えてしまった。そして取り残された僕の真横に気配が。
「あ、お兄さん」
スナコ兄は無言無音で茂みに入り、スナコさんの後を追っていった。
「なんだんだよー! 一体~!?」
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――翌日
「昨日は感謝
手料理をご馳走したい」
と、スナコさんからメールが。そわそわしながら家で待っていると何やら大きな袋を持ったスナコさん到着。玄関からそのままキッチンに向かい調理を始める。そこそこ時間が経つと、よい香りが部屋中に漂い始めた。
「熱いうちに食べてくれ」
「これは……」
美味しそうなパイが、でーんとテーブルの上に鎮座ましましている。早速切り分けて頂く。うん、無茶苦茶美味しい。具のお肉に癖がなくジューシー。初めて食べる感じだけど何のお肉だろ。
「獲物だ」
あぁ……、○ーターのお父さんかぁ…。
トイレットペーパーの入ってる業務用ダンボールって大きいですよね。
スナコさんの使っている銃は、まさにこれ! というのが、縁日の射的の景品でありました。銃で銃を取るるーぷ。