湿気マシマシ。脂少なめ。
2016/0716
小坂みかんさんに、イラストを頂きましたので、挿絵と一部表現を追加させて頂きました!
季節は梅雨です。僕の部屋も凄い湿気が充満しています。
湿度計を見ると、湿度が八十パーセントを超えている。動く度に水分がまとわりついてくる様で、非常に不快だ。
朝起きた僕は、寝袋の上から更に布団をかけているスナコさんを発掘しようとベッドをぽふぽふするが、気配が無い。着替えたのかなと、部屋の隅を見ると……。
「……コャァ……」
――あぁ……! 駄目だ! もう湿気でダウンしている!
スナギツネ状態のスナコさんが、自分の鞄の手前で力尽きていた。
慌ててエアコンを【除湿】モードにし、湿気の脅威は少し後退。スナギツネを膝に抱え、ドライヤーで乾かす。
「スナコさーん、大丈夫?」
力無く、コャア……と鳴くスナギツネモードのスナコさん。そういえば去年もひどかったなぁ……。「チベットはこんなに苦しくなかった」と言ってじめっとした気候と湿気に大分参っていたみたい。
――去年は〈じめっと〉、今年は〈ぬめっと〉まで来てる……。このままじゃ【僕の彼女はヌメットスナギツネ】になってしまうじゃないか!?
と、スナコさんの携帯がメールの着信を知らせる。少しだけ復活したスナギツネがとことこと、鞄まで歩いて携帯電話を取り出すが……。
――投げた!
ボタンが押せずに、イライラしたらしい。そして空中に跳ね上がった携帯電話は、キャットウォークで溶けて液状になっているたまちゃんに激突。たまちゃんと携帯電話は、ズルリと床に落ちた。たまちゃんがもうスライムみたいになって動きもしない……。マヌル猫モードで、どろっとしてる……。
――なんというか、ある意味地獄絵図だった。
***********
「スナコ先輩~ここですー!」
スナコさんの代わりに携帯電話のメールを見たら、この間サークルに入った新人の「レイカ」ちゃんから。
何でも【親が経営している温泉リゾート施設】の無料パスがあるから、よかったら行かないかというお誘いだった。食事も食べ放題だし、スパ施設やら何やらが全て無料という豪勢なパス。――さすが、油揚げの味以外は凄い企業ダギャ……。それにしても僕らが行っても平気なのだろうか。
罠ならそれも潰せばいい。そう言って、キリッと立ち上がったスナコさん(人型モード)は、見た目だけはいつも通りだった。
水着を借りて、流れる温水プールで浮き輪でプカプカしたり、ウォータースライダーで射出されたり、五十メートルプールをたまちゃんと猫泳ぎ対決したりと、チベット組もだいぶ元気を取り戻した様だ。
「いやー遊んだ遊んだ」
「いっぱい泳いでお腹空いた―!」
「楽しんで頂けて何よりダギャ……いえ、です」
あの語尾が出てしまう度に、いちいち言い直すレイカちゃんに癒やされつつ宴会場へ。この後はショーを見ながら舟盛りをつつく的な流れだそうだ。最早これは旅行に来ている気分だ。背中に油揚げのロゴマークが入った浴衣を着ながら、四人で歩く。
「こんなに素敵な施設なら、お兄さん達も今度連れて来たいね」
「たまちゃんも、また来たいよー」
到着した宴会場では、やたら豪華なお座敷に案内され、仲居さん的な人にものすごくかしこまられる。お嬢様のご友人に粗相があってはなりませぬから! とレイカちゃんも恐縮する位の接待ぶりだった。――でも、油揚げだけはやっぱり美味しくなかった……。
『レディース&ジェントルメン! おまたせ致しました! 本日は大人気の〈揚げレンジャー〉のショーを行います。こうご期待!』
流れてきたアナウンスに、思わずスナコさんと顔を見合わせる。
「……スナコさん、今日予定あったの……?」
「……いや……私も聞いていないが……」
コソコソと耳打ちしている横で、たまちゃんは舟盛りを片っ端から平らげている。
「わぁ~アゲレンジャー来ちゃうんですね。ボク大好きなんですよ~」
素直にはしゃぐレイカちゃんは、どうやら何も知らない様だ。慌ててお兄さんや天さんに連絡をしてみても、全く知らないらしく、とりあえずスーツを持ってこちらまで向かうとの事。――いったい何が……。
『さぁ行け、揚げレンジャー!』
偽物だった……。よく見たら、横の垂れ幕みたいなのに〈揚げレンジャー〉と書いてある。僕らがやっているのは〈アゲレンジャー〉。凄いこのパチモノ感。しかも何故か二人しかいない……。微妙なアクションと微妙なテンポで、お客さん達が白けているのがよく分かる。
――駄目な見本みたいなショーだ……。どうしてこうなった……。
そのタイミングで僕のスマホが鳴動する。見てみるとお兄さんからで「ブツは用意してある。やれるぞ」と書いてある。――これだけ見ると、危ない内容だ。スナコさんにその旨を伝えると、何かを決意した様な顔をした。
『フハハハハ……その様な偽物に、この俺様が倒せるわけがない』
ショーが行われている台の上が突如暗くなり、スモークが辺りを覆い隠す。そして、灯りが点き、煙の中から現れたのは……。
いつぞやの〈きつねむら〉をやった時のゴリラの着ぐるみ(雑な感じ)を着たスナコ兄だ! 打ち合わせにない展開に、司会のお兄さんと<揚げレンジャー>まで慌てふためく中、お兄さんは偽物二人に攻撃し、怪我をしない様に上手い事倒れさせる。
『フッ……。やはりこの俺様を止める事も出来ない様だな』
すっかり悪役として、センターでポーズを決めるお兄さんいや、ゴリラ怪人。そして、横からスッと出てきて、当たり前の様に司会の男性からマイクを奪った天さんが、会場に声をかける。
『わぁー! 何ということでしょう! このままじゃ会場はゴリラ怪人に占拠されてしまうわー! さぁ今度こそ〈アゲレンジャー〉を呼ぶよー! せーのっ!』
見ていた観客が、これも演出と思ってくれたのか、ノリノリでアゲレンジャーを呼ぶ声が。そして場内に響き渡るのは。
「天知る。地知る。人が知る。悪を倒せと、お揚げの香り漂う! 呼ばれて飛び出て……」
「だ……誰だ!」
慌てた様に辺りを見回すゴリラ怪人。そして、とぅっ! と、ステージの真上から降ってきて華麗に着地し現れたのは!
「アゲレンジャーリンゴ!」
ポーズを華麗に決めるスナコさんこと、アゲレンリンゴ!
「合わせて食べたい柚子の香り! アゲレンジャー柚子!」
まだ口がもぐもぐしているアゲレン柚子こと、たまちゃんだ! ご飯食べ終わってから出てきなさい!
二人がバシッとポーズを決めると、天さんが会場に呼び掛け、拍手が広がる。
「ゴリラ怪人! 楽しい温泉施設を荒らすなんて許さないわ!」
「……もぐもぐ……」
指を突き付けるアゲレンジャーリンゴ。そして、まだ口の中の物を飲み下し切ってなくて台詞が言えてないアゲレン柚子。
しかし、不敵な笑いを浮かべると、ゴリラ怪人は、<揚げレンジャー>の武器である棒状の槍の様な武器を奪い、油断無く構える。
「つまらんショーをするのが悪い」
御託は終わりだと、腰を落とし、本気で武器を脇だめに構えるゴリラ怪人。お互いの間合いをはかったかと思うと、吐き出す息と共に、アゲレンリンゴが飛び掛かる。
――だが!
「うっ!」
ダメージを受けたのはアゲレンリンゴだけだった。速度を活かすアゲレンジャーでも、リーチの長い武器で丁寧に待ちの体勢に入られたら手も足も出ない。アゲレン柚子も口の中の物が無くなったのか、同時に反対側から仕掛けるも、槍の反対側で突き込まれ吹き飛ばされる。
「どうした! 本物もこの程度か」
圧倒的なゴリラ怪人に、会場のハラハラした空気も高まる。その空気を破る様に声が響く。
「諦めないで! アゲレンジャー!」
僕の横で見ていたレイカちゃんが必死に応援する。それを皮切りに、会場からもガンバレゴールが鳴り響く。するとそこで会場にアナウンスが。
『アゲレンジャーリンゴ、柚子! お待たせ! 今日は参戦出来ないけど、ついさっき完成した武器を送った。これで勝つのよ!』
キタさんこと、アゲレンジャー黒糖の声と共に、天さんがいつの間にか用意した武器を舞台の袖から投げる。
「これは……!」
「専用武器!?」
アゲレンジャーリンゴの手に収まったのは、真っ赤に熟れた林檎の様に、真紅に輝く刀身。リンゴブレード。
さらにアゲレンジャー柚子の手元には何故か先っぽが肉球になっている黄色い柚子ハンマー。
――リンゴのはともかく、柚子のは、たまちゃんモチーフじゃないか……。
新たな武器を手にした二人だけど、まだゴリラ怪人には一歩足りない。必死に攻撃をするが劣勢になる二人。会場の応援の声、さらにそこに!
「な……なんだと!?」
ゴリラ怪人が驚きの声を上げる。
「俺たちだって……!」
「ヒーローなんだ……!」
<揚げレンジャー>の二人が、ゴリラ怪人を背後から抑え込む。その隙を見逃さず、アゲレンジャーの二人は高く飛び上がる。それを追い掛けるスポットライト。
『出るよ、決めるよ必殺技〜。せーのっ!』
\スナギツネクラーシュ!/
僕の真横にいたレイカちゃんも、身体を乗り出して叫ぶ。
ダブル攻撃を食らったゴリラ怪人は、ふらふらと舞台袖に向かったかと思うと、正面を向き「ぐふっ」と呟いて退場していった。
『拍手〜!』
天さんの掛け声と共に会場には拍手が弾ける。そんな中、アゲレンジャーの二人が<揚げレンジャー>を見詰める。
「エンタメの心を失わないでくれ。忘れないでくれ。例え何百回笑われようと」
強く頷いた<揚げレンジャー>を見た後、アゲレンジャーの二人は素早く舞台袖から退場していった。そして、さりげなくマイクを司会の男性に返して天さんもその場を後にしたのだった。
「ああいう演出だったんですね! ボク感動したんダギャ!」
訂正する事すら忘れてレイカちゃんが大はしゃぎしている。スナコさんとたまちゃんが、当たり前の様に着替えて戻ってきた。
「スナコ先輩見ました!? 二大戦隊協力バトルだったダギャよ!」
レイカちゃんは見入り過ぎて二人がいなくなっていた事も、さらには二人が舞台にいた事すら気付いていない様だ。
僕は黙って後から来たデザードの盛り合わせ(バケツ盛りプリン)をスナコさんの方へと渡したのだった。
***********
後日、温泉リゾートでは独自の演出で<揚げレンジャーショー>をやる事で有名になった。ただし『非公認戦隊・揚げレンジャー』と名前は変えてあった。
「スナコさーん。あれいいのー?」
相変わらず、ぬめっとしそうなスナコさんを膝に抱えながら、レイカちゃんに借りたショーのDVDを見る。
「コャ」
「ふーん。まぁグッズとか売らないならいいんだろうけど」
何と無く言いたい事が分かった僕は、ブラッシングの手を止めずにスナコさんを労るのだった。




