洋画はお好きですか?
前略、お袋様。僕にも彼女が出来ました。
そんな彼女に一緒に映画が見たいと言われたら、喜ばないはずが無いですよね。でも、映画は見るものであって、自分が登場人物になるものじゃないと思うんです、はい。
「何をぶつぶつ言っている」
スナコさんが横目で僕に突っ込みを入れてくる。うん、相変わらずスナコさんは冷静でいいよね。僕は冷静と情熱の間じゃなくて、もうフルスロットルな頭になっちゃってるよ!
「喋ると舌を噛むぞ」
ダークスーツにサングラス、欠片も笑いを含まない声が運転席から注意を促す。その直後に車体が斜めになったかと思うと、左側の二つのタイヤだけで走るというアクロバティックな事になった。後部座席で僕が左側、つまり下側なので、スナコさんを抱き止める形だ。――こんな状態じゃなかったら嬉しかったな。つまり、どういう状態かと言うと……
「待つんダギャー! ふざけるんじゃないダギャー!」
何かの喚き声とともに、発射音が聞こえて来る。――うん。怖いなぁ。現実って怖いなぁ!
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大学の講義が終わった後、お昼を一緒に食べたいとスナコさんに連絡を取る。彼女も一応文明の利器を持っている。そうガラパゴス携帯ことガラケーさんだ。この間、静かな表情で物凄く僕に自慢してくれた。
同じ大学にいても中々会うのは難しい。いや、勿論突然会う事もある。スナコさん目立つし、気付くといつの間にか何かの団体に混ぜ込まれてる。――流石縄張り意識が低い。ともかく、学食でいいかなと食堂へ向かっていたら、スナコさんからメールが。
「ご飯は家で
今日は映画
お昼の映画ショウで【運び屋さん3】」
スナコさん意外と映画が好きなんだ。それよりも我が家に来るという事は手料理とか期待していいのかな。いいよね。
――そう思っていたんです、この時は。
スナコさんと落ち合った後に我が家へ。買い物してからかと思ったら、持っていた背中のリュックから、カーキ色の袋がドサドサと出てくる。なんだこれ、自衛隊とかで採用されてそうなパックだ。
「戦闘料食AとB。乾パンでもいいがどれがいい?」
――レーション系来たよ。マジですか……。手料理とか以前にミリ飯(ミリタリーご飯)だった。逆に新鮮だ。
こうしてお湯を沸かし、袋を温めるだけでご飯がお手軽簡単に済んでしまった。哀しいような美味しいような。
さて【運び屋さん3】を視聴しようとテレビをつけたら、スナコさんの携帯電話が鳴り始めた。若干イラッとした感じで携帯電話を見つめた後に、電話に出るスナコさん。と、背筋が伸びて僕に目配せをする。何だろう?
「分かった。直ぐに支度する」
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映画を楽しみにしていたはずなのに、スナコさんに連れられて何故か外へ。
「スナコさん【運び屋さん3】見ないの?」
「実は一度見た事はある。今回はDVD版と吹き替えが違う」
かなりのこだわりがあった。確かに吹き替えの声優さんが違うとか色々あるよね。そんな事を話していると、角から走り込んでくる外国車。それが僕達の前で音を立てて華麗に急停車する。
「乗れ」
「え、あの」
スナコさんに手を引かれ、黒塗りの車に連れ込まれる。誘拐……とは違うと思いたいけど、なんだこれ。
「えっと……」
「ルールその1。質問は無しだ」
「兄よ」
質問しようと思った解答が隣から来る。――おぉ、お兄様がいらしたのですか。
しかし、バックミラー越しに見えるサングラスにスキンヘッド、日に焼けた四角い顔は確かにスナコさんよりもチベットスナギツネな気配がする。あと、何か【俺の後ろに立つんじゃねぇ】という雰囲気も漂う。はっきり言ってコワイ。
「ルールその2。理由を聞くな」
「運ぶのよ」
何をなんだ。しかも聞いちゃいけないのか。僕の脳内が疑問で渦巻く中、車が発車した。
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お兄さんは時折左手に嵌めた時計を確認しつつ、住宅街を凄い勢いで爆走する。シートベルトを装着してないと危険だ。――むしろ危険は別の所にあった。
「来たか」
お兄さんが呟くと同時に、車のガラスに何かが当たる音が。振り向くと黒塗りの車が追走してきていて、身体を乗り出して喚きながら黒光りする金属ぽい物から何かを発射している。――僕知ってる。あれ銃って言うんだよ。
左右に車を振りながらお兄さんは住宅街から大通りへ。さらに山の中の道を爆進していく。追いかけてくる車は何だかさっきよりも増えている気がする。
アクション映画みたいな片輪走行。ジャンプして別の車の上を飛ぶ。窓から鉄の玉を地面に流すのを手伝わされたり、スナコさんのシートベルトを緩めたりと、そんなこんなありました。
山を越え、谷を越え、ようやく僕らの街に帰って来たよ。もう後ろに車は見えない。ようやくデスロードは終わりを迎えた。途中嬉し恥ずかしハプニングっぽいのもあったけれど、僕は疲れたよパトラッシー。
フラフラしながら車を降りると、お兄さんはトランクからジェラルミンのスーツケースを取り出して歩き始める。スナコさんもついていくので、僕もどうにかついていく。二人とも一切ふらついてないのが凄い。そして、怪しく寂れた廃工場らしき場所で黒ずくめの男たちが待っていた。
「時間通りだな。流石だ」
「ルールその3。時間は厳守」
スーツケースを渡すお兄さん。
「うむ……。上物だ」
そう言って中身をチラリと確認した相手は、取引完了とばかりに、かなり厚めの封筒をお兄さんに手渡す。振り返りもせずに、僕らはそこを後にした。
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聞いちゃいけないと言われつつ、僕は録画した【運び屋さん3】を見ながら、後日スナコさんに尋ねていた。しかし、この【運び屋さん3】の展開、凄く既視感がある。
「あれか。末端価格で【千】はくだらないものだ」
あの時の取り分として渡された結構な額は、僕の家の冷蔵庫でお高い海外のアイスの業務用サイズに変わっている。それをスプーンでもっくもく食べながら真顔で説明してくれるスナコさん。――やっぱりあれは危ないブツだったのか。白いお粉で、片栗粉みたいなさらり感のあれですか。
「いや、油揚げだ」
チベットでも、油揚げは大人気らしい……。ナンテコッタ
戦闘料食A:カレーとご飯
戦闘糧食B:ポテトサラダ、幻の沢庵、福神漬セット
乾パンは、チューブのジャム付き
お腹に貯まります