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手に入れたものは

「私には構わないで! 早く……っ、にげてッ!!」


 我を忘れたかのように、突如現れたあの龍を見つめるミツホちゃん。

 必死になって呼びかければ、その視線はこちらに移る。


「…………」


 なにか言いたそうな目。居たたまれなくなり、私はつい目をそらした。

 間を置かず、ミツホちゃんは床に倒れるリチィちゃんを抱えて走り去ってくれる。


 こんな私の言うことを聞いてくれるなんて、本当にいい子。


「準備ができたようだな……」


 祖龍。

 正直なところこの龍に関して、大したことを知らない。

 ただ、対面をした今、なにものも拒絶してしまうかのような威圧感が、恐ろしいほどの重圧となってのしかかってくる。


 勝てないのではないか。そんな不安が胸中をかき乱す。その迫力に呑まれ、今にも武器を投げ捨ててしまいそうになる。


 いけない、私が怖気付いてはどうするという。

 彼女たちの命が私にかかっている。おそらく、一番強い私でないと勝てる可能性はない。いや、勝てる可能性すらないのかもしれない。


 三人でかかればあるいは、とは思いもしたが、ミツホちゃんは傷ついている、リチィちゃんはそもそも目を覚ましてはいなかった。

 ともすれば、私だけで挑むのが必定。


「優しいのね、待っていてくれるなんて……」


 気を引き締める、そのために軽く会話を試みる。そしてミツホちゃんが逃げる時間を稼ぐために、いや、これは後付けの理由。


「親なんだ。少しはらしいところも見せないとだめだろ?」


 ふざけた調子でそんなことをのたまう祖龍。その果てしない余裕がまざまざと見せつけられる。


 確かにその言葉通り、全ての龍は祖龍から生み出されたと教わった。

 だが、祖龍はそんな龍を最終的には自身の手で、無慈悲に、理不尽に、悲哀的に殺していく。


 祖たる龍は天井を仰ぎ、どこか物哀しげに言う。


「――それに、結局は私が殺すんだ。いくら逃げても意味はない」


「そんなこと、ないわ! 私がさせないから……」


 目的は知らない。

 ただ私は抗うだけ。

 剣を向ける。


 応じて祖龍は、改めてこちらに向き直った。手がかざされた。なんのためか。

 そこから一筋、黒い光が稲妻のように不規則に空気中を伝わり、私に目がけて襲いかかった。


 《龍纏・翼》を起動させる。白い半透明の翼を広げ、回避を試みる。

 若干の誘導性能、振り切れないほどではない。大きく加速しその追跡を振り切っていく。


 ただ躱して終わりではない。躱されたそれは連続的に放たれ続け、私を目がけて薙ぎ払われていく。

 光の筋が二つに分かれた。挟むように退路を塞ぐ。下降、重力を乗せた最大限の加速に切り替え事なきを得る。


 三つ、四つと黒い光の筋が分散していく、増殖していく。とうてい躱し切れるものではなく、私を覆い尽くしていく。


 魔力の壁を作り防ぐ。

 黒い光は打ち破ることができずに跳ね返り四散する。もう無駄だと判断したのか、祖龍はその掲げた手を悠然とした所作で下ろした。


「この程度じゃあ、落ちないか……。まあ、わかりきっていたことだった」


 気怠げに放たれたその言葉とともに、祖龍は翼を広げる。


 不朽、不滅、不変を象徴するかのような金色こんじきの翼。二対、その背中から伸びていく。

 広がりきったそれは、思わぬ程に巨大。少なくとも、今の彼女の身体には不釣り合いで、なにかもっと大きなもののために存在しているかのような、いや、本当にそうなのだろう。


 この部屋の中の空間をギリギリまで占領したその翼。彼女の、祖龍本来の姿の、めまいがするほど果てしない、雄大さを語らずとも理解させる。させられてしまう。


「さあ……、くらえ!!」


 翼が動いた。しかしそれは飛びたつためではないようで。

 空気を捉え、扇ぎ、かき乱し、風が生み出される。暴力が生み出される。

 大きさに見合った力強さ、爆風とも呼ぶるであろう大気の流れが私に向けて巻き起された。


 それだけではない。その動かされた大気の塊の中、あの迸る黒い光が内包されている。瞬く間に接近をし、私を呑み込む。


 部屋を覆い尽くした風圧。その範囲は不可避と言っても過言ではない。全身を守るように防壁を作る。魔力の殻にこもってしまえば。


 私の翼は風をとらえて浮かんでいるわけではない。しかしその堪え難い勢いに、留まることは不可能で、無力にも吹き飛ばされた。

 私の後ろの壁が壊れる。壊される。強かな流れに叩きつけられたその結果。崩れた壁は瓦礫となり、礫となり、私の魔力を削りとる。


 身を切り裂くような気流、雷撃のような黒い光、そして飛び回る瓦礫たちからは氷の礫が思い起こされる。削られたその一部から砂埃が舞い上がり、視界が遮られてしまっている。私の周囲は今、いつか間違え豪雨をもたらす雲の中に入ったとき、もしくはそれ以上の過酷さであろう。


 何枚も、何枚も、蹂躙され破り抜かれた壁が過ぎた。意思が遠退きかける。もうどのくらい飛ばされたのか理解も予想もできないほどに集中力が欠如している。


「うぐっ……」


 叩きつけられた。もはや私を運ぶ流れに壁を砕くほどの力はない。

 衝撃を受け、魔力の壁が完全に消え去る。喉の奥から血の味がする。飛ぶ力はなく、バランスを失い地面へと落ちていく。


 とっさに捻りを加えて仰向けに。

 砂埃で周りは、はっきりと見えず。しかししっかりと魂だけは捉えることが可能。

 高速で動く一つの魂がある。翼を動かし、砂塵を散らすようにしながら間近にその祖龍が姿を見せた。


 風を起こしたあのときとは違い、翼はそれほど大きくない。この室内で飛行するには邪魔なだけであるからか。

 それとは別に、肥大した、力強いと見るもの全てにそう思わせる、金色こんじきの、鱗に覆われた龍の腕が認識できる。彼女はそれを振りかぶる。


 私に向かって一直線。

 視認して、音さえも置き去りにしそうな速度であって、刹那しか許されない。

 翼を防壁の代わりに、できる限りの迎え撃つ体勢をとる。


「これで終わりさ……!」


 空を切り裂く。速度を力に。

 祖たる龍の拳と、私の翼がぶつかり合う。

 背中には床。力の逃げ道はない。悲鳴のような轟音が衝突の間に響いた。全身が痛い。気を失ってしいそう。気を失えばどんなに楽か。


 しかしそういうわけにもいくはずがない。エネルギーの消費速度が並ではないが、私には守るべき彼女()()がいる。

 諦めるわけにはいかない。気力を振り絞る。《龍纏・翼》を起動させた。


 ああ、相変わらず祖龍はあの黒い光を纏っている。それは、私を蝕んでいき、龍纏を使いづらくしているよう。けれど、それでも、私は強引に、無理をしてでも、龍纏を使うという選択肢しかない。そう、使えないわけではない。


 何度か言うように、私は翼で飛んでいるが、風を捉えているわけではない。何かよくわからない力に任せて浮いている。《龍纏・翼》はその精度を、そして出力を上げるもの。

 ゆえに、この、攻撃の防御に翼を使っている姿勢であろうと、問題なく運用できる。


 ――私は後ろに向かって、地面に向かって空を飛ぶ。


 字面からしたらおかしなもの。

 もちろん私の背中は地面に着いた状態である。ただ決して、祖龍の攻撃を受け、苦痛により気が狂ったわけではない。


 その祖龍の一撃、そして私の《龍纏・翼》の推進力。その両方を受けて床が限界を迎える。ひび割れ、砕け散り、ようやく私はのしかかる力を逃すことが可能になる。


 ここで私は《龍纏・軟》を使用した。姿をくらます。その効果を持った龍纏。瓦礫に紛れ、祖龍は私を見失う。その瞬間を狙った判断。

 まともにぶつかっても、勝てるわけがないと悟らせられて。不意打ちを狙うしかもう方法はない。


 姿を消して気を張る。魂を頼りに、祖龍の位置を推し量り、いつでも奇襲が可能なように身構える。

 祖龍は私を探しているのか動かず、崩壊している床だった空中にとどまっていた。


 いくら息を殺して身を潜め用とも、一向に近づいてくる様子はない。

 視界を遮るものは既になく、今は祖龍を肉眼でも認識できる。あたりを見渡した祖龍は一つ首をかしげた。


 それでも祖龍は動かない。いくらなんでも、痺れを切らして動きたくなる。もし、少しでも動けば私の位置がばれてしまうというのにである。どうにかして近づいてもらわないと、この奇襲は成功しない。


 わざと物音を立てておびき出そうか。いや、そんな小細工が通用するのか。

 考えているうちにも竜力が減っていっている。時間がない。慎重に、気がつかれないようにそっと、砕けた床の欠片を拾う。


 ちょうどその時、祖龍が消えた。次の行動に気を取られていたちょっとの隙に、祖龍という存在がもともとあった空間から喪失していた。

 もっと言えば、見失った。


 混迷を極める。果たしてどこにいるのだろうか。私は全力で魂の感知の範囲を広げた。



 ***


 何か建物を震わすような、とても大きな音がした。


 逃げる、私は逃げる、とにかく遠くへ。

 白い人に私は逃げるように言われた。私は良い子だから言われた通りに逃げたんだ。


 あの祖龍がヤバそうだってのはわかる。もう、なんかヤバそうオーラがふつふつと溢れ出していた。

 私は背中に抱えた無表情の女性を確認する。まだ起きていない。


 きっと、白い人には考えがあるんだ。そのために私は逃げている。

 無表情な女性が私にとどめを刺そうとしたとき、どうしてかは知らないが、私のところにワープしてきた。あれが、私を目標にして空間を跳躍するものだとすれば、私が逃げた分だけ白い人の安全を確保できる。



 そう、私が逃げているのは、白い人のためでもあるのだ!!



 そろそろ無表情の女性からされた何かが抜けてきた。《龍纏・穢》を解除しても良さそうだ。《龍纏・獣》に切り替えて、私は私のスピードアップを試みる。

 いやあ、ここまで長かった。


「……光穂ちゃん、光穂ちゃん。私、負けちゃったんですね……」


 感慨に浸っていると、目を覚ましたからか、無表情な女性が私に話しかけてきた。


「……ん」


 それどころでもない私は、そっけなく返事をする。なにぶん私は道がわからない。黒いドロドロの目印のおかげで、出口まで一生懸命向かっていた。


「私の心、弄ったでしょう? ええ、心です。心とよばせてくだい」


 確認をするような質問の後に。譲らない彼女の一線を垣間見る。そこには訴えるような、叫ぶような力強さがこもっていた。

 さらに、ぽつりぽつりと自身の感情を吐露していく。


「おかげで今は穏やかな、晴れやかな気分です。悪い気はしません。今までこだわってきたことが本当に馬鹿らしいことに思えて……。でも、温かいです。ずっとこんな気持ちのまま、うずもれていたいです」


 背負っている私には、彼女の表情はわからない。

 彼女がそう望むのならば、私は彼女をずっとその気持ちのままにしてしまうのだろう。


「でも、でも、光穂ちゃん。もういいですよ? 私は自分の足で立てます」


 彼女は、言葉少なに。

 言われた通りに、私は彼女を地面に下ろした。

 危うげで、おぼつかない足取りではあるものの、彼女は二本の足でしっかりと立って見せる。


 そして、彼女は銃を向ける。

 満面の、笑みを浮かべて、大粒の、涙を流して。


「――私は負ない。もう、それしか道は残ってはいませんから」


 揺るぎない意志を持って、そう宣言をする彼女。

 そして彼女は少しうつむき、首を振って言い直す。


「いえ……違いました。私()()は負けない。……一人で戦うのはやめです」


「多対一、なんて滅多になかったな……。まあ、その程度では私は負けない。逆にそちらの方が不利になるのではないか?」


 ――祖龍が居た。


 銃口のその先には。

 さっきと同じく私には気取ることさえできなかった。


 白い人はどうなった。黒いドロドロの一部から、まだ生きているという情報が伝わってくる。ひとまずは安心できる。


 無表情な女性は今も、祖龍を警戒しながらも、私の方に顔を向けた。


「……光穂ちゃん。これを持っていてください。これが私たちの希望です。しっかりと預かっていてくださいね?」


 無表情の女性はその白衣の下から、予備なのか、一つの銃を私に渡す。

 疑問に思い、私は首を傾げながらもそれを受け取った。


「さあ、下がって、光穂ちゃん。ここからは、少し危険です。そうそう、逃げるのはなしですよ? 私のカッコいい姿を見届けてもらわないと、困りますから」


 冗談めかしたその台詞が、今はとても頼もしい。

 そうして私はもうなんだか観戦モードに入ってしまった。


「なんだ……。結局、相手をするのは一人じゃないか? ここに来れば居ると思ったが、少し予定が狂ったな。まあ、どちらにしろ変わらないか」


 どこかつまらなさそうに。

 呟く祖龍に無表情な女性は、今までにない、とても頼もしげな声で言った。

 そうして言った。


「さて、どうでしょうか? ここから先は……あなたの望む通りにはさせませんから」


 無表情な女性が動く。祖龍に向けて、その引き金に指をかけ、引く。

 火蓋が切られた。銃弾が、祖龍に向けて放たれた。

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