困ったら頼る
「この子を預かっては貰えないか?」
私の親は、創造者は、誰か見知らぬ男に向けて私を渡してしまおうとする。
服の裾を握って、少しばかりの抵抗を試みてみる。
「いいのかい? こんなに可愛い子。……ふふ、僕はイウだよ、よろしく」
優しい笑みを浮かべた彼は、私に向けて自己紹介して手を差し伸べた。
それよりも、彼の頭にちょこんと座る、威風堂々とした白銀の獣の方が気になった。
「聞いてないみたいだぞ?」
「ちょっと、傷ついたかも。この子に、エインにご執心みたいだね」
そう言って彼は自分の頭の獣を撫でた。
じゃれつくように獣は自分の体を彼の手に擦り付けている。
じーっと見つめ。
知ったことかと欠伸をして、イウと言った青年の髪の毛に顔をうずめる。とても気持ち良さそうだった。
人間以外をみることは初めて。
データに載ってはいないものでもあって、ずっと観察し続ける。
「それでまた、なんで僕なんかに?」
「この子はまだ純粋だ。ここに居たら……」
「確かに……そうかもね。この前のあの子、まだ君のところだし。納得はいったよ、うん」
「……それに、そうだ――旅をさせよと言うんじゃないか?」
「ああ、そうか、言ってたもんね。よし、じゃあわかった。数少ない友人の頼みだ、僕が引き受けよう!」
何か盛り上がっている二人を尻目に、目を閉じてゴロゴロと転がる獣を記録する。
どんな習性を持っているのだろう、どんな食性なのであろう。
「ふわぁー!?」
視界が反転したと思えば、もうすでに、イウという彼に抱えられていた。
「じゃ、この子は貰っていくよ。さらば」
ジタバタをすれど一向にはおろしてもらえない。私の親たるかの男は、呆れたような顔で眺めている。
「くれぐれも、丁重に扱うんだ」
「ああ、わかってるさ」
そう言うとイウは扉を出て走り出した。
全力でといった様子で、勢いのままに跳躍をする。
彼の頭に乗った獣はその動きでさえバランスを崩さない。
壁にぶつかるその寸前に、景色が一変した。
「到着、と。これから、まあ、どのくらいの間になるかは知らないけど、君を預かることになった。少し冷たいようだけど、対価として、いろいろ僕の目論見、手伝ってもらうよ? ふふ、期待してるから」
そう言って、私をおろすと髪の毛をぐしゃぐしゃにするように頭をなでてくれて。
視界の端には洞窟に重い金属の扉をつけた施設のようなものが見える。
***
「な、なんでここにいるんですか!? 確かにあのとき、毒を食らったはずじゃあッ……?」
突然の白い人の登場に、無表情の女性の驚きようは凄まじいものだった。
「ええ、確かに死んじゃってたわ、普通なら。スキル『不死身』、これのおかげで私は生き延びた……また……生き延びてしまった……」
自身の握る剣を見つめ、感慨に耽るようにそう呟かれる。
……知らなかった。
白い人もスキル『不死身』を持っていただなんて。
けれどその言葉へ無表情の女性は取り乱したように叫ぶ。
「そんなことは知ってますよ!! だからスキル無効化の術式を用意してっ、後で始末しようと思ってたのに……っ。なんでッ……、なんで!?」
知ってたんだ……。
ひどい。仲間はずれにされたみたいでなんか傷つく。
「それは知らない。でも、目が覚めたから、ミツホちゃんを目印に、ここにとんできたの。初めてだったけど、上手くいって良かった」
そう言って、私の後ろに回って頭を撫でてくれる。
それに私は気持ち良さからリラックスして目を閉じる。
気、抜きすぎかな、これは。
目の覚めた理由、白い人自身もよくわかっていないようだ。
まあ、当たり前だよ。だって、それは私のおかげなんだから。
実を言うと、黒いドロドロ、白い人に寄生させている。
最初、戦ったとき、どさくさに紛れてね。
そのおかげで、私には白い人が生きてるかどうかを感じることができるんだ。
あの龍種権限の確認なんかもいらない。
『精神干渉』つかえるんだけど、悲しいことに、大した影響を与えていない。
喧嘩しないようにって、やったけど、効かなかったんだよ。
まあ、今回は、【驕矜】を白い人に対して使った、それだけだ。
私のエネルギーを犠牲にして、白い人を動けるようにした。
他人にも使えたんだよ、ビックリするよね。
「あなたはどうするの? 二対一、勝てるはずないよ」
そう言い切る白い人。
いや、私を戦力に数えるのか?
もう、戦えない感じだよ?
「くっ、それでも……!」
銃がたちに向けられた。
白い人は軽やかに剣を振って弾き飛ばす。
速い。
少なくとも、私が反応するよりも速い。流石だ。
無表情の女性はそこで、後ろに転がる。後転をするみたいな感じで。
一つ跳んで、白い人は追いついていく。
無表情な女性は懐からもう一つの銃を取り出そうとするが遅い。
剣、ではなく、その背中から生えた半透明の白い翼が変形させられ、無表情の女性の腕を地面へと、強く、固く抑えつけていた。
「どう? 諦める気になった? ……あのときの失敗は、ついバラしちゃったことよね」
華麗に無力化した白い人。
マジで強い。これは今までにも増して、最大敬意を払わなければ。
いや、でも、ちょっと待てよ?
自爆されたらまずくないか。
この距離なら、白い人が巻き込まれてしまう。
「ぐうぅっ……!」
無表情な女性は必死に抵抗をして抜け出そうとしている。
そんな兆候なんて微塵も感じられない。
いったいなぜだろう。
「どっかーんて、しないの?」
私は無防備にも近づいて、無表情の女性の顔を覗き込みながら質問する。
観念をしたように抵抗を止めると、それにちゃんと答えてくれた。
「光穂ちゃん。これは壊しちゃいけないんですよ。なんてったって、最高傑作なんですからっ……!? ぐっ……うぐ……」
その言葉の後、うめき声、どこからかミシミシと音がした。
音源は、おそらく無表情の女性の背中。
それはなにか、無機質な、金属のような、鈍色の翼が生えてきている。
いけない。このままではなにか取り返しのつかないことに、なってしまうような気がする。
拘束が、弱まっている。
白い人の表情に、徐々に苦しげな色が見られてきてしまう。焦りの色が見られてしまう。
「ミツホちゃん、早く……!」
早く、とは、なんだろう。
私にできることを模索する。
無表情な女性はのたうち回るように、とても辛そうだった。
どうすればいいんだ……。
「早く……! どっちだっていい! 私にやってるみたいに、その応用でこの龍を抑える。とにかく、できるでしょ!?」
期待をかけるようなその声。
……バレてた。
ここで書いていいか知らないけど、白い人はレベルカンストしてる。めっちゃ強い。