いやだ……っ、ぜったいに!!
襲い掛かった私。
《龍纏・穢》。
竜力を全身に巡らせ、適応をしようとする。痛みは緩和されるが、まだ完全に消えることはない。
だいたいなんだ。なんだったんだ。
なにがどうされて。具体的な原因がわからない。
勝手に動く私の身体を、ただ漠然と見守っている。
正直、誰を応援したらいいのか、測りかねているところだった。
『狂気化』してるところ悪いんだけど、スキルに『精神干渉』というものがあるんだ。
これ、使ったら、治せるんじゃね?
治した方かいいのかな。
私はムカデ剣を使って、龍を排除しようとしたそれを、叩こうとしている。
ただ、竜力をそこに回す余裕はなく、伸ばすことなく振るい、外し、床や壁を大きく破損させるだけだった。
筋力の強化をしていない。
竜力は全て《龍纏・穢》に回しているため、《龍纏・獣》は使っていない。
それなのに、これほどの力が出ている。明らかに『狂気化』の影響で、完全に身体が無理をしている状態だろう。
標的であるそれは反撃を、一切しない。
銃をおろし、軽やかに避けるだけで、進んで攻撃をしかけようだなんてことは、一度もない。
待っているのか。私が力尽きる、その瞬間を。
空中を飛び交う。
黒いドロドロは、もう周囲一面に散っていた。
触手のように伸び、それを捉えようと蠢く。
上と下からの挟撃。
正確には、平面上の三百六十度を黒いドロドロが、空いた頭上を私がフォローする形だ。
逃げ場なんかはない。
銃撃が放たれる。
右、左、それぞれの手から。
黒いドロドロは弾かれていく。
放たれた弾はたったの二発。
しかし、ふざけたことに、ありえないことに、当たるごとに跳弾をして、一つ一つ相殺されていく。全て消える。
躱すこともなく、足を動かすもなく、それは不敵に佇んだ。
上からの斬撃。
不動だ。今更になって、踏み出すという行為をそれはしない。
迫られるが、一向に避けたりはしない。
――だってなぜなら、【虚飾】だから。
幻が通り抜ける。
念には念を。その試みが、やすやすと見抜かれたのだ。
余裕を持った微笑で、それは私に目を合わせてくる。悪い想像を自ずと感じさせてしまう。
私は構わず振り抜いた。
もし制御権があったなら、どうにかして攻撃を取りやめたくなるその一手。
果敢にも、やりきった。
案の定と言うべきか。
それには傷一つ付かず、私の目の前で、フラッと一歩。
そしてなぜか、その両手からは、武器が床に落とされる。
攻撃が当たらず、警戒が強まる。
武器が捨てられ、困惑が極まる。
それも束の間。
彼女は、気がつけば。
それはつまり、私が気がつくよりも早く。
近づいた。
そうして、私は抱き締められる。
私は完全に硬直をした。
もしかしたら、なにかスキルを使われているのかもしれない。
ただ、それに大した意味はないのだろう。
彼女は囁いた。
「龍というのは、辛い運命が待っています。祖龍がいる限り、あれに勝てる龍はいません。だから――」
――私が……。
泣きそうな、声だった。
そして、理解する。明確な最後を認識した。
ここまで、長かかった。
いかんせん、流される情報量が少なかったし、ようやくこれで、だいぶん今までの不明瞭さから抜け出せる足がかりが掴めた気だ。
スキル『精神干渉』を、私に使用する。
妖龍を抑えて、私の意識を引っ張り出す。
「――ゆるさない……」
そして私は呟いた。
変化について、立ち直った私について、この抱きしめる彼女はわかっているはずだ。
私は背中を摩られて、あやすように理想を説かれる。
「大丈夫です。少し眠れば、朝は来ます。ええ、素晴らしい朝が……」
なんて自己犠牲的なのだろう。
なんて自己中心的なのだろう。
大笑いだ。そんなこと、私には通用しない。
その朝というのに、この機械仕掛けの哀れな娘はいないはずで。
そんなもの、少なくとも私には、素晴らしいなんて言えるはずがない。
「妖龍で最後なんですよ。だからこのまま、大人しくしてください。そして、これで――」
ひどく、諦観に近いものだった。懇願に近いものだった。
なにがそこまで駆り立てているのかは、しりもしない。
ああ、私には。あの、彼女には、わかるのだろうか?
最後というと、白い人がどうなったのか。
おそらくは、瀕死の状態で放置されているか何か。
確認をすればすぐにわかる。
だから私は取り乱さない。
一人の機械は続けて言った。
「これで――終わりにしよう……」
これまでで、もっとも、感情のこもった一言だった。
そしてどうしようもなく、目の前の存在が、存在意義を失って、自暴自棄になっているようにしか見えない。
ああ、わかった。
どうして私は不信感を抱いたか。
簡単な話。人間味が薄れたからだ。人間味が磨り減っていたからだ。
所長と呼ばれた男を殺したこと。
ただ淡々と、決められていたことのように。せっかくの、涙をながさず。まさにそれは、機械のように。
思い出す。
目の前の彼女と、あの男のやり取りを。
彼女はふざけてからかって、あの男をうんざりさせる。その流れに、どうにも嫌っていたようには、思えることができないはずだ。
彼女の思う通りには、してはいけない。
それはきっと、最悪なパッピーエンドだ。
だいたいだ。
私を誰だと思っている。
まだ痛みは完全に引いていない。適応しきれてはいない。
きっと、この龍纏をといてしまえば、また龍の排除は再開されてしまうのだろう。
しかしそれは、出来ない相談だ。
私はもう一度、今度は意図的に『狂気化』を発動させる。
龍が現れ、支配を開始しようとする。
これでいい。
私は妖龍だ。それ以外の何者でもない。
ver2でも、ましてやMk-Ⅱなんかでもない。
あからさまに妖しい黒いドロドロな龍だ。
だから、でこそ、それにより、自信を持って、自身を以って、終わりにしよう、その言葉を――
〔カルマが一定に到達しました。査定を実行中……〕
ふふ、なんてタイミングなのだろう。
この声の主が計らったとしか思えない。
それとも、運命が味方したのか?
そんなのは些末な、関係のないことに違いない。
〔完了。カルマを清算して、罪科系スキルを取得します〕
さあ、なにがくる?
聞こえのいいスキルでは、きっとないはずなのであろう。
それでも、期待してしまうのが、どうしようもない性ってやつだ。
〔スキル【驕矜】が取得されました。スキル『強制行動』、スキル『狂気化』は、【驕矜】に併合されます〕
『強制行動』は、エネルギー使って無理やり動くやつ。
併合されたものたちを鑑みる。なんか、癖のありそうなスキルだろうなあ。
でも、いいさ。
おかげでなにか、力をもらえた気がする。気がするだけでもきっと大事だ。
ゆえに、私は答える。
終わりを望む、その問いかけに。
私は、真っ向から――
「いやだ……っ、ぜったいに……!!」
――否定しよう。
抱きとめた彼女を、私は押し退けた。
なかなかにこの話も、終わりが近づいている気がする。