終わりにしよう
短い。前と比べたらかなり短いです。
仕上げってなんだ?
だいたい、こいつの狙いはなんなのか。
おそらくは、見た目は違うが中身こそは、あの無表情の女性そのもの。
なのに、私はそれを信頼できない?
私は立ち上がる。
「さあ、終わりにしましょう。全て、全て終わりです」
彼女は……それは、一歩近づいた。
私も一歩後ずさる。
ほとんど同時。
反射神経などは関係なく、事前の動作で感じ取り、予測し、同じ距離だけ私は後ずさった。
追いすがり、一歩。
私もまた、一歩。
お互いの距離は近づかない。
ただし離れもしなかった。
「どうしたんですか? 何も怖いことはありませんよ? 楽になるんです。自由になるんです。素晴らしいでしょう」
私はそれを、全力で見定めようとする。
嬉々とした表情の、それなのに、機械的な違和感を持ってしまうその口調。
何一つ、訳がわかるはずもない。
相変わらず、『空間把握』に反応せずに。
けれども私の目の前にいるそれは。
瞬きもし、呼吸もしている。耳をすませば、私の聴力を最大限に発揮すれば、心音さえも聞こえてきそうだ。
「さあ、光穂ちゃん」
そのくらい精巧なのに……。
前よりも、人間味が薄くなってる。
私の心の奥底からは、純粋な恐怖が湧き上がってきていた。
どうにかしなきゃいけない。どうすればいいかわからない。
黒いドロドロを操作して、とりあえず捕獲しようと試みる。
「ああ、もうっ! 邪魔しないでくださいよ! 無粋じゃないですか! 苛つくなー!」
銃を撃ち、弾かれる。弾ける。
いつものエネルギーの弾とは違う。おそらくは、鉛玉。
物理的なエネルギーを持って、黒いドロドロを弾け飛ばせた。
「どうして……?」
私の声だ。私はそれに問う。
黒いドロドロを一旦止め、様子を伺う。
「すみません。謝っておきましょう。所長はどうしても私が殺したかった……。いいえ、殺さなければならなかった。こればっかりは、光穂ちゃんでも譲れません」
罪悪感を滲ませたような表情だった。
それなのに、どこか胡散臭い。
本心から言っているのか疑いたくなる。
私はムカデ剣から手を離した。
疑っていてもきりがない。信じることに、私はしてしまったんだ。
一歩ずつ、私から近づいていく。
「ああ、わかってくれたんですね。良かった。ああ、良かった……!」
駄目だ、いけない気がする。
言葉が発せらるたびに、表情を変えるたびに、信じられなくなっていく。
満面の笑みだった。
なにがそんなに嬉しいんだ。なににそんなに喜んでいるんだ。
目的は一体なんだ。
私は近づいた。私は手を握ろうとした。
向こうは屈み、手を差し伸べる。
目線を私に合わせてくれて。
そうして私はそれに触れた。
「いきてる……?」
とは、私の台詞だ。
脈打つ音が本当に聞こえる。まるで生きているみたいだ。本当に。
「おかしなことを言いますね……。私はこうして立っているじゃないですか。話しているじゃないですか。これを生きていると言わずに、例えばなんと言うんです?」
わからない、……でも、これに死という概念はない。
生きているなら、『空間把握』に、生物として反応してしかるべきだ。
スタミナも、エネルギーの吸収も不可能。
これは明らかに――
「――ちがう。やっぱり……ちがう」
「わかってますよ、ええ。……でも、それだけは言っちゃ駄目なんです。これこそが、最高傑作みたいですから……。生きているって、そういうことに……してください」
それは懇願に近かった。
私の手に、全くの無表情で、膝をつき、うつむき、私に縋る。
それこそが、譲れない一線で、なんとしても守り抜かなければならないものを、背負っているように見えてしまう。
それは突如、顔を上げた。
「さぁて、じゃあ。ようやく械龍の全権が私に委託されました。ようやく終わりにできるんですよ」
械龍?
権利の委託?
こいつはなにを言っている。
情報をまとめられない。憶測の変更、矛盾の是正、可能性の予測。すべてを行い切れはしない。
希望が差したような顔だ。
苦悩を一切なくした顔だ。
そしてとても危うい顔だ。
なにかとんでもないことを企んでいそうだった。
けれど、できることがない。
自分の存在の意義を見失いそうになる。
「では、必要ないんです。さよならしちゃいましょう」
――激痛が走った。その言葉と共に……。
イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。
私は床をのたうち回る。
なにをしたんだ? なにをされたんだ?
それは満足をした表情で、私の様子をうっとりと眺めていた。
似ている、すごく似ている。
あれはいつだったか、御館様にとどめを刺す直前に、受けた痛みと類似していた。
どういうことだ。私の手は、離された手は、それの足を必死に掴んだ。
「これは、ある人に使うためのものだったんですよ。龍の同化から救い出そうと。私はくすねただけでして、本来使うべき人にはもう、使われないでしょうけどね……」
しゃがみ込んで、手に持った何かを振って、私に説明をする。
その何かを確認する余裕はなかった。
意識が消え入りそうになる。
いいのだろうか、これで。
もしかしたら、これでいいのかもしれない。
私が龍である必要はあるのか?
いや、ないだろう。
ならば諦めるべきだ。それこそが、私にとっての最善だ。
終わりだ、言われた通り、全部終わりだ。
龍であることを放棄すれば、きっと、私は今よりも、楽になれるし、自由になれる。そして、幸せにもなれるだろう。
このまま受け入れてしまえば――いや、そうじゃない。
激痛が、最大限に達する。屈辱が、最高潮を迎える。
「許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ、許サナイ――」
――許さない、私自身を……。
意識が、行動が、侵食されている。
誰にだろう? 妖龍にだ。
スキル『狂気化』。ここに来て、牙を剥いた。
《龍纏・穢》が使用される。
私は身体をぎこちなく起こす、ムカデ剣を呼び寄せた。
私はそれを振るっていた。
容赦なく、丁度さっきの戦いと同じように。殺すつもりで。
「やっぱり、どうしてこうなるんでしょう。仕方ありませんね」
正直なところ、こっちが聞きたい。
敵意が止まらない。
戦わなきゃいけない、戦いたい。
悠々と避けられて――第二戦が始まった。