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答えを見つけて

長いです。覚悟してください。自分は力尽きました。

 なぜ、そういう結論に達したのか、見解を述べよう。

 ただその前に、それを語る前提として、決して外せないものがある。それは無表情の女性の正体だ。


 思い出せば、彼女が二度目に現れたあの白い人の家の食堂。私はその侵入に気がつかず、驚いてしまっていた。そう、気がついていないのだ。

 ちなみに私の『空間把握』に今まで一度たりとも、彼女は引っかかっていなかった。


 さらに言おう。私が脈を測ろうとしたときがある。そして死亡判断を私は下した。

 あのときは私が下手でとれなかっただけだと思っていた。けれどそうじゃない。

 おそらく、どう頑張っても無理だったのだろう。


 以上二つの理由により、無表情の女性――リチィは、人間、突き詰めれば、生物ですらないのだと判断する。

 いや、違う。もっと適切な表現があった。

 そう、言葉を借りて言うのなら、きっと、生きてすらいないのだ。


 人間を模した機械。

 アンドロイドとでも言うのだろう。無表情の女性はおそらく、それに該当する。


 理論が飛躍しすぎかもしれない。しかしだ、ここは異世界。

 元の世界で培ってきた常識などは、投げ捨てても構わないのではないだろうか。


 だが、示そう。少々乱暴すぎるが、そう考えるに至った根拠を。経緯を。


 切っ掛けは簡単。無表情な女性は自身に、充電やら、防水やら、機械に関係しそうな用語を使っていたから。

 械龍なんてものがいるのだから、それなりに機械がポピュラーだと思ったりもしたが、文明レベルを見るにそうではないのだろう。

 良くて近世、最悪中世ヨーロッパ並みだ。


 話を戻そう。

 その可能性を前提に置き、考えたわけだが、納得のいくことが幾つかあった。


 最初に会ったあの街で、無表情な女性は一体どうやって、私たちの目の前から逃走したのか。

 思い出そう。爆発したんだ、あのときは無表情な女性を中心として。


 この爆発、私たちの目を眩ませるためだったのか。確かにその後、無表情な女性はそこにいなかった、消えていた、が、そうではない。


 自爆したんだ。跡形も残らないくらいに。


 あまりにも奇抜で、そんなこと、可能性すら考えない。

 しかし、私は閃いた。突如として舞い降りて、頭からこびりついて離れなかった。


 そこまでする理由があったのかどうかはわからない。わからないが、これで辻褄は合う。合ってしまう。


 二度目に会ったときにはもう、今の姿に。本人はイメチェンと呼んだが、そんなレベルではない。骨格そのものから、――完全に別人だった。

 例えるならば、ソフトは変わらずハードが変わった。そういうことか。


 その身体が破壊されれば、それとは別の用意されたものの中に移し替えられる。

 無表情な女性(リチィ)という存在(データ)が。


 もしかしたらあの自爆は、旧世代機を破棄するために行ったこと。私たちへの挨拶はついでだったのかもしれない。


 無表情な女性が無表情だった理由。ここまでくれば、単純だろう。

 そもそも、用意された身体ハードの表情が動かない。もしくは、プログラミングがされていないか。


 どちらにせよ、悲しいことだ。

 そのことに、憤りすら覚えている。

 本人は、そのはずなのに感情豊かで、表情豊かで、もしかしたら、余計なお世話かもしれないが。


 無表情な女性についてはもういいはず。

 これでようやく本題に入れる。


 突拍子もない推理は、さらに飛躍を重ねていく。

 改めて考え直せば、正しいのかはわからないが、それこそが決め付けた結論だ。勢いに乗った想像は、もう後には戻れない。


 白い人が倒れたとき、開いた扉。それに乗じて、無表情な女性は食堂に侵入した。

 そのときに無表情な女性が持ち込んだもの。あの私が食べ尽くしたお菓子と、もう一つ。


 彼女は最初、お茶を啜っていた。


 この場合、重要なのはお茶の方ではない。それを入れてあった容器の方だ。

 完全にあれは湯のみだった。磁器か陶器か詳しくは知らんが、湯のみだった。


 白い人が用意してくれるのは、白い取ってのついたカップだ。いわゆるティーカップというやつだろう。

 後にも先にも、湯のみを見たのはそれが最後だった。


 充電だとか、イメチェンだとか、やけに世界観に合わない言葉を使っている。

 言葉といえばそう、穢龍の件が終わり、私が気を失って目を覚ましたとき、あいつはなんて言ったと思う?


 昨夜ゆうべは……と言いかけたところを私がキャンセルした。したんだ。

 昨夜は、から続くものというと、まず、ある有名ロールプレイングゲームの台詞をものを思い出す。


 あれはたしか、ゆうべは……と平仮名表記だったっけ。


 とにかく、仮定の上に仮定を重ね。無表情な女性を創り出した、この所長と呼ばれる人物。

 その正体を推察した結果。この男が元の世界の人間だという結論に達したのだ。


 それにだ。私、そして彼女もこの世界に来たのだから、その近くにいたトラックの運転手も、転移しなくちゃおかしいだろ。


 これで証明は終わりだ。QEDだ。

 けれど穴なんかいくらでもある。だけどそんなのはどうだっていい。

 なにせ、この男は今から死ぬから。私が殺すから。


 罪科系スキル【背理】。どうやって崩すべきか。


 ***


 《龍纏・翼》を使い、迫り来る弾丸を避ける。

 絶え間なくやって来て、竜力がじりじりと消費されていっている。


「どうしたんですかー? 反撃はしないんですかー?」


 煽り立てる彼女の声。

 その通り、私は彼女に攻撃をしていない。

 なぜって、たった二日程度でも、一緒に過ごした。関わった子であるから。


 それだけでも、私の手を鈍らせるには十分だった。


「ねえ、なんで……っ、なんで今さら戦わなくちゃいけないのよ!」


「意味のわからないことをおっしゃらないでください。私のことなんて、なんとも思っていないんでしょう?」


 そんなことはない。

 確かに邪険には扱っていたが、それは情が移らないようにするためで、それも今の状態を見れば、失敗したことは歴然で……。


「知ってるんですよー? あの街であの時、光穂ちゃんをよそ目に、貴女は貴女で襲いかかってきたやつらの魂を、糧にしていた。だからこそ、遅くなったんでしょう……?」


 弾丸が脇腹を掠める。

 心とともに、魔力がみだされ、それでもまだ、動きに支障がでるほどではない。


「苛つくんですよ。なんで、なんで……。別に栄養の補給なら、いつも食べてる豪勢な食事で十分だったんでしょう?」


 最初に二人で出かけたときの話だ。

 あのときは、ミツホちゃんなら大丈夫だと、実際に戦った私はそう判断した。

 だからこそ、あれは間違っていない。


 けれど、でも、彼女の言い分もどうしてか正しいように思えて、私は反論をすることができなかった。


「そもそも、貴女のような大量な犠牲の上でいけしゃあしゃあとしているような奴に、ミツホちゃんを任せられるわけがありませんよ」


 攻撃は続く。口撃は続く。

 それは確実に私の心を削ぎ、疲労を溜め、徐々に収集力が散漫にされる。

 堪らない。いけしゃあしゃあとなんかは……このままでは私は――


「――違うっ!!」


「どこがですか? 貴女の料理や裁縫、そういった技術も全部、他人の魂から取り込んだ、奪い取ったものなんでしょう? それを我が物顔に振舞って!!」


 反射的に出した声。それも完膚なきまで叩きのめされる。


 いつか彼女は、虚しい味と私の料理を称していた。

 その通りだ。

 だって、あれは……あの故郷で私が私であるために、犠牲になった、犠牲にされた人たちのものだった。


 また一つ、私の心が砕かれていく。

 今度は身体も伴って、弾丸が一つ、脇腹を抉った。


 乱れる魔力に集中する。翼、これだけは絶対に保つ。でなければ、あの無数に襲い来る弾を避け切ることはできない。


 いくつかはすれすれを通っていくが、なんとか二度目の直撃だけは避けられる。

 なんとか体勢を整え切るが、これでは押し切られてしまいそう。


 もはや、覚悟を決めるべきだろうか。彼女とは相容れないのだろうか。


 分からない。分かり合えるなら、それに越したことはないだろうけど、私には既にできそうもない。

 その機会を決定的に失ってしまったような、そんな気がする。


 鬼剣を取り出す。

 引くことはできない。彼女は倒して、ミツホちゃんとまとめて連れて帰る。

 話し合いなら、その後にいくらでもできる。

 もう、それでいいか……。


  改めて彼女へと向き合う。

 両手で構えた二丁の銃は、その口を絶え間なく動かしながら、執拗にも私を狙い、一時たりとも休ませてはもらえない。


 魔力を飛ばし、牽制をする。

 羽から分離された魔力は、矢のように、放物線を描きながら彼女へと向かう。


 彼女は派手に転がって、その全てを避けていく。攻撃の手は緩まない。

 近づくことが難しい。


「やっぱり、反撃はするんですねー? そのまま死んでくれたら嬉しかったのに…….。まあ、おおむね予想通りです」


 彼女の放った弾。それに当たった私の攻撃、ことごとく抵抗もなく消え去っていく。

 聖の魔力――いや、霊に対する特効が使われている。直撃を受け、魔力が乱されたことからも、それは明らかで。


 このままではいけない。使える竜力は限られているし、打開策が見つからない。

 ほかの龍纏といえば、死に近い状態にならないと発動しないものが一つ。新しく手に入れた方は練習が足りずに、実用に耐え得るものではないのが現状。


 私の魔力量、底なしと言ってもいいほどに多い。

 決着をつけるだけなら簡単なんだ。

 その魔力に飽かせ、空に、いや、天井に、白い雨を降らせていく。


 ――一つ、翼が巨大さを増した。


 終わらない雨に、彼女は攻撃の手を緩めるしかない。

 天井に向けて銃を突きつけ、雨粒を一つ一つ撃ち落としていく。


 それは途方もない作業であり、不可能に近いことであろう。

 しかし、彼女は正確に打ち抜いて、自身の周り、手の届く範囲の空間を、漏らすことなく守りきっていた。


「ずいぶんと、酷いことをしますよー?」


「その割には、余裕そうじゃない……」


 その呟きと共に雨が止んだ。

 全てが変わらずに存在している。いいや、違った。私だけが変わっている。

 せっかく彼女にできた隙。すかさずに魔力を打ち込む。


 今度は無差別にばら撒くのではない。

 狙いをつけ、正確に、圧縮した一撃を、高速で打ち出した。


 ――一つ、尾が生え伸びる。


 その一撃は、弾ではなくて、線となり、彼女へと届こうとした。

 であるが、あらかじめ、分かっていたように、いや、分かっていたのであろう。しなやかに体を動かし、軸をそらし、かすりさえもしない。


 ひらひらと白衣が舞った。踊るように滑らかな歩調で、距離がすぐさま取られていく。

 薙ぎ払うが反動で、その速度も遅く、軌跡は揺れ、もう一度狙うことは難しい。

 見切りをつけ、線を切る。


「さあ、次はどうします?」


「こうするわ!」


 《龍纏・翼》の出力を上げ、彼女への接近を試みる。

 その武器は中、遠距離で最大の効力を発揮するもののはず。ならば、これ以上の選択肢はない。


 できる限り不規則に、上下左右の緩急をつけた予測をされにくいであろう動きを心がける。


 放たれた弾丸。動体視力、反射神経、そして何よりも直感で、それだけで避け切っていく。避け切るしかない。


 何発か、身体をかすめ、翼をかすめ、それでも省みずに肉薄を続ける。

 彼女は一歩一歩、攻め手を撃ちながらも後ずさるが、それは気休めでしかなく、私との距離は見るからに縮まっている。


 ――ただ、その一歩は……着実に私の魔力を、体力を、集中力を削っていた。


 数歩分、それだけなのに、とても長い。どうしてもそう、感じられてしまう。

 弾幕の合間を縫って前に出て、絶えずそれを繰り返す。進めば進むほどに、その空間は狭まっていく、埋められていく。


「あはは、さすがに……。なかなか厳しいようですね」


 ワザとらしくそんな声が漏らされる。

 身体一つ分、もはや既に空いてはいずに。

 余裕がない。《龍纏・屍》も使うことを視野に入れ、彼女の元へと辿り着こうと覚悟を決める。


 左翼が消し飛ぶ。

 それでもまだ。衝撃に耐え、脚を動かす。


 右肩が撃ち射られる。

 止まらない。剣は離さず、前に進んだ。


 心臓が抉り抜かれた。

 そして魔力は制御を失う。ひた隠しにして来た龍の姿が露わになる――


 肉体は仮初めで、白い、この半透明な魔力だけで造られたのがこのわたしだった。

 憧れ、羨み、猜み、身体へと、私の身体へと、嫉妬さえ覚え、そしていつからかし……。


 ああ、もう何が何だかわからない。

 私は……。霊龍わたしは……。一体何なんだ。


 ――けれども、彼女へと剣を向けた。


 肉体が……。私の肉体が、忌まわしき龍の魔力へと変貌していく。

 先ほどまで、魔力を引き出し、それなのに……。ああ、この攻撃を受けたせいで、ついにタガが外れてしまった。


 気持ち悪い。

 それは、吐き気がするわけではない。身体ではなく、心が、魂が、違和感を訴えている。

 それは精神的なもので、感情的なもので、私が私でなくなるようで。

 腕も脚も、ほとんど魔力に代替され、私という原形はなくなりそうにあるところだった。


 すでに間合い。

 剣を振れば届く。

 銃を私に突きつけたまま、彼女は私に呟やいた。


「ついにとうとう、本性現しやがりましたね……?」


 その本性とは、いったい何だったのであろう。

 もうそれは、訊くことは、できなかった。


 無意識的に身体を動かし、身体が動き。彼女は裁断されていかれた。

 突きつけられた銃。反応がない。宙に浮いた。

 原形は読み取ることができる。それでも、五体全てがバラバラだった。あっけなかった。


 膝をつき、手をつく。

 血は飛び散らない。彼女はおかしい。なぜならば、魂がない。私の『霊魂観測』に、引っかかりはしなかった。


 今はその、部品だけが散らばっている。

 からくり仕掛けの少女であったか。それにしては良く出来ていた。

 無表情で、なのにそれでいて、感情豊かで。


 ――違和感がある。

 なにか、なにかおかしい。

 大切なことを忘れているような、不安感に襲われる。


 ……違う!? そうだ。まだ、終わってない。

 龍纏が手に入ったと、あの声が流れてこない。


「こういうのが、油断大敵って言うんですかね?」


 声がした。彼女の声で。

 その残骸から、霧状のなにかが噴出された。

 力が抜けていく。魔力が、竜力が、乱されている。


 僅かずつ、それでも確実に私のエネルギー奪われていく。それに加えてスタミナさえも。

 立ち上がることもままならない。


 だめだ、いけない……こんなところで倒れては……。



 ***



 【背理】。背くにことわり

 この理とは、道理や論理、そのことを指しているものだ。


 だが、この場合、そうであろうか。

 私の持っている罪科系スキル、どれも一様に、聞こえのいい熟語とは思えないものだった。


 この理には、倫理さえも含まれているのではないだろうか。なにか人目をはばかる狂気的な実験をしていたのかもしれない。


 黒いドロドロで囲む。

 三百六十度、全方位一斉攻撃を加えてみる。


 万能に見えかけた、私の【搾取】というスキルにだって、無視できない決定的な弱点があったんだ。

 服着てたらダメだとか、当時の衝撃は計り知れないものだったよ。


 半径約二メートル。

 そこで全方位の黒いドロドロが弾かれた。

 前からも、横からも、後ろからの攻撃も、通用しないと理解できた。


「退いてはもらえないか……」


 男は浮いた。

 床から足を離し、その上で、私に向かい高速で移動をしてきたのだ。

 どんな動きしてんだよ!?


 【背理】の効果範囲。

 取り敢えず、入ったらヤバい。そんな気がする。

 さっきの攻撃で、どこまでが効果範囲かはわかっている。

 ただ、あえて抑えていた可能性もある、私に油断をさせるために。


 踏まえた上で、私はオーバーに躱していく。さらに頭上を飛び越えて、上からの攻撃を、私はムカデ剣で叩き込んだ。


 頭から、一メートル半くらい。そこで私の攻撃は止まった。

 いや、正確には、そこからおかしな軌道に変わり、男には当たらなかった。


 なぜだろう。なぜ、二メートルではなかったのか。

 考えられる理由の一つ。

 頭から、五十センチ下の辺り。ちょうど胸の中央、もしくは心臓。そこを中心点と考え、そこから半径二メートル。

 おそらくこれが、有力な仮説だろう。


 慣性の法則が、仕事してない動きをしながら振り返り、男は私を追従する。

 単純に速い。いや、速度自体はそこまでではない。常に先を読むような軌道だからそう感じる。簡単に追い詰められそうだ。

 扉をぶち壊しながら、私は空中全力疾走、一時退却を図った。


 それでも男は追いかけて来る。

 帰るように促していたのは気のせいだろうか。単純に、これだけで退く私ではないと分かっているからではないか。


 まあ、ただで逃げるわけではない。

 私は黒いドロドロの地面設置を、忘れずに行っていく小狡いスタイルだ。

 背中から伸ばした黒いドロドロ、私は蹴っているわけで。

 蹴り終えた瞬間に、私はそれに飛沫を上げさせ、大量に、気取られぬよう地面へと落としていく。


 地面をこそこそと這い、ある程度の水たまりとなった黒いドロドロ。それは私を追う男の足もとに至る。


 異常はない。

 タイミングを見計らい、黒いドロドロは男の足へ絡みつかせた。


 絡みついた。


 足止めなんてヤワなものじゃない、へし折る勢い、ちぎるような圧力をそれは発揮する。


 完全に決まったと思った。

 完全に決まったはずだった。


「少し、油断したか……? 危うく痛みのショックで気絶するところだった……」


 ――なのになぜだ?

 男は()の足で、こともなげに()床の上で、どうして立っているであろうか。


 私は振り返る。

 その間も、混迷を極めていた。


 嫌な予感がする。

 罪科系スキル【背理】。

 これは、胸の中心点から半径約二メートル、ことわりを書き換えるスキルなのではないだろうか。


 そうだとしたら、あのホバー移動も納得がいく。

 重力か何かを書き換えて、自由な軌道を可能にできるから。


 もしかしたら、怪我であっても、擦り傷だろうと、致命傷だろうと、一瞬あれば治癒しきれる。

 そんなチートな、不正コード染ている、そんな能力ではないだろうか。


 だとしたら、攻略法は一つだけ。

 不意打ちで即死の攻撃を当てる。書き換えるなんて暇なく、そんなことさせずに、気づかれる前に殺す。


 【背理】は自動的なものではなく、能動的なものである。

 それがさっきの攻撃で、証明はされた。

 自動であれば、絡みつけるはずもないのであるから。


 やはり床を掃除しながら、男はまた、私に迫り襲い来る。

 同じ手はもう通用しないか……。


 結局のところ、私を捕まえてどうするのか。

 絶対に利になりはしないと、確信を持って断言はできるので、考えるだけ無駄かもしれない。

 私はそして、鬼ごっこを再開させる。


 いまいち良い手が思いつかない。

 私はここに殺し合いをしに来たんだ。決して遊びに来たわけではない。

 ことごとく、仕掛けた黒いドロドロは消されていく。厳しいなんてもんじゃない。


 私は早急に切り札を使うことにした。


 ターンを決めて、男の正面からムカデ剣を振りかざす。

 咄嗟のことに男は僅かの硬直を見せる。人間らしい。


 だが、虚しくも当たりはしない。

 さすがに隙にはなっちゃくれない。牽制ていどか。けれど違った。

 臆さずに私に向かい、男は空中を動く。私の行動の意味が、まるでないかのように。


 それを私は避けられない。いいや、私は避けない。

 そのまま半径二メートルに突入する。そして、男は、私の頭を掴もうとして――掴めない。

 その手は空を、うつろを、じつのない飾りを切る。


 残念ながら、私は後ろだ。

 狙いは頭、脳幹を確実にぶち抜く。黒いドロドロを操る、槍状にして貫いた。


 今こそだったんだよ。こちらも罪科系スキルで対抗するべきなんだろうからね。


 効果範囲はちょうど心臓の辺りから、半径三メートル。

 広いんだよ、私の方が偉いんだよ。

 その空間なら、私の思うままに認識をずらすことが可能。

 つまり偽物を見せて、本物が隠れることができるってわけだね。


 強いことには強いんだ。

 だけど、あまりにも狭い範囲、穢龍のような巨大な敵には通じない。白い人は全体攻撃だったし。

 今回は、見事に刺さってくれたみたいだったけど。


 これは、【搾取】ではない。ましてや【苛虐】でもない。


 残るは――


「【虚飾】か……。まだ使えたのか……忘れていた……」


 後ろから、声がする。

 目の前にあった屍体が消えている。

 どういうことだ。確かに手応えはあったはずだが……。


 私は振り向く。声のする方へ。

 今にも、私の頭を掴もうとするところだった。


 逃げるべきだ。そのはずなのに、私の身体は、言うことをきいてくれないみたいだ。

 私の後ずさる足は縺れ、尻もちをつく。

 それでも私は後退を続けようとするも、上手くはいかず、近づく手は止まらない。


「動けないはずなんだが……。まあ、大した問題ではないか……」


 これも男がなにかしているのか。

 だいたい【背理】のせいで納得が行く気がする。

 私が動けるのは、きっと『拘束効果緩和』が働いているおかげのはず。相変わらず微妙な働きっぷりだった。


 どうする。どうして?

 あれで決着のはずじゃなかったのか。

 おかしい、絶対におかしい。


 なにか重要なことを見落としていた?

 そんなはず、そんなはず、限っては、あるはずがない。


 わからない、わからない、わからない。

 なんで追い詰められたのか、これからどうすればいいのか。

 反撃しなければ、逆転しなければ……。

 そもそも、打開できるのか――?


 手が私に触れ、敗北が決定するそのときだった。


「残念ながら、詰めが甘いんですよねー」


 火薬の爆発する。いつか聞いたことがある、爆竹のような音が響いた。


 男は倒れる。

 今までの圧倒的な存在感が、嘘のように倒れる。呆気なく倒れる。


 理解が追いつかない。

 どうしてここに……。

 それ以上に、今の攻撃で本当に死んだのか。


 第二声が響いた。

 今度は私に向かって? 黒いドロドロで身を守ろうとしたが、杞憂。

 それは立ち上がろうとした男の脳天を撃ち抜き、貫通はせずに抉る。


「光穂ちゃん。所長こいつは他人の魂を、自身の命のストックに代えるような屑ですから、生かしちゃダメなんですよ」


 ……魂? あ、そうか……。たましい

 あのボロいところでの食事のとき、無表情な女性は白い人に頑張って、いくつだったか訊いていた。

 そして、白い人は霊龍だ。もしかしたら、魂の数を察することができたのかもしれない。


 屍体が消え、しかし二メートル以内に場所を変え、立ち上がろうする男。

 血しぶきが飛ぶ。頭が吹き飛ぶ。

 何度かを繰り返し、一度も立ち上がり切れていない。スキルを使ういとまもない。


 完全に、そのパターンが予測されてしまっているのか、四回目、ついにまた起き上がることはない。


「さて、終わりました。所長は終わりました。終わりました。最後は光穂ちゃん。貴女で最後。最後の仕上げです」


 そう言い、にっこりと、笑った。

 あの、棺桶に入っていた少女で。

 目の前にいたのは、まず間違いなくそれだった。


 どうしてか、その笑顔には、不信感しか芽生えなかった。

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