交錯する想い
私、起床。
両腕を目一杯真っ直ぐにして、私は伸びをする。
「ふあー……」
えーと、今日は白い人がいない。
朝食の準備でもしてるんじゃないかな。
立ち直れてるかは知らないけど、なんとかなってるはずだよね。
でも、その代わりヤツがいた。
「くっ……所長のやつぅ……ぐぅ……」
多分、寝言のはず。
目はいっさい開けてない。除き込めば無表情な感じの寝顔を望むことができる。
ニッと私は笑顔を浮かべた。
私は両手をそうっとその寝顔の頬っぺたに近づけて行ってつかむ。ぐいっと引っ張る。
「ふぎゅあっ!?」
くく、変な声を上げながら飛び起きた。
それを私は満足げに眺めている。
ただそれでも、私は手を離さなかった。
「えがお、えがお」
私はそう言いながら、この無表情な女性の頬っぺたを上機嫌にぐりぐりまわす。
無表情な女性はなされるがままに顔をいじられてるのに、なぜか無抵抗だ。
「はなしてくださいよー!」
なに言ってるかわからない声がだされた。雰囲気で大体わかるが、しっかりと発音できていない。
なんだか可哀想になってきたよ。
それでも掴んで離さない私は、飽きるまでいじり倒す構えだった。
私はきゃはきゃはと笑いながら、無表情な女性の顔をいろいろな表情へと変形させていく。
なにが楽しいんだかわからないが、数分以上それは続けられていった。
もうなんかひたすらに、私は新しいおもちゃを手に入れた感覚で遊んでいる。
そんな私も私なんだが、こいつもこいつだ。本当に嫌なら抵抗すればいいのに。
なんか今日はへなへなしてる。
なんだ? 嫌よ嫌よもみたいなアレか?
そんなことをしているうちに、ガチャリとドアが開けられる音がした。
見れば、エプロン姿の白い人が顔を出している。
「なに……してるの?」
この無表情な女性を弄んで遊んでいた私に、それは問われた。
私はわずかばかり考えた後に答えを出す。
「えがお?」
「えがお……?」
その苦心の果てに導き出された私の解答。
それに対して反復しながら、白い人はわけがわからないというような様子で聞き返した。
私自身、疑問系だったんだし当たり前か。
そんなことをしているうちに、無表情な女性は隙を見つけて私の魔の手から逃れる。
だが、私から離れることはしないようだ。
どうしてか、私の後ろで頑張って白い人の視線をかわしているように見受けられる。
「あ、そうそう。ミツホちゃん、ご飯できたよ?」
さっきの状況についての追及もそこそこに、白い人は私に用件を告げた。
私はコクリと頷く。
そうすれば白い人は開けたままのドアを閉めて、部屋を後にしていった。
食堂に向かおうと、私はベッドから降りようとするのだが、それを平坦な声が引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってください光穂ちゃん。私、今日は電池切れでまともに動けないのですよ」
なにを意味わからないこと言ってるんだ。
お前は電池式だったのか? それとも充電式か?
きっと、スタミナのことを言っているのだろう。
そう結論付けるのが合理的だ。
思い返せば最初に会ったとき、『判別分析』を使っても、反応がなかったよな。
それは今も同じだった。
それどころか――
――ん?
……あ、そうか。
ふ、くく、あはははっ。
わかった。正体がわかった。
――この無表情な女性に所長と呼ばれているやつの!
ああ、なにも深く考えることはないじゃないか。
にしても、わかったところでどうしろと。
この情報を有効に活用できる気がしない。
「はてさて、そういえば。私はどうしてここにいるのでしょう」
なんの脈絡もなく、はなはだ不可思議だといった様子で首をかしげる無表情な女性。
その行動に、自由だと感心してしまうよ。
私は振り返り、目線を合わせ、一緒になって首をかたむける。
しばらくの沈黙が続いた。
「二人で……どうしたの?」
私がいっこうに部屋から出ないのを待ちかねたのか、白い人が再び顔を出してくる。
どうやらこの混沌とした情景に、どこか戦慄しているようであった。
そもそも、この無表情な女性は白い人が、朝になんでか運んできたのである。
その意図はわからないが、確かに起きたら違う場所だった、なんていうのは少し不気味かもしれない。
私はそのまま立ち上がって、白い人の手を掴む。
「いや、ミツホちゃん。少しひどくないですか?」
もう片方の手で無表情な女性を引きずりながら。
ちなみに白い人は気にも留めずに進んでいった。いないような扱いをされている。
私も白い人に迷惑をかけまいと、そのけっこうある重量を苦労せずにズルズルしていった。
なんだかんだで食堂に到着。
しっかりと三人分用意されていることに感動を覚える。
白い人は無表情な女性に対して、きょくりょく無関心のようであったが、ご飯は作ってくれたみたいだ。
三人でテーブルを囲む。
「では、いただきます」
そう言って料理に手をつけるのは無表情の女性。
それに続いて白い人が手をつける。
結果として、最後は私になってしまった。
食べ方は三者三様。
白い人は上品に、綺麗に食事をしている。
それに比べて私なんかは……うん、食べ散らかしてるだけだ。
無表情な女性に関心を向けるのだが、なんだろうこれは?
マナーがなってるだとか、なってないだとか、それ以前の問題の食べ方だと思う。
まず、スプーンですくって持ち上げる。
次に、上を向いて口を開ける。
最後に、食べ物を口に落とし込んで、もぐもぐごっくん。
それを単調に繰り返していた。
疲れないの? 普通は絶対にそんな食べ方をしない。
白い人は迷っていた。
今にもなにか言いたそうだが、どこかためらっているように感じられる。
この無表情な女性のせいで、白い人の関心が私まで行き届いていない。
なんの注意を受けることもなく、私はただ食べ散らかすだけだった。
そんな中でぼそっと一言、誰に言うでもなく呟かれる。
「……虚しい美味しさですね」
そう言い切られたときだ。
高く軽い金属音が立てられて、無表情な女性のスプーンが飛ぶ。
理由は簡単。私が私のスプーンを全力投擲してヒットさせたからだ。
スプーンが二つ、空中を舞う。
重力に従い、落下をしていった。
しかし床に着く前に、いつの間にか移動していた白い人が見事に回収する。
汚くならなかったスプーンがもう一度、私と無表情な女性の前に並べられた。
そこでようやく、私の食べ散らかした惨状が白い人の目に入る。
「お行儀悪いよ?」
私の頭をなでようとしたが、どうしてか引っ込めた白い人。
腰をかがめて、私にしっかりと目線を合わせてそうお叱りをする。
「ごめんなさい」
素直に私は謝った。
これはどう考えたって私が悪い。
まあ、マナーなんて知らないんだけど。
「じゃあ、一緒にお勉強しようか」
そういうことで、私は白い人の膝の上で食事を摂ることになった。
白い人が私の手を取って、レクチャーをしてくれる。
それを無表情な女性は眺めているが、果たしてそれはなにを思っているのだろう。
その感情が推し量れない。無表情が無表情だった。
そんな賑やかな食事も終わり、片付けに移る頃。無表情な女性が声を出す。
「光穂ちゃんも、あと、そこの白いお方も。食事が終わったことですし、少し話を聞いていただけませんか?」
改まったその様相。
無表情に、どこかキリッとして、でも切実で、真面目な感じが伝わってくる。
そしてそのまま、私たちの返事を待たずに喋り出された。
「手伝ってほしいんです。――械龍退治を……」
また一波乱、巻き起されるんじゃないか?
遅れてすみません。
少し描写が荒いかもしれませんが許してください。じゃないと、あと六話でこの話が終わる気がしないんです。
もうなんか自分には、最後の三、四話で詰め込んでる未来が見えてますから。