ちょっとそこまで
あの白いお方から、部屋を使っていいと言質をとり、私はお暇させていただく。
気まず過ぎですよあれは。
それにしても、怖いですねぇ。
正直、私みたいなのが、あんなに敵意を向けられちゃったら、肝が冷えるじゃすみませんよ。もはや永久凍土なんじゃないかと。
しかし、部屋を借りるといっても、肝心の部屋がわからないんじゃ、どうしようもないじゃないですか。
戻って聞き直してみましょうかね。
無計画に歩いて来た道を引き返していきます。
まあ、あの白いお方の部屋に着いたんですけどね。
これは入っていける空気じゃありませんよ。
光穂ちゃんに向けて啜り泣く声が聞こえて来ます。
さっきは二人で泣いていたようでしたが、今度は一人のようですか。
よくそんなに涙が流せますね。素直に感心できますよ。
これはどうしたものか。
さっきはタイミングを見計らって出て行ったのですが、今回も――
――なかなか泣き止みそうにありませんね。
これは徹夜コースでしょうか?
もともと私のせいみたいなものですからね。
邪魔する権利は私にはありませんか。
くっ……これも全部、所長ってやつが悪いんだ。
ぐぬぬ……いつか必ずっぅ……と、私怨もここら辺にしておきましょうか。
これ以上考えると、ストレスが天元突破で発狂してしまいます。
はてさて、どうしたものか。
この際、探検でもしてみるのも一興でしょうかね。
ここ、広いですし。
いやあ、にしても。こんな建物を一人で維持してるなんて凄いですよね。びっくりですよ。
たまに白い塊が飛んでるのを見かけるんですが、これがなんかやってるんでしょうかね。
ふらふらーっと、食堂に到達いたしました。思えば、光穂ちゃんはここでなにをしょうとしていたのでしょうか?
素直にお粥でも作ろうとしていたんでしょうかね。頭はあの黒い塊で冷やせていたみたいですし。
そういえば、あの黒い塊。床にベチャってなっていたような気がするんですがね。
シミとかにならないんでしょうか。まあ、どうにでもなりますよね。
食堂から引き返します。
私が料理を作れるか? ただ切って茹でるか焼くかしたものを料理と言うならできるんじゃないでしょうか。
味付け? 知らない子ですね。ええ、私は自然の味が好きなんですよ……!
それにしても、広い。
ダンスホールみたいな広間もあったりしますね。長らく使われてないっぽいですが。
ここまでくると迷っちゃいそうなくらいですよ。
まあ、私の場合は道全部、覚えてるんで戻れなくなることはないでしょうが。
後ろから、ギィッ、ガッコンと音が聞こえて来ます。
「ふえわ……っ!?」
ビックリしましたよ。もう驚愕です。お陰で変な声が出たじゃないですか。
振り返れば、私の通った道が塞がれていますよ。
な……なんという。ここは絡繰り屋敷だったんでしょうか?
これじゃあ、道覚えても意味ないですね。
全く、私の頑張りをあざ笑うようかの仕掛じゃないですか。
腹立ちました。私の力、とくとご覧にみせましょう。
閉じたシャッターみたいなのに手を触れます。
ふふふ……。これでよし、と。
ガタンと音を立ててしっかりと通路が開いていきました。
大勝利です。このくらいの仕掛けなら、私にとって造作もない。
ん? あれ?
こんなところに階段が……。
地下へと続いています。
なんでしょうか、この怪しいふいんきは……おっと、ふんいきでした。
とにかく、好奇心がそそられちゃいますねえ。
トントントンと快調に進んでいきます。
段々とくらくなるのは地下だから仕方ありませんか。
私は夜目を完備してるんで、問題はありませんよ?
一段一段くだるたびに白衣がヒラッ、ヒラッします。
正直なところ、うっとおしいんですよね、これ。
まあ、これが私のアイデンティティーみたいなものなので、脱ぐことは気が進みませんが。
しばらく進むと、いかにもな外観の扉に打ち当たります。痛えです。
油断してたら、おデコがごつんとなっちゃったじゃないですか。
あたりは完全に真っ暗。
だからってこれのせいにしちゃいけません。見えてますからね。
自分の不注意を恨みましょう。
さあさあ、扉に手をかけてみます。
――……。
押しても引いても、ビクともしませんねえ。
ドアノブがあるんですが、ロックが掛かってるっぽいです。
ここまで来て肩透かしはないですよ?
こんなロック、私の力では赤子の腕を捻るようなでありますから。余裕です。
開けゴマ、と。
ガチャリっと、音がします。
ふ、ふ、ふ。開きました。
ではでは、改めて中を拝見といきましょうか。
とうっと。
――うん……。
そっと扉を閉じます。
見なかったことにしましょうか。
ロックをかけ直します。証拠隠滅しましょう。
私はここに来なかった。私はここに来なかった。私はここに来なかった。私はここに来なかった。
お陰でかなりの正気度みたいな何かが削られた気がしますね。
責任を取ってもらいたい。
自業自得と言えば、自業自得なんですけどね。
さあ、戻りましょうか。
あの白いお方も、えげつないことをしますねえ。
あれ並みの術式は、二度とお目にかかれないものと思ってましたのに。これは更に上でしょうか?
さあて、ここまでくればバレないでしょうか。
改めて、寝床、どうすればいいんですかね。
仕方ありません。今日は廊下で寝るとしましょう。
***
あの無表情な女性が去っていった後だ。
白い人は私を撫で続ける。
「ごめんね。ごめんね……私が頼りないばかりに……。ごめんね……私が不甲斐ないばかりに――」
そう言って、何度も何度も――。
それでも私は絶対にだ――
そんな後悔に満たされた言葉ではない。
そんな悲痛に彩られた台詞ではない。
そんな憂慮に苛まれた独白ではない。
そんな自責に駆られた謝罪ではない。
そんな不憫に嘆かれた泣声ではない。
――限りなく、賞賛して欲しい。感謝して欲しい。歓喜して欲しい。評価して欲しい。
そしてなによりも、――笑顔でいて欲しい。
だけど白い人は、そう言ってばかりいる。
そんなことで私が満足するわけないのに。
全く、白い人は自分勝手だ。どうして、龍ってやつはこんなにも他を省みない。甚だ不思議じゃないか。
まあ、私についてもそれは変わらないんだろうけどね。
元からそんな性格だった?
そんな気しないような、するような。どうだっていいじゃないか。
もうこんなの聞いていたって、埒があかない。
勝手にやっているんだ。
ふいんきでも雰囲気と変換できるのかと驚いた今日この頃です。
畳みに入っているはずなのに、広げている気がするのは気のせいか……?