相性の問題
「主、なぜアレは結界を素通りしたんだ。それに、拘束はまだ破られていないぞ?」
屋根の上を駆け抜けながら、獣は彼に向かって問いかける。
次々と、それほど近くもない屋根と屋根との間を飛び越していき、遠くへ、遠くへと進んでいく。
結界、というのは、この国を囲んでいる壁のことであろう。
外には凶猛で、強大で、狂暴で、恐怖を撒き散らすようなそんな生き物たちが生息している。
普通の壁では保つわけがない。
それに加えて、空を飛べるような生き物もいないわけではない。そして、その侵入を防いでいる。
そうであるからこの国は存在できたわけであり、やはり、この国を守っている壁は普通のものではない。
物質としての壁はそれほど高くない。
せいぜい二階建ての家を少し越えるくらいの高さである。
それより上は、聖獣の力によって守られているという。
「素通りした? 確かに結界は維持されているみたいか……。本当に拘束は効いてるんだよね……?」
その問いに答えるべく、彼は獣に確認をする。
その表情は、明らかに浮かないものだ。
それでも、私には静かに見守っているくらいしかできない内容だった。
「ああ、今も手応えは伝わってきている。わずかながら、削られてるみたいだぞ?」
返された答えに、彼の顔色は優れないままだった。
というよりも、明らかにさっきよりはまずくなっている。いったい彼はなにを推測しているのか。
「大丈夫?」
「え? あ、うん。まあ。多分なんとかなるはずだよ。……このときのために、いろいろと準備してきたからね」
私はあまりの心配に、つい声をかけてしまった。そんな私に気を使うように彼は笑顔を作りながらそんなことを言った。
けれど、その笑いはやはり無理やりで、空々しいものが感じられる。
そのおかげで私の心配は増すばかりであった。
「それで、どうやって現れたんだ?」
そうすると、不機嫌そうな獣の声が聞こえてくる。
思えば、先ほどの質問の答えはまだ出ていないままであった。
それなのに、私が話しかけてしまったものだから、回答は先延ばしにされる。
この私たちを運ぶ獣としては腹に据えかねるものであったのかもしれない。
「ああ、そうだね。これはボクの推測。もちろん、当たっていないかもしれないから、そこらへんはよろしく頼むよ……?」
「前置きはいい。もったいぶるな。なんでもいいからさっさと教えるんだ」
彼は機嫌いまいち優れない獣に向けて、とりなすようにそう告げられた言葉。
それに対して逆撫でられたように急かす獣。
彼のことを主とは呼んでいるが、本当に主だと思っているのか不思議なくらいの掛け合いである。
観念したように、不承不承な仕草をしながら彼は話し始めた。
アレがこの国に、いや、私の前に現れた方法についてを――。
「こんなことができる。思いつく可能性でもっとも有力なもの……」
一時の溜め。
果たしてそれは一体なにか。
思いつくようなものを考えてみるが、今回の状況にそぐうようなものは見つからない。
無論、私にはわかるわけがなく。言葉を待つしか選択はない。
「――罪科系スキル【執着】だ」
紡ぎ出された言葉は、全く耳慣れないものであった。
***
「――ということで、これが虎の子の〝龍墜弾〟です」
まず、〝縛霊弾〟と〝霊祓弾〟説明から始まった。
さらに、〝浄聖弾〟と〝聖叛弾〟の解説が行われた。
ひいては、〝惑妖弾〟と〝妖傷弾〟を懇切丁寧に論説されるんだ。
それに関して、私はいい加減に飽きてきたところだった。
まあ、そのおかげわかったことなんだけど、霊、妖、聖は魔力の特性で、それぞれに相互関係がある。
わかりやすく言えば三すくみ。こうかはばつぐんだということで、威力二倍って考えればいいんだって。
霊は妖に強い。妖は聖に強い。聖は霊に強い。こういう詳細だ。
つまり、私は白い人に勝ちにくいって考えればいいかな。
そうすれば覚えやすい。
ちなみに、特効は三倍なんだとか。
当たったら魔力が一瞬にして散らされて、当分は使えなくなるとかいう効果もつくらしい。
怖いね。
そして今現在、私の目の前に出されている弾が、驚くことなかれ、あの噂に聞く龍特効を持った弾なのだ。
本能的な忌避感が沸き上がってくる気がする。
気のせいかもしれないけど。
「これで、私の武装は全部ですよ?」
ようやくとため息をつきながら、滑らかな動作で武装へと手が伸びる。
それを私はナチュラルな動作で弾き返した。
いや、誤魔化せてないよ?
あんなに長々と説明したって、私は当初の目的を忘れるほど愚かじゃなかった。
うん。でも、そんな絶望したような雰囲気を出すのはやめなさい。
無表情だけど、ありありと察せられるじゃないか。
「やっぱり私は、ここでていそ――」
私の上段空中二連回し蹴りが発動する。クルクル回って攻撃だ。
言わせないよ?
て、ちょ、あっ……。
「大丈夫ですかー?」
惨めな私に手は差し伸べられた。
あのさ、避けないでよ。跳び蹴りなんだからさ。
自爆しちゃうじゃないか。
ふふ、だけどこの私が、素直にその手をとるとでも?
ここは思い切り引っ張って……いや。
私は途中まで伸ばした手を引っ込めた。
その手を掴もうとしていた女性は、不意を突かれたように、若干のバランスを崩す。
それでも大して、崩れたとも言えるほどではないが十分。すかさず、私は突っ込んだ。
蹴りとは違う。
今回はガチだ。本気だ。全力だ。
二度も躱されていて、私がなにもせずにいられるわけないだろう。
「ちょっ、と、ふわ!?」
立て直すことができないままに、私に無様に倒される。
私、勝った!!
勢いのままに私ともども数メートル吹き飛んで行く。
やりすぎたー。
「ぐうっ……!?」
「あっ……」
ドサッと床に落ちた。
けれど、私にそれといったダメージはない。
まあ、下敷きにしたからかな? クッションになってくれたよ。
うーん。大丈夫なのか?
私は首筋に手を当てて脈を確認しようとする。
いろいろな場所や角度で挑戦をする私。
「し……しんでる……?」
「いや!? 生きてますからね! 殺さないでください!」
なんだ。脈が取れなかっただけか。
びっくりしたよ。
本気で死亡確認、ってやろうとしたところだった。
時計っぽいのなら、窓の外に見える塔みたいなのにあるし。
あ、でも、日付がわからないか。
「とりあえず、どいてもらえますか……?」
現在、私がマウントポジションを取っている。
そりゃあ、もう、いい感じに。
これじゃあ、ほとんど動けないんじゃないかな?
「……いや!」
この絶好のポジショニングを逃すわけにはいかない。
私は拒絶の言葉を発した。
それと同時に、私の顔が笑顔で歪む。なんかこう、サディストな感じに……。
この組み敷かれた女性が怯えているような感じがするが、無表情だし、きっと私の勘違いだろう。
「ひ……っ!」
私はこの女性の服に手をかける。
いや、だって。本人がやらないなら、私自身でやるしかないわけじゃん。
こうなったのは、私のせいではないはずなのだ。