降り立つ龍
一通り遊び歩いた私たちは、帰路につく。
あの待ち合わせの公園に戻るということである。
「楽しかったーっ……」
「それは光栄だね」
名残惜しむようにつぶやいた私に、彼は謙遜するような言葉遣いで反応する。
態度自体は、それほど畏まってもいないもので、その齟齬に私はクスリと微笑んだ。
「今度はいつ?」
「そうだね。十日後くらいか……。それがダメなら、十二日後かな」
その微笑みのまま、私は次に会う約束を交わす。
けれど、私にはわかる。わかってしまう。
きっとこの約束が果たされることはないことが――
「忘れないでね?」
「承知したよ」
念を押すように私がそう伝えると、さっきの続きか、妙に畏まったような言葉遣いを私に了解の意を示してくる。
もちろん、言葉遣いだけだ。
それに私は、どこか満足したような様子になりながら、帰路に着こうとした。
「大丈夫だとは思うけど、気をつけて帰るんだよ……?」
そんな私に、気遣う声がかけられた。
その際にチラッと、私の方向にではなく、どこか視線が私よりも上方に送られた。
その方角を意識してみる。そこには一つ、際立って高い時計塔が見えた。
時間でも確認したのか。
まだそれほど暗くはないだろうし、日没までには余裕がある。
それは、太陽の傾きを見れば十分なはず。
「大丈夫だよ。心配いらないから」
振り返り、私はそう答える。根拠なんて全くないだろう自信である。
それに、彼はやれやれと肩をすくめる。
そんな様子を知ってか知らずか、今度こそ私は帰路に着いた。
暗くなりかけた黄昏の道を進む。陽はこの国を囲む壁に沈みかけ、空は青から燈色に変わりつつあった。
行き交う人々は朝よりも少ない。
不思議なことに、生き物の声も聞こえない。不気味なほどに静まり返っている。
私はそんなことに構わずに、依然として上機嫌に進んでいく。
そんな折に、異変は起こった。
私の目の前の空間が歪む。陽炎が揺らめくように、水面が波立つように、蜃気楼が生じるように、光が屈折する。
突然の出来事であった。
私はわけのわからないままに茫然と立ち尽くすだけ。
ようやくその異変が収まった。ただ、収まったと言えど、全てが元どおりなわけではない。
歪みが収束し、元からそこに存在していたかのような威厳で――
――そこにソレはいた。
実体のあるかどうかわからない半透明な存在。一対の翼を広げ、私を見つめる。
その目の色はなにか、殺気などなく、純粋な興味だけが向けられている。
私は動けない。どうすることもできない。
不意に目の色が変わる。興味がたたえていたその瞳は、探し求めていたものをようやく見つけたようなそれに変わる。
四本の脚を動かし、のっそりと私に近づいた。
私は恐怖により、その場に崩れ落ちる。誰かに見られてでもいれば、見っともないような状態なのであろう。
けれど、それを気にすることができる暇も、余裕も、感性も、いまの私は持ち合わせていなかった。
それは当然。
しょせんいわゆる、この私はただの少女。なにもできない人間である。
そんな少女が、この圧倒的な上位者を前にして、できることがあるのであろうか。
もはやソレは、眼前にまで近づいてくる。たとえなにが起ころうとも、その全てが一切、全然、微塵とも問題ではないかのような様相である。
対する私はなにもできない。
ただただ、食い入るように、魅入られるように、意志のないように、その存在を見つめているだけ。
そしてソレは、私に向かって――
「やれやれ、結局こうなったか」
私の身体が宙へと浮く。その直後に、ドサッとなにかの上に乗った。
私はなにが起こったのかよくわからない表情。それでも現状の理解に努めようとしている。
そのなにかは、銀色に輝く毛並みを持った、美しい獣。
その毛並みは、黄昏の日差しを反射して、金にも見える色合いを帯びているように見える。
「さあ、逃げるぞ、姫」
その獣は流れるように私をさらっていく。すんでのところで私は救われたのであった。
***
「そんなに急がなくても、いいじゃないですかー」
私はこの無表情な女性をズルズルひきずって、廊下を歩いている。
目指すは白い人の眠っているあの部屋だ。
私はとにかく一度、白い人を見ておきたかった。でも、この女性を放っておくこともできない。
そうして、こんな状態になってしまったのだ。
扉をけっこう強引に開けて侵入。壊れてはいないから大丈夫のはずだ。
部屋の中では、白い人がスヤスヤと眠っている。
「まあ、とりあえず、三日は持ちますかねぇ」
白い人の姿を見てか、平坦な声色で、私に聞こえるように呟かれた。
そう呟きながらも、その指で私特製のエターナル・ブリザードをつついている。
私は白い人の顔を覗き込む。
安らかな表情で、とても切迫した状態だとは思えない。
「急ぐほどではありませんが、余裕があるわけでもありません。なら、さっさと出発することが吉だと思いますよ?」
私の、いつまでもここで白い人を見守っていそうな様子を見てか、私に対してそう助言をしてくる。
それはもっともな意見のはずだ。
だけど、一つだけ問題があった。
「だめ、しんようできない」
そう、私はこいつを完全に信用しているわけではない。
だから、いつでも【搾取】が使えるように手、握ってるんだし。
それでもこれから、戦闘に行くんだよ?
それに相手は龍だ。死力を尽くしてようやく勝てる相手。
甘く見れば、こちらがやられてしまう。
それなのに、ずっと手を握ったままだとかはしんどいよ。
いや、私を案内するだけで、戦わないのかな?
どういう魂胆なのかは知らんが、まあ、ずっと手を握っているわけにはいかない。
「ほう。ならどうすれば信用が得られると? 光穂ちゃんの信用を得るためなら、お姉ちゃん、なんでもしちゃいますよ?」
冗談なのか、本気なのか、その表情からは窺い知れない。いや、だって無表情だし。
なんでも、なんて滅多にいうことじゃないぞ? 今に後悔するぜ?
そういえば、この女性の目の前で、もう【搾取】を使ってるよな?
えっと、あの誘拐未遂に。
それを知って、手をつないだままなのか。
ツワモノだなあ。
単に忘れてるだけって可能性もあるけど……。
さあ、覚悟はできたか?
私は言葉を発する。
これは私の信用を得る上でとても大切なことなんだ。
「ぬいで……?」
その言葉が放たれた瞬間、空気が凍ったような気がした。
私の手を繋いだままの女性は無表情にフリーズしてる。まあ、無表情なのは元からだけど。
いや、なんでもって、言ったよね?
はあ、全然進まない。これ、六十話目で終わるのか不安です。まあ、頑張ります。
それはそうと、サブタイトルの最初に、話数入れといた方がいいですかね?
最初に入れるの忘れてそのまんまなんですけど……。まあ、要望があったら考えます。