近寄る不穏
久しぶりの一日二話投稿です。前話は読みましたか?
ポイントが増えて舞い上がった結果ですね。笑ってやってください。
そのイウと呼んだ男の後ろについて歩く私。軽い足取りで進んでいく。
他愛もない談笑をしながら、笑いあって進む。
なんでもないような光景。この光景が、ひどく懐かしく、心に突き刺さってくる。
やり場のない憤りがふつふつとこみ上げてくる。
それでもこの光景は目に焼き付けていないといけない。
私はこの記憶を今の今まで忘れていた。
それはなぜか、正直な話、理由の心当たりがありすぎる。
薄情でしかないが、私を支えてくれていたであろうみんなの名前も思い出せない。
せめてもの救いは、みんながいたという事実がわかることだけ。
それでも、私の周りにいたいろいろな人たち。
その顔を思い起こそうとすれば、鮮明に浮かんでくる。
でもこの男のことは全く。不思議なくらい覚えていなかった。
なぜなのか。
考えていると一つの可能性が浮上してくる。
いや、そう考えるのは早計すぎる。でも、そんな予感がする。
しばらく喋りながら歩いた私たちは、お店に入った。装飾品を売っているお店である。
無難と言うか、なんと言うか。私は二人の会話へと意識を集中させる。
「えっと、見てたのはこれだよね?」
そう言って彼は一つの首飾りを指差した。
割と単純なもので、宝石が一つ、目立つように付けられているだけのもの。
「あ、でも、よく見たら私の小物入れに同じようなのがあるかもしれない……」
……お父様はよく私にプレゼントをくれたのを覚えている。
この国は閉鎖的で、取れる宝石なんかも限られているから、被らないようにが大変なんだと誰かが愚痴をもらしていた気がする。
なにか本当に申し訳ない気分になるが、気にしないことにしよう。
一つ一つ気にしていたら、私が保たないんじゃないかな。
「……うん。じゃあ、ついでだ。なにか他に欲しいものはあるかい?」
「ううん。次行こ、次」
優しく微笑んだ彼は、私に対してそう問いかけた。
それに対して、なんの未練もないように、私は違う場所に行きたいと答えた。
そして、彼が先導していたはずなのに、私から店を出て行く。
心なしか、彼から哀愁漂う虚しさを感じたのは気のせいのはず。
そんなことを気にしていない私は常に上機嫌。
勝手に進んでいく私に、彼は急いだ様子で追いついてくる。
「そんなに先に行って、また誘拐でもされたらどうするのさ?」
「大丈夫。その時はまた、イウがかっこよく助けてくれるよね?」
「助けるけどさ、万が一にボクが間に合わない可能性だってあるんだよ? そこらへんは理解してるのかな?」
「万が一のときはお父様が助けにくるから大丈夫よ」
はあ、と彼が溜息をつく。
それでも目線は、私のことを追っている。
でも、私の心配を本当にするようなら、待ち合わせ場所に一人で行かせるような真似はしないはず。
それとも、あの公園までの道は、なにかの理由で大丈夫だと知っているのか。
私がお父様の誘導に引っかかっていたとして、そこまでは護衛がついていた。それか他に安心できる要素があったか。
そうしたら、この男は何者?
お父様と面識があるのか。
それにさっき、また誘拐されたとき、と言っていたはずだ。
ならば私は一度誘拐されていることになる。
そして、それを助けたのが彼。
私は記憶を掘り起こす。
もう少しで思い出せそうだ。頭痛が響くような気にもなるが我慢。
そうしてようやく、一つの思い出に辿り着いた。
いつだったか、私がもっと幼い頃。
街に憧れて、初めて脱走を企て、実行に移した日のこと。
その事件は起こった。
秘密裏に、誰にもバレないように、普段の仕草から気をつけて、そんな計画を行った。
結果は成功。
子供ながらによくやったと思う。
そんな私が、意気揚々と街に出ることになる。
世の中の仕組みの大体はこのときでもう、理解できていた。というか、世の中の仕組みを学んだから脱走したんじゃないかと思う。
そのときの私は、街の地図くらいは頭に入れていたはずなのに、道に迷ってしまった。
そこから、親切そうな人が声をかけてきて、私はその人に助けてもらおうとした。
そういうわけで、その親切そうな人に誘拐されてしまった。
そんな私を助けてくれたのが彼であった。
なのに私の主観では、なんかよくわからないけど、気がついたら部屋にいたみたいになっている。
彼が助けてくれたというのは、あとに聞いた話であった。そのときに彼に会った記憶は、おぼろげにしかない。
実際に状況を理解できていなかったんじゃないかな。
そして、いま私の見ている私たち。
食べ歩きをしていた。
食べているのは私だけかな。彼はお金を払うだけで自分のものを頼みはしていないように見える。
それでも、笑いは絶えない。
二人ともに、楽しそう。実際に楽しかったのか。
――そう、二人が笑えば笑うほどに、私の胸には切なさが溢れるばかりだった。
***
「なんで?」
私は単純に、率直に、明確に、そう尋ねた。
確かに白い人はかなりの熱におかされている。
だからって、目覚めないとは、突拍子ななさすぎるのではないだろうか。
だって、白い人は強いんだ。
私を倒したんだ。だから、だから……っ、病気になんて負けるはずなくて……。
「穢龍、という龍は知っていますか?」
私の髪をとかす手を休めずに、平坦な声の彼女は、優しく諭すように私にそう語りかけた。
抑揚のほとんどない声のはずなのに、私を気遣う優しさが感じ取れる。
その龍のことは二回だけ聞いたことがある。
一回目は、あのよくわからない兄弟の会話。二回目は龍種権限で聞いた生存している龍。
私は涙を堪えるようにして頷く。
もしかしたら私は、白い人へ物凄い理想を抱いているのかもしれない。
「その、穢龍なんですが、一言で表現すれば、龍に効くウイルスみたいなものです」
穢龍が、龍に効くウイルス?
それっていいのか?
薬とかは効かなそうなのはわかる。
だったら、どうすればいいんだ。
「ただ、普通のウイルスとは違うところがあります」
無機質な解説は続く。
それを私は食い入るように耳を傾けるだけ。
私の髪を梳いていた手が、今度は私の頭を撫でるように動く。
「本体がいますから、そいつを叩けば万事解決です」
私は立ち上がろうとした。
その瞬間、グイッと力を入れられ、立ち上がることに失敗してしまった。
私を撫でていた右手が、今度は胸部へとまわされ、密着するように抱き寄せられた。
「どこに行こうというのですかー?」
どこって、穢龍のところだろ。それしかない。
離してくれよ、これじゃアイツが殺せないじゃないか。
私はジタバタともがいている。
こんな拘束、すぐに解けるんだぞー。頑張れよ、『拘束効果緩和』。
「落ち着いてください。穢龍の居場所なら、このお姉さんが知っていますよ?」
耳もとでささやかれたその言葉に、私は少し、落ち着いた。