遠い日の夢
少し私の話をしよう。
ある少女に起こった悲劇を。
いや、自分の話というのに、悲劇なんて言ってしまうのは些か滑稽すぎてならない。
それに私は、悲劇のヒロインなどと自分を思うことなんてできやしない。
ならばこうしよう。これはある、閉鎖的な国に起こった悲劇。
私にはどうしようもなくて、なにをどう考えようとそれは結果論で、でもそれを考えずにはいられない。
そして今、私はそれを夢に見ている。夢で見ている。
これは確か、ある夏の日の光景、――この国は城壁に囲まれ、聖獣が住まい、その加護を与えられた聖なる国である。聖なる国であった。
私はそんな国の王の一人娘で、その日は護衛たちを振り切って、街に出かけていた。
いや、うん。
おそらく、護衛たちはこっそりと私を守ってくれていんであろう。単に私が振り切れていた気になっていただけと思う。
なにせ、お父様。私にはものすごく甘かった。
そうして私は街へと繰り出した。
私のこの街への逃亡というのはけっこう頻繁に行われていた。
その度に私はしてやったりと思っていたが、思い返せば当時の自分がそう思ったことが恥ずかしいくらい。かなりの誘導を受けていたはず。
そんな私が道を進む。
街と調和した木々からは、虫の声が聞こえてくる。のどかな音色。懐かしさが思い起こされる。
行き交う人々は、すれ違うたび、私を注目してくるのは、今も昔も変わらない。
この日は……何をしようとしていたんだっけ?
何か大切なことな気がする。
それでもよく思い出せない。いろいろ混じり合ったせいで記憶が混濁している。
私は、おそらくその日の目的地なのであろう場所に辿り着いた。
これは、公園?
きっとそうか。なぜ私はそこに行ったのか? ようやく思い出せた。
「やあ、来てくれたんだね」
そう、待ち合わせをしていた。
私の目の前に現れた男。よくわからないが、他よりも一際、存在感を発している気がする。
確か名前は――
「イウ、今日はどこに行くの?」
私はこの男のことをイウと呼んでいた。
どこで出会ったのか……やっぱり思い出せない。
それでもこの時期の私は、この男と行動を共にすることが多かったんじゃないかと思う。
***
「だれ?」
私は声に出して尋ねた。
いや、まあ、見るからに不審者なんだけど、というか何で寛いでるし!?
「冗談きついじゃないですかー? お姉さん悲しいですよー?」
彼女は無表情に、平坦な声で私に喋りかける。
わかる。私の記憶の中に、こんな感じのやつがいたことはわかる。
「あれれ? 嫌だなー、光穂ちゃん。そんなに見つめちゃって。照れるじゃないですか」
全く照れた様子もない。無表情だ。
うんそうだ。こいつは町で私を襲ったやつと雰囲気が同じだ。
白衣を着込んでいるところも同じだ。だけど容姿が全然違う。
「ああ、これですか? イメチェンですよ。どうです? 似合ってますか?」
私の目線を察したのだろう。そう言って無表情な女性は自分の頭を指差した。
根元が黒、毛先が白のツートーンカラーになっている。染められているのか?
いや、問題はそこじゃない。顔が変わっているのだ。
それはもう、別人としか言いようがないくらい。
言葉を発しなかったら、本当に「コイツ誰だ?」な状態だった。整形でもしたのかな?
それにしては、座ってるからよくわからんが、身長も縮んでるような……。
うーん。
とりあえず、どこのどいつかは分かった。それを言及すると面倒なことになりそうだと判断した私。次の質問へと移った。
「なんで、いるの?」
まあ、率直な疑問だ。
そもそも、この広い建物と、あの町にあったあのドア。物理的に同じものだとは、とうてい思えない。
スキルかなんかで繋がってると考えた方が無難だろう。
どうやって戸締りしてるかは知らんが、こうも簡単に侵入できるものなのだろうか?
白い人がなんかしないと入れないような気がするんだけど――
「あ、戸。開いてたんで閉めときましたね。全く、変な人が入ってきたらどうするつもりなんですかー? しっかり用心してくださいよー?」
……うん。
白い人。辛かったのはわかる。わかるんだ。
でも、戸くらいしっかり閉めてほしかったなあ。
それと、変な人ならもう侵入していた。手遅れだ。
私はムカデ剣を出して構えた。
思えばコイツ、敵だよな?
警戒くらいはしないといけない。
「いやいや、争う気はありませんよ? それに私、所長に捨てられましたし。なんか戻ったらいきなり、後ろからドガギャーンって。死ぬかと思いましたよ」
ドガギャーンって、どんな擬音だよ?
私はムカデ剣を改めて構え直す。
コイツの言ってることが嘘だって可能性の方が高いんだ。少なくともそう思っている。
それに、感情のこもらない声で言われてもねえ。
私が臨戦態勢にもかかわらず、この無表情の女性は呑気にお茶すすってる。
ぐぬぬ……マイペースな。
眼中にないみたいな態度をされるの、嫌だなあ。
湯のみを置いた後、彼女は隣にあったお茶請けのような皿に目線を落とす。
その皿を右手に取り、おもむろに私の方へと差し出す。
「……食べますか?」
いや、この状況でよくそんなこと言えるなあ!?
普通なら食べないだろうよ。
私はそろっと徐々に、一歩、二歩と近づいていく。
限界まで近づくと、私はそのお菓子を手に取ろうとする。
白やピンクがいろいろな形に固まっている。砂糖菓子みたいなやつ。
慎重に一つ掴んで――
「えい!」
「うえっ……!?」
膝カックンを受けた。
いや、餌に釣られてって、私って馬鹿じゃない? まあ、私だから仕方ない、別にいいけど。
崩れ落ちる私。咄嗟のことに右手のムカデ剣を取り落としてしまった。
そこから反射的にこの女性の左手を私の左手で掴む。そしたらなんか握り返された。
床に落ちたムカデ剣は消えていった。
なかなかどうして、華麗な身のこなしじゃないか。
どうやったら、あそこから膝カックンがなされると思うんだ。
というか、椅子ごと移動してるし。
体勢を崩した私は、今、この女性の膝の上に座ってる状態だった。
「はい、食べたいんでしょう?」
砂糖菓子っぽいお菓子が私の目の前に差し出された。
甘い匂いが漂ってくる。
私はそれを右手でつまんで口に運んだ。
私はムシャムシャと口に運んで咀嚼。ゴクリと飲み下す。
さらにもう一個、もう一個と口に運んでいく。ついには全部、食べ尽くしてしまった。
あとになって思うんだが、毒とか、入ってなかっただろうか?
まあ、遅いけど。
龍って、普通に毒は効くのかな? 知らんな。
「ところで光穂ちゃん――」
平坦な声の女性は、お茶請けの皿を置き、空いた手で私の髪をとかしてくる。
なんか、場が和みすぎているような気がするが、少し満足した私には関係ないことだった。
「――あの白いお方、このままじゃ永久に目覚めませんよ?」
――それでも私は、その台詞を聞き逃すことはできなかった。
サブタイトルの割に配分がおかしい気がしないでもない。
というかミツホちゃん。どうしてこうなったんだろう。頑張るんだ主人公よ!