知らないところで
ポタ、ポタと露の滴る洞窟。
ここに件の龍はいると言う。
全く光は差し込まないというのに、周囲は色づいて見える。
こうなったのはあのときから。私の目は光の強さに関係なく映せるようになった。
地面に溜まった水をはねながら進む。
時折聞こえる甲高い音。それが私の不安感を掻き立ててくる。
ここは敵地だ。油断はできない。
だとしても、気を張り詰めすぎるのもよくない。警戒に力を入れすぎて、戦闘で力を発揮できなかったらもともこもない。
気楽にいこう。
翼龍のときだってなんとかなったし、屍龍……あれは、まあ、思い出したくはないがなんとかなった。
今回だってなんとかなるだろう。私は強い。
洞窟の中を進んでいく。
事前情報では、もう少し進んだところが開けた場所になっていて、そこにあの龍がいる。
今回の目標は軟龍。
伝承や、古くからの資料を探るに、色は白。これは単に色素が薄いだけである。
身体は粘膜に覆われており、ジメジメとした洞窟を好んで住んでいる。
龍にしては珍しく、隠れ住むスキルを多く持っており、姿を隠すことに長ける。
だがこの特徴。私にとっては大した脅威ではない。
スキル『霊魂観測』。
このスキルを使っていれば、どんなに隠蔽されたって、魂がある限り見つけだすことができる。
このスキルを使えば、よほど油断でもしていない限り、不意打ちなんてされないだろう。
軟龍は、相性の良い相手だと言える。
そう、相性がいい。
例えば、闘う相手が鱗龍だったとしよう。あれだけは無理。
あの龍の持つ鱗は、魔力を使った攻撃を減衰させる。
私の攻撃のほとんどが魔力に起因しているため、策を講じない限り勝てない。
鱗龍が私と戦う前に死んだのは幸いかもしれない。
そういえば、あの子に攻撃を仕掛けたとき、攻撃が減衰されたような気がする。
鱗龍の龍纏を使ったのだろうか? なら、帰った後、あの子を褒めてあげなくちゃ。
ついに開けた場所に着いた。
なるほど、確かに肉眼では何もいないようにみえる。それでも、いるのだろう。事前情報が合っていればだが。
『霊魂観測』を使う。
――なっ!?
確かに何かがいるということはわかった。わかったのだが、見えにくい……。陽炎のように揺らめき、輪郭がはっきりしない。
こんなことは今までなかった。流石とでも言えばいいか。
正直、見えるものとばかり思っていた。
余裕を持って前に踏み込む。
瞬間、何かの攻撃で地面に穴が開いた。
思ったよりも広い。やはり、大げさに躱さないと危ないのか。
この龍を評価し直す。
揺らめいた中で龍の形をできる限り想像する。
胴体には脚がなく地面に這うような体制。鎌首をもたげている。
その胴体から幹のように二本、それが枝分かれして触手のようにうごめいている。
それを辿り、よく目を凝らすと、その触手が洞窟の壁、天井を一面に覆っている。揺らめいている。
この一角で獲物を待ち伏せているというわけか。
その揺らめきが増し、私の通ってきた道が塞がれたことがわかる。退路が断たれたというわけか。いいだろう。
――そんなの関係ないっ、真っ正面から打ち砕いてやる!!
腰から獲物を引き抜く。
細鬼剣〈吸魂気血〉。
私の前世の記憶を頼りに掘り出した一級品の武器。この世界にまたとない業物。
背中から翼を広げ、襲いくる揺らめきを躱す。
この程度の数ならば、なんの努力も、焦燥もなく避けられる。余裕すぎる。
私は攻撃に使われた触手のようなものを無視し、本体へと突っ込む。
あんなの一本一本相手にしていたらキリがない。
本体へとある程度近づいたところで、壁や天井に張り付いていたものが、私に向かって狭まってくる。
揺らめきと揺らめきの境目が分からない。まるで見えない壁に閉じ込められ、それにドンドンと圧迫されていくよう。
『霊魂観測』に全力で集中。
私の竜力を戦闘に支障がない程度に注ぎ込む。
これで僅かながらでも揺らめきを抑えることができる。
――見つけた……!
網の目が粗く、私の通ることのできる部分。
急いで《龍纏・翼》を発動。最大限に加速。そこから包囲を抜け出す。
龍纏は倒した龍の力を竜力を通して使うもの。竜力の消費が大きく、そう多くは使えない。
《龍纏・翼》は、竜力を消費した量に比例して動きが素早くなる。
これは、常時使っているよりも、必要な時に瞬発的に使った方が効果的なはずだ。
揺らめきが一つに集まり、かたまった。普通なら、複雑に絡まっているとも思いもするが、それはすんなりと解け、寄り集まり、その龍の翼となる。
――そして、揺らめきが収まった。
私に対して、姿を隠しているのが無駄だと判断したからか。
その龍が初めて姿を現わす。
透き通った白い皮膚は、静脈が透けて見える。体躯は細長いと表現できるが、それは相対的に見ているからだ。
胴体は私の来た通路では収まりきらないくらいに太い。
もちろん、それを細長いと言えるのだから、全長に関しては計り知れないものである。
ただ、その全長が私には分からない。
この龍は、身体の大半を洞窟の中に隠しているようにみえる。だから隠れて、全体像がはっきりと分からない。
私の目の前に表れているのは一部分なのか。この洞窟を殻にしているのかのように思える。この大地を殻にしているかのように思える。
私をその龍の目がギロリと睨んだ。
どこまでも深く、まるで世界の深淵を覗いているかのような黒だ。
そこには、燃え上がらんばかりの闘志と、雑じり気のない殺意が湖面のように映し出されている。
私の通算四度目になる龍との闘い。それはこうして始まった。
***
いやあ。
平和な一日を過ごした。
もう、この世界に生まれてから、これ以上ないってくらい平和だったよ。
お勉強が終わった後、私はご飯食べて、お風呂に入れられたあとで、今はベッドに寝てる。
お風呂は……うん。白い人が私のお世話全部をして、いろいろやばかったよ。やばかったけど、頑張った。大丈夫だった。
ちなみに、サボテンは脱衣所に置かれた。
そしてその白い人だが、隣にはいないよ。
私をベッドに連れてきたあと、一撫でして、部屋から出てった。
何してんだろうねえ。私の知らないところで。
うん、でも私。ベッドから出られない。
強制スリープモードのみたいな状態です。これは白い人になんかされたっぽい。
気づけよ私。
気づかないよ私。
白い人、何やってんだろうなあ。
元旦おまけ。
倒された龍たち。
――甲龍
とにかく硬い。もう叩いても、切っても、突いても効かない。
防御なんて関係なくやられる。憐れ。
――鱗龍
魔力の攻撃が効かない。鱗に触れるともう魔力の攻撃がなかったことになる。
魔力なんて関係なくやられる。憐れ。
――獣龍
ムカデ剣が刺さった。罪科系スキル【虚飾】も刺さった。
登場しそうでしなかった。憐れ。
――翼龍
なんか速い。めっちゃ飛べる。ウザいくらい攻撃を避ける。
回避不可な弾幕だった。紙だった。憐れ。
――屍龍
誰しもが思わず口をつぐむ。そして上のやつに見習って欲しいほどのしぶとさ。
限界ってあるんだね。憐れ。
ハッピーニューイヤー!!
今年もよろしくお願いします。