曲折する
私は眺めている。
花屋の棚の上に乗せられた植物を。
そう、植物。
花はまだ咲いていない。
だからただの植物だ。
私が見つめるのはただ一点。
それを何故だか興味津々とばかりに、頬を上気させながら観察しているのだ。
私が気にしている理由。
それは簡単だ。
その植物には湿気に強いと書いてあったのだ。
見た目サボテンなのに。
これは意味がわからないではないか。
サボテンてあの形だからこそ乾燥に強いんだ。
そうすれば、おのずと湿気に弱くなっていくはず。
それなのに何故この形のまま湿気に強くなろうとしたんだ?
だいたい、湿気の多い場所に行ってサボテンが何をしようというのだ。
ほかのその地で理にかなった姿をした優占種がいるというのに。
いや、これはサボテンにしては湿気に強くということなのだろうか。
でもこれは、湿気に強いという文字だけでは推し測ることができない。
「むむー」
「どうしたの?」
私が呻き声をあげるとすぐに白い人が問いかけてきてくれる。
だけど珍しく、考えている私の耳にはその声が入ってこなかった。
「クリ、ミラ、リアシ……ス?」
白い人は言いずらそうにサボテンの品種名を口に出した。
そんなに言いづらいかな?
私はそこで始めて白い人が話しかけてきていたことに気がついた。
「ふしぎー……?」
「確かに変な形してるよね」
私は白い人にこのサボテンについてを伝えようとする。
違う。そうじゃない。
伝わってはくれなかったよ。
私は不満の表情をする。
すると、白い人はよく分からずに、頭にハテナマークを浮かべながら首をかしげる。
「えっと……これ、欲しい?」
白い人は私へと購入の是非を問いかけてきた。
悩む私。
こんなの、いらないと言えばいらないが、気になってしまって仕方がない。
さあ、どうする私。
私はコクリと頷くことでこのサボテンが欲しいという意を示した。
正直、全くもって必要性が皆無だとはおもうのだが、まあ、そこらへんは大目に見てほしい。
白い人がお会計をしに行った。
白い人は部屋に飾るためか何かは知らないが、切り花を買おうとしている。
このタイミング。
自然な形で、白い人と私の手が離れる。
私は全力で走り出した。
「え、ちょっと、待ってぇ!?」
白い人の声が離れていく。
今は無視することにしよう。
白い人は慌てすぎてお会計が上手くできていない。
その間だけ私が自由に動けるのだ。
ある程度の距離が開いた。
私はここで、自然と少し寂しいような表情になってしまう。
短い間ではあるが、白い人が私に与えた影響は多大だということなのだろうか。
私は適当に進んで、裏路地みたいな場所にでも入る。
私をつけている反応もあることだし、ここまでくれば現れてくれるかな?
「はへ?」
裏路地に入った私、疑問の声を浮かべてみている。
さらにキョロキョロとして挙動不審を装ってみせている。
そしてそして、じんわりと目に涙をも浮かばせる。フード被ってるから意味ないかもしれんが。
迷った演出だ。
ここまですれば出てくるんじゃないか?
私の予想はあたる。
「お嬢ちゃん、迷子かい?」
親切な人を装った男が私の目の前に現れた。
私はフードをかぶっているぞ?
なぜお嬢ちゃんだとわかるんだ。
男が私へと近づいてくる。
グスンと頑張って泣き止もうとした感じで、上目遣いに男の人を見つめる。
この距離ならフードを被っていても顔くらい見えるだろう。
「付いてきてくれれば、あのお姉さんのところに連れて行ってあげるよ?」
男はそんなことを言いながら、私へと手を差し伸べて来た。
あくまでも紳士的にふるまっている。
表情からは下心などが一切感じ取れない。
思ったより私って、そんな綺麗でもないんかな?
私は大きく頷いて、ニッコリと笑顔を作る。
そしたら、男の人は顔を逸らしてみせた。
なんだ? 私情は挟んじゃいけないのかな。
とりあえず、効果覿面だったわけだ。
茶番は終わりだ。
さっさと手を取って終わらせよう。
私は男の人へと手を伸ばした、ちょうどその時だった――。
「おやおやー? 女児誘拐とは、感心しませんねぇ」
聞き覚えのない女の声が、この薄暗い路地あたり一帯に響き渡った。
「だ、だれだ!?」
誘拐未遂が声を大にして叫ぶ。
もう少しで上手くいきそうだったのに、邪魔をされた気分なのだろう。
無論、それは私も同じだ。
「ここは、名乗るほどの者ではない、とでも言っておけばいいんでしょうかねぇ」
姿を現したのは白衣の女性。
茶髪であり、目の下には濃いクマができている。
その表情は無表情と言うのが相応しいだろうか。
ここまで一貫して、この女性。抑揚の全くない声で喋っている。
返答の内容も踏まえて、掴みどころのない。そんな印象を受けてしまう。
「誘拐とは、酷い言いがかりだと思うのですが?」
あ、男が立て直した。
さっき取り乱したけどなあ。
しかも敬語だ。
人に合わせて喋り方を変えられる人なのか。
確かに私に対して紳士的にふるまっていた。
まだ、誘拐だって証拠は何にもない。
いくらでも言い逃れは可能だってわけか。
「そうですかー。それはどうも親切にー。では帰りましょうか。光穂ちゃん」
――えっ……!?
彼女の名前を呼ばれたことで、衝撃を受けたように驚いてしまった。
ついでに、私を攫おうとした男も驚いている。
私の保護者は白い人だと思っていたからだろう。
私の反応は早い。
男の手を掴むと【搾取】を発動。
男は瞬く間に吸い取られて死んだ。
人間、弱っ!?
『空間把握』で周囲の反応を確認。
少し気にしていなかった内に、私をつけていた反応が全部なくなっている。
こいつのせいか?
白い人は……駄目だ、周囲の反応に紛れてよくわからない。
となると私は孤立しているわけか。
そしてこの女性、少し厄介。そんな気がしてならない。
「おやー? 私の言うことをきいてくれないんですかー? お姉さん、悲しんじゃいますよー?」
そんなことを言いながらも全く悲しそうではない女性。
ゆっくりと私に近づいてくる。
私は大剣を手に出現させた。
あのムカデ剣。
龍特効みたいな効果だから、この女性には効果ないだろうけど。
私は女性に向けて一振り、あっさりと躱されてしまった。
「あはっ。私に武器を向けてくるとは。えーと、ほう。これは興味深い」
なにやら呟いているが私は気にしない。
この女性はおそらく、彼女の敵。
ならば私は、問答無用にこいつを倒さなくてはいけない。