狂気渦巻く
あなたは本当に一話前を読みましたか?
なぜ私がここまで自分を責めたか。
それは一重に、私の目の前に現れたこの子のせいだ。
いや、これでは責任を押しつけてしまうようだ。
正確に言い直すことにしようか。
全て、私が悪い。
考えると、結局はこういう帰結に導かれてしまうことになる。
ならば、描写をしよう。
余すことなく。
見落としがなくなるほど。
忘れることができないくらい。
後悔のないように――。
現れたものは、人間だった。
なぜ人間がここにいるか、私にはわからない。
だが、それも私には重要なことではなかった。
現れたものは、子どもだった。
背は低く、顔もまだ幼い。
誰がどう見たって、大人という範疇には達することができていない。
だが、これも私の関心に留まることはなかった。
現れたものは、女だった。
線は細く、顔つきもまさに少女のそれであり、なんでこんな場所にいるのかと問い質したくなるほどだ。
だが、これでも私から注目を得ることはできなかった。
現れたものは、大剣を引き摺っていた。
先に私はこの子を少女だと言った。
けれど彼女は、身長に不釣り合いなほどの大きな剣を持っていたのだ。
どう見ようとミスマッチで、扱えるとは到底、思えはしない。
だが、それでも私では意識は別の場所に向けられてしまう。
現れたものは、私が既視感を持つ者だった。
そうこれこそが、私にとって最も重く要を得たことであり、関わりが心に残ったことでもあり、注ぐべき目があることでもあって、意を決して識らなくてはいけないことでもある。
私がこの世界で人間を見たのは一回だけ。
それもかなり遠くから。
個人が判別できるわけもないし、そこで見た人物に既視感なんかあるわけがない。
じゃあこの少女は誰なのか?
そんなのは訊かれなくても判ることだ。
あれは、私の中で最も印象に残ってしまった最悪の事件。
無論、この世界のことではないさ。
そう、私が死ぬきっかけにもなった、交通事故。
今、私の目の前には、あの時、何があっても忘れないと思った人物が。
道路にいきなり飛び出した自殺未遂の少女が居たのだ。
――一体何故?
私は思う。
私は死んだ。死んだからこそ魂だけになり、こちらに来たのではないのか。
そう、魂になったからこそ、こちらに来れたのではないか。
――それは違うのか?
私は考える。
あの周囲にいた者がこちら側に来てしまったのだろうか。
私が死んだ瞬間にその周辺がこちらの世界に送られた。
死んだ私は魂だけ、生き延びた彼女は魂と肉体がそのまま。
――肉体がそのまま?
私は疑う。
そもそもなんで、私は彼女を助けられた前提で話を進めているんだ。
この世界にはスキルなんてものがあるんだ。それで前世の姿をとっている可能性だってあるはずだ。
なにか確かめる方法。
確かめる方法はないのか?
そうだ――!
〈ステータス〉
人間Lv:99
水無 光穂
ENE:205/214
STA:050/226
良かった……。
人間のままだ。
私は少し救われた気分になる。
この子が私みたいな思いをしなくて済んで本当に良かった。
名前も私の前世の、私の国の文字だ。無理やりカタカタで発音を合わせたものなんかじゃない。
この子は転生をせずにこの世界に来たと考えていいだろう。
ここから私はどうすればいい?
そうだな。
死んだフリを使えばいいか。
私は『不死身』なんてスキルを持っているんだ。
このまま負けたって死ぬわけじゃないんだから、この子との戦いは負けることにしようか。
それがいい。
この子を倒すなんて私には考えられない。
誰が何と言おうと、私はこの子を殺すことはできないんだ――
〔目を逸らしちゃ、駄目じゃないか〕
――なっ!?
頭の中で声が響いた。
誰の声だ?
私を嘲笑っているかのような声。
ちょうど、レベルアップや、龍種権限のときと同じように響いてくる。
くそっ!!
わかってるよぉお!
私はわかってる。
この声が、誰の声とかは今はどうだっていい。
この声が言わんとすることは私が十分に予想がつく。理解している。
だけど、やりたくない。
ああ、やったらもう後戻りできない。
もう、やめておきたいんだ。
でも、やらなければならないんだよおっ!!
私は、スキル『判別分析』に竜力をそそぐ。
ありったけをそそいで、ようやくだろう。
そう、どうなるか?
そんなのは決まっているーー
〈ステータス〉
人間Lv:99
水無 光穂
ENE:205/214
STA:050/226
SAN:000/201
ーー見られる値が一つ増えるだけだ。
たった一つ。
そう、本当にたった一つだ。
けれども、この増えてしまったたった一つで、私は絶望のどん底につき落とされることは間違いないんだ。
もう、救いようがない。
だって……レベルへと視線を移すと。
――九十九だ。
狼ちゃんは、もう随分と前からレベルが九十九で止まっていたらしい。
どうやったって上がらない。
つまり、いつの日か私のスタミナが回復したような方法さえ使えないってことだよ。
もうこの子には正気が戻って来ないってことだ。
種族が変われば或いは……。
いいや、駄目だ。
果たして、彼女は自身が人間ではなくなったことに耐えられるだろうか?
それ以前に、人間に上位の種族があるなんて思えない。
こうだってことはなんとなく想像はついていたさ!
だけど……認めたくなんかなかったんだ。
だから、見なかった。
だから、目を逸らそうとして気がつこうともなかったんだ。
だから、わからないフリをしようとしてたんだ。
私はどうすればいいんだよ!!
ふふ、そうだな。
どうすればいいかなんて決まっていた。
いいさ。他の誰でもない。わたしがやってやる。
そうさ、誰よりも私が。何よりも私が。
適任なんじゃないか?
だったら、そうだ。
私が――
介錯してやる。
引導を渡してやる。
とどめを刺してやる。
冥土に送ってやる。
――絶対に、殺してやる。
覚悟はできたか?
私はできた。
生憎、そちらの覚悟は私には大して関係ないんだ。
私は黒いドロドロの幾分かを切り離し、地面に落とした。
相手の目を見る。
なんの感情も捉えられない死んだような目をしている。否、本当に死んでいるんだ。
きっと、その目には二度と感情が灯らないんだろう。
彼女が動いた。
その体格に見合わない大剣を軽々と振るい、私を叩き切ろうとしてくるんだ。
こうして、この一戦は始まった。