私に詰みはない
う、うん?
なんか身体が動きづらい。
ラグってるような感じがする。
なんでだろうなあ。
あれ? まさか!?
私に向けて『判別分析』を使う。
〈ステータス〉
妖王Lv:1
ハイジャック・フェイスライム
ENE:2/2
STA:3/3
なんか名前に付け足されてるし!
スライムはクラスアップした! そんなこと言っている場合じゃないっ。
これは完全にまずい。
どうにかしなければいけない。
じゃないと私が乗っ取られることになるかもしれない。
というか、もしかしなくても、こいつが私から経験値的なものを奪っていたのか。
これでほとんど確定したと考えていいだろう。
私の馬鹿!
なんで安直にレベルを上げようなんて思ったんだ。
はっ!? もしや、この黒いドロドロに思考が誘導されていた?
そうだ、きっとそうに違いない。
くそっ、恐ろしいやつめ。
どうする? どうすればいい?
とにかく『寄生体追放』に注ぎ込む竜力を増やす。
こうなれば、なりふりかまっていられない。
さらに【搾取】を使おうとする。
最初はなんか、こっちが吸うより早く吸われていたが、熟練をした今ならいける気がする。
さあ、体内に向けて【搾取】!
……あれ?
発動しない。おかしいなあ。
よし、ならもう一回だ。
【搾取】発動……しない。
なんでだ?
私に触れていれば発動はするはずだよな。
おかしすぎる。
身体を動かしてみようとするが、やはり神経の伝達が遅れているように若干の時間を置いてからしか動いてくれない。
そんな状況に、私は焦りを感じることしかできない。
〔スキル『融合吸収』による侵食が確認されました。龍種権限による抵抗を開始します〕
な、なんだと……?
本格的にヤバくないか?
いま私にできることは……。
とりあえず、頑張ってくれ龍種権限。
龍種権限があるなら大丈夫……駄目だ、信じられん。
今までの実績を鑑みるに、こいつの活躍を期待しては駄目だ。
希望を持たせては潰す龍種権限。
まんまと干渉されてしまう龍種権限。
ことごとく私の期待を裏切ってきた龍種権限。
私は私自身の力でなんとかしなくては……。
どうすればいい?
この体内にいるドロドロが私を取り込もうとしている事実。
ならば、物理的に摘出する?
私の傷口から、血液のかわりに黒い液体が流れてきた。
これでは、あの黒いドロドロがかなり根深く私に巣食っていると受け取れてしまう。
最悪、いま巡っている黒い液体を全て排出。つまりは一滴残らず血抜きしなくてはならないかもしれない。
非常にまずい。
もう手遅れかもしれないか……。
あの黒いドロドロが潜んでいるのは血管の中だけとは限らないわけだ。
自主的に退去してもらうことができればありがたい。
というよりも、私にはそれ以外で解決に導けるような方法がないんだ。
竜力の最大出力。
ほぼ全ての力を今の一瞬に込める。
私なりの悪あがき。
竜力によって強化された『寄生体追放』。
これでかなりの嫌がらせにはなっているはずだ。
同時に、私にも言葉にならないほどの痛みという感覚を叩き込まれる。
気をしっかりと持つ。
くっ、腹が立つじゃないか。
本当に、馬鹿らしいことをしてる。
はは……全部わかったよ。
これは龍種権限に委ねるしかないっぽい。
でも、それしか方法がないわけじゃない。
ある意味、この方法は私自身を信じること。
いや、ある意味では私自身ではないか。
なんだろう。今の私は、私という定義がわからなくなってきている。
龍に転生する前の私と龍に転生した後の私。
これは果たして同一の存在と言っていいのだろうか。
そんなこと考えたってどうにもならない。
私は私、たとえなんであれ、それは変わらない。
姿形が変わろうが、思考に干渉されようが、それは変わらないんだ。
そうだなあ……強いて言えば、龍である私を信じるべきだろうか。
ふふ、私のプライドがやけに高いのは昔からな気がする。
昔から努力もしないくせにプライドだけは高かった気がする。
だけれど、こんな意味のわからない感じに高かったわけじゃないと思う。
だとすれば、だ。
この変な方向に高いプライド。
これは、龍特有なものだと考えていいのではないのだろうか?
ある意味、これは龍種権限を信じるということに近いかもしれない。
だとしても、私としては今の私であることから、実績のほとんどないものよりは、こちらの方が信じられる。
だから私はひたすら待つ。
精一杯の歓迎をしてやろうではないか。
そのときが楽しみだ。
私にはもう待つことしかできない。
それでも、非常に不本意ながら、私には乗っ取られない自身があった。
だって私が吸収されるような真似、龍種権限に干渉してきたやつが許すはずない。
ここまでくれば、私が何を待っているかくらいわかるはずだ。
龍種権限が抵抗を頑張ってくれているのか、まだ私は私自身で思考でき、私自身で身体を動かせる。
もっとも身体は、動かしにくいことこの上ないが。
はあ、私は私が情けなくなってくる。
平氏のやつを倒したことで得られるはずの経験値的なものも、黒いドロドロに持って行かれたと考えていいのか……。
あそこでレベルが上がらないなんて普通はあり得ないことのはずだ。
きっとあれで、黒いドロドロのレベルが大幅に上がったのだろう。
思えば、黒いドロドロが入ってきてから、レベルの上がりが如実に悪くなった。
なぜ気がつかなかった私。
だいたい予想はつく。
なんか黒いドロドロが入ってきてから、私は少しおかしくなった。
けっこう思考誘導みたいなものは厄介だったわけだ。
今はそんなことはない。
私の思考は至ってクリア。
私の全ポテンシャルを発揮できるくらいに。ベストコンディションと言ってもいいくらいに。
黒いドロドロは、冥途の土産に教えてやろうみたいな気分だろうか?
だから、これから起こることの可能性。
完全とはいかないが、理解できている。
私が完全勝利となる割合は、悔しいが、半分にも満たない。
水中が、ゆらぎ、ゆられ、ゆらめく。
遂に来たか。
さて、ようやく、賽は転がる。投げられたのは、どのくらい前のことだろうか。
私は身を委ねるのみ?
いや、折角だから、足掻くだけ足掻いてみせる。出目が決まるそのときまでは。
後から後悔したって遅い!
ふふ、これはおかしい表現だった。
さて、私は向き合おう。
昨日の敵は、今日の友、なんて言いはしない。敵は敵だ。
それでも、それだから。最大限に利用させてもらう。
姿を顕したのは、紛れもない龍。
龍以外の何者でもない。
鱗を纏った、龍らしい龍。
その龍は、突然として、突如なようで、忽如でもあり、忽然と、そしてやはり突然に、私の目の前で現れたのだ。
その龍は私を見るや否や、極光を放ってくる。
今までで、最大の一撃なのだろう。
この距離だと、さすがに私は反応できない。しかし、その必要もない。
私はその攻撃を躱すことも、減衰させることもなく、まともに受けた。
次回、期待しないで待っていてください。