泳ぐ練習だ
ジャーンプ!!
バサッ。
ジタバタ……ドサッ。
私は必死に泳ごうとしている。
海底を蹴って、翼を広げて、脚を使ってもがいてみるんだが、すぐにまた海底に落ちてしまう。
ぐぐ……っ。
なんで泳げない?
前世の私だって二十五メートルくらいなら泳げたはずだ……すごく遅かったけど。
今はどうよ?
海底を蹴ったって浮かんだりしない。普通にジャンプした感じだ。
実際には水の抵抗で、普通に跳んだよりは進まないけど。
私には浮力があまり働いていないようで、海底を歩くことができる。
頑張れば走ることだってできる。
だけど陸上よりは圧倒的に遅い。なによりも速さが足りない。
泳げたら早いかな? って、思ったから、こんなことをしているんだが、一向に泳げる気配がない。
なんということ、これは由々しき事態だ。
今はどうにか、翼を泳ぎに上手く使えないかと思っている。
空を飛ぶような感じで泳げないかな?
少なくとも、空を飛ぶよりは簡単だと思うんだけど。
何度やったって成功しない。
私の翼は完全に飾りだった。
私の今の夢は空を飛ぶこと……。
落ちるんじゃない! 自分自身の力で飛び立つんだ!!
なんか夢が追加されることになった。
今度こそ上手くやってやる。
そうだ、負けっぱなしは私の流儀に反するんだ。いつからそんな流儀かかげてるか知らないけど。
今度は全力で走って跳ぶ。
翼を広げる、そしてバサバサ羽ばたく。
前に進めるように脚をバタバタ動かす。
お? なんかいい感じに沈まない。
前に進めているぞ!?
やった、やったあ。
目指せ二十五メートル超え!
しばらく進んだあと、少しの達成感を持ちながら私は地面についた。
もうなんか一歩も動きたくない。
泳ぐのってすごく疲れる。
それに、そんなには速くなかったし。私が悪いのかもしれないがね。
ともかく割りに合わない気がする。
もうなんにもやりたくないや。
決めた。今日はずっとここにいる。
泳ぎの練習はまた明日だ。
疲れたせいでやる気を失ってしまった。仕方ない。
海底でうずくまる。
疲れがとれるまで一休みしよう。
魚たちが寄ってくるのが『空間把握』を通してわかる。
それでも私と一定の距離を保ってそれ以上近づこうとしない。
これが本能レベルの野次馬精神というやつか。
こいつら魚だけど。
ああ、苛つく。
ちょっと目を開ける。
そしたら魚たちが一瞬で解散した。
もう遅いっ。
【搾取】を使って一体づつ倒していく。
こいつらみんな死んでしまえ。
私は見世物なんかじゃないんだ。
魚たちは全滅した。
うん? なんか最近、沸点が低くなったような気がするなあ。
というか、私の性格が龍になってから大幅に改変された気がする。
まあ、いいか。
【搾取】を使ったおかげか、少し疲れるがとれた気がする。
【搾取】万能すぎる。
ぜひ【苛虐】にもこの【搾取】の万能さを見習ってほしいものだ。
それはともかく。
もう休憩なんかしなくていいような気分になる。
じゃあ、もう一回泳ぐ練習かな。
取っ掛かりはつかめたはず。
次はもう少し効率よく泳いでみよう。
全力で助走をつける。
この助走があって初めて泳げる気がする。
足が海底から離れる。
あ、そういえば尻尾動かしてなかったんだ。
うーん、どうしても私の中で尻尾の存在感が薄れてしまっている。
上下に動かす感じで推進力を生み出す。生み出せてるはず……。
これはいい感じじゃないか?
速度もさっきよりは速い。
それでもまだ走った方が速いか。
せっかく泳げるようになったんだ。
どうせなら浮上してみようか。
ちょっと頑張って上を目指す。
いける、いける。
え、あっ。まずい!
少し上昇したときだ。
私は全身に水流を受ける。
水流に身を任されるまま、流されることになる。
あ、駄目だ。なんか岸から離れていく。
全力で流れと反対の方向へ泳ごうとする。
それでも問答無用とばかりに流されていくのだ。
〔条件を満たしました。スキル『水中遊泳』を取得します〕
スキルが取得されたことがわかる。
泳ぎに関するスキルだろう。
この一瞬で私の泳ぎが少し上手くなった気がする。
そうだとしても、水流より速く泳げるようになったわけではない。
しょせんは大海の一滴というわけだ。
少し時間が稼げるだけ。
流されていくという事実は変わらない。
流され終わる前に私の体力が尽きそうになる。
泳ぐのはやっぱり疲れる。
だとしても、それが無駄だとわかっていても、しょうもないことかもしれなくても、私は最後まで足掻く。
というわけで、そこらへんのお魚さんは犠牲になったのだ。
疲労を回復させた私は流れに逆らってまた泳ぐ。
それでも私は流されるだけだ。
どんどん、どんどん、流されていく。
景色が目まぐるしく変わっていく。
どのくらい闘っただろう。
ついに終着点までたどりついた。
か、海底が見えない!?
泳いで移動しようとするが、疲労のせいで思うように動けない。
周囲の生き物たちを探すが、プランクトンくらいしか見つからない。
私の周りのプランクトンは、小さすぎて姿がはっきりとわからないため【搾取】が使えないようだ。
小さすぎると使えないなんて……思わぬ弱点を見つけてしまった。
触ってしまえば使えるのだが、それは微々たるものだ。
こうして沈むしかない。
なんか、冷静に考えてみれば馬鹿みたいだったかなあ?
思い出してみれば、犠牲になったやつらは普通に泳いでた気がする。
あれって、流れに逆らわずに斜めに泳いだら脱出できるやつだったかもしれない。
でも、今の私が正直にそんなことやっただろうか? いや……や、やらない気がする。
実はかすかにそんな気はしていた。
でも、気づかないふりをしていただけだ。
私はどうしようもないやつだ。
こんなやつ、普通は長生きができない。
所詮は『不死身』という得体の知れないものに生かされているだけなのかもしれない。
スキルって、なんなのか。
私の認識では、物理現象に反する便利なものというだけだ。
今はそのくらいで足りるだろう。
海の色が深く、暗くなっていく。
気分が沈むには充分すぎた。
少し体が圧迫されているような気になってくる。
水圧かなにかなんだろう。
ええと、少し試してみたいことがあったんだ。
《龍纏・甲》を起動。
すると竜力がものすごい勢いで減る。
そこで私は使用されている竜力の出力てきなものを抑えて勢いを減らそうと試みる。
頑張れ私。私なら出来る。
おお! これは案外簡単にできた。
これなら回復量も間に合う。
これを常時展開でいこう。
そして水圧のようなものが少し楽になった気がする。……楽になった……よな……?
深く沈むにあたって、不安は残る。
良い子でも悪い子でも決して主人公の真似をしてはいけません。