気がつけば龍だった
自分の身体の可動範囲を確認する。
硬そうな卵の殻だったから、爬虫類、もしくは鳥類だろうとあたりをつける。
さあ、動け!
脳から神経伝達がなされ、前脚、後脚が動く。尻尾が動く。そして翼も動いた。
ん? 翼!?
驚きだ。私の知っている翼のある脊椎動物は、前脚に相当する部分が翼に進化したものくらいしかいない。
となると、やはりここは私の住んでいた世界とは違うのか。
それにしても、こんな小さな翼で飛べるのだろうか?
試しに、はためかせてみる。
浮かない…….。その兆候さえない。
浮力が僅かでも発生している気さえ起こらない。
結論。
私は飛べない。
いや、まだ子どものはず。希望を捨てるには早いんだ。
実際の話、飛べない翼は邪魔なだけだ。普段はたたんでおこう。
まあ、こういうわけで異世界だということは確定したわけだが、もしかしたら、あれもあるのだろうか――
〈ステータス〉
龍種Lv:1
アンデットドラゴン
ENE:4/4
STA:6/6
SAN:087/123
MAG:2/2
DRA:19/19
KAR:050/100
〈スキル〉
『不死身』『魂魄攻撃無効』
視界の端に文字が浮かんできた。私の読める言語でだ。
その文字たちには、流石の私でも驚きを隠せなかった。
よし、覚悟を決めて一から突っ込んでいこう。上から順にだ。
他の値に比べて、SAN値が高すぎではないだろうか?
しかも三分の一くらい減ってるし。
私の知っているゲームだと、SAN値ってなかなか回復しないものだったような気がする。
大丈夫だろうか。
そしてなんだ?
KARとDRA。
少なくとも、私の知っているゲームで、そんな値を使うものはなかったはずだ。
最後はスキル。
『不死身』と『魂魄攻撃無効』って、ほとんど倒す方法がないじゃないか。
私ってすごく強くない?
魂魄って、確か精神とたましいって意味だったから、廃人にもならない?
いや、まてよ。
それじゃあ、SAN値が減っている理由って……。
まあ、効果についてはそれに関する攻撃を受ければ分かるはずだ。
できれば攻撃なんてされたくないが……。
それにしても、アンデットドラゴンか。
ここで言うアンデットとは、ただ単に死なないという意味なのだろう。
リビングデットみたいな感じでアンデットと使っているのではないはずだ。
きっと。たぶん。おそらく。
いいや、そういえば、私も一度死んだんだ。
そういった意味ではあながち間違っていないのかもしれない。
気を取り直ししていこう。
スキルによれば『不死身』な私だが、これを信用していいのだろうか?
むしろ、このスキルというのだって、なにか魔力的な値を消費しないと発動しない可能性だってある。
ステータスの値。私の予想では、左上からエネルギー、スタミナ、サニティー、マジックだ。
あと二つはさっきの通りよくわからない。
エネルギー、というのは曖昧な気もするが、これがなくなったら死ぬということでいいのだろう。
あとはスタミナ。
これがなくなったら動けなくなるだけか。もしくは死ぬ可能性もある。
疲れる切るまでの量か。あるいは、餓死するまでの体力かだ。
私の読んだことのある漫画では、不死身なのに餓死をするという設定のキャラクターがいた気がする。
この値には一番気をつけておきたい。
サニティーは、言わずと知れた、正気度的なものだろう。なくなったら発狂コースであっているよな?
さて、次はマジックだが、これは魔力と言えばいいのか。
魔力といえば、なくなったら気絶か。いや、なくなったら死んでしまうゲームもあった。
こうなると、『不死身』が肉体的なもの限定だったら、過信はできない。
いや、マジックを消費して発動。みたいな感じになって、マジックがなくなったので死にましたとか起こるかもしれないが……。
現実はそう甘くはないエンドだ。
なにがどうあれ、当面の目標は決まっている。
私は周囲を見渡した。
うん。なにもない。
三百六十度どの方向でも地平線が見える。
植物一つない荒野だ。
まずは食べ物を探そう。
そうしないとやはり、死んでしまう可能性があるのだ。
水はどうだろう?
やはり喉は渇くものだろうか。
というか、私の親はなにを考えて卵をこんななにもないところに産んだのだろうか。
どこの世界でもロクでもない親はいるというわけだ。
この考えも、龍なんてこんなものだと言われてしまったら、もともこもないのだが。
一歩一歩、動作を確認するように歩き出す。
流石は野生動物と言うべきか、産まれて間もないというのに、もう歩き出すことができた。
四足歩行でゆっくりと、だ。
走ったりして転んだら悲しいし、体力はなるべく温存しておきたい。
歩きながら、改めて自分の種族について考えてみる。
龍、というのはやはり強いのだろうか?
フィクションでは、かなりの強さを発揮していた憶えがある。
そういえば、この世界。
人間っているのだろうか?
うーむ。
まあ、いたらいたでどうとでもなるだろう。私のやる事は変わらない。
討伐されて素材になる未来は……考えたくないな。
私のやる事。それはまず、生きることだ。
それからどうするか。
強くなろう。簡単に倒されないくらいには。
攻撃力とか、そういうのは表示されていなかったが、ステータスにはレベルがあった。
これを上げれば強くなれるのだろうか。
そうすれば、強くなるのも意外と簡単かもしれない。
手当たり次第に自分より弱そうな生き物を殺せばいいだけだからだ。
ん? 生態系が崩壊する?
知らんな。
私は自分本位な人間なんだ。
自分がよければ人はどうでもいい。
まあ、もう人間ではないのだがね。
人でなしが人ではなくなったというわけだ。
ああ、それにしても、荒野はいつまでも続くのだろう。
景色が全くと言っていいほど変わらない。
本当に私の親はなにを考えていたんだ、全く。
いい加減、歩くのも疲れてきた。
肉体的にではなく、主に精神的に。
よく考えれば私は生まれたてなのだ。なのに休まず歩いている。
目印のないこの荒野。
真っ直ぐに歩いているつもりだが、もしかしたら、知らないうちにどちらかに曲がっているのかもしれない。
気がついたら一周してたなんて、嫌すぎる。
ただただ無心。
もう歩く事しか考えない。
ひたすらに歩みを進める。
どのくらい歩いただろうか?
日はもう傾き、空を赤く染めている。
雲一つない空。限りなく広がる荒野の夕焼けは美しいことには美しかったが。
私にはそんなのを鑑賞している暇はなかった。
というか、そのくらい心がすさんでいた。
だってそうだ。今まで生き物一匹みることもなかった。
虫一匹さえもだ。
このままじゃ餓死だ。
私がどうしようもない焦燥感にみまわれていたときだ。
現実逃避をしてふと空を見上げる。
鳥なんかも飛んでない。
だけどなんだ?
空に一つの影が浮かぶ。
それ徐々に大きくなっていき、私の上空を通過しようとした。
そのまま通過してほしかった。
だが、現実は非情だ。
何かに気がついたのか、そいつは高度を下げて私の目の前に降り立った。