警戒は必須だった
一体の敵の目の前に辿り着いた。
私はかなりヤケになり気味である。
理由はなぜか?
だって【加虐】が全然発動してくれないんだもん。
何だろう。どうすればいい。
【加虐】だから、なんかいたぶりそうなスキルだ。いたぶればいいのだろうか?
そう思ってはいるのだが、これは私のさがで、つい殺してしまうのだ。いたぶっても何も楽しくない。
むしろ殺した方が……いや、なんかこれ以上は駄目な気がする。
そして今回の敵、角が生えた感じの虫。少なくとも私はそう思った。
だけど違うみたいだ。
〈ステータス〉
下級竜Lv:32
ビートルドラゴン
ENE:123/123
STA:097/115
下級竜らしい。
どっからどう見ても虫なのに……。
もうちょっと、平氏のやつを見習ってほしい。あいつは虫な感じとドラゴンな感じが両方するんだ。
ていうか、御館様って、上位竜だったはずだよな? なのに下級って……。
それとこれの間に何があったというんだ。
まあ、今回の敵。油断はできない。
ステータス的に見たら、ほとんど互角。むしろ、私が劣っている。
まあ、龍種のアドバンテージはスキルにあると思うんだ。
だから負けることはないと思う。
最悪、遠距離で【搾取】を使えばなんとかなるはずだ。
虫が私に突っ込んできた。先手必勝とばかりにだ。
無論、私は避けるのだ。
なるべく攻撃は受けないようにした方がいいのだろう。
この虫も、きっとなにかスキルを持っているはずだ。それに気をつけていこう。
私は尻尾でカウンターをしようとする。
しかし、あっさり避けられた。
というか、飛ぶんじゃない!
明らかに飛行が苦手そうなフォルムなのに、なんでそんなに巧みな感じで飛んでいるんだ!?
くっ、これではあちらから近づいてこない限り勝ち目がないではないか。
私は飛べないんだぞ? 翼があるのに……。
あれっ、飛行系統のスキルがあるのかなあ? だったら――
〔現在、スキル『空中浮遊』には龍種権限を使用できません〕
期待した私が馬鹿だった……。
私は飛べないようだ。翼の存在意義って一体……。
空中からの虫の奇襲。全力をもって迎撃しようとする。
今度は爪を使ってだ。
こうやってまともに戦うのは久しぶりな気がする。いつもは【搾取】のワンサイドゲームだったからだ。
衝突。虫の攻撃の直撃は避けた。直撃は避けたものの、右前足が痛い。
私の爪は攻撃に向いていないとでもいうのか!?
虫の方を確認すれば、エネルギーはある程度減っている。全くの無駄だったわけではないか。
ただ単純に、この虫が硬かっただけなのか。
虫が私から距離を取る。逃げるようなら【搾取】を使おうとも思ったが、そうではないようだ。
この虫が、何かをした。急激に平衡感覚を失い、立っているのもやっとになる。
隙を突かれて、角の一撃をもらった。それほどでもないが、無視できないほどのエネルギーが減る。
吹き飛ばされて、転がる。未だに戻らない平衡感覚で、立ち上がれない。私に何をしたというんだ?
『強制行動』はこの状態だと働いてくれないようだった。
もうなりふり構わず【搾取】を発動しようとするができない。平衡感覚を失ったことで、うまく視界が定まらないからだ。
くそっ、勝ち目がない。侮りすぎたか。
確かに竜ならばそれ相応の警戒はするべきだったかもしれない。最初から全力でいくべきだった。
今になっては遅いことだが。
何故か私は物凄く、悲惨な程に憂鬱だ。
虫の攻撃を受ける度に心に罅が入るよう。砕けて行くようだ。
如何してだ?
分からない。解らない。
何でこんな目に遭わなくちゃいけない?
何でこんなことになったんだ?
一層の事、死んでしまいたい。
でも……いま諦めることだけは許されないはずだ。私の矜持が許さない。
やられっぱなしだけは駄目だ。
私の知識が、この不可思議な干渉の正体を照らす。
おそらくこれは、音だ。
かなりあてずっぽうだが、平衡感覚、不安感を掻き立てるとかなら、私はそのくらいしか知らない。
ならば私に防ぐことは不可能?
確かにそうかもしれない。けれど、試せるだけ……試してみよう。
私は迷わずに【搾取】を発動した。
対象は、虫ではなく、この空間。
竜力を吸収する。
虫の表情は分からない。けれど、きっと驚いていることだろう。
私は平衡感覚を取り戻した。といっても、まだ少しフラついてしまっているが。
実際のところ、音だとか、そんなのは関係なかった。竜力が、空間に放たれている、私にはその事実だけで充分。対策はできたのだ。
私は感覚的に魔力や竜力の流れが理解できる。
これは吸収系のスキルを練習したおかげ。
ついさっき、竜力が流れていることに気がついたのだ。
それでも、生物以外から吸収できるなんて自分でも驚いた。もしかしたら、これこそがスキル【搾取】の真価かもしれない。
どうやら、竜力がなくても、音自体は続いているようだ。
竜力を使えば、スキルの強化ができるのだろうか? いいこと知っちゃった……っ。今度やってみよっ!
それでもこんな音。私なら精神力でねじ伏せることができる。
今度こそ、侮らずに虫めがけて【搾取】を使う。
勢いはそれほどないが、徐々に、確実に、虫からエネルギーを吸収する。
さて、この虫は本当にわけがわからないのであろう。いくらステータスに竜と書いてあっても、虫は虫か……?
ふふ、少し惜しかったな、でももう私の勝ちだ。
なら、し……あっ!?
止め! とも思ったが、今になって私の目的を思い出した。
いけない、いけない。【加虐】の性能実験にきたんだった。つい殺ってしまいそうになった。
急いで【搾取】を解除する。
もう虫の息な状態だった。元から虫だけど……。
そして、私に反撃するような気にはならないみたいだ。少し残念だ。
さあ、今なら【加虐】が発動できる。そんな気がする。
使い方。そんなものは教わっていない、教わっていないけれど、私が真っ先に思い浮かぶ使用方法。これで合っている気がする。
なら一つ、虫に大して「足掻け」と念じる。そうすると、虫は私に対して攻撃をしてきた。
私は虫を返り討ちにした。
気分がいい。
【搾取】と言い、【加虐】と言い、本当に良いスキルをもらったと思う。
むしゃくしゃしてた気も紛れた。
そんな私だったが、『空間把握』を怠っていたことに気がついた。あの平衡感覚を失ったときからだろう。
改めて発動した。
かなり焦った。
近くに、この洞窟のような場所で一番大きな反応があったのだ。
というか目の前だ。
あれ、やばい? 気づかれちゃったかな?
この主人公、本当にどこへ向かっているのか心配になってきた……。