糞沼の聖女の降臨
目の前は急斜面。
坂道がずっと続いている。
後どれだけあるんだか・・・。
思わず天辺を仰ぎ見たら、太陽光に目がやられた。
「あぁぁぁぁ、やってらんない。」
もう9月だってのに何でこんなに暑いんだか。
Tシャツは汗でベトベト。背中に張り付いて気持ち悪い。
残り少ないライフを回復するには、アイスという名のエリクサーが必要だが、問題なのはエリクサーを買いにコンビニに行く前に教会送りにされそうだという事だ。
全く、昨今の若者はだらしがない。実にゆとりだ。
ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン
まだ鳴いてるのか。
あぁ、五月蠅い。
そんなに騒がなくても聞こえてるっての。
どんだけ自己主張激しいんだか、全く、親の顔がみてみたいものだ。
まぁ、ほんと血は争えないものですわね。おたくのお子さん貴方の若い頃にそっくりですわよ。
ずっと引き籠ってたかと思えば、急に出てきて騒ぎ出すんですのよ。もう、びっくりしちゃって。ねぇ、あまりこんな事は言いたくないんですけど、噂になってますのよ。ちょっと気がふれたんじゃないかって。ほら、私はそんな事は思ってないんですけど・・、ねぇ?あなたのためを思って言いますけど、やっぱり、近所付き合いとか考えた方がいいと思いますの。これからの事を考えるとやっぱり・・・
これは、昨日私の母が言われていた言葉。
どうも私は気がふれて見えるらしい。
まぁ、当然だろう。突然叫び始めたり、全力疾走し始めたりする奴はおかしい。
しかも、最近まで引き籠りをしていた人間が外に出た矢先だ。
誰にも理解などされないだろう。
異常行動の原因は、ある日から突然知らない声が聞こえ始めた事にある。
耳元から、全身に鳥肌が立つような声が聞こえたのだ。
いや、本当なんだ。嘘じゃない。
初めて聞こえたのは周りに人間がいない、完全に一人でいる時だった。
それは、意味のある言葉の羅列じゃなかった。
だから、余計に怖かったというのもある。だけど、その時はまだ引き籠ってはいなかった。
声は徐々に大きくなっていった。そして、なんらかの気配も感じられるようになってきた。
こういうと変に聞こえるかもしれないが、視線を感じるといった方がいいのか。
やたらと強い視線だ。目からビームがでるとしたら、私の体は穴だらけだろう。
気配は必ず、私のすぐ側に現れる。
ベッドで寝ている私の背後とか。私が歩いている地面の下とか。
あきらかに物理的にありえないところから気配がするのだ。
何かいる!!気持ち悪い。もう無理!!絶対無理!!!
メンタルが人より強いと思っていたけれど、ダメだった。
それからが引き籠り生活だ。
だけど、家にいても逃げ場がなく、すぐに一ヶ所でじっとしていられなくなった。
外に出て、逃げ回る生活が始まった。
これでも、最初の頃は我慢していたんだ。一つの気配がしても我慢。2つの気配がしても我慢。
けれど、周りを囲まれそうになって限界がきた。
ムチャクチャ怖かった。思わず絶叫するくらい怖かった。(いや、声はだしていたかもしれないが・・・)
もう外聞なんて気にしてられない。我慢なんかしてやんない。
外に出て逃げ回ってから気づいたこと。
それはある一定の速度で走っていたら気配も声もしないという事だ。
それに気付いてから毎日足が動かなくなるまでマラソン。雨の日もマラソン。台風でもマラソン。
走っている時だけ解放される。何にも気にせずいられる。
あの体が沼に沈んでいくような閉塞感も息苦しさも二度と這い上がれない様な絶望感も何もない。
あるのは周囲からの痛いほどの視線。痛い子をみている様な視線。
でも気にしない。気にしないったら気にしない。
そんな覚悟もなしにしている訳じゃない。追い詰められた者の精神状態を甘くみるな。
「ねぇ、見て見て。あの人また走ってる~。まじキモイんすけどー。」
「ダメだよ佐奈ちゃん。指さしちゃ。」
「だって、マジうけんだもん。あの人、あれっしょ、あれ。噂の気違い。」
「そんな事いっちゃダメだよ。聞こえたらどーすんの。襲いかかられたりしたら。僕らじゃやられちゃう よ。なんか、メッチャ怖そうな顔してるし。」
「だーいじょーぶ。うちなら蹴散らせるって。チョロイチョロイ。」
「そんな~。佐奈ちゃん、怪我したらどーすんの。不審者には近づいたらダメって全校集会でいわれたじゃ ないか。名前ぼかしてたけど、絶対あの人の事だと思うんだよね。」
「あぁ、あれか。最近話題だもんなぁ。まだ、走ってるだけだから注意しかできないっつう、あれね。
たち悪いよなー。何かすれば速攻警察なのに。」
「佐奈ちゃん、声、声おとして。さっさと行くよ。」
「はいはい、達也って本当心配症だよなぁ。ね、写メだけ。ね?」
「全く、しょうがないなぁ。」
いや、しょうがなくないから。
何気、達也君ひどくね。お姉さん襲わないよ?
不審者って、ちょっ、ちょっっっっっっとひどくない?
警察沙汰なんて起こさないから。まだ、って何よ。まだって。
しかも全校集会で言われてんの?
いや、まっ、まぁ?たっ確かにそう見えなくもないけどって、写メとんな。
うわー睨んだー、こっわーい。
え?おい、また撮んな。達也君、ため息ついてないで止めろ。
この糞ガキめ。いったいどういう教育うけてんだ。
あぁ、それにしても暑い。
もう、汗が顔から体から吹き出ている。もう塩の結晶ができていても可笑しくない。
普通の人間なら、こんな猛暑にマラソンはしない。休みもせずに走り続けたりしない。
でも、私は止まれない。意識がある間は止まれない。ご飯は走りながら。シャワーを浴びる時もトイレに入る時も無意味に高速ジャンプをしている私だ。唯一、寝る時だけは睡眠薬を飲んで気絶する様に眠る。それでも、3時間位しか眠れない。底なし沼に体が沈んでいる気がして起きる。あれ以上寝てたら、出てこれなくなりそうで。
そこから脱出するために、また走る。走る。
もう、親は私を見放した。理解出来ないんだろう。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりの態度だ。
それでも走る。これを続けて良かった事は私に体力がついて、かなり長距離走れる様になった事だ。だけど、もう体が限界だ。無理な生活が祟ったのか、体がいつになく重い。これは疲労からくる重さだ。
しかも、この猛暑。たぶん、脱水症状を起こしかけてる。足がふらふら。頭もくらくら。
あぁ、止まりたい。休みたい。冷房の効いた所でゆっくりしたい。でも、だめだ。奴らがくる。
やっと、坂道を昇り切ったせいか、少し気が抜けた。とたんに足に力が入らなくなる。ヤバい。倒れる。
辛うじて、顔面衝突は免れた。直前で手をつけたからだ。でも、手が焼けるように熱い。下がコンクリートだからか。気配が追いついてきた。一つ、二つ・・・。這ってでも進む。手が焼ける。足が焼ける。
でも、進む。進む。進む。周りを囲まれた。体が沈んでいく。這い上がれない。くそっ・・・
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ここは、アルシェリア大陸にあるマグドリア王国の辺境に位置するレギリト山脈とディアノス山脈麓の、あらゆる意味で捨て置かれた地、コストリカ村である。
アルシェリア大陸は、東西に横断しているレギリト山脈、そして、南北に横断しているディアノス山脈によって、およそ四分割されており、その中で、マグドリア王国は北西に位置している。
山脈付近にある国々は、山脈自体を、天然の自国の砦とし他国による侵攻から守ってきた。しかし、ルサリア魔法国家でおきたヒューリスの革新とも言われる技術革新によって事態は二転三転することとなる。今や山脈付近は、人が容易には近づけない魔境の地となっており、砦どころか自国に害を及ぼしかねないものとなってしまった。その地は、魔力の磁場が荒れ狂い、一度魔力を放とうものなら、どんな天変地異が起きてもおかしくないとされている。それは、魔力に頼り切った生活をしている人々にとって、致命的なものとされ、大陸法により、ある種族を除いて連合委員会の承認なしには立ち入れない第一級危険区域に指定された。
コスタリカ村は、少し前まではヒューミットン辺境伯爵領にあり、山脈を挟んだ隣国に一番近い村としてあった。しかし、コスタリカ村は、当時開拓途中であり、土地も道路も整備されていなかった事と、村が半ば山脈に食い込んでいて、不便だったせいで軍を大量に収容するのは難しく、軍の機動力に問題がでるとされ、村の次に国境に近いカエルバ防衛都市に、防衛線を引いていた。
元々、村は山脈への行軍時に防衛都市との中継地点として期待されており、物資の補給地として開拓が予定されていたため娯楽施設など全くなく、ただ大きな倉庫がたくさん並べてあるだけの殺風景なものだった。
結局、開拓途中で危険区域とされ立ち入りが禁じられ、コスタリカ村はヒューミットン辺境伯爵領から王家直轄地となった。もう、ここにはもう人はいない・・・とされている。
「ミリア、お前、何やってんだ?」
「ん?おにーちゃん、おはよう。」
「あぁ、おはよう。それで、一体何してるんだ?」
「えっとねぇ。ごーちゃんとあそんでるの。おままごとだよ。」
「・・・・・。そうか。そうだったのか。程々にな。ゴズウェルを死なせるなよ。」
「なにいってんの?へんなおにーちゃん」
ミリアと呼ばれた幼い少女は、機嫌よくケラケラ笑っている。それを見ているおにーちゃん、とよばれた
少年(?)は目を逸らしながらながらため息をついた。自分のいった忠告まどまるで無意味だと知っていたからだ。少女はままごと遊びで、泥団子を作っていた。それをゴズウェルと呼ばれた男の口に次々突っ込んでいた。男は必死で抵抗するも少女の力に全く歯が立たなかった。次第に男の体がびくびく痙攣し始めた。
窒息し始めているんだろう。それを、少女は不思議そうにながめながらもドンドン突っ込んでいく。
男の顔色は既に真っ白だ。すると、ピタリと動きを止めた。
「おにーちゃん。ごーちゃんがうごかない。」
少女はびっくりしておにーちゃんの方に振り返った。
「死んだか・・・。ミリア、ゴズウェルは窒息して死んだんだ。泥団子を喉につまらせてな。」
「しんだ?もう、ごーちゃんったら、せっかくつくったおだんごたべないからだよ。」
「ミリア、人間は泥団子は食べないんだ。」
「すききらいはダメだよ。おいしーのにね。」
少年は頭を抱えた。前々から、人間の常識を教えてきたが、全く理解している気配がない。自分とは違う感覚が分からないのだろう。これは、ミリアが幼いというだけが理由でない。ミリアに流れている人間とは違うもう一つの血がそうさせているのだ。自分はミリアとは父親が同じ異母兄妹だ。妹は純人間の自分とは全く異なる極めて異質な存在で持て余していた。ミリアは種族的な特徴により、普通の人間の何倍も肉体の成長が早く、精神的成長は比べて遅い。死に対してもとても鈍感だ。また、ありえない程怪力で、齢3つにして成人男性の力を上回る。そして、成人すると身長は5メートルから10メートルの大きさになり、腕を振るだけで山を削る事が出来るようになるのだ。
将来、超危険生物になる事が絶対であるため、幼い内から倫理観を学ばせようとするも、一歩間違えば自分もさっきのゴズウェルの様になるため、あまり叱れないでいる。道のりはひどく険しい。
「家からスコップを取ってくる。埋めるから死体は食べるなよ。」
「ん。わかった。おだんごは?」
「・・・。食べてもいい。」
少年は深く息を吐いた。妹には当たり前の事を注意する必要があり、実際そうしなければ妹は知り合いの死体であろうと何も考えずに食べ始める。まぁ、知り合いを殺しておいて何も感じていない事からすればどうと言った所ではないのかもしれないが。種族的に何でも食べるのは知っている。土も岩も木も食べる。おやつに他人の家も食べる。そのせいか付近に住む者達はテントの様なものを作って寝泊まりしている。苦労して作っても、いつのまにか齧られているからだ。もちろん、普通の牛や豚も食べる。そして、人も食べる。
彼らからすれば、死体は動物も人も同じで食べ物は粗末にしてはいけないそうだ。驚く事に、彼らは食べるために生き物をころしたりはしない。(たちの悪い事に殺意なくいつのまにか殺してる事はあるが・・・)土を食べるだけでも生きていけるからだ。また、欲もあまり感じさせず喧嘩はしても殺し合いをするような事はない。これだけ聞くと人間より遥かに尊い生き物に聞こえるから不思議だ。実際、彼らだけで暮らしている分には平和なのだろう。しかし、何の因果か、少年は妹と二人暮らしをしている。妹を理解できない。そして、理解できない妹の行動になれ、知り合いが死んでも、耐性ができている自分に吐き気がする。
「はぁぁぁぁぁ。」
ため息をつきたくもなる。このまま大人になったらどうしよう。ゴズウェルの姿に自分が重なった。
ふと空を見上げてみた。憎らしい程すがすがしい朝だ。雲一つない晴天とはこの事だろう。
しかし、視界の端に黒い物が見えた。
「何だ?鳥か?」
その物体は空から落ちてきている様に見える。なら鳥ではないか。
まぁ、大方生存競争に敗れた怪物だろう。ここは、磁場の乱れが激しい土地だ。それに影響されたのか突然変異体がよく確認される。討伐するのは妹のような規格外でもない限り無理だ。けれど、種族柄自分から争いをしかけはしないため、上手い事隠れ住むしかない。全く、使えない種族だ。だからか、こういう争いに敗れ、弱った怪物は、我々、普通の生物にとって非常にレアな食料となる。貴重なタンパク質だ。逃しはしない。
「ミリア、予定変更だ。支度をしろ。おそらく糞沼の付近だ。」
「ん。わかった。ひさびさのおにくだね。」
「あぁ、他の奴より先に持ち帰るぞ。もう、泥団子は見たくない。」
「おいしいのになぁ。」
「きょうのはねぇ、いいできなんだよ。おにーちゃんもた「早く行くぞ。」もー。」
危ないところだった。口に突っ込まれたらそこからゴズウェルの二の舞だ。
この時点で死体処理の事を忘れている兄もたいがいだが。
兄妹はすぐに走り始めた。だが、すぐに妹に追い抜かされる。
「おにーちゃん、おそい!!」
「お前程人間やめてないんでね。先行け。」
「ん。わかった。」
妹はさっきまでは手加減していたのか、疾風のように走り始めた。
それを見ていた兄はため息をつき、自分の体を見て、またため息をついた。
人間やめてない、といったものの自分もその外見は普通を逸脱している。これが、原因で家を出て、それまで会った事もなかった妹と二人暮らしをする事になり、第一級危険区域であるコスタリカ村で暮らす事になったのだから。その体はもう、骨しか残っていない。
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目が覚めた。
ヤバい、何時間たった?
不思議とあの絶望感を感じない。
一体、どういう状況だ?
痛いな・・。
髪がビシビシ顔にあったている。
風が耳の側でゴーゴーいっている。
体に力が入らないでいる。
頭がボーっとしている。
身体が浮いている様に感じている。
それどころか、落下している様にも感じている。
え。
え?
いやいやいやいや。
え、えぇ?
えぇぇぇぇぇぇぇぇえええええぇぇえええええええぇえぇぇえ・・・・・・ええええ!!!!!!!!!
目をかっぴらいた。
目に風が直撃して、ちょー痛い。
それでも目をこらす。
落ちてる。
ものすごく落ちてる。
下にはでっかい大陸が見える。
そこを山脈がクロスしてる。
飛行機から見てる気分だ。
こんな上空から世界を見渡せるなんて中々ない経験だろう。
いやいやいやいや。
何現実逃避してくれちゃってんの?自分ヤバいだろ。
今までない位にジ・エンドな空気だしてるよ。
ある意味高速移動中の私はよく分かんない気配や声に追われる心配はないが、それ以外の直接的にヤバい要因にあふれている。
あぁぁぁ、もう、これで終わり?
こんな終わりかたってあり?
最初から最後までよく分かんない事に振り回されて。
本当、誰か説明してくんない?
結局、声はなんだったのか。気配は何だったのか。唯、私の気が狂ってただけなのか。この状況はなんなのか。私はこれから死ぬのか。
あぁ、もう、ほんとにクソッタレ。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、やってらんない。
本当に、やってらんない。
もう、いいよ。潔く死んでやるよ。これでいいんだろ?ったく、糞が。
下を見て見る。ドンドン茶色が自分に迫ってきているのがわかる。さっきまで麻痺していた恐怖心が蘇る。
いよいよか。いよいよなのか。ここが墓場か。
自分の心臓の音がバクバクしているのが良く分かる。
この音を聞くのも最後か。
全身の感覚が鋭くなっているのが分かる。身体は最期の瞬間まで抵抗しようとしているのか。
もっと目を凝らして下をよく見る。
おそらく、私の墓場となるのは、やたらとでかい茶色い池・・・?、いや、沼か。
ここでも沼がでてくるのか。なんか運命としかいいようがない。
しかも、嫌なことに、やたらと鼻につく臭いがする。ちょーくさい。
こんな上空からでも臭うって相当だ。
死んでもこんな所に落ちるのは嫌だ!!!!!
この臭いは、あれだ、あれ。う〇こだ。〇んこ臭がする。
え?って事は、なに。私、うん〇の中に落ちるって事?
勘弁してよ。ねぇ、神様。私になんの恨みがあんの?
もーーーーーーーー。暴れたい。
こんな不安定な体制で暴れらんないけど、暴れたい。っっっっ糞。
もう時間がない。もうすぐ着陸だ。
一生に一回きりのフライトはもう終わる。
沼を思いっきり睨み付ける。
そうすると、沼の側に何かがいるのが見えた。
あれは・・・・・、人間!?
人間!!!!!!
人間だ、人間がいる!!
「助けてーーーー!!!!」
助けらんないのは分かっているけど、誰かがいると思うと、思わず叫んでしまった。
だから、期待なんてしていなかった。
「たすけてほしいの?」
耳元で幼い女の子の声がした。
身体が震えた。
どうして高速移動中に声がするのか、とか今までとは違う、意味のある言葉を話た事、とか。
色々気になる事はあったけれど、
「っっっ、た、助けて!!!!」
思いっきり叫んでいた。
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「全く、相も変わらず臭い所だ。」
一生懸命走ってきたものの、妹はとうの昔に着いていたらしい。
糞沼の前で空を見上げたままボーっとしている。
「どうした?もう、落ちてきただろう。取ったのか?お前なら沼に落ちる前に間に合っただろう。」
そうすると、妹は珍しく考え込みながら、
「なんかねぇ。せいれいさんが、おそくしてるみたい。うえにいるよ。」
精霊?精霊だと?純人間である自分には見えないがミリアには見えるのだろう。
しかし、精霊に守護される怪物なんて聞いた事がない。もし、食べたりしたらどうなるのだろう。
祟られるだろうか。面倒な事になったもんだ。
つられて空を見上げる。
「確かに、上空にいるな。だが、あの速度だともうすぐ地上だろう。守護されてるって事はまだ生きてるのか。なら、取り敢えず、生け捕りだな。あれだけ弱っていれば何とかなるだろう。ミリア、生け捕りだ。」
「おにーちゃん、あれたべるの?」
「精霊は気まぐれだ。生け捕りにしたらミリアが精霊に食べていいか聞いてみてくれ。」
「しゅごしてるから、むりだよ。」
「まぁ、一応だ。貴重なタンパク質なんだ。そう易々引き下がれるか。」
「いいけど。おにーちゃんも、にんげんたべれるようになったんだね。」
「は?」
「あれにんげんだよ。」
「なに?」
「助けてーーーー!!!!」
「ほら。」
「んなっっっ!!!」
「たすけてほしいの?」
「っっっ、た、助けて!!!!」
「ん。いーよ。とりあえず、いけどりだから。」
「へっ?、イケドリ・・・!?」
その瞬間ミリアは鞄から縄を出して、徐に片方の端を手で持って振り回し始めた。目に見えない程の高速回転になった後、上空へと飛ばす。すると、生きているかのように縄は落ちてくる人間に巻き付いた。
「グエッッッ」
多少力が入りすぎたが大丈夫。骨が数本逝った程度だ。ミリアは上手く巻き付いた事に内心ホッとしながら、ドヤ顔しながら、兄の方を振り返る。
兄は唖然としながら、上空を見ていたが、ミリアがこっちを向いている事に気が付くと、
「前を見ろっっっ、前を!!!」
と、叫んだ。
おっとっと、危ない。このままだと糞沼に叩きつけてしまう。勢いよく引き上げたものの若干顔が沼に浸かってしまった。まぁ、全身じゃないだけましだろう。許容範囲だ。でも、今度は真上に飛んでいきそうになってしまった。うむ、まずい。しょうがないから、力の向きを修正する。自分達のいる方に思いっきり引っ張る。
そしたら、人間の体はすごい態勢になったけど、きっと大丈夫。ぎっくり腰になる程度だ。勢いが良すぎるから、その度、ジグザグに縄を引っ張り、勢いを殺していった。中々いいかんじだ。それで、ようやくこっちの岸についた。頭からスライディングする形になったが、それはしょうがない。これでも、初めてにしてはよくできた方だ。
ミリアはドヤ顔をしながら、得意げにこっちを見てくる。褒めてほしそうだ。
しかし、あれはないだろう。なぜか空から落ちてきた人間に同情する。いきなり、縄で巻き付けられ、高速で振り回されたんだ。しかも、顔が沼に浸かっていた。あれは中々臭いがとれないのに。
いや、でも、もう生きてないだろう。名もしれない誰かだとはいえ、妹が二人も人間を殺してるのを見てしまった。今夜は魘されそうだ。
「ミリア、その人間を担げ。そういえば、ゴズウェルの墓もまだだったな。そいつもついでに入れてしまおう。はぁ、まったく来なければ良かった。」
「っっかっってに、こ、ろさ、な、いで、くれま、せん?」
「!!!」
振り返るとさっきの人間が顔だけを挙げてこっちを見ていた。
なんて丈夫なんだ。こいつ人間か?いや、もしかしたら人間じゃないのか?
「おにーちゃん。せいれいさんがね、このひと、たべちゃだめだって。」
すると、ギョッとした顔でこっちを見てきた。
いや、食べないから。人は食べないから。全く、同類にはされたくないものだ。
「食べない。人は食べないっていっただろ。しかし、本当に精霊の守護があるのか。そんな人間いたか?、っとその前に、お前は人間でいいのか?」
「にん、げん、、、ですけど・・・。」
「・・・・・。成程。これは、あれだな。あれ。おい、ミリア。こいつの正体が分かったぞ。」
「しょーたい?」
「こいつは多分、最近流行りの聖女だ。ほら、王都にも来たって噂あっただろう。ある日突然その場に現れ、精霊に守護され、類まれな身体能力を持つ聖女だ。」
「せーじょ?」
「そうだ。歴代聖女が、現れた場所は神域とされ、神の加護がもたらされる。それは、聖女が神によって送り込まれているからだ。そして、聖女は、同時期に各地にバラバラで最低でも5人は降臨する。そこで、聖女の事は降臨された地の名前と合わせて呼ぶ事としている。つまり、この聖女は、」
「くそぬまのせいじょだね!」
「っそうだ。この方は糞沼の聖女だ。これから、敬意と尊敬をこめてそう呼ばれるだろう。」
「よかったね。くそぬまのせいじょさん。」
ちらりと、聖女の方を見てみた。死んだ魚の様な目をしていた。
明日から大変な事になるだろう。教会の連中が大騒ぎするに違いない。
だが、今の所の興味は他にある。
一体、この糞沼にどんな加護がもたらされるのか。
実に楽しみだ。