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Wild Piching!  作者: 終日
1/1

最後の夏

 ブルペンでもう何十球目かの投球を終えた時、紺野は白球がバックスクリーンにい吸い込まれるのを目にした。

 Hのランプが点灯し9の下には1の文字が映る。9回表スコア5-2、もう試合の大勢は決したとみていだろう。

 その状況でも自分の名前は呼ばれないだろうと紺野は分かっていた。エース白井はこの回降板しているが、紺野の隣ではこの大会で白井に次ぐ登板数の喜多見が肩を作っている。

 それでもブルペンで投げ込み続けるのは意地としか言いようがない。最後の全国大会でベンチに入りながらもマウンドに立たないまま決勝戦を迎えている。残されたのはあと1イニングだけだ。

 紺野はこれでもかという程に全力でボールを放る。その度にキャッチャーミットが乾いた音を響かせていた。ファールグラウンドに土を盛っただけのこの球場のブルペンの音は、ベンチにもいやという程に届いているだろう。

 隣で投げる喜多見より――エースである白井よりも自分の方がミットを強く鳴らすことができると紺野は自負していた。ミットの音はキャッチャーの技量にも依るが、実際白井と紺野の球速はそう変わらない。

「紺野、来い」

 額の汗を拭ったところでベンチから声がかかった。思わず目を輝かすが、電光掲示板に目をやったところでそれもすぐに消える。赤のランプは点いたままだ。

 ベンチに戻り無言でバッティンググローブを嵌める。

「一発ぶち込んでやれ」

 白井がバットを手渡した。

「サンキュ」

 紺野は受け取り、ネクストバッターズサークルへ歩く。

 今投げてる投手は、相手チームのエース島野だ。大会をほぼ一人で投げ切り、決勝もこの9回までマウンドに立ち続けている。だが先ほどのホームランで3点差となり精神的にもほぼ限界を迎えているとみていいだろう。ホームランの後1死を取ったものの、2者連続でフォアボールを出している。

 そして今、目の前の打者はあわやホームランという当たりを打ったがフェンスぎりぎりのレフトフライに倒れた。

「7番レフト中崎、変わりまして紺野」

 今日全く当たっていない中崎のところで代打が告げられる。

 2死1、2塁で左打席に紺野は立つ。ピッチャーの交代は当然ない。

 島野は130kmを超える速球の持ち主だが、すでに120kmも出ていないだろう。肩で息をし、滴る汗を袖で拭っている。限界はとうにこえているがそれでもマウンドを譲る気はなく、相手ベンチもブルペンで他のピッチャーが準備はさせているものの、動く気配はない。

 投手としての能力を比べた場合、10人中9人は島野より白井のが上と答えるだろう。だがその白井は既にマウンドを降りている。

 絶対的なエース、信頼感。他の投手との差もあるがそれは栄誉あることだと紺野は思う。そして今このとき、紺野は敗戦を迎えるであろう相手エースのことを誰よりも羨ましく思った。 

 島野の目からはまだ光が消えていない。野球は9回裏2死まで決まらない。ならば紺野も、マウンドを諦めるわけにはいかない。その為に取れる最善は――

 島野が振りかぶり投じた初球。

 初球しかないと、紺野は決めていた。

 インコースギリギリをついたボールが迫る。

 だが汗で僅かに指先に引っかかったボールがシュート回転し、金属バットの真芯に捉えられた。

 島野は振り返らない。紺野はただ無意識に拳を振り上げる。

 打った瞬間にそれと分かる辺りがライトスタンド中段に突き刺さった。

 スコア8-3。勝敗は決した。

 シニア上水内ソルジャーズが全国優勝を決めたこの日、紺野がマウンドに立つことはなかった。

 

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