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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
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哲也秋原のあじきない話 その三

 秋原が次に出した数字は、三だった。

 しかし、棗は気を失っており、とても話が出来そうにない。

 というより、藤原としては、棗はさっさと帰してあげたいのだが。

「どうするんだ?」

 藤原が尋ねると、秋原は腕を組んで考え込む。

「仕方あるまい。代わりに俺が話すとしよう」

 一見、殊勝な顔で決断する秋原。

 だが、それなりに付き合いのある藤原には判る。

 その裏に潜む、悪魔的な笑みの存在が。

「この前、野暮用で隣の市まで出掛けてな。とある公園の傍を通ったのだが。

ふれあい動物園と言えば良いか……兎やら鶏やら山羊やらが来ておったのだ」

「へぇ……そういうのって、幼稚園とかに来そうなイメージだけどな」

「わざわざ遠出しなくて済みますし、子連れの方には受けるんでしょうね」

 秋原の話に相槌を打ちながら、藤原はオチを予想していた。

 普段の言動からして、これが棗の為ではない事は、容易に想像出来る。

「動物好きな美少女のフラグを立てるべく、俺も公園に入った……。

するとそこに、黄色い声を上げながら無邪気に動物を戯れる」

「うわぁあああああああああああああああああああああああああッ!」

 秋原の話を遮る様に、棗が悲鳴と共に目覚めた。

「ふっ、目覚めたか。もう少し寝ておれば良いものを」

「あああああ秋原さん! 何故、何故貴方が其を!?」

 切羽詰った様子で詰め寄る棗に対して、秋原は至って平静だった。

 何もかもを把握し、藤原は溜息を吐く。

 人の弱みを自在に弄ぶ辺りは、ある意味秋原らしいと言える。

 棗も棗で、彼が好みそうな表現を使うのなら、『雉も鳴かずば打たれまい』といったところか。

 ここで秋原を押し止めたとしても、これではバレバレだ。

 人を罵るのが趣味なのに反して、存外打たれ弱いのだから救いようがない。

 こうなっては、棗は秋原に散々遊ばれるだけだろう。

「まあ慌てるな。誰も貴様の事だとは言っておらぬ。別人の話である可能性もあろう。

それとも、貴様はこれが貴様の話であると断言出来るのか? それは何故だ?」

「ぐっ……そ、其は……」

 嫌らしい秋原の問いに、棗は言葉を詰まらせる。

 これ以上食って掛かるのは、これが自分の事であると証明するのと同じ。

 流石に、棗もそれくらいは承知しているのだろう。

 寝起きの悲鳴で何もかも知れ渡っているとまで判断出来ないのが、何とも哀れであるが。

 反論出来ない棗を尻目に、秋原は話を続ける。

「するとそこに、黄色い声を上げながら無邪気に動物と戯れる……」

 秋原は遮られた部分から話を始め、真っ青になる棗を横目に見る。

「……美少女がいたのだ」

 敢えて一瞬間を置いたのは、棗に少しでも長く絶望感を与える為だろう。

 名指しを免れ、棗は荒い深呼吸をする。

「恐らく我々と同年代と思われるが、実に楽しそうに遊んでおった。

兎を抱きしめ、鶏と睨めっこをし、山羊を餌で連れ回し……」

「ま、まあ、普段其の様な動物と触れ合える機会は少ないでしょうし。

態々隣の市から趣く人が居ても、不思議ではないと思いますが」

 棗が他人事の様に反応するが、声が明らかに不自然である。

 そもそも、『彼女』が隣の市から来ている事を知っている時点で、もう誤魔化し様がない。

 自爆し続ける棗を密かに嘲笑いつつ、秋原は話を続ける。

「やがて、勝手に動物に名前を付け始めてな。兎に『ピョン太』と名付けておった」

「そのまんま過ぎる名前だな……」

 思わずツッコむ藤原。

 シンプルイズベストとは言うが、流石に限度がある。

 物書きとして、もう少しセンスを感じる名前を考えるべきではなかっただろうか。

「わ、私は良いと思いますが。その……か、可愛いですし」

 棗が反論するが、その目は誰にも合わせていない。

「彼女は気付かなかった様だが……あの兎は、雌だったのだがな」

「え!? 然うなんですか!?」

 驚きの余り、棗は素が剥き出しになる。

 ――自分がされた事をするなよ……。

 藤原にとって、棗広美という男性への見方が変わる出来事であった。

「彼女が帰った後に、俺が調べたのだ。大して難しくもないのだぞ。

成熟した兎であれば、後ろ脚の間の性器を確認すれば一発だ」

「なっ……!? 貴方、幼気な雌兎にそんな破廉恥な……!」

 当然の様に話す秋原に、棗は顔を真っ赤に染める。

 高校生が、兎の性器如きでどこまで恥ずかしがるつもりなのだろうか。

 そもそも、その幼気な雌兎に雄の名前を付けたのは誰なのだ。

「案ずる事はない。同人誌をバイブルに生きてきた俺であれば、無修正を目前に無我の境地に達する事も出来る」

「自慢げに言う事かよ……」

 棗とは悪い意味で正反対な秋原に、藤原は溜息を吐いた。

 初心も手練も、度を越せば考え物である。

「第一、相手は動物……衣類の類を纏っておらぬ。裸体は普段見る事が出来ぬからこそ価値があるのだ。

それとも、仮に今ここで初対面の美少女が全裸で現れたとしたら、貴様等は興奮すると言うのか?

ゲームで喩えるなら、電源を入れた瞬間にエンディングと同義なのだぞ。それでも良いのか? 無論、俺は興奮する」

「そこは『しない』って言えよ」

 最早兎とは何の関係もなくなってきた秋原に、藤原は素早くツッコむ。

 一連の発言を、たった一言でひっくり返す秋原に付いていけるのは、藤原くらいであろう。

「ともかく、彼女は実に面白……もとい、萌える言動を残したのだ。

俺一人の記憶に残すだけでは勿体無いと思い、俺は……」

 話の途中で、急に動きを止める秋原。

「……最近は肖像権やら何やらで面倒でな。この辺りにしておこう」

「何をしたのですか!? 撮ったのですか!? 録ったのですか!? 幾らで消去して戴けますか!?」

 棗の涙目の追求を気にも留めず、秋原はサイコロを振った。



「バンドを組みたい」

 サイコロが一の目を出すのを待たずに、秋原は告げた。

 突然過ぎる発言に、沈黙する一同。

「……はあ?」

 数秒後、藤原は信じられないといった感情を込めて聞き返した。

「アニメか何かの影響でしょう。全く、子供では有るまいし」

 棗も、軽蔑の目線を向ける。

 堀だけは、目を輝かせて秋原を見ていた。

「まあ待て。俺の知り合いが、上物の楽器を安価で譲ってくれるらしくてな。

青春にバンドは付き物であろう。ギャルゲーにとっての発売延期の様な物だ」

「肝心の喩えが意味不明なんだけど」

「本編で販促すればCDの売り上げも伸びる故、水着回並の美味さもあるしな」

「生々し過ぎる話をするな」

 どこかずれる説得を続ける秋原に、藤原はことごとくツッコむ。

 こんなノリでバンドを組まれて、挙句巻き込まれるのは御免だ。

「……時に棗。貴様、何か楽器は出来ぬか?」

「完全無視かよ」

 青春だ何だと言いつつ、結局強引な通常運行で進めるらしい。

 こうなると手が付けられない事を知っているからか、棗はツッコむのを諦める様だ。

「幼い頃に、嗜む程度ですが。フルートや提琴も経験しましたが、洋琴が主でしたね」

 真っ先に『お嬢様』をイメージしたが、彼の前では禁句である。

「ならば、キーボードは任せよう。一先ず二人だな」

「ま、貴方が切に望むならば善処しましょう」

 嬉しそうに言う秋原に、素っ気無く振舞う棗。

 しかし、棗が内心楽しみにしている事は、挙動の一つ一つから容易に読み取れる。

 秋原が最初に声を掛けたのも、こうなる事を予測しての事だろう。

「あ、あの、先輩」

 堀が、怖ず怖ずと手を挙げる。

「僕も参加したいです。未経験ですけど、頑張りますから」

「トライアングルで良ければな」

「空気な上にバンドじゃ明らかに浮くじゃないですか……」

 遠回しに拒否される堀であった。

「で、お前は経験者なんだろうな?」

 好き放題する秋原をたしなめるべく、尋ねる藤原。

 棗はともかく、秋原は三代揃って向こうの世界の住人だ。

 ペンを持つ手で、更に楽器まで弾ける程器用な人はそういないだろう。

 しかし、藤原の予想に反して、秋原は余裕の笑みを浮かべる。

「ふっ、馬鹿にするでない。伊達や酔狂で言い出してはおらぬわ。

ギターはやり込んでおってな。一応、全国ランキングにも名を連ねているのだ」

「マジかよ……」

 秋原の意外なスキルに、藤原は素直に驚いていた。

 絵が上手い上に、楽器の嗜みまであったとは。

 人格に難があるが、芸術肌を体現した様な漢である。

「秋原さんの六弦琴の腕は、私も此の眼で見ましたよ。但し、ゲームセンターで、ですけど」

「がっかりした様な、安心した様な……」

 棗の言葉で、その幻想は早くも崩れてしまった。

 スポーツ漫画を読んで、上手くなった気でいる様なものだ。

「ふっ……何を言っておるか。今の世の中、スポーツすらゲームで体感出来るのだぞ。

体感型ゲームを侮る輩に、体感型ギャルゲーを夢見る権利などないわ」

「別に夢見てねえよ」

 体感型ゲームと同程度にしか音楽を見ていないバンドに、果たして未来はあるのだろうか。

「ともかく、残るはベースとドラムだ。どうする、藤原?」

「俺は確定なのかよ……」

 いつの間にかメンバーに加入する事が前提になっており、藤原は頭を抱える。

 自ら望んで泥舟に乗る人が、果たしているだろうか。

 しかも、楽器が二択しか残されていない。

「そういえば、管弦楽団のシンバル担当は、他の楽器担当と同じ給与を頂くそうですよ」

「ほう。一、二回鳴らせば良い楽器で、それ程の給与が……」

 脈絡の無い棗の豆知識に、秋原は驚きと興味が入り混じった様子で食いついた。

「拘束時間は同じですし、人数が少ない分、上手下手が如実に現れますから。

ま、音楽の知識が無い方には、指揮者と同じく必要性を疑われるかも知れませんね」

 更に豆知識を披露する棗。

 要するに、遠回しに秋原の無知を嘲っているのだろう。

 バイト感覚で仕事にしそうな秋原に、釘を刺す意味もあったのかも知れない。

「よし、ドラムは堀に一任しよう」

「シンバルだからですか!? シンバルだからですか!?」

 嫌なタイミングで押し付けられ、堀は思わず二回繰り返した。

 全て秋原の一存で決まっている辺りが納得出来ないが、堀であれば仕方がない。

「では、藤原は余りのベースか……ふっ、福がありそうで良いではないか」

「いつか覚えとけよ……」

 わざわざ神経を逆撫でする言い方をする秋原に、藤原は報復を誓う。

 バンド自体嫌がっていた事は、藤原自身も忘れてしまった様だ。

 こうしてそれぞれの担当楽器が決まり、新しいバンドが芽吹いた。

「結成記念に、バンド名も決めてしまうとしよう。

発足させた俺自身のイニシャルを使い、『特攻バンドAチーム』はどうだ?」

「まずはベトナムで合宿か?」

 幸先の悪すぎる秋原の提案に、藤原はまともな名前を半ば諦めた。

 高校生のバンドが、何故に中年受けを狙わねばならないのだろうか。

 そして、何故全員が元ネタを理解しているのだろうか。

「御言葉ですが、秋原さん。大事な事を忘れていませんか?」

「何……だと……!?」

 棗の指摘に、秋原は無駄に仰々しいリアクションをする。

「点呼を取れば、其が何か直ぐに解りますよ」

「良かろう。『俺のような天才ギタリストでなけりゃ、変態紳士共のリーダーは務まらん!』」

「どんな点呼だよ……。『ハリセン担いで、パロディから下ネタまで何でもツッコんでみせるぜ!』」

「此の私が、天使の名を戴くとは。『情報収集はネットと顔の広さで御手の物』」

「『地味? 空気? だから何?』……あれ?」

 堀が口上を終えると共に、全員が棗の言葉の意味に気付いた。

「……一人足りんな」

「今更気付きましたか」

「やむを得まい。職業繋がりで真琴嬢を棗のポジションにし、棗には生徒会長をぶん殴って貰おう」

「学歴と操に係るので断ります」

 秋原の提案は、ひとまず頓挫する事になった。

 生徒会長に『美少女』として襲われかけた事があるので、棗が断固断るのも無理はないだろう。

 そもそも、バンド名に軍の部隊名を使うという発想自体間違っているが。

「他の案を考えねばならんか……。四人組ならば、『四』の付く四文字熟語はどうだ?」

 第一希望を潰されたからか、次は幾分まともな提案をする秋原。

「僕は『四角関係』が良いと思います」

「誤解されるから止めろ」

「でしたら、『四苦八苦』はどうですか?」

「縁起悪いな、おい」

 しかし、頓珍漢は一人ではなかった。

 藤原一人では、到底真っ当な方向へ進ませる事は出来ないだろう。

「じゃあ……『四海兄弟』は?」

「堀さんには無縁の話ですね」

「『四面楚歌』!?」

「ふっ、解っておるではないか」

 挙句、秋原や棗までもが悪乗りする始末だ。

「正直、このメンバーじゃ意見が一致しないだろ。バンドの体さえ成さないぞ」

「案ずるな。最終手段として、『音楽の方向性の不一致により解散』を残してある」

「解散しようにも、名前すら決まってないっての」

 リーダーの奥の手がこれでは、このバンドも高が知れている。

 秋原の言う通り、結成して五分で解散か……と藤原が思った時。

「……『四色問題』」

 棗に電流が走った。

 その独特且つどこか心地良い言葉の響きに、全員の注目が棗に集まる。

「棗よ、その言葉は何だ?」

「総ての地図は、四色有れば同色が隣接する事無く塗り分ける事が出来る、という定理です。

ま、紙と四色のペン丈で出来ますから、後で各々慥かめて下さいな。

本来は『四色定理』なのですが、証明されるのに百年も掛かったので、定式化前の『四色問題』でも通るそうです」

「で、何故にその名が出たのだ?」

「私達四人が、互いの色に染まる事は無いでしょうから。一枚岩ではない事を表した名前ですよ。

とは云え、私達は若輩者。今の色の儘では居られないでしょう。其の不安定感を出す為に、『定理』ではなく『問題』にしました」

「流石は棗。伊達に物書きはしておらんな。俺はこれで良いと思うが、貴様等はどうだ?」

 内心誰よりもやる気であろう棗の案だけあって、秋原は絶賛する。

 成り行きで巻き込まれた藤原と堀にも、反対する理由は無かった。

 ――そのセンスを、兎にも発揮してやれば良かったのに。

 藤原は先程の話を思い出したが、争いの火種しか生まない気がしたので、胸の奥に押し留めておく事にした。

「では、ここに四色問題の結成を宣言する! まずは、文化祭で『四分三十三秒』のカバーを披露するとしよう」

「……俺、やっぱ降りるわ」

 藤原の苦悩を余所に、秋原はサイコロを振った。

ものの見事に『けいおん!』に乗っかる形になりましたが、バンド編をやる予定は未定です。

個人的には、この四人に『四色問題』という枠が出来た事が大きいですね。

長年書いてると愛着が沸くので、「いつもの四人」として定着すれば嬉しいです。

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