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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
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ネタ被り小娘 後編

 アリスは、サポートされながら踊り始めました。

 何分初めてなものですから、その動きはぎこちないものです。

 それでも、煌びやかな舞台で踊れる事は、アリスにとって感動的でした。

 物語のお姫様の様な展開に、アリスはすっかり酔いしれてしまいます。

「おっと、危ない」

 他の人にぶつかりそうな事に気付かないアリスを、彼は引き寄せて避けさせました。

 自然と抱き付くような形になり、アリスは顔を真っ赤に染めます。

「ふぇ!? ……あ、ご、ゴメンね、ボーっとしてて」

「別に良いよ。一夜の夢、存分に楽しんでくれ」

 更にこんな事を言われてしまい、アリスはますます夢現に浸ってしまうのでした。

 やがて、多少のミスは彼がフォローしてくれるので、のびのびと踊る事が出来ると気付きます。

 次第に、アリスの動きが滑らかになっていきました。

「お、飲み込みが早いな。その辺の貴族よりよっぽど上手いぞ」

 アリスの上達を肌で感じた彼が、嬉しそうに言います。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はフジワラ。君は?」

「ぼ、ボクは……」

 フジワラに問われ、アリスは悩みました。

 今、ここで名乗ったとしても、これは言葉通り一夜の夢。

 十二時の鐘が鳴れば、幼女体型に逆戻りです。

 名乗っても、お互いに辛くなるだけでしょう。

「……まあ、名乗りたくないなら、無理には訊かないよ」

「う、うん。ゴメンね。せっかく親切にしてくれたのに……」

「構わないから、そう辛気臭い顔するなって」

 俯くアリスに、フジワラは優しい表情で言います。

 足取りが重くなったアリスの為に、少し踊りの速度を落としました。

 そして、抱き寄せるようにして間隔を詰めます。

「俺は、君に手を差し伸べただけだ。その手を取ったのは君自身だろ?

こうして踊れるようになったのは、君自身の努力の賜物。もっと胸張って良いんだぞ。

それに、そんな綺麗な顔を隠すなんて、人が悪いが思うけどな」

 フジワラに囁かれ、アリスは尚更俯きました。

 頬が熱を帯びている事に気付いたからです。

 上流階級の格式高い振る舞いとは縁遠いですが、彼の言葉には惹かれるものがあります。

 お上りさんな自分を嘲る事もなく、当然の様に優しく接してくれる彼に、アリスは心奪われてしまったのでした。

「これでも昔は、好きで家臣の子供の面倒を見たりしたし、手の掛かる奴には慣れて……おーい、聞いてるか?」

「……ふぇ!? な、何、お兄ちゃん?」

 夢心地だったアリスは、反射的にこう応えてしまいました。

 そして、自分がした事を遅れて理解し、これ以上無いという程赤くなります。

 寝ぼけて先生をお母さんと呼んでしまった小学生の様な気分です。

 何故、身内に兄のいないアリスが、フジワラをそう呼んでしまったのでしょう。

 アリス自身にも、理由はよく判りませんでした。

 ですが、彼を見ていると、何故だかそう呼びたくなってしまうのです。

 まるで、嘗て彼をそう呼んでいた時期があったかの様です。

「お兄ちゃん、か……。何故か判らないけど、懐かしい響きだな。

君がそう望むなら、俺は別に、そう呼んでくれて構わないぜ。寧ろ呼んでくれ」

「う、うん……お兄ちゃん」

 笑って応じるフジワラに、アリスははにかみながら言いました。

 彼をそう呼ぶ度に、胸の奥から、甘ったるい感覚が染み出てきます。

 全身をそれで染め上げたくて、アリスは何度も彼を呼ぶのでした。



 三十六回目の呼び掛けの時、十二時の鐘が鳴り響きます。

 その瞬間、アリスは一気に現実に引き戻されました。

 この鐘が鳴り終わるまでに戻らなければ、本来の背も胸も小さいゴスロリ姿を晒してしまいます。

 アリスは血相を変え、考えるよりも早く駆け出します。

「お、おい!? どこ行くんだ!?」

 フジワラの声を振り切るかの様に、わき目も振らずに走りました。

 丈の短いドレスなので、アリスは軽快にその場を去っていきます。

 たった一つ、落し物をその場に残して。

 城から出たアリスは、買い物を終えたホリと合流し、馬車で一目散に家に帰りました。

 家に着いた途端、アリス自身とそのドレス、馬車とホリが光を放ちます。

「うわぁ!? こ、これは!?」

「魔法が切れるみたいですね。これで、もうお別れです。後片付けはお任せします」

 ホリが告げると同時に、目も開けていられない程の輝きが周囲を包みます。

 アリスが目を開いた時には、何もかもが元通りになっていました。

 何もかもが夢だったのでは、という思いを否定してくれるのは、ホリの買い物袋です。

 祭りの後の侘しさを感じつつ、アリスはホリが買った物や魔法が解けた物等を片付け、自室のベッドに飛び込みました。

 心の中は、フジワラの事でいっぱいです。

 右も左も判らない自分に、とても親切にしてくれたフジワラ。

 彼からは、並々ならぬ何かを感じました。

 もしも、前世や生まれ変わりがあるとすれば、彼と恋人同士だったのかも知れません。

 許されるのなら、もう一度会いたい。

 しかし、普段のアリスには、とてもあの様な場所へ行く事は出来ません。

 一夜限りの夢……アリスはその言葉を噛み締めました。

「……AVの続きでも見ようかな。突然過ぎて、途中だったし」

 誰にでもなく呟き、アリスはDVDレコーダーのリモコンを探します。

 その時、大変な事に気付きました。

「……あ! お、落としてきちゃった……どうしよう……!?」



 次の日、朝から国中が大騒ぎでした。

 舞踏会で落し物が見つかり、城の者が落とし主を一軒一軒探しているのです。

 手がかりは、女性である事と簡単な見た目だけ。

 城内での落し物は、事務所まで取りに行くのが通例なのに、落とし主へ届けに行くのは珍しい事です。

 何よりも驚くべくは、王子がその持ち主とお付き合いしたいと申された事でした。

 様々な令嬢との縁談を、王に反発してまで拒み続けた王子様。

 そんな彼の心を射止めた女性は、どの様な人なのか。

 巨乳、貧乳、お姉さん、幼女、獣耳、巫女、メイド、ナース、委員長、ツンデレ……。

 とにかく、様々な憶測が飛び交います。

 有名人のゴシップで色めき立っている最中に、アリスの家にも城の者が現れるのでした。

「はい、どちら様ですか?」

 アカリとユウが、外に出て応じます。

「どうも。城の従者役を兼ねているホリです。昨晩の舞踏会の際に、落し物をされた方がいまして。

落とし主の方とお付き合いしたいと王子様が仰っているので、こうして探しているんです」

「は、はあ……。それで、どの様な物を?」

「これなんですけど……」

 ホリがそれを出した途端、アカリはユウの両目を手で覆いました。

 アカリ自身も、それから目を背けます。

「し、ししし知りません! そんなは、は、破廉恥な物!」

「姉さん、見えないよ。何なの?」

「見てはいけません!」

 アカリは顔を真っ赤にして叫びました。

「そうですか……。ここも違う、と。はあ……いつになったら終わるんでしょうか」

 ホリは、落し物であるAVのパッケージを眺め、溜息を吐きます。

「この近くのレンタルビデオ屋が貸し出してる物みたいなんですけど、借りている人の会員証が嘘っぱちだったみたいで。

草の根作戦と人海戦術でいくしかないですね。短期バイトでも雇いましょうか……」

 ホリが会釈をし、次の家に向かおうとした時。

「あ! それ!」

 アリスが家から飛び出し、ホリからAVのパッケージを引っ手繰りました。

「良かったぁ……これが無いと弁償だもん。どうしようかと思ったよ。

わざわざありがとね。AV借りれるように会員証偽造したから、探すの苦労したでしょ?」

 心底嬉しそうに、アリスは返ってきたそれに頬擦りをします。

 ナツメに見せた後、そのまま城に持ち込んでしまった上に落としてしまったので、返ってくるとは思ってもいなかったのです。

 ホリも、アカリも、ユウも、しばらく呆気に取られていました。

「そ、そんな……アリスも舞踏会に来てたの!?」

「火の元と戸締りは大丈夫だったのでしょうか……」

「驚くところ、そこじゃないと思いますよ」

 ホリが、思わずアカリとユウにツッコみます。

 ちなみに、火の元や戸締りは、秋原とナツメがあの後やってくれました。

「でも変ですね……僕が聞いた話ですと、もう少し背が高くて、胸もあって……。

少なくとも、こんな小学生みたいな人じゃない筈なんですけど」

「むぅ、小学生じゃないもん!」

 アリスが頬を膨らませた時、どこからか声がしました。

「もう良いよ、ホリ。その娘で間違い無い」

「あ! お、王子!?」

 ホリが驚いて道を空けます。

 そこに現れたのは、フジワラでした。

 昨日と違い、威厳を漂わせる豪勢な服装をしています。

 が、彼にとっては、どうやら堅苦しいものでしかない様でした。

 フジワラが、アリスの目の前に立ちます。

「王子!? お、お兄ちゃん……キミは一体……?」

「俺をそう呼ぶのは、世界でただ一人。やっぱり君だな」

 アリスの問いに答えず、フジワラは微笑みました。

「あ、アリス! 知らないんですか!? その方は……!」

 アカリは血相を変えますが、声が震えて続きが出ません。

 フジワラは片膝を突き、アリスの手を取ります。

「私はフジワラ家第一王子ミツル。一国の王子という、踏ん反り返る事を生業としている者です」

 そう言うと、アリスの手の甲に挨拶代わりのキスをしました。

 展開に付いて行けないアリスは、驚くばかりです。

 AVのパッケージを無くした事をどう弁明するかで、先程まで頭がいっぱいだったのですから。

「身分を隠していた事は、悪かったと思う。

俺、あんまり自分の地位が好きじゃなくてさ……対等に付き合える人が欲しかったんだ。

でも、皆は俺が王子だからって畏まって、舞踏会の相手すらして貰えない。

偶にしてくれる奴は、物欲で目がギラギラしてるしな。そして、君を見付けたって訳さ。

知らなかったからとは言え、君は俺に一人の人間として接してくれた。

短い時間だったけど、君からは確かに、運命の様なものを感じたんだ。

もし、別の世界があるとすれば、俺と君はきっと、幸せを築いているんだろう、って。

俺は、自分の代になったら、王政を取り壊し、全ての人が平等な国にしたいと思っている。

上の者が抱く孤独も、下の者が感じる卑屈も、俺の代で過去に葬り去りたいんだ。

その時に、君に……俺を俺として見てくれた初めての人に、傍にいて欲しい。

どうか、せめて、友達からでも始めて貰えないであろうか?」

「ぼ、ボクは……ボクは……」

 いきなり告白までされてしまい、アリスは失神寸前です。

 あらゆる色が混ざり、真っ白になってしまった頭の中で、一つだけ思った事がありました。

 ――この思いに、応えてあげなくちゃ。

 フジワラの真摯な思いに応えないまま、失神する訳にはいきませんでした。

 何とか気を持ち直し、アリスはたどたどしい口調で答えます。

「ぼ、ボクも、その……初めて舞踏会に参加したボクに、お兄ちゃんが優しくしてくれて……スゴく嬉しかったよ。

帰ってからも、お兄ちゃんの事を考えると、胸がこう……キューってなっちゃって。

もしかして、これって運命……かも、とか考えてたんだ。だ、だから、その……」

 なかなか結論に辿り着けず、自分自身に業を煮やしたアリスは、

「ボクも好きです! 結婚して下さい!」

 かなり思い切った事を叫んだのでした。

 飛びついたアリスを、フジワラはしっかりと抱きとめます。

 フジワラの胸の中で、アリスは幸せの絶頂でした。

 温かくて優しい感触は、どこか懐かしさを感じさせます。

 もしかしたら、ずっとずっと前に、同じ人に抱きついた事があるのかも知れません。

 今はただ、溢れ出す愛しさのままに、力強く抱き付くのでした。

 頬の熱が引いた頃、アリスは顔を上げ、フジワラの顔を見ます。

「でも、ボクなんかで本当に良いの? ボクだって姿を騙してたのに」

「身分を隠した俺と、見た目を偽った君。お似合いだろ? それに、俺は……」

 途端、フジワラの身体が輝き始めました。

 思わず目を閉じながら、アリスはその光に見覚えがある事を思い出します。

 ――確か、ボクが変身した時にも……。

 アリスが目を開けると、そこにフジワラはいませんでした。

 代わりに現れたのは、十台半ばと思われるポニーテールの少女。

「幼い方がイケるクチっスから!」

「え……えぇえええええええええええええええッ!?」

 断末魔にも似た声を上げるアリスを、少女は力強く抱きしめました。

「嗚呼、夢オチ初登場の私が、望月さんと結ばれるなんて、夢にも思わなかったっス。

最後の最後まで出番を待った甲斐があったというものっス。ロリコン大勝利っス!」

 少女に抱かれながら、アリスは彼女に対しても感じていました。

 フジワラにも劣らない、次元を超えた縁を。

 もし、前世や生まれ変わりがあるとすれば、彼女は……捕食者だったのでしょう。

「さあ望月さん、私と共に築くっス。平等な……同性や子供との婚姻が可能な国を!」

「だ、誰か助けてぇえええええええええええええええええええええええッ!」

 こうして、アリスと真琴は、いつまでも幸せに暮らしたのでした。

 めでたし、めでたし。

「ちっともめでたくない!」

正義は必ず勝つ。この一言に尽きますね。

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