ネタ被り小娘 前編
昔々、ある所に、アリスという名前の幼……少女が居ました。
十六歳という年齢にも拘らず、ツインテールに低身長という容姿から、小学生に間違えられる事も珍しくありませんでした。
幼くして両親と死別し、今は継母のアカリと、その連れ子である義姉のユウの三人で暮らしています。
この二人が大層意地悪で、その上アカリはたゆんたゆんのむちむちでしたので、アリスはいつも肩身の狭い思いをしているのでした。
その日も、アリスは床の雑巾がけをしていました。
アカリやユウは、綺麗な服を沢山持っていましたが、アリスはゴスロリ服しか持っていません。
ですので、当然ゴスロリ服を着て雑巾がけをしていました。
動き易い服とは言えないので、その作業はぎこちないものです。
「アリス! 一体いつまでかかっているんですか!?」
いよいよ痺れを切らしたアカリが、アリスを怒鳴りつけました。
二十歳なのに子持ち設定にされた事で、少し機嫌が悪い様です。
アカリの声を聞いて、ユウも集まってきました。
ユウは、アリスが拭いた跡に何かを見つけ、それを拾い上げます。
「ちょっと! 髪の毛が落ちてるじゃない! 遅い上に適当にやってるの!?」
「ご、ごめんなさい……」
二人に怒鳴られ、アリスは謝る事しか出来ません。
特にアカリは、外見に反してごろつき二十人を一人で倒した事がある猛者。
下手に逆らえば、殺されかねません。
「まったく、いつまで経っても家事の一つも覚えられないなんて。どう思う、お母さ」
アカリに問おうとした刹那、ユウは殺気を感じました。
思わず身震いをし、息を呑み、言い直します。
「……どう思う、姉さん?」
「そうですね。余り褒められた事ではありませんね」
ユウの問いに、殺気の主は頷きました。
どうやらアカリは、十七歳に母親呼ばわりされたくない様です。
乙女心は難しいですね。
「良いですか? 雑巾がけというのは……」
そう良いながら、アカリはアリスの雑巾を引っ手繰りました。
ユウも、新しい雑巾を持ってきます。
そして、二人揃って雑巾がけを始めました。
二人ともてきぱきと済ませていき、見る間に綺麗になっていきます。
特にアカリの手際の良さは凄まじく、明らかに手練れのものでした。
趣味で着ているメイド服は伊達ではありません。
こうして、二人は家中をピカピカにしてしまいました。
床には塵一つ落ちておらず、窓は一点の曇りもありません。
「……こうするんです。解りましたか?」
「う、うん……」
この状況で、首を横に振れる勇者は居ないでしょう。
「姉さん、汗かいたし、洗いっこしようよ」
「良いですけど、胸を掴むのは止めて下さいね」
雑巾をバケツに戻すと、二人はお風呂へ向かいました。
アリスは溜息を吐き、雑巾を洗いに行きます。
「……また全部やって貰っちゃったよ」
結局アリスは、いつまでも家事を覚えられないのでした。
ちなみに、二人の入浴シーンは一切ありませんので、期待した方は残念でした。
ある日の事、お城で舞踏会が開かれることになりました。
アカリが『武闘会』と間違えた為に一時は大変な事になりましたが、アカリとユウは参加する事になりました。
アリスだけは、家で一人留守番です。
二人は煌びやかなドレスを着て――ユウは胸に詰め物をして――いつも以上に美しくなりました。
「良いですか、アリス。貴女は……」
馬車に乗る前に何か言おうとして、アカリは思い留まりました。
恐らく、以前アリスに夕食を任せた時の悪夢を思い出したのでしょう。
「……貴女は、何もしないで下さい」
「えっ、う、うん……」
妙なお願いに、アリスは戸惑いつつも頷きました。
「姉さん、一緒に踊ろうね」
「ええ。練習の成果、皆様に見せて差し上げましょう」
どうやら、今度はダンス甲子園か何かと勘違いしている様です。
そして、二人は馬車に乗って、お城へと向かったのでした。
本当はアリスも行ってみたいのですが、ゴスロリ服しか持っていないので、到底無理な話です。
まだ見ぬ世界に思いをはせつつ、アリスは先日借りたAVを視聴するのでした。
「AVに、ストーリーなんて要らないと思うんだけどな……」
アリスが一人愚痴を零しながら、お目当てのシーンまで早送りしている最中でした。
もう外は暗くなっているというのに、インターホンが鳴ります。
「誰だろう? 皆舞踏会に出かけた筈なのに……」
不思議に思いつつ、アリスは一時停止ボタンを押しました。
玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ人が立っていました。
背が高くて全体的に細く、スレンダーという言葉が似合います。
肩まで伸びた髪は絹糸の様に美しく、瞳は青玉の様に冷たく輝いていました。
ここまでなら、クールビューティーとでも書いてしまえば済むのですが……。
「田毎の月の曇る夜に、雲を消さんと現れる。儚げな恋の行く末を、明るい未来に変えましょう。
恋する乙女の如意宝珠! 魔法少女、マジカル☆なっちゃん参上!」
その服は主にピンクと赤と白で出来ていて、そこら中に少女趣味なフリフリが付いています。
スカートは下着が見える直前の短さで、白いオーバーニーソとの間に展開される絶対領域が堪りません。
頭には白くて柔らかそうな猫耳が付いていて、思わず触ってみたくなります。
持っている杖の先端には、やはり可愛らしい宝石が付いているのでした。
背格好と比べて余りにもアンバランスな服を着ているその人に、アリスは声も出ません。
まして、開口一番で痛々しい口上を述べられては、引くしかありませんでした。
痛々しいその人も、口上を述べただけで、重たい静寂が二人に圧し掛かります。
それに耐えられなくなったのか、その人は逃げ出しました。
しかし、足音はすぐ近くで止み、どこからか話し声が聞こえます。
「秋原さん! 此の空気、如何して下さるんですか!?」
「ふむ。やはり、なっちゃんには黒の方が良いかも知れんな。ヒロインのライバルキャラなら、迷う事無く黒を選んだのだが」
「そんな問題ではなくでですね…………」
「あと、魔法少女と言い張る以上、使い魔が欲しい。
日曜の朝に似合う、可愛らしいマスコット的なキャラだ。
最近の子供は金持ち故、ぬいぐるみ化すれば、少々ぼったくっても判るまい」
「秋原さん……其れは流石に如何かと……」
「ふっ。流石のなっちゃんも、魔法少女で生々しい話はされたくない、か。
何せ、貴様の子供の頃の夢は、『魔法使いになって世界を」
「わ――――――――――!!!」
少し経って、痛々しい人は一人の男性を引き連れて戻ってきました。
そして、何事も無かったかの様に話し始めます。
先ほどの口上とは打って変わって、事務的な口調と声色です。
「先程は失礼しました。魔法少女のナツメと申します。
こちらの変態は、私のマネージャー兼首謀者の秋原です」
「変態という名の紳士、秋原だ」
「は、はあ……」
何だか絡み難そうな人が二人も現れ、アリスは戸惑いを隠せません。
要りもしない浄水器でも売り付けられたら……と、不安が薄い胸を渦巻きます。
特にナツメの横に居る秋原は、一人だけ横文字でないという空気の読めなさです。
信頼する方が、どうかしているでしょう。
「今回此処に来た理由は、他でもない、貴女を舞踏会に連れて行く為です」
「えっ……ほ、ホントに!?」
思いもよらぬナツメの言葉に、アリスは声が上擦ります。
しかし、彼らの反応を見る限り、どうやら嘘ではなさそうです。
「でも、馬車も無いのにどうやって……?」
「何の為の魔法少女だと思っておる。なっちゃん、お披露目の時間だ」
「判りました」
ナツメが答えると、秋原は何やら準備を始めました。
アリスの家の前に、三角木馬、痛車、そして二千円札が並びます。
訳の判らない品々に、アリスは首を傾げました。
一体これで、どうやってお城へ行けというのでしょう。
縛らない木馬責めなんて興奮しませんし、車の免許も持っていません。
電車を使おうにも、近所の駅の改札口は二千円札に見対応です。
「さあなっちゃん、恋の呪文を唱えるのだ!」
「少々恥じらいを覚えますが、仕方無いですね」
ナツメは杖を握り直し、息を整えました。
ナツメの周りに魔方陣が浮かび上がり、神々しい空気が流れます。
何かを告げるかの様に荒ぶる風が、スカートを捲り上げました。
縞の下着が見えている事に気付き、慌ててスカートを押さえながら唱えます。
「メルヘン、クーヘン、安和の変! 我は請う! 彼の者達よ、うら若き乙女の恋を導く架け橋と成れ!」
話す時の事務的な口調からは想像出来ない程に可愛らしい声が、辺りに響き渡りました。
すると、三角木馬と痛車と二千円札が、眩い光に包まれます。
世闇に目が慣れた頃の事なので、アリスは目を開けていられません。
アリスが次に目を開いた時、彼女はとても驚きました。
三角木馬は雄々しい馬に、痛車は立派な馬車になっていたのです。
「す、スゴい……これが魔法……!? でも、誰が馬車を運転するの?」
「あ、あの……僭越ながら、僕が……」
アリスの問いに、少し弱々しい声で誰かが答えました。
秋原の声でも、ナツメの声でもない声です。
一体誰なのか、アリスは周囲を見渡しました。
しかし、それらしい人影は見当りません。
「あの、こ、ここです」
再び声が聞こえ、アリスは声がする方を向きます。
そこに、確かに彼は居ました。
存在感が薄く、目を凝らさなければ気付かないでしょう。
喩えるなら、欠席している事にすら気付いて貰えなさそうな人です。
「どうも初めまして、ホリと申します。先程の二千円札なんですけど……判りますか?」
秋原とナツメの方を向き、アリスは言いました。
「ボク、二千円札の方が良いな」
「ふむ、確かに。二千円札は両替すれば済むが、これはそうもいかん」
「では、元に戻して、何か食べに行きますか」
「呼んだのに!?」
どうにかホリも戻されずに済み、交通手段は整いました。
「さあ、往きなさい」
「ちょ、ちょっと待って」
ナツメに促されますが、アリスはまだ躊躇います。
「皆余所行きの服なのに、ボクだけゴスロリなんて着て行けないよ。
それに……その……ボク、こんなに身体が小さいから……」
アリスの声が先細りになり、とうとう聞こえなくなりました。
どうやら、自分の体型や服装を気にしている様です。
百四十にも満たない身長に、舗装されたかの様に平らな胸。
その上ゴスロリを着ているとなれば、小学生に間違われても不思議ではないでしょう。
それを察したナツメは、腕を組んで考えます。
「……では、貴女は如何成りたいのですか?」
「えっと……」
アリスは少し考え込み家の中へ引っ込みました。
そして、手に何かを持って戻ってきます。
「このコみたいに、身長伸ばして、たゆんたゆんのむちむちにして欲しいな」
「な!? な、な、なな、なななな何故貴女がそんな物を!?」
アリスがナツメに見せたのは、先程まで見ていたAVのパッケージでした。
スタイルの良い女性が、ライトノベルでは描写出来ない状態でジャケットになっています。
ナツメは狼狽し、赤面した顔を両手で覆いました。
「なっちゃんは思いの外純だからな。職業柄で十八禁ゲームには慣れたが、三次元のエロには耐性が無いのだ」
秋原が暴露し終えたところで、どうにかナツメは平静を取り戻しました。
とは言え、まだ頬には熱が残っています。
「と、兎に角、体型を大人にして欲しい、と。如何しますか、秋原さん?」
「ふむ……俺はゴスロリ幼女も大歓迎だが、本人の望みとあれば仕方あるまい。
それに、魔法少女モノに、大人への変身は付き物だ。故に許可する」
「判りました」
秋原に返答を貰うと、ナツメはアリスの方を向きました。
「……だそうです。少々難易度の高い魔法を使うので、先に精神統一をさせて下さい」
「う、うん」
ついに夢が叶う事になり、アリスは緊張の面持ちで頷きます。
憧れる事しか出来なかった、小学生に間違われない生活。
それがいよいよ実現するのですから、期待するのも無理はありません。
ナツメは杖を握って目を閉じ、精神を整え始めました。
正確には、AVのパッケージを見せられたショックを拭おうとしているのでしょう。
秋原は何やら機材の準備をしていますが、それが何なのか窺い知る事は出来ません。
さっさと馬車の準備に追いやられたホリは、一人空しく馬と戯れているのでした。
「……人参、食べます?」
読んでの通り、あつさむキャラでシンデレラパロです。
レギュラーメンバーは総登場するので、まだ出番が無いキャラのファンの方も安心して下さいな。